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第1章 はじまりの村
第5話 黒の壁
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「あ、起きました?」
「……あれ」
そう思っていたのだが、やはり俺はそう有能な人間じゃないらしい。
俺が意識を取り戻した時には周囲は明るくなっていた。
スイはさっぱりした表情で剣を携え自分の横でほほ笑んでいる。
「ごめんなさいね、私が見張りするっていったのに。なんか寝ちゃってて」
「いえ、こちらこそ……俺も起きててようって思ったんですが……」
「ふふ、これどうぞ」
と、彼女は手にもっていた物を俺に渡す。
「りんご?」
それは俺にも身に覚えのあるものだった。
すでに皮はむかれ、食べやすいサイズに切られてはいるが。
「うまいな……」
口にすると素直にそんな言葉が出た。
朝いちばんに果物をかじる。随分健康的な食事ではないか。
「ですよねー、最近、割とうまくむけるようになったんですよ。ちょっぴり自慢です」
そう言いながら自分の剣をとんとんと叩く。まさかと思うがその剣で皮をむいたのだろうか。
──だとするとあのムカデの体液とかがついていたりとか……?
俺は考える事を止めた。
「いや、ほんとうまくできてるんじゃないですかこれ。ごちそうさま」
「どうもー。では、行きましょうか。どうぞ乗ってください」
俺が食べ終わるのをみると彼女は馬車の方向を指さす。
何から何まで世話になって申し訳ない気持ちもあるが、こうも爽やかな朝を迎えたのはいついらいだろう。
俺はぐっと背伸びをすると立ち上がり、彼女の後をついていった。
スイに手招きされて、馬車に乗ろうと足をあげる。
「うおっ……なんだこれ、意外に高い……うわぁあ!?」
俺は馬車に乗ったことが今までの人生で一度もなかった。
根っからのインドア派で旅行なんていったこともないから当然なのだが。
こんなに馬車が乗りにくいとは思わずバランスを崩す。
「え? ちょっ、大丈夫ですか!?」
スイもまさかここで転ぶなど思ってもいなかったのだろう。
心底驚いているようだった。これは恥ずかしい。
「す、すいません……ちょっと、足をすべらせただけです」
「つかまってください。そこに足をかけて……そうです、いきますよっ……!」
俺の手を握りぐいっと引っ張り上げるスイ。
……地味に美少女と手を握ってしまったことにラッキー感を覚える。
だが当然、スイにはそんなつもりは毛頭ないようで俺がしっかりと馬車にのったことを確認すると安全確認を行い、淡々と手綱を握る。随分と手慣れたものだ。
「トーラまで三時間ぐらいで着くと思います。それまでのんびりしていてください。発進しますので気を付けて」
「はい」
俺の返事を確認するとスイは馬に進行の合図を送る。
一瞬、がくりと揺れはしたがその後は快適に進んでいった。
「うわぁ……すげぇ……」
つい、感嘆のため息を漏らす。
何事も人生初めての体験というものは新鮮に感じるものだ。
ちょっと動物臭いが座る位置が高いこともあって見える景色が随分変わる。
と、はしゃぎすぎたのかスイがクスクスと笑いながら話しかけてくる。
「ふふっ、無邪気なんですね。馬車にはのらないんですか?」
「いやぁ……乗ったことないです、馬車」
「えぇ? いつも徒歩で移動を? そんなにお金に困ってるんですか?」
心底意外だ、とスイは驚きの様子を隠さない。
それに対して俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
まさに現況、金に困っているのは確かなのだがそういう問題ではないのだから。
とはいえ無視するわけにもいかず俺はそうです、と軽く返事をする。
「ところで、さっきから見えるアレ、なんですか? 壁?」
ふと俺は進行方向とは逆の方向を指さした。
