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☆異常
しおりを挟む僕の個性を評価していた監督。
無駄に丈夫な身体や、平均よりずいぶんデカイらしい僕のマックス君もそうだけど、僕のとってはコンプレックでしかなかったこの怖い顔を評価し、役者としての将来性に期待していた。
初めは半信半疑だったけど、テレビに出るようになり、実際に女の子から怖がられなくなってゆく自分が不思議でならなかったし、広報の人だったか、僕のファンクラブまで出来たと聞いたときのは耳を疑った。
マイナスでしかなかった僕の怖い顔が、強い個性として逆に武器になる。監督の言っていた通り現実にこの顔が商品になっている。
18年生きてきて価値観の逆転だった。
そういった意味で、僕にとって監督は救世主みたいな存在だ。
愛里を商品として扱う考えは軽蔑するけど、それ以外は行動力といい冷静な判断といい、ほんとうに尊敬しているし大いに感謝している。
だけど、その監督に言われた。
さあ、ソレを挿れてみろ。激しくレイプしてみろ。
世界は広い。世の中の成人男性が、そう催促をされたことがあるだろうか。
無理やりズボンを脱がされ、マックス君になっている我が息子に『見事だな』としみじみ頷かれたことがあるだろうか。
実をいうとこれは番組企画のドッキリか、A∨監督らしいブラックジョークなんじゃないだろうかと期待したが、一向にタネ明かしする気配はない。
そもそも僕に飲ませようと緑茶にED薬(インポテンス治療薬)と媚薬を盛っていたり、監督らしかぬ色っぽいスーツを着ていたり、リビングにわざわざ布団を敷いていたり、とにかくいろいろ監督自身でちゃんと事前準備をして僕を呼びつけた時点で、もうマジで本気なわけだ。ヤル気満々のレイプ希望だ。
自分でわざわざタイツを破いて、着衣のままいきなり挿れろと命令している。
『ここから先、坂本と仲良くやっていきたい為にも、真実は話すが、もっと仲良くなるべきではないだろうか』
確かに監督はそう言った。
こんなことまでしないと話せない真実って……何がある?
想像もつかない。
とにかく僕が断ると『演技指導だから』と言い返してきたが、はなからそんな気は無いことくらいは知っている。もしそうなら事前に僕に説明があってもいいだろうし、そもそもエッチをするのに適当な理由で誤魔化しているくらいだから、目的は僕にレイプさせたいだけだ。
何というぶっ飛んだ精神か。これが異常と言わないで、何が異常だ。
監督が二十歳の時、プロデューサーに拘束レイプされて孕まされ、それが原因で芸能界を引退せざる負えなったと聞いた。
監督にとっては心身共に辛く苦い体験だっただろう。
トップモデルになるのにかなりの努力があっただろうし、それが一瞬にして崩れたのだから、僕も本当に気の毒だったと思う。
だけどそれが18年以上も経って、逆に性癖となってしまったのか?
嫌よ嫌よも好きのうち。確かにそういったケースもあるだろう。
監督のA∨作品はレイプ系や陵辱系が多いし、無理やりヤラれる状況に欲情するようになってしまったと言われれば、ああそうなのか、と何となく納得はできる。
レイプ自体は犯罪だけど、ふたりが同意してのレイププレイはSM同様に大有りなのだから。
だけど、そういった諸々の事情を踏まえた上でも、この行為は異常と言わざる負えない。
なにせ監督は親友のお母さんなのだ。
僕を役者にさせようとしている超有名監督でもあるのだ。
監督からしてみれば僕は息子の同級生であり、それに将来、これはとても可能性の少ないレアなケースなのだけど、僕(18歳大学生)が監督の娘さん(現在小学4年生)とお付き合いするかもしれないわけで、もしそうなってしまうと僕は、娘の彼氏だ。
もしかしたらウエディングベルが鳴るような自体になるかもしれない。(今の愛里だと絶対に無理だろうけど)
有能な監督が想像できないわけがなく、最悪の人間関係ができてしまうという自覚の上で、認識した状態で、僕にレイプしろと、肉体関係を強要する。
ED薬と媚薬を使ってまでだ。
もうおかしい。全然分からない。
そしてこれだけで終わらない。
監督は、命令をきっぱり断った僕に向かって、あっさりと『クビ』を告げたのだ。
僕が監督の娘に淫行してしまった時でさえ許してくれた監督が、たいした説明もなく、それこそ新聞の契約を止める旨を伝えるみたいに簡単に僕を切り捨てた。
今まで監督の指示通り演技のレッスンを受けていたが、あれは何だったんだ?
僕が俳優として成功すれば、《愛里と何をしてもいい》などと嬉しい事を言ってくれたのは何だったんだ?
監督にとっては、僕とエッチすることのほうが、遥かに重要なことなのか?
