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51.ぬか喜び

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「あははははっ! 素晴らしいっ! 素晴らしいぞおおおおぉっ! まだ戦えるっ、戦えるのだああぁっ!」

「「「「……」」」」

 ゴーレムが消えてしまってからというもの、喜悦の表情で叫ぶ依頼人を前にして、俺たちはひたすら耐える時間を余儀なくされていた。

 だが、ただ我慢しているわけではない。異次元のパワーとスピードによる強烈な風圧と、漲るほどの殺気で心身を削られつつも、俺はが来るのをじっと待ち構えていたのだ。

「――来たっ……!」

 あえて声を出すと、俺は少しずつ溜めていた風の煽りを解き放ち、やつが攻撃してきたタイミングで発生した風を相殺してみせた。もちろんこれは一過性のものではなく、しばらく続く。

「そりぇええぇっ!」

「うおおおおおおおぉっ!」

「くたばりなさいませええぇっ!」

 アイシャが毒のマークがついたボトルを投げ、ほぼ同時にルアンが突っ込み、ジェシカが幻影術でボトルとルアンの幻を作り出すという完璧な連携だった。よくぞ俺のやろうとしていることを見抜いてくれた。さすがだ。

「おおおおぉぉぉっ!? なんという素晴らしい攻撃なのだっ! もっと……もっとくれえええぇぇっ!」

 自身を守る強風を相殺され、もろに攻撃されているというのに依頼人のこの喜びよう。ボトルもルアンの攻撃もその幻ごと全部避けている。さすがは戦闘狂……しかし、戦うことに超一流であっても間違いなく弱点はある。以前も言ったが回復術の世界に100%という言葉はない。今からそれを証明してやる。

「うらあああぁぁぁっ!」

 俺が反動を消している間が勝負だとばかり、拳聖ルアンが懐に飛び込んでいく。格闘家にとって雲の上の存在なだけあって、とにかく刃物のように鋭い動きだった。幻によって動ける範囲を限定されてる状況、依頼人がルアンの拳を避けるのは至難の業だろう。

「ふっ、ふははははははあああぁっ!」

「なっ、何いぃぃっ!?」

 しかし次の瞬間、ルアンの渾身の一撃がかわされてしまった。ぐにゃっとしたありえない体の柔らかさで。甲冑を身に着けていたら絶対にできない動きをされてしまった。

 万事休す――だと普通は思うだろうが、その直後に俺が至近距離から突き出した右の拳が依頼人の顎を的確に捕えていた。

「ごごっ……!?」

 依頼人の泳いだ目とフラついた足が全てを物語っていた。見様見真似ではあるが、腰の入った完璧な一撃なのでもう立ち上がるのは不可能だろう。

「ぐぐっ……」

 うつ伏せに倒れ込む依頼人を見て、俺は勝利したとわかっていても安堵していた。まだ化け物染みた戦闘狂の存在感だけは余韻として残っていたから……。

 戦闘狂の依頼人としては、戦闘職とは乖離した回復術師の俺なんて数のうちに入ってなくて、少しずつ近づいていても気付かなかったらしい。まあこれはみんなが波状攻撃をしてくれたおかげでもあるんだが。

 それと、素人のような拳の出し方のほうが威力自体は出ると思うんだが、そこはさすがに格闘家のほうが洗練されていて、急所を的確に素早く狙うためのものなので相手に対するダメージは結局上回るし、その効果がばっちり出た格好だ。

「ラフェルさん、さすがでしゅううぅ! はうぅ……」

「お、おいおいっ」

 俺を見つめるアイシャの目がなんか怖い。

「ラフェル、今の拳、すげー格好良かったぜ……。も、もう我慢できねええぇ……」

「ちょっ……!?」

 ルアンもなんか殺気立ってて怖いんだが……。

「わたくしのほうが抱き心地は最高ですから、とっとと抱いてくださいましいぃ!」

「み、みんなっ、頼むから落ち着くんだっ……!」

 せ、精神を落ち着けるための俺回復術が一切効かないだと……? 何故だ? 興奮の種類が違うからなのか……!? やはり、まだまだ回復術にはわからないことがあるからこれからも精進しないといけないな……。

「「「ぎゅーっ!」」」

「う……うわあああぁぁっ!」

 折角戦いに勝ったのに、なんで俺は逃げ回ってるんだ……? まだ依頼人の病的なパワーを削るための治療という、やらなきゃいけない大事なことがあるんだが……。俺は酷く興奮した様子のみんなから逃げるのに今は精一杯だった。



 ◇◇◇



「「「「よっしゃああぁぁぁっ!」」」」

 丘を上がる途中でラフェルたちが勝利する様子を見て、一斉に歓声を上げるクラークら【聖なる息吹】ギルドの面々。

「さすがラフェルの野郎だぜっ、一番雑魚だと油断させておいてぶん殴りやがった!」

「ある意味最低な手段だけど、せこい回復術師のあいつらしいわねっ!」

「弱すぎて眼中に入らないってところを見越した作戦だったわけですねえ」

 喜びに沸くクラーク、エアル、ケインの三人だったが、カタリナだけはまもなく何か大事なことに気付いたかのようにはっとした顔に変わった。

「ってか、あたいらは別にラフェルに加勢してるわけでもないし、喜んだところでなんの意味もないじゃないのさ……」

「「「あっ……」」」

 クラークたちはそれまでと一転してどんよりとした面持ちに変わるのであった……。
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