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☆商店街
しおりを挟む「あっ……愛里ちゃん……っ!」
呼び止める綾部さんに振り返ることもせず、愛里は通行人の間を走りぬけて行ってしまった。
姿が全く見えなくなって綾部さんが振り返る。
「どうしちゃったのかしら。私なにか悪い事言ったと思う?」
「いや。おかしな所はどこにもなかったよ。親切だったと思う」
綾部さんは戻されたお金を握りしめたまま、財布に収めようとしない。
分からなくて当たり前だ。あの画用紙で作った財布にはムカデが、亡くなった父親が縁日で買ってくれたムカデのおもちゃが入っていたのだから。
かけがえのない思い出を閉じ込めた品なのだから。
愛里にとっては大切な形見。
簡単に諦めたくないのは痛いほどわかる。
「お財布を見つけてあげたかったんだけど残念。
拾われたか、この川に落ちたようね」
「胸ポケットに入れていたと言ってたから、人とぶつかった時に、たぶんそうだろう」
愛里の小さなポケットじゃ、あの財布は半分も入らない。
しかも画用紙で作っているから今日の風だとよく舞いそうだ。
これだけ探して無いのはやっぱり川に落ちたのだろう。
仮に拾われたとしても、気持ち悪いムカデが入っているだけだから、持ち帰るヤツなんかいやしない。
この川にでも投げ捨てるだろう。
「どうする事もできないし、私たちも帰りましょう」
綾部さんがそう呟いた。
「そうだな……」
僕も頷く。
賢明な所だろう。
でも綾部さん、出来ればもっと早くに、愛里と別れる前にそう言って欲しかった。
そうすれば直接愛里に謝れたものを……。
いや、謝るというより話し合いだ。
僕が今思っている後悔の念や、トイレであった行為を愛里がどう受け止めているのかを知る事ができた。
愛里にとって僕はもう大人で赤の他人、素直に負の心を出してくれるとは思えないけど、それでもゆっくりと時間をかけて話してゆけば愛里の心を導き出せたと思う。
そして幾らかでも愛里の心をケアできたかもしれないし、和らげてあげることができたかもしれない。
だけど何も得る物が無かったわけではない。
愛里が僕を拒絶していなかったように見えた事だろうか。
もし引きずって思い詰めていたのなら、表情に何かしらサインが出ていてもおかしくないはず。
もっとも愛里は僕の顔を見ても怯えない程の子供、微笑む事ができる子供、しっかりとした子供だから、僕に気を使って表情に出ないよう我慢していた、とも考えられる。
愛里がトイレ事件で傷付いていないと断言はできないが、それでも話ができて良かった。
「さー山柿くんに伝えられたわけだし、これから受験に専念できそうだわ」
そう言って両腕を空に伸ばしてストレッチする綾部さんは続けた。
「あ、正式にお付き合いを始めるのは受験が終わってからにしましょうね。お互い勉強に専念しなくちゃ」
不思議な事を言う彼女を、このままスルーするわけにはゆかない。
「あの……僕はOKも何も言っていないのですが」
「そうだったかしら?」
綾部さんはしれっと笑った。
「そうです」
「だったら、OKって事になるわね」
又わけの分からない事を言い出したよこの人。
「どうしてそうなる?」
「あの手紙に」と綾部さんは腕組した人差し指を空に向ける。
「あの手紙に、わざわざ『返事はお早目に』って書いてなかった?」
「ああ、書いていたが……」
だからどうした。
「書いていてこれだわ。ちゃんと裏面の注意書きを読んだ?」
綾部さんは呆れて両手を上げ、またまたWの文字をつくる。
「裏面の注意書き?」
ポケットの中にあるラブレターを取り出して裏を確認すると、確かに文字が書かれてある。
一、YES、NOの返事はこの文章を読んで30分以内が制限とする。
二、制限時間を過ぎても返事が出来ない読者はYESと返答した事とみなす。
三、突然の身体的事故等によって返事が出来ない場合を除いて、二の要件が読者に適用される。
「なんだこれ……、しかも読者って……」
何かの契約書みたいじゃないか。
「どう?」
「どうって……」
こいつ。自信に満ちた表情。なんか腹が立つ。
よお~く分かった。綾部さんには毅然と言わなければいけないのだ。
「いい加減にしてくれ! こういうのに従うわけに――」
「じゃ、これコピーしてばら撒いちゃおうかしら~♪」
綾部さんが微笑みながら謝罪文が入っている胸ポケットに手を置いた。
「ぐぐぐぐぐ……」
僕だけが非難の声を浴びるのならいいが、愛里も嘲笑を受けてしまう。
綾部さんも分かっているだろうに、冗談にしては質(たち)が悪いぞ綾部さん。
「あら、その顔……。
うーん……もしかして喜んでいるのかしら?
貴方M?」
綾部さんは眉をひそめて僕の表情をチェックしている。
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