クレーンゲームの達人

タキテル

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「Bブロックの最高得点は十四点獲得。代表は――」
 Aブロックが終わり、続いてBブロックの予選が終了した。後攻なので少しは期待できる戦いかと思ったが、ずば抜けて有能な参加者はおらず、レベルの低い泥沼な戦いが繰り広げられた。その中でも競り合って勝ち抜いた人は僕にはどうでもいい存在だ。柊祐奈が凄すぎたのが印象に残っているせいでもある。やはりクレーンゲームというのは見ている分では面白いし、奥が深い。僕は一人の見物人として戦いを見守っていたいがそういうこともいかないことを知らされる。
「以上で個人戦を終了します。代表になれなかった人たちは参加賞を配っているので貰ってご退場お願いします。続いてCブロック、ペアでの参加の皆々様、お集まり下さい」
 負けた者は最後までいることはできず退場という厳しい現実を突きつけられ、僕は中央に集まった。
「Cブロックの皆さんからペア戦となります。ルールは先程と同じ、制限時間以内に獲得した景品に応じて点数が付きますのでその合計点の高いペアが代表に選ばれます。ただし、先程と違う点を挙げますと制限時間は二十分。そして、台が十台増えます。いいですね?」
 僕たちは頷く。先程よりも視野が広くなった分、何を選べばいいのか迷いが膨らむ。それに制限時間も短くなったので考えている時間はない。直感で選ばないと勝てないと僕は錯覚した。ちなみにCブロックは僕と神谷以外のペアは三組いる。その中で頂点を極めないといけないわけだから大変だ。
「鈴木、お前はワイの視野に入るところから離れるな」
 神谷は小声で僕に耳打ちする。僕はその意味がわからなかったがとりあえず頷いた。チーム戦であるので自分の取れそうなものを取ればいいのではと思ったのだが、神谷には何か考えがあるのだろうか? 僕は神谷と違って実力がないので簡単なやつを集中的に取る予定でいたが神谷はどの台から向かうのだろうか。
「それではCブロックの予選開始です!」
 瀬古の合図で電光掲示板のタイマーが動き出した。その瞬間、他の参加者たちは一斉に動き出した。
「鈴木! ワイはあれをやる。鈴木はその隣の台をやってくれ」
 神谷が向かったのは五点の景品のフィギュアであった。糸で宙ずりにされており、アームのカッターで糸を切断することで獲得になるタイプのものであった。これも簡単そうに見えて実は奥が深い。数センチの感覚に糸を近づけなければならないのでタイミングが合わないと絶対に取れない。
 そして、僕が担当する隣の台では同じく景品はフィギュアであり、五点のものであったが取り方が違っていた。景品は紙が突っ張り棒でくくりつけられておりアームはフォークの形になっている。要するにフォークで紙を突き刺し切断させれば獲得となるタイプのものだった。フォークというより針と言ったほうがいいのだろうか。バラバラに配置された針が六本横に並んでいる。これを紙に突き刺すというのだからまた新しい取り方である。僕は今までやったことがない台に挑戦する。クレーンゲームは常に新しい取り方が生まれるので奥が深い。人の知恵が進歩するのと同じように。
 僕の初手は素直に真ん中に突き刺すことだった。しかし、紙に穴が開くが切断される気配はまるでなかった。
「鈴木、中心の端から狙ってけ」
 神谷は自分の台から視線を外さずに僕にアドバイスをいう。僕は神谷に言われた通りに中心の端にアームを止める。先程までは穴が開くだけで切れることはなかったが、神谷のアドバイス通りにやったらうまい具合に避けた。しかしまだ完全に切れていない。
「それを繰り返せば取れる」
 そう言った神谷はいつの間にか景品をいくつか取っていた。
 僕は時間をかけながらプレイを続ける。ここまできたら最早作業であり、切れるのも時間の問題であった。四回目のプレイでようやく紙は切断された。初の景品獲得である。
「よし! 取れた!」
 僕が取れたことに浮かれていると神谷は姿を消していた。
「あれ、神谷?」
 辺りを見渡すと、神谷は既に場所を移動していた。自分から離れるなと言っといて自分から離れていくことに僕は怪訝に思う。
「残り十分切りました!」
 瀬古の報告で僕は時間の少なさに焦りを感じる。
「どうしよう。どの台にすれば……」
「鈴木! 小物を頼む。最低五個だ!」
 神谷は振り返りもせずに遠くにいる僕に向かって大声で呼びかける。相変わらず命令口調で乱暴なものの言い方であるが、ひとまず僕は神谷の指示に従う。後は神谷がなんとかやってくれる。僕は神谷の足を引っ張らずに最低限の景品を取ればそれでいいのだ。