その先、というか地平線の彼方には黒い壁のようなものが天にまで伸びている。
昨日は混乱していたことと周囲が暗かったことで気づかなかったのだが、まるで世界を切り取ったかのようにある所から全てが黒で塗りつぶされているのだ。
しかもその壁は縦だけでなく横方向にも果てしなく広がっている。
あんなものはゲームでは見なかったはずなのだが。
「ご存じないのですか? 封魔の極大結界ですよ」
「……?」
聞きなれない言葉に俺は首をかしげる。
やはりそんな単語、ゲームには出てこなかったはずだ。
「いつの時代か分かりませんけど昔、魔王を大地ごと封じた時にできた結界ですよ。あれより先は暗黒地帯で……どうなってるのかはさっぱり」
「…………結界、あれが」
「えぇ、正確にはその結界から漏れている瘴気なんですけどね。大陸のある境から先を封じる極大結界。あれがどうやって維持されているのかは国家機密らしいですよ。なんか怖いですよね」
「なるほど……」
そんな話は聞いたことが無い。たしかに、ストーリークエストを進める時、一部エンターキーを連打して会話を飛ばしていた事もある。
しかし、そうだとしてもあそこまで目立つ結界を覚えてないなんてことはないはずだ。
──これは、少し考えを改める必要があるのかもしれないな。
昨日、俺はゲームの中の世界にいると思っていた。
しかし、考えてみればゲームの世界観に似た世界、という説もありうる。
現にあの結界が示す通り全てがゲーム通りというわけではないようだ。
そもそも、ゲーム通りだったら俺はあらゆるクラスのキャラのレベルをカンストさせているのだからアーマーセンチピードなんてクリック一つで倒せる力を持っているはずだ。
そんな様子は微塵も感じないし、この仮説の方が正しいのかもしれない。
「でも完全には封じ込めることはできてないみたいで。魔物が出現してるのはそのせいだと言われています」
「え、じゃあ魔王も出てくるってことですか?」
少し物騒な話に僅かながら不安を覚える。
「うーん……あの結界の仕組みは本当によくわからないのでわかりませんが……少なくとも百年ぐらいは出てきてないみたいですし、それはないと思うんですけどね」
というか、でてきたら死んじゃいますよ。と軽く笑うスイ。
ボスモンスターという概念は俺がやっていたゲームにもあったが魔王という存在はない。
ゲームでは未実装だっただけかもしれないが。
「まぁその時はもう、どうしようもないので考えるのはやめましょう。もうちょっと明るい話をしませんか」
そう言いながらスイは苦笑しながら振り返る。
──そりゃそうだ、話題の選択を誤ったな。
俺は心の中でスイに謝罪し何気なく見えてくる景色の話題とかをスイにふる。
当然、そんなに盛り上がらなかったがニートのコミュ力ではよく持った方だろう。
スイが丁寧に相槌をうってくれることもあって、なんだかんだ楽しい時間が続いた。
「……あれ」
そう思っていたのだが、やはり俺はそう有能な人間じゃないらしい。
俺が意識を取り戻した時には周囲は明るくなっていた。
スイはさっぱりした表情で剣を携え自分の横でほほ笑んでいる。
「ごめんなさいね、私が見張りするっていったのに。なんか寝ちゃってて」
「いえ、こちらこそ……俺も起きててようって思ったんですが……」
「ふふ、これどうぞ」
と、彼女は手にもっていた物を俺に渡す。
「りんご?」
それは俺にも身に覚えのあるものだった。
すでに皮はむかれ、食べやすいサイズに切られてはいるが。
「うまいな……」
口にすると素直にそんな言葉が出た。
朝いちばんに果物をかじる。随分健康的な食事ではないか。
「ですよねー、最近、割とうまくむけるようになったんですよ。ちょっぴり自慢です」
そう言いながら自分の剣をとんとんと叩く。まさかと思うがその剣で皮をむいたのだろうか。
──だとするとあのムカデの体液とかがついていたりとか……?
