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第一章 イカれた王国
出会い
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容赦なく頭に振り下ろされた鉄の何かが、ごっ、と鈍い音をたてて全身を貫くような痛みに変換される。
吹き飛ばされ、背中が重なった木の箱にぶつかり、激しい音とともに崩れ落ちた。
俺は自分を吹き飛ばした相手を下から睨み付け、ふと頬に流れるぬるりとした生暖かい液体に気づく。
無言で睨み合いを続けていると、 ようやく目の前で仁王立ちしている男が口を開いた。
「人間もどきの下級民が俺らに逆らってんじゃねぇよ。いつまでもブヒブヒほざいてねぇで言うことを聞いときゃいいんだよ!下級民は人だ?なにぬかしてんだ?てめえらが人になれるわけがねぇんだよ!……ここで一日ゴキブリでも食って這いずり回ってろこのクズが」
吐き捨てるように言い、男が後ろを向いて歩いていく。
しばらくして重々しく扉が閉まり、最後まで男を睨み付けていた俺はそれと同時に全身から力が抜け、箱ごとズルズルと倒れ込んだ。
────一日か……余裕だな。
実際、ここに来てから約十六年間、この手の罰は何度も受けている。長いときは一週間閉じ込められたこともあるくらいだ。
……しかし、ここにいるときが一番自由なのもまた事実だ。
日々労働労働労働労働。休む暇もない。罰という扱いにしろ、一番の至福だと言っても過言ではない。
そうして俺は小さく嘆息し、頬に垂れてきていた血を拭い倉庫の奥へ暗闇のなかへ手探りで進んでいった。
しばらくして、藁が積もっている所にたどり着き、中に潜り込もう……として、異変に気が付いた。
──いま俺が持っている、ほのかに暖かい細い何か……。
俺はそれを確認しようと目を凝らす。
────すると目の前で白銀の瞳が音もなく開かれ───
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」
「ひゃぁぁぁぁ!?」
二つの絶叫が重なり、俺は慌てて後ろに飛びずさろうとして箱らしきなにかに思い切り後頭部を打ち付けた。
「あだぁぁっ!?」
目の前で火花が散ったような衝撃に見舞われ、その場に崩れ落ちる。
俺が頭を抱えて呻いていると、ひたひたと足音か聞こえ、ぺたん、と座り込むような音。
そのまましばらくして、上から控えめな声が降ってきた。
「だ、大丈夫……?」
小さく消え入りそうだったが、鈴を鳴らしたような美しい響きを持つその声は、ほとんどなにもない空間にこだまし、やがて消える。
女の子……?どうしてこんなところに?
声の高さや響きからして目の前にいる子は少女…………それも八歳くらいか。そんな小さい女の子がここにいることに驚き、俺は数秒沈黙したのち、痛む頭を乱暴に振り切りようやく口を開いた。
「えっと……ごめん、寝てた?」
すると、少女はふるふると首を振り(そんな気配がした)、
「ううん、大丈夫……」
「そうか。ごめんな、急に掴んだりして」
「へーきだよ。……おにーさんの寝床だったの?」
と、少女がたずねてくる。慌てて俺も首を振り、
「いや、そういう訳ではないんだけど……」
曖昧に答えると、少女は「んん?」と可愛い声をあげる。
しまったと思い、話題を変えようとふと思った事を尋ねる。
「ま、まあ、それは置いといて……君はどこから……?」
少女はそれを聞くと、
「こっち」
と言い、俺の手をとり走り出した。小さくてふっくらとした手に置いていかれないように走っていくと、うっすら四角く光る場所が見えてくる。
「ここだよ」
手を繋いだまま、少女は扉らしき所を指さした。そこ周辺を見回してみると、藁や木の板等が散らばっていて、普段はそれらに隠れていたため気づかなかったのだろう。
「ここからはいってきたの」
そう言って少女は扉を開ける。
「ここは……」
裏口……のそばに続いている道のようだった。そこでふと、今まで想像もしてこなかったが、ここに来て初めてここから逃げたしたい、という気持ちが芽生えた。こんなところに扉があることに驚きだが……
すると、
「ったく、あの下級民のガキといったら……!」
図太い声と共に足音が……。
──まずい、奴が来る……!