「よし! これだ」
 僕は小物である通常サイズのクレーン台の半分以下のサイズの台に寂しく挑戦した。二個で一点という厳しい台であるが確実性が重視なので残りの制限時間いっぱいまでそこの台をやり続けた。
「タイムアップ! プレイを止めてください!」
 瀬古の呼び止めで参加者は動きを止めた。スタッフが間に入って合計得点を集計する。数分後、集計が終わったスタッフの一人が瀬古に結果を知らせる。
「結果が出ました。Cブロックの最高得点は五十六点獲得――神谷、鈴木ペアです」
「おおお!」
 僕は素直に喜びをあらわにする。と、いってもそのうちの七割ほどは神谷が叩き出した点数なので僕一人では到底出すことができない点数なのだが。一方、神谷はというと僕みたいに喜ぶようなことはせず、まるで当然と言わんばかりに腕を組んで頷いている。さすがクレーンの達人といったところだろうか。
「さぁ、Cブロックの代表が決まりましたところで最後のブロック……Dブロックの予選だ!」
 瀬古テンションは徐々に上がっている。まさに司会者の要と言ってもいいような上げ方である。しかし、僕たちはDブロックの予選を見ることなくしばしの休憩に入ることにした。代表に選ばれたこともあり、一つの不安と足枷が外れたことが何よりも緊張が途切れた。クレーンゲームは焦りが高まれば高まるほど取れる確率は薄れる。遊びには変わりないのだが、神経を集中するため、疲れは並以上に生じる。しかも大会ともなれば尚更である。慣れないことをしたものあり、僕は自販機でジュースを買う。
「お疲れ! お前のおかげで勝てたよ」
 神谷はそんなことを言うが僕はほとんど何もしていない。全ては神谷のおかげだと僕は伝える。
「いや、そうでもない。ペアである為、お前の力でもあった。この調子で全国の切符を手にしよう」
 神谷は手を差し伸べる。
「いや、そんな大げさな……それは優勝まで取っとこうよ」
 僕はやんわり避けた。
「それもそうだな。カミタツ、スートンの二人組として頑張ろう」
 いつものテンションとは少し違うセリフの神谷は拳を突きつける。
僕はその拳を拳で当てる。
「果たしてそううまくいくかしら」
 突如、僕たちの横から否定する声がして振り向いた。そこには柊祐奈の姿があった。
「たかがブロックの代表になったくらいでいい気になっているんじゃないわよ。ってか、あんたたちそもそもどういう目的で大会に参加したのかしら?」
 上から目線の否定的な発言に僕たちは一瞬言葉を失う。最初に言葉を発したのは神谷だった。
「お嬢ちゃん。ワイたちはクレーンゲームで天下を取りたいんや。クレーンゲームを愛している。クレーンゲームが好きだ。だから大会に出場した。文句あるか?」
「ふーん。そう、でも私はお嬢ちゃんなんて歳じゃない。こう見えても二十四です。あなたはそうかもしれないけど、彼はあなたの足を引っ張っているんじゃないかしら?」
 柊祐奈は僕の方に視線を向ける。僕より一つ年上で神谷の一つ年下という事実も衝撃的であったが、僕が神谷の足を引っ張っていると言われ、そうなのかと考えさせられる。
「確かにそうかもしれない」
 意外にも神谷は否定してくれなかった。そこは普通「そんなことはない」と言ってくれるべきではないのだろうか? 
「確かに鈴木はまだそんなにうまくもないし足を引っ張ることはあるかもしれない。けどな、ワイは鈴木と組まないと嫌だ。こいつじゃなきゃ嫌なんだ」
「神谷……そこまで僕のことを」
 実力が全てというわけではなく、僕しかいけないとちゃんした理由がある。そのようなことを言ってくれた神谷に僕は感動の目を差し向ける。
「こんな都合の良い男! 他にいないだろう! いつもで一緒にいて言われたことを素直に受け入れてくれる奴はどこ探しても鈴木以外いないんだ!」
「え……」
 僕は拍子抜けした。熱い友情のようなものを感じていた僕だったが神谷にとって僕は都合の良い人間でしかなかった。いや、コンビを組んだ時からそのようなものはあったのだが、苦難を乗り越えてきた仲ではなくいいように使われただけだと取れる発言に僕は泣きそうになる。それは本心なのか? 本心で言っているのか、その真意を確かめたところだ。
「ふ、ふ、あははははっはっは!」
 突如、柊祐奈はお腹を抱えて爆笑した。余りにも可笑しかったのか、立っていられないほど笑いこけていた。その姿に僕たちは呆然とする。ツンツンしたキャラだと思っていた柊祐奈は笑うとこんなにも印象が変わってしまうのかというほど僕は意外そうに彼女を見る。
「あは……ふーお腹苦しい」
 笑い疲れたのか、柊祐奈は呼吸を整えてゆっくりと立ち上がる。
