想いは巡り、花は咲く

柚槙ゆみ

文字の大きさ
上 下
1 / 71
第一章 あなたに似てる人

01

しおりを挟む
 澄み渡った青空は、都内でも珍しいほど抜けていた。雲ひとつない青色は気持ちがいいくらいに高い。藤崎佑華ふじさきゆうかは仕入れで到着した花の陳 列に追われていた。
 都内の住宅街の一角にある『さんざし』は、街の小さなフラワーショップだ。昼間は青と白のストライプ柄のテントを店先に広げ、切り花を中心に営業している。地元に根付いてそろそろ七年ほどになるだろうか。それなりの常連さんも付いて、細々とながら商売をしていた。一人身の藤崎が食べていけるだけの収入があることは、本当にありがたいと思う。

 店のオープンは九時半からで、今日も朝は暗いうちから起き出し準備をしている。
 早朝、友人である美澄誠二みすみせいじの運転する車で卸売市場まで一緒に行く。毎日ではないが、そんな日はいつもよりも早起きだ。普段は前日にネットで注文をしておき、彼に配達をお願いしている。本当は毎日自分の目で見て選ぶ方がいいのだが、そこまで甘えるわけにはいかない。時間があれば車の免許を取りたいと考えている。

 ――配達とか、お前を乗せて行くくらいどうってことない。気にするなよ。

 やさしすぎる友人がいつもこの調子だから、免許を取りに行くタイミングを見失った。甘えすぎてはいけないと思いつつ、その言葉にいつも助けられている。

(ガーベラ、今日はいいのが入ってるな)

 水揚げのために茎を斜めにカットしていく。カーネーションもカサブランカも、年中通してよく出るため、少し多めに仕入れている。水を替え、下準備をしていると入り口で人影が見えた。お客様かと、藤崎は手にしていたハサミを置き、前掛けで手を拭きながら店先へと向かう。

「いらっしゃいませ」

 近づくと、思った以上に長身の男性が、膝までのグレーのコートをひらりと揺らして振り返った。

「あ、えっと。お見舞いなんですけど、どういうのがいいかなと……」

 ふわふわした癖毛は、日の光で少し赤く見えた。見上げて笑顔を作ろうとして、藤崎は止まってしまう。

(あ……)

 面影が出会った頃の恋人に酷似していた。子供っぽい目元も、少し茶色の瞳も、目尻が少し下がっていて眉尻がキュッと上がっている所もだ。息が止まるくらい驚いた藤崎は、瞬きもしないで見つめていた。

「あの……、すみません。どうか、しました?」
「あっ、いえっ! ごめんなさいっ。えと、どんな、花をお探し、ですか……」

 藤崎は両手をギュッと握りしめた。雰囲気が似ているだけで、目の前にいるのは彼ではない。こんなことで動揺してしまっては、せっかく足を止めてくれたお客様に変な風に思われてしまう。気を取り直し、藤崎は笑顔で顔を上げた。
しおりを挟む

処理中です...