俺は慌てて少女を引き戻し、扉を閉め抱き抱えるように引き寄せた。
「ひゃ……」
「ごめん、ちょっと我慢してくれ」
こくこくと頷く少女。しばらくそのままでいると、樽を蹴飛ばしたような音が聞こえた後、足音が遠ざかっていくのがわかった。
「……行ったか。もう大丈夫……ん?」
ヤツがいなくなったのを確認し、立ち上がろうとしたところで少女に袖を引かれ戸惑う。
「……えっと」
「……もうちょっと……このまま……」
何かあったのか訪ねようとしたところで少女はそんなことを言い、さらに戸惑う。
何も出来ずにいると、少女がぽそりと呟いた。
「……あったかい……」
その声を聞いた瞬間、俺は胸の奥からなにやらじんわりとしたものを感じ、自然と笑顔を浮かべ、再び今度は少女を包むように抱きしめて数分沈黙した。
「ありがとう、……もうへいき。」
顔を上げて立ち上がる少女に俺は名残惜しいものを感じつつも、スボンを手で払い立ち上がった。
───人の温もりを感じたのは何年ぶりだろう……
ふとそんなことが頭を過り、慌てて頭を振る。
───何考えてるんだ、これは神がくれたチャンスだ。今は早くここを出なきゃ……
そうして隣で頬を紅潮させにこにこしている少女に声を掛ける。
「ヤツが戻ってくる前にここを出よう」
すると少女は驚いたような顔をした。
「ここをでるって……ここのおおきなおうちはおにーさんのおうちじゃないの?」
予想外なことを聞かれ、そうかと思う。
「まあ、確かにこの屋敷に住んではいたけど……家とは呼べない……かな」
つい曖昧に答えてしまうと、少女は頭に疑問符を浮かべたように首を傾げる。
しまったと思い、慌てて話題を変える。
「え、えっと……と、とりあえずここは俺の家じゃないから、早く出よう」
それでもまだ納得のいっていない様子の少女だったが、素直に頷いた。それを見て俺は少女の手を取り、扉を僅かに開いて外を確認し、そっと倉庫から出る。そこそこ大きな屋敷な為、どこで誰が見ているか分からないのが怖いところだ。身を低めて小走りに裏門の側へ身を潜める。
すぐ隣に裏門があるが……
「……さすがに閉まってるよなぁ……」
その門は硬く閉ざされていた。
脱出の方法を脳内で模索するも、鍵は恐らく屋敷の中、鉄の門のため壊すのは不可、格子状のものでも無いため抜けるのも無理……
とそんな調子で唸っていると、
「……ん、そうだ」
と声を上げたのは少女のほうだ。何か思いついたようで、門の前にとてとてと歩いていく。何を──と言いかけたところで少女が門の鍵穴を覗き、うん、と頷いてから手をかざした。それで鍵を開けれるというのだろうか。
───まさか、いやでもさすがに……
としばらく待ってみるものの変化は起きず、「ちょっと…………」と言ったところで、
カチン
「え?」
「やった、あいた!」
……………え?
吹き飛ばされ、背中が重なった木の箱にぶつかり、激しい音とともに崩れ落ちた。
俺は自分を吹き飛ばした相手を下から睨み付け、ふと頬に流れるぬるりとした生暖かい液体に気づく。
無言で睨み合いを続けていると、 ようやく目の前で仁王立ちしている男が口を開いた。
「人間もどきの下級民が俺らに逆らってんじゃねぇよ。いつまでもブヒブヒほざいてねぇで言うことを聞いときゃいいんだよ!下級民は人だ?なにぬかしてんだ?てめえらが人になれるわけがねぇんだよ!……ここで一日ゴキブリでも食って這いずり回ってろこのクズが」
吐き捨てるように言い、男が後ろを向いて歩いていく。
しばらくして重々しく扉が閉まり、最後まで男を睨み付けていた俺はそれと同時に全身から力が抜け、箱ごとズルズルと倒れ込んだ。
────一日か……余裕だな。
実際、ここに来てから約十六年間、この手の罰は何度も受けている。長いときは一週間閉じ込められたこともあるくらいだ。
……しかし、ここにいるときが一番自由なのもまた事実だ。
日々労働労働労働労働。休む暇もない。罰という扱いにしろ、一番の至福だと言っても過言ではない。
そうして俺は小さく嘆息し、頬に垂れてきていた血を拭い倉庫の奥へ暗闇のなかへ手探りで進んでいった。
しばらくして、藁が積もっている所にたどり着き、中に潜り込もう……として、異変に気が付いた。
──いま俺が持っている、ほのかに暖かい細い何か……。
俺はそれを確認しようと目を凝らす。
────すると目の前で白銀の瞳が音もなく開かれ───
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」
「ひゃぁぁぁぁ!?」
二つの絶叫が重なり、俺は慌てて後ろに飛びずさろうとして箱らしきなにかに思い切り後頭部を打ち付けた。
「あだぁぁっ!?」
目の前で火花が散ったような衝撃に見舞われ、その場に崩れ落ちる。
俺が頭を抱えて呻いていると、ひたひたと足音か聞こえ、ぺたん、と座り込むような音。
そのまましばらくして、上から控えめな声が降ってきた。
「だ、大丈夫……?」
小さく消え入りそうだったが、鈴を鳴らしたような美しい響きを持つその声は、ほとんどなにもない空間にこだまし、やがて消える。
女の子……?どうしてこんなところに?