◆
◆
こうやって時間が経ち、冷静になってみると、今ごろ監督も後悔しているんじゃないだろうかと思えてきた。
売り言葉に買い言葉ってあるし。
いつも落ち着いている監督だけど、さっきは動揺していてつい『クビだ』と言ってしまったのかもしれない。
だって僕は監督に反論したことは過去になかったわけで、監督が僕をどんなポジションに置いていたのか分からないけれど、少なくともセナさんやミッチェルさんといった数少ない岩田ファミリーのメンバーには入っているはずで、だから坂本氷魔が断わるはずはずがない、どんな要求でも受けてくれると信じていたはずだ。
もちろんそれだけのことを監督は僕にしてくれたし、僕も出来る限りしてあげたいと思っている。
そんな経緯の中、坂本があっさりエッチを拒否した。
飼い犬に手を噛まれた心境だったのかもしれない。
K大寮が見えた。素振りの音がしていたので玄関には入らず、玉砂利を鳴らして横の小さな庭にまわると、岩田がトレーニング姿で竹刀を振っていた。
岩田は愛里に別人格のマークⅢが居座ってから元気がない。
ホテルからの帰り道、さんざん悩んだ監督の奇行は岩田には話さないと決めていた。
監督が困るというのもあるけど、知った岩田があまりにも気の毒だからだ。
もちろん綾部さんにも、セナさんにも誰にも言えない。
「監督と会ってきた。愛里ちゃんの人格をマークⅢのまま固定するって言ってた」
「そうか……」
岩田は表情ひとつ変えず、素振りも止めない。
それだけで僕は悟った。知っていたのだ岩田は。
「良いのか、このままで。もう以前の愛里ちゃんは戻ってこれない」
「母さんから事情を聞いたんだろう。仕方がない」
「マークⅢが本来の愛里ちゃんだって言っていた」
「そうだな……。3年も、いや、もうそろそろ4年になるんだな。
人格が変わってしまったことを忘れてしまったわけじゃないが、あの愛里がすっかり岩田家に溶け込んでしまっていたからな。
もう僕も母さんもあれが愛里なんだなと……。申し合わせたわけじゃなく、自然とそのつもりだった……」
岩田がどれほど以前の愛里を愛していたのか。
可愛がっていたのか、最近の覇気がない岩田を見ていればわかる。
夏の終わり、僕が愛里の変態性を知っても、それでも好きだと言い切ったときに、岩田がどんなに大変なのかを真剣に説明してくれた。あの時の強い岩田はいない。
愛里と共に生きていく――。
僕が決意したのと同じように岩田もまた覚悟していたのだ。
変わってしまった愛里にあわせ、時間をかけて考え方も行動も生活さえも変え、愛情も注いできたのだろう。特定の彼女を作ろうとしなかったのも、愛里の変態性を隠すためだったのに違いない。
ところが、一夜にして元の人格が戻ってきて愛里を支配した。もう以前の愛里は何処にもいない。
「気苦労もあったが、楽しかった」
岩田はまるで愛里が亡くなってしまったかのような、遠い眼をしていた。
前の愛里に愛情を注いだように、戻ってきた愛里にまた注げば良い、と思うかもしれないだろうが、そういうわけにはいかない。
監督のように簡単に割り切れるもんじゃない。岩田のやるせない想いは痛いほどわかる。
それにだ。本当の愛里は――、
「なあ岩田。……ミッチェルさんから聞きたけど、一ヶ月経った今でも、愛里ちゃんはお前と監督を嫌っているそうだな」
もちろん僕も嫌われたままだ。
これがどれほど辛いものか――、僕もよくよく分かる。
「そのようだ……」
だからだろう、岩田が愛里と会っていないのを僕は知っている。
僕もこの一ヶ月はサスペンスドラマの撮影以外では愛里に会わなかったし、その撮影すらもカメラが回っている時にしか近寄らなかった。
愛里の心を穏やかにさせたかったのもあったけど、本当のところ僕自身が近寄り難かったというのが大きかった。
情けない話しだけど、愛里が汚い物でも見るみたいに眉を寄せたり、『愛里は戻らないよ』と意地悪なことを言ってきたり、そういった些細な行為に怯えていた、傷つくのを恐れていたのだ。
大真面目で何を言っているのかと思えば、たかが小学4年生の女の子の悪口じゃないか、大学生にもなって情けない、と笑うかもしれないが、少し想像してみて欲しい。
いつも笑顔で話してくれていた天使のような女の子がだ、愛する人がだ、突如露骨に嫌な態度をとるのだ。
それも誰にも分からないように、こっそり僕にだけ攻撃してくる。
僕が動揺したり、どもったり、狼狽えたりするのを見て楽しんでいるのが分かるだけに、もう辛くてたまらない。
もちろん身体は愛里で中身は別人なのは承知の上だけど、愛里の顔が、妖精の顔が歪むのは耐えられない。
「今の愛里が、僕たちを嫌っている理由は何だろうか……」
岩田は黙っているが、知っていないはずはない。
きっと先ほど監督が僕に話そうとした真実に関係しているに違いない。
僕と仲良くなってからでないと(肉体関係を結ばないと)話せないような真実。そんな重大な内容ってなんだろうか。
たまに岩田が寝言で愛里に謝っているのを何度も聞いた。
翌朝訊ねると、そうか。ちょっとあってな……、と岩田は答えて、それ以上は訊ねて欲しくないようだったので、僕も無理には聞き出してはいない。
「母さんが話さないんだから、俺が勝手に話したりはできない」
結局、岩田から何も情報は得られなかった。
その夜、監督からメールが届いた。
歩み寄りのメールだったらいいのだけど……。
期待して開いたメッセージは、3日後に僕を東京へ連れていくから準備しておけということと、これが最後の仕事になるということが書かれているだけだった。
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