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2/16日 夜
しおりを挟むママに連れられ大阪へ行き、トキメキTVの最終選考を終え、ようやく広島に帰ってきたのは土曜日の夜でした。
自宅へ向かうタクシーの後部座席から、それほど綺麗でもない青黒く染まる夜空をみていると、なんだか切なくなってくるのでした。
勇者さま……。
お逢いしたくて、仕方がありません。
忙(せわ)しなく何かに取り組んでいるときはいいのですが、こうやってタクシーでぼんやりしている時は、つい彼を思い浮かべてしまって、そうしたら胸の奥がざわざわとして落ち着かなくて、お尻もちくちくするし、いつものあたしじゃないのです。
そうです。やまが菌に身体の隅々まで侵され、恥ずかしながら少女漫画みたくに初恋モード。
兄さんとママには打ち明けることはできません。
歳が離れ過ぎているし、相手が兄さんのお友だちだなんて、それもおトイレで関係を持ってしまったからだなんて、まるでママが好きなワイドショーネタです。
ママは選考会場の控室で言ってました。
『いいこと愛ちゃん。今が一番大切なのよ。付き合っている男の子いますか? なんて質問されても『今はいません』と絶対に答えるのよ。まあ愛ちゃんはいないと思うけど、アイドルを目指すなら恋愛はご法度だから。あ、ご法度はダメって事だからね』
所詮実らぬ恋なのです。
それでも山柿さまを想い焦がれてしまう。あたしって悲劇のヒロインみたいで、ちょっぴり素敵……。
この想いは誰にも内緒、そっと心のダンジョン深く、トラップ付きの宝箱の中に入れちゃうのです。
そして些細な事ですがある心配事があったのでした。
それは勇者さまにしてしまったレディにあるまじき行為……。
勇者さまのお膝にズボンにそれこそ下半身全部に、オシッコをかけてしまったのですっ!!
犬が電信柱にマーキングするのとは違います。どぼどぼと濡らしてしまって、穴があったら入りたい。先ほどのダンジョンの最深部のボス級モンスターにでもなって一生を終えたいくらい恥ずかしいのです。
おトイレでは、許して下さいました。『泣かないで愛里』とあたしが悲しんでいるのを察して、優しい言葉まで掛けて下さいました。
そんな勇者さまであれば、あたしが困りそうな事を他人に漏らしたりするとは思えないのですが、それでも少しだけ心配なのでした。
今度お逢いする時はお願いしてみたいものです……。内緒にしてくださいね、と。
ようやくタクシーが家に到着すると、あたしは直ぐに兄さんのお部屋に向かいました。ノックして出てくるのを待ちます。
「おう。おかえり愛里。母さんは?」
出てきた兄さんはお勉強中だったようで、半分だけ開かれたドアの隙間からは学習机の上に開かれた問題集みたいなのが見えます。
「いまタクシーのお金払ってる」
「そうか」
どうしょう。お勉強会しないの? して欲しい。そう言葉がだせない。
「お化け屋敷に行くのは、いつなんだ」
「え? あ、うん。ちかじか」
「そうか。なら明日勉強会しようか?」
「えっ! いいのっ?」
「うむ。ヤツはロリコンぽいから、愛里と合わせたくはないんだが、少しくらいなら」
不思議な言葉。
ロリコンってなんなのでしょう?
レンコンやダイコンみたいな食べ物でしょうか。どちらも料理の腕次第で美味しくも不味くもなる素材ですけど、そう言われば山柿さまも外見だけだと怖いだけですが、深く付き合い真のお姿を知ったなら素晴らしさがわかるのです。
でもあたしと合わせたくないって何故?
取り敢えず、少しくらいならOKみたいだから、「うんうん」と頷いておきます。
「ヤツに訊きたい事もあったし、ちょうどいいからな」
「ありがとう」
やったーっ!!
嬉しくてぴょんぴょん跳ねていると、「嘘をつくなら、もう少し上手にするべきだな」と兄さんは目を細めました。
え?
「愛里は怖いものが好きじゃないか。トカゲとかマムシとかクモとか。原色原寸大の昆虫図鑑や爬虫類図鑑もお兄ちゃんがプレゼントしたんだぞ」
「え。あ。うん」
「山柿の怖顔に興味あるんだろ?」
うわあぁ~っ! どどどうしょう。兄さんに心の宝箱が見つかってるみたいです。違うって嘘言っても多分ダメかも。
ならいっそ――。
「はい……ちょっとだけ」
「うん。正直でよろしい」
えっ。兄さん、あたしの頭を撫でてる? 怒ってない。笑っている。どうしたんだろ。
「クモやマムシを眺めるように山柿を観察したいんだろう。わかる。だけどな、そこまでだぞ。そこまで」
まあ。そういう感じに思ってくれたなんて、助かりました。でもそうですよね、小三のあたしが高三の山柿さまに想いを寄せているだなんて、思いもしないでしょう。
「ヤツが来ても近寄らない事。挨拶くらいならいいが話しはあまりしない事。その約束を守れるかい? 守れるなら明日勉強会をする。どうだ?」
「えっ? あ、うん。まもる……」
「うむ。その顔からして大丈夫みたいだな。よし、月曜日にでも呼ぼう」
笑ってくれました。ありがとう兄さん。何故かえらく制約を決められましたがそれでも良いのです。
あたし人知れずに頑張っちゃうかもです。
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