声の高さや響きからして目の前にいる子は少女…………それも八歳くらいか。そんな小さい女の子がここにいることに驚き、俺は数秒沈黙したのち、痛む頭を乱暴に振り切りようやく口を開いた。
「えっと……ごめん、寝てた?」
すると、少女はふるふると首を振り(そんな気配がした)、
「ううん、大丈夫……」
「そうか。ごめんな、急に掴んだりして」
「へーきだよ。……おにーさんの寝床だったの?」
と、少女がたずねてくる。慌てて俺も首を振り、
「いや、そういう訳ではないんだけど……」
曖昧に答えると、少女は「んん?」と可愛い声をあげる。
しまったと思い、話題を変えようとふと思った事を尋ねる。
「ま、まあ、それは置いといて……君はどこから……?」
少女はそれを聞くと、
「こっち」
と言い、俺の手をとり走り出した。小さくてふっくらとした手に置いていかれないように走っていくと、うっすら四角く光る場所が見えてくる。
「ここだよ」
手を繋いだまま、少女は扉らしき所を指さした。そこ周辺を見回してみると、藁や木の板等が散らばっていて、普段はそれらに隠れていたため気づかなかったのだろう。
「ここからはいってきたの」
そう言って少女は扉を開ける。
「ここは……」
裏口……のそばに続いている道のようだった。そこでふと、今まで想像もしてこなかったが、ここに来て初めてここから逃げたしたい、という気持ちが芽生えた。こんなところに扉があることに驚きだが……
すると、
「ったく、あの下級民のガキといったら……!」
図太い声と共に足音が……。
──まずい、奴が来る……!
俺は慌てて少女を引き戻し、扉を閉め抱き抱えるように引き寄せた。
「ひゃ……」
「ごめん、ちょっと我慢してくれ」
こくこくと頷く少女。しばらくそのままでいると、樽を蹴飛ばしたような音が聞こえた後、足音が遠ざかっていくのがわかった。
「……行ったか。もう大丈夫……ん?」
ヤツがいなくなったのを確認し、立ち上がろうとしたところで少女に袖を引かれ戸惑う。
「……えっと」
「……もうちょっと……このまま……」
何かあったのか訪ねようとしたところで少女はそんなことを言い、さらに戸惑う。
何も出来ずにいると、少女がぽそりと呟いた。
「……あったかい……」
その声を聞いた瞬間、俺は胸の奥からなにやらじんわりとしたものを感じ、自然と笑顔を浮かべ、再び今度は少女を包むように抱きしめて数分沈黙した。
「ありがとう、……もうへいき。」
顔を上げて立ち上がる少女に俺は名残惜しいものを感じつつも、スボンを手で払い立ち上がった。
───人の温もりを感じたのは何年ぶりだろう……
ふとそんなことが頭を過り、慌てて頭を振る。
───何考えてるんだ、これは神がくれたチャンスだ。今は早くここを出なきゃ……
そうして隣で頬を紅潮させにこにこしている少女に声を掛ける。
「ヤツが戻ってくる前にここを出よう」
すると少女は驚いたような顔をした。
「ここをでるって……ここのおおきなおうちはおにーさんのおうちじゃないの?」
予想外なことを聞かれ、そうかと思う。
「まあ、確かにこの屋敷に住んではいたけど……家とは呼べない……かな」
つい曖昧に答えてしまうと、少女は頭に疑問符を浮かべたように首を傾げる。
しまったと思い、慌てて話題を変える。
「え、えっと……と、とりあえずここは俺の家じゃないから、早く出よう」
それでもまだ納得のいっていない様子の少女だったが、素直に頷いた。それを見て俺は少女の手を取り、扉を僅かに開いて外を確認し、そっと倉庫から出る。そこそこ大きな屋敷な為、どこで誰が見ているか分からないのが怖いところだ。身を低めて小走りに裏門の側へ身を潜める。
すぐ隣に裏門があるが……
「……さすがに閉まってるよなぁ……」
その門は硬く閉ざされていた。
脱出の方法を脳内で模索するも、鍵は恐らく屋敷の中、鉄の門のため壊すのは不可、格子状のものでも無いため抜けるのも無理……
とそんな調子で唸っていると、
「……ん、そうだ」
と声を上げたのは少女のほうだ。何か思いついたようで、門の前にとてとてと歩いていく。何を──と言いかけたところで少女が門の鍵穴を覗き、うん、と頷いてから手をかざした。それで鍵を開けれるというのだろうか。
───まさか、いやでもさすがに……
としばらく待ってみるものの変化は起きず、「ちょっと…………」と言ったところで、
カチン
「え?」
「やった、あいた!」
……………え?
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