俺は考える事を止めた。
「いや、ほんとうまくできてるんじゃないですかこれ。ごちそうさま」
「どうもー。では、行きましょうか。どうぞ乗ってください」
俺が食べ終わるのをみると彼女は馬車の方向を指さす。
何から何まで世話になって申し訳ない気持ちもあるが、こうも爽やかな朝を迎えたのはいついらいだろう。
俺はぐっと背伸びをすると立ち上がり、彼女の後をついていった。
スイに手招きされて、馬車に乗ろうと足をあげる。
「うおっ……なんだこれ、意外に高い……うわぁあ!?」
俺は馬車に乗ったことが今までの人生で一度もなかった。
根っからのインドア派で旅行なんていったこともないから当然なのだが。
こんなに馬車が乗りにくいとは思わずバランスを崩す。
「え? ちょっ、大丈夫ですか!?」
スイもまさかここで転ぶなど思ってもいなかったのだろう。
心底驚いているようだった。これは恥ずかしい。
「す、すいません……ちょっと、足をすべらせただけです」
「つかまってください。そこに足をかけて……そうです、いきますよっ……!」
俺の手を握りぐいっと引っ張り上げるスイ。
……地味に美少女と手を握ってしまったことにラッキー感を覚える。
だが当然、スイにはそんなつもりは毛頭ないようで俺がしっかりと馬車にのったことを確認すると安全確認を行い、淡々と手綱を握る。随分と手慣れたものだ。
「トーラまで三時間ぐらいで着くと思います。それまでのんびりしていてください。発進しますので気を付けて」
「はい」
俺の返事を確認するとスイは馬に進行の合図を送る。
一瞬、がくりと揺れはしたがその後は快適に進んでいった。
「うわぁ……すげぇ……」
つい、感嘆のため息を漏らす。
何事も人生初めての体験というものは新鮮に感じるものだ。
ちょっと動物臭いが座る位置が高いこともあって見える景色が随分変わる。
と、はしゃぎすぎたのかスイがクスクスと笑いながら話しかけてくる。
「ふふっ、無邪気なんですね。馬車にはのらないんですか?」
「いやぁ……乗ったことないです、馬車」
「えぇ? いつも徒歩で移動を? そんなにお金に困ってるんですか?」
心底意外だ、とスイは驚きの様子を隠さない。
それに対して俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
まさに現況、金に困っているのは確かなのだがそういう問題ではないのだから。
とはいえ無視するわけにもいかず俺はそうです、と軽く返事をする。
「ところで、さっきから見えるアレ、なんですか? 壁?」
ふと俺は進行方向とは逆の方向を指さした。
その先、というか地平線の彼方には黒い壁のようなものが天にまで伸びている。
昨日は混乱していたことと周囲が暗かったことで気づかなかったのだが、まるで世界を切り取ったかのようにある所から全てが黒で塗りつぶされているのだ。
しかもその壁は縦だけでなく横方向にも果てしなく広がっている。
あんなものはゲームでは見なかったはずなのだが。
「ご存じないのですか? 封魔の極大結界ですよ」
「……?」
聞きなれない言葉に俺は首をかしげる。
やはりそんな単語、ゲームには出てこなかったはずだ。
「いつの時代か分かりませんけど昔、魔王を大地ごと封じた時にできた結界ですよ。あれより先は暗黒地帯で……どうなってるのかはさっぱり」
「…………結界、あれが」
「えぇ、正確にはその結界から漏れている瘴気なんですけどね。大陸のある境から先を封じる極大結界。あれがどうやって維持されているのかは国家機密らしいですよ。なんか怖いですよね」
「なるほど……」
そんな話は聞いたことが無い。たしかに、ストーリークエストを進める時、一部エンターキーを連打して会話を飛ばしていた事もある。
しかし、そうだとしてもあそこまで目立つ結界を覚えてないなんてことはないはずだ。
──これは、少し考えを改める必要があるのかもしれないな。
昨日、俺はゲームの中の世界にいると思っていた。
しかし、考えてみればゲームの世界観に似た世界、という説もありうる。
現にあの結界が示す通り全てがゲーム通りというわけではないようだ。
そもそも、ゲーム通りだったら俺はあらゆるクラスのキャラのレベルをカンストさせているのだからアーマーセンチピードなんてクリック一つで倒せる力を持っているはずだ。
そんな様子は微塵も感じないし、この仮説の方が正しいのかもしれない。
「でも完全には封じ込めることはできてないみたいで。魔物が出現してるのはそのせいだと言われています」
「え、じゃあ魔王も出てくるってことですか?」
少し物騒な話に僅かながら不安を覚える。
「うーん……あの結界の仕組みは本当によくわからないのでわかりませんが……少なくとも百年ぐらいは出てきてないみたいですし、それはないと思うんですけどね」
というか、でてきたら死んじゃいますよ。と軽く笑うスイ。
ボスモンスターという概念は俺がやっていたゲームにもあったが魔王という存在はない。
ゲームでは未実装だっただけかもしれないが。
「まぁその時はもう、どうしようもないので考えるのはやめましょう。もうちょっと明るい話をしませんか」
そう言いながらスイは苦笑しながら振り返る。
──そりゃそうだ、話題の選択を誤ったな。
俺は心の中でスイに謝罪し何気なく見えてくる景色の話題とかをスイにふる。
当然、そんなに盛り上がらなかったがニートのコミュ力ではよく持った方だろう。
スイが丁寧に相槌をうってくれることもあって、なんだかんだ楽しい時間が続いた。
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