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第26回 圧力

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 風間昇はサングラスを指でずらしつつ、何度か俺のほうを振り返るも、一向に足を止める気配がなかった。あの爺さん……このまま逃げ切る気かよ。

 風間がこうも必死に俺から逃げようとする理由がわからないし、どうしてスレイヤーになれたのかも理解できないが、捕まることができれば全て明らかにできるってことで、俺は全力を出して追いかけることに。

 こ、これは、やばいな。スピードを出し過ぎたせいか、圧力がかかりすぎて息ができない――

「――ぐあっ!?」

 風間が俺のほうを振り返って両目を見開いたかと思ったら、そのままもろに電柱にぶつかってしまった。

 うわ、これはいくらなんでも無事じゃ済まない……って、一瞬でも爺さんのほうを心配した俺がバカみたいだ。電柱は半分に折れ曲がっていたのに、風間のほうはバツが悪そうに帽子を脱ぎ、白髪頭を掻きむしるだけだったのだ。

 しかも、何事もなかったように曲がった電信柱を元に戻す老翁の行動に驚愕する。な、なんてパワーだ……。

「これでよし、と……」

「…………」

 いやいや、これでいいわけないだろうと思いつつ、俺は怒りの形相で彼の元へ歩み寄った。

「おや、誰かと思えば、佐嶋ではないか――」

「――いつまでもしらばっくれてないで、さっさと今までの経緯を話してもらえませんかね……」

「ぐぐっ!?」

 俺が胸ぐらを掴んで凄んでやると、風間は見る見る青ざめた顔になった。おいおい、どっちがスレイヤーだ。



「――と、こういうわけなのだ……」

「……なるほど……」

 俺は捕獲した風間昇から、コンビニダンジョンでの出来事も含めて、今までのことを全部聞くことができた。

 彼は黒坂にバットで殴られたあと、しばらく意識がなかったものの、大したことがなかったのかすぐに目覚めることができたんだとか。それで気絶した振りをしつつ、薄目でじっと様子を窺っていたという。

 俺が続けざまに殴られて倒れたのち、ボスが黒坂の足元に現れようとしたものの、羽田が補助する格好で回避し、あの女が次の一撃で倒したとのこと。

 そのあと風間は気付けば病室にいて、軽傷ということですぐ元の生活に戻ったとのことだが、それからまもなくに気付いたのだという。

 それは、レベルアップクエストが簡略化されていたという、驚きの事実だった。なんでそんなことが起きたのか、彼はわからなくて戸惑ったそうだが、俺にはなんとなくわかった。

 つまり、風間は俺のパーティーメンバーであったため、自分の持っている【クエスト簡略化】スキルの恩恵を受けた格好なんだと思う。

 とはいえ、俺みたいに腕立て伏せがたった1回とかじゃなくて100回とかそういう中途半端な難易度らしいが。

 それでもレベル上げは充分に可能になったってことで、今や風間昇は15レベルの立派なスレイヤーらしい。そこまでいくと回数もきつくなってきてるから、一週間に3レベル上がるかどうかなんだそうだ。

 それを聞けば、学校ダンジョンの中にいるのが野球帽の藤賀真優で、風間と同じくスレイヤーになっていることはほぼ間違いない。

「そこまではわかりましたよ、風間さん。じゃあなんで俺から逃げたんですか?」

「そ、それは追いかけられたから、つい――」

「――風間さん……」

「うう……そう凄まんでも……。だって、わしは怖かったんだ。スレイヤーになったとはいえ、ダンジョンは死と隣り合わせの場所だからだ……」

「なんでそんなことがわかるんですか?」

「あのコンビニダンジョンはランクがFだからよかったが、一つでも高いと難易度は桁違いだというぞ? スレイヤー掲示板にも書いてあることだ」

「スレイヤー掲示板……」

 なんか聞いたことがあるな。ダンジョンスレイヤーしか閲覧も書き込みもできないっていう、専用の掲示板だっけか。

「だからって、仲間を見捨ててもいいっていうんですか?」

「ほらな、どうせ佐嶋はそう言うと思っておったよ。でも、中におるのはあの生意気な野球帽の藤賀だぞ?」

「それでも、裏切り者の黒坂と違って、最後まであいつは俺たちの仲間だったわけですよ。そんな彼が死んでもいいとでも……?」

 俺が詰め寄ると、風間はいかにも恐ろし気に首を横に振った。だから、どっちがスレイヤーなんだと。

「し、死んでもいいというわけではないが、しかしだな……わしがスレイヤーになったということは、おそらく同じパーティーにいた藤賀もスレイヤーになったはずだから、まったく心配ないし自分でなんとかするだろ。楽勝だっ」

「楽勝……? 風間さん、今さっき、スレイヤーでも死ぬ可能性があるみたいなこと言ってましたよね……?」

「ぐぐっ……」

「楽勝だったら、怖がってないで協力しましょうよ。スレイヤー単体じゃ厳しくても、協力し合えばなんとかなるかもしれないし……」

「ま、まあそうなんだが……というかだな、佐嶋よ、お前さんもやはりスレイヤーなのか?」

「……ま、まだですけど……」

「なるほど。しかし、あの異常なスピードを見るに、わしらと同じようにレベルアップクエストをこなしておるというわけだな」

「そうですね」

「それにしても、どうしてわしらのパーティーはレベルアップクエストが簡略化されたのか……」

「…………」

 俺だけはもっと簡略化されているわけだが、それについては迂闊に口にしないほうがいいように思う。

「とにかく、風間さん、行きますよ」

「で、でもぉ……」

「風間さん、覚えてますよね? 俺がいたことで、ボスを倒せそうになったこと」

「あ……そ、そういえばそうだったのう」

「なので、俺と一緒にやればある程度安全に行けるかと」

「ふむ……」

 風間は難しい表情で考え込んでいる様子。彼はスレイヤーなのに、相変わらずやたらと臆病っていうか慎重だな。とっとと学校ダンジョンへ乗り込みたいのに。ここは一つ脅してやるか。

「もし断るなら、俺はこのパーティーから抜けますよ?」

「んん? そ、それはどういうことだ……?」

「そしたら、もうレベルアップクエストの簡略化ができなくなるかもしれないってことです」

「えっ……」

「このパーティーの誰かが、周りに影響を及ぼしているからこそ、レベルアップクエストの簡略化ができてるかもしれないんですよ」

「そ、それは、確かにそうかもしれんな……」

 風間は俺の言ったことの意味がわかったらしい。それがもし俺だった場合、レベルアップの道のりは途端に厳しいものになるはずだと。もちろん、それが正解なのは俺だけが知ってることだが。

「……わ、わかった、行こう! わしも、男にならねばな……」

「おおっ」

「とはいえ、佐嶋よ、今日はもう夜になりそうだし、疲れもあるからダンジョンへ行くのは明日からってのはどうだ――?」

「――風間さん……」

「わ、わかった、わかったからそう凄むなっ!」
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