「ふー、取り乱してごめんなさい。ちょっとツボに入ったわ」
 ちょっとどころではなくドツボにはまったと僕は心の中で思う。
「使えるものは使う。利用できるものは利用する。お互い都合がよくて仕方なく組んでいる感じ、実にいいわ。あなたたちの動画は不愉快だけど、生で見るとまだマシって感じね」
 柊祐奈は褒めているのか貶しているのかよくわからないことを言うが、一つだけわかったことは彼女の目から僕たちの印象が大きくわかったというところだった。
「ゆうちゃん! ワイらの動画の何が気に食わないっていうんや!」
「ゆうちゃん?」
 僕は神谷の出したあだ名に困惑する。
「なんていうか、ノリが嫌! 無理矢理テンション上げて盛り上げようとしているところがバレバレ。それに動画のクオリティがなっていない。クレーンゲームがメインなのか人間がメインなのかわかったものじゃないわ」
 柊祐奈はあだ名を言われたことに関してはスルーして動画に対するダメ出しをした。柊祐奈のいうことはもっともであり、僕も心のどこかで思っていたことなので納得してしまった。動画での神谷はテンション上げ上げで僕も引いてしまうレベルである。だが、これも営業スタイルなのだと思い、僕はビデオカメラを回し続けていた。
「………………」
 神谷は反論することができず、じっと柊祐奈を見つめる。
「あぁ、そうそう。確かに私の知人からはゆうちゃんと言われることもあるけど、あなたみたいな人が言ってもいいようなあだ名じゃないからやめてもらえるかしら?」
 柊祐奈は金髪の髪を靡かせながらしっかりと否定した。初対面の男に言われたくないのだろう。
「ゆうちゃんはなんでクレーンゲームをしている訳?」
 神谷はあだ名で言うのをやめろと言われたばかりなのにすぐさまあだ名で呼んだ。話を聞いていなかったのかと僕は心の中で神谷に問いかける。
「強いて言えば――スリルがほしいのよ」
 否定するのが面倒になったのか、柊祐奈は質問に答える。
「スリル?」
 僕は繰り返す。
「ええ。自分が操作したポイントにアームを下げて取れるか取れないかのあの時間が止まった時の感覚。あれがたまらなく好き。次の動きはどうなるのか、景品がどのように落ちていくのかやっていて楽しいわよね。かなりお金使っちゃうけど」
 と、柊祐奈は楽しそうにそう言った。おそらく、今話したことは本心に違いない。素で言っていると僕は感じた。
「その感情、わかるよ。ワイもそうだし、あの緊張感、ワクワクする」
「あ、わかる? やっぱ、あの焦らしようがまたいいのよね」
「うん。うん。でも、失敗した時のアームが定位置に戻るまでの動きとか、早く戻れよってならない?」
「なる! なる! あの時だけ妙に苛立つよね」
 と、何故か神谷と柊祐奈は和気藹々と楽しく言葉を交じ合わせた。なんなのだ、この学校で隣同士の席で仕方なく喋ったら実は良い奴だったみたいな流れは。僕は置いてきぼりになりながら二人を眺める形になっていた。
「おっと。私としたことが、何故か会話を楽しんでしまった。不覚!」
 柊祐奈は我に返ったかのようにハッと平常心を取り戻す。何がいけないのかと僕は思うが、彼女にとっては自分の哀れさに悔やんでいる様子だ。
「ゆうちゃん、LINE教えて!」と、神谷はさり気なく連絡先を聞こうとするが、当然、柊祐奈の答えは「嫌!」の一言であった。
「Dブロック! 終了!」
 遠くから瀬古の甲高い声がこちらまで聞こえてきた。どうやら休憩をしている間にDブロックの予選は終わったようだ。
「そろそろ行こうか」
 僕は二人に言った。
「言っとくけど、私に気安く話しかけないでよね。私から話しかけるのはいいけど、あなたたちから私に話しかけるのはナッシングだから。いい?」
 『たち』ということは神谷だけではなく僕も含まれているのだろう。あまりにも勝手な言い草に僕は文句を言ってやろうと思ったけど、言葉では負けそうな気がして何も言わなかった。
 無理矢理金髪に染めた髪色に真面目で清楚な可愛い顔をして、おまけに口を開けば毒を吐くような理不尽な言い草というアンバランス過ぎる彼女は言いたいことだけを言って会場の中心の方へ向かっていった。
「なんだったんだ、一体……」
 僕は彼女が何をしたかったのかさっぱりわからなかった。
「鈴木はドMか?」
「な、は、はぁ?」
 僕は神谷の不意打ちのように聞かれた質問に取り乱す。
「ワイはあんな子にイジメられると興奮する。ゆうちゃんの中のアームで掴んでほしいわ――あそこを」
「誰か、ここに変質者がいます!」
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