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第二七階 不遇ソーサラー、混乱する

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「クアゼル……今更何よ! どの面下げて私の前に現れたの!?」
「エリナ……ごめん……」

 冒険者登録所のトイレにて、包帯でグルグル巻きになったエリナを前に俺はひたすら謝っていた。彼女がこんなことになってしまったのは俺のせいだ。協力者の俺に逃げられ、たった一人で仇を討とうとしたから……。

「なんとか言いなさいよ!」
「だって……俺、もう普通には戻れないから。エリナだって見ただろ? 俺が今までやってきたことを。こんな血まみれの殺人鬼の体じゃ、もう誰かを愛する資格も愛される資格もないと思って……」
「はあ……何格好つけてるのよ、いい歳したおじさんのくせに!」
「う……」

 ズバズバ言うなあ。でも本当のことだからしょうがないだろ。ってか、なんで俺がおじさんだってわかるんだ? 彼女に俺の本当の姿は見せたことがないはずなんだが……。

「私の体、あんたのせいでどうなったか見せてあげるわよ!」
「えっ……」

 興奮した様子で包帯を取り始めるエリナ。

「エリナ……?」

 信じられない光景だった。包帯が取れた部分には何もなかったんだ。ダメだ、このままじゃ何もなくなってしまう。

「エリナ、やめろ……! このままじゃ消えてしまう――はっ……?」

 気が付くと、そこは朝陽が射し込む俺の部屋だった。

「……はぁ、はぁ……」

 な、なんだ……夢だったのか。まだ心臓がドクドクと高鳴ってる……って、偉くいい匂いがするなと思ったら、台所のほうからトントンと小気味よい音が聞こえてきた。

 ま、まさかエリナなのか? ……いや、そんなわけないだろ。何期待しちゃってんだか、俺は。彼女はもう俺が寝てる間にとっくに逃げ出しているはず。自分の元から去るくらいなら殺せとは言ったが、彼女にとって俺は重いだけだし縛る権利だってないわけだからな。だから多分大家が料理を作ってくれてるんだろう。

 一体飯の代わりにどんなことを要求されるのやら。1時間耐久肩叩きとか本当に地獄だったからな。恐る恐る覗いてみると、エリナが楽しそうに包丁で葱を切っているところだった。

「エ……エリナ……?」
「クアゼル、おかえり……」
「お、おいエリナ、き……記憶が戻ったのか……!?」
「……残念ながら違います」
「え……ええ……?」

 脱力した一方で、俺はエリナの変化に驚いていた。まず表情が優しくなってるし、口調にも棘がなくなってるのだ。

「一体どうしたんだ?」
「どうしたって……クアゼルさんのために朝ご飯を作ってる最中ですけれど?」
「……」

 俺はまだ夢を見てるんだろうかと思ったが、一向に覚める気配はない……ってことは、これって紛れもなく現実だよな。

「一体どういう風の吹き回しなんだ? 俺から逃げるどころか、朝食を作るなんて……」

 正直、朝になったらエリナは高確率でいなくなっているだろうと思っていただけに、俺の頭の中は軽くパニック状態になっていた。

「……正直、迷いました。でも、なんとなくですけど……逃げ出しても、いずれは元に戻るような気がしたんです。もしそうなったら、私は消えるだけですけれど……周囲の人を傷つけてしまう結果になると思って……」
「……でも、それじゃエリナの人生はどうなる。俺といたら、もっと早く人格が消えてしまうかもしれないんだぞ……?」
「でしょうね。でも、心変わりしたんです」
「……心変わり?」
「はい。見てわかりませんか?」
「……いや、まったく……」
「相変わらずわからない人ですね。だからこそ、自分のことさえわからない私が好きになっちゃったのかもしれないですけど」
「え……」

 エリナは俺の目を真っすぐ見上げてきたかと思うと、そのまま抱き付いてきて鳥肌が立ちそうになる。

「……エ、エリナ……?」
「……私、あなたに恋をしちゃったみたいです。おかしいですよね」
「……」
「きっと、過去の自分がそうだったからでしょうね。あなたは卑怯者です」
「お、おいおい……」

 エリナは目を瞑って顔を近付けてきた。俺と口付けしようっていうのか……? 多分これ本気なんだよな。それならしなきゃむしろ失礼だろうか? 冗談なら寸前で打たれるだけの話だろうし……。

「……」

 俺はふと、あいつの怒った顔を思い浮かべて彼女の体を離した。同じ人物でも、今の彼女はあいつじゃない。

「……ごめん。できない……」
「そう言うと思ってました」
「……え?」

 本当に、彼女の言動には驚かされてばかりだ。

「そんなに簡単に思いを翻してしまったら、本当の私はなんだったんだってことになっちゃいますからね」
「エリナ……」
「恋をする男の人って、本当に綺麗なんだなって思いました。このまま、あなたのことが好きな一人の少女として消えていきたいです。過去の自分のためじゃなくて、あなたが好きだからこそ本当に好きだった人を取り戻してあげたいんです」
「……あ、ありがとう……」

 俺はこの子の真心に触れた気がして顔を上げることができなかった。涙ぐんだ顔を見られたくないというのもあったが、怖さもあったのかもしれない。いつか彼女のことも好きになって、そんな彼女を失うかもしれないという怖さが……。
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