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2章

ビップ席 

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 カランカランとドア鐘を鳴らせ、お客さんが二名入店してきたよ。

 肩には、2羽の鳥が左右に飛ぶシンボルマークのワッペン。 
 城内勤務者特有の、シーグリーン色のワンピースを着ているね。

「来てやったぞ、ヒジカタ」
「なんだ、なんだ! この狭さは?」
「これで店のつもりか? ワッハハハハ」

 ニヤけるこの2人……。
 あー、そうそう、グルメグランプリーの審査員にいた、キキン国のお偉いさんだ。
 ひようたん顔でモヤシ体型の男は、たしか……ビンソン……。
 もう一人は、うーん。

「おいおい、ヒジカタ。子供に接客させるのか」

 座席案内に向かったSSたちが、ムッとほっぺたを膨らませたよ。

「ええ、まあ」

 いちいち文句が多いなあ。
 カウンターのお客さんが迷惑そうに、顔を伏せたよ。
 
「お客さんたち、こっちこっち!」

 SSの接客が、いきなり乱暴になったぞ。
 嫌な客相手でも態度にでちゃダメだと、教えなきゃいけないな。

 さて、ビンソンたちに座ってもらうんだけど。
 8つあるカウンター席は埋まっていて、空いている席は――。

「ここでちゅよ」

 SSが案内した途端、ビンソンたちが眼を吊り上げた。

「奴隷だっ! ど、奴隷がいるぞ! 奴隷の隣りにワシたちを座らせるのか!」

 見ためが老婆。
 あの姉妹と相席になってもらうしかなかったんだが。

「奴隷?」

「その老いた醜い顔は、『呪縛の法術』特有の効果。呪縛は奴隷にかける!」

 そうだったんだ。

「なんだ、なんだ、この店はっ! 奴隷と我ら貴族を同席させる不謹慎な店かっ!」

 ビンソンたちが声を荒立て、姉妹に指を差してののしっている。
 SSたちがビビッて厨房カウンターに入ってきたよ。

「こんな小汚い奴隷の隣で、食事が出来ると思うか? さっさとチェンジしろ!」
 
 困ったな。
 俺が厨房カウンターを出てビンソンの側まで行くと、姉妹がテーブルにうずくまるように小さくなり、小刻みに震えていた。
 鼻をすすっている。泣いているのか。

「チェンジと言われましても、あいにく満席でして……」

「ダメだダメだ。できないなら、この奴隷を外へつまみ出せ!」 

「申し訳ないです、お客さま」

 謝るしかない。

「さあ、早く奴隷を追い出せ! 早くしろ」

「……、……」

「どうした……?
  我はキキン国王の側近ビンソン・ギイン。国王の懐刀ふところがたなと呼ばれる重鎮であるぞ。
 早くこの汚いのをつまみ出せッ!!」

 ビンソンがアゴを擦りながら、にやにやしている。
 俺が困っているのが嬉しいわけだ。

「いつまで待たせる気かぁ~」

「わかりました――」

「ほう、やっと分かったか」
 
「隣りの席へ移って頂きます」

「な……なにッ! と、隣り? 
 隣はキキン国王の特別席ではないか!」

「はい、そうです。国王のためだけに作ったビップ席です。
 本来なら、国王以外、誰も座ることが許されない席ですが、お客さまをつまみ出す事はできません、絶対に。
 ですので、今回だけは特別に座っていただきます」

「王に無断でか? 許可もとらず?」

「お客ささまを待たせるわけにはいかないので」

「罰を受けるぞ!」

「経緯を説明して、それでも罰ならば仕方ありません」

「ほう……。見上げた根性だなヒジカタよ。
 ふん! まあ、よいわ。
 我らが座るのなら、国王も許すだろう。さあ、案内しろ」

「はい」

 俺は、嬉しそうなビンソンをそのままにして、震えている姉妹の側で片膝をつき、目線を合わせたよ。
 
「数々の暴言に、ご気分を害されたでしょう、お客さま」

 姉妹がビクッとして、ゆっくり顔を少しだけ上げた。
 涙目で、怯えたように俺を見ている。
 每日毎日、命令されるだけの生活だろうか。
 声を奪われ、老婆の顔にされ、居場所さえ特定される状態。
 気の毒で仕方がない。

 俺は、精一杯の笑顔で――。

「怖かったでしょう。
 もう大丈夫。大丈夫ですから。さあ、どうぞ、こちらに」

 そう言って姉妹を立ち上がらせ、ポカーンと口を半開きにしているビンソンたちの前を通り、ビップ席に案内する。
 豪華なテーブルと最高級のソファーの前で、二人は立ち尽くす。

「どうぞ、お座り下さい」

「……、……う」

 混乱しているんだね。無理もない。

「お二人に、ここで食べてもらいたいのです」

 姉妹が、不思議そうに顔を見合わしたよ。
 俺は、やさしくもう一度頷く。

「座って頂けますか、お客さま?」

「……お、おい! おい、ヒジカタ」

「はい?」

「我らを差し置き、奴隷なんぞに!」

「ご希望通り、こちらのお客さまは居なくなりました。
 どうぞ、そこに座って、自由に寿司を注文してください。
 ……はて? なにか不都合でも?」

「なにかではあるまい! 貴様、ど、奴隷を――」

「失礼なっ! こちらのおふたりは、奴隷ではありませんっ!」

 突然怒鳴り散らした俺の声で、ビンソンたちが絶句した。
 ピィーンと静まり返る店内。
 他のお客さんも唖然とし、SSたちもびっくりして、3匹でトーテムポールしているし。

「奴隷などと失礼なっ! こちらのお客さまは每日来店して下さる大切な常連さまです!
 私の寿司を愛してくださる大切なお方たちです!」

「お、お前……」

「むしろビンソンさん、あんたの暴言でこちらの常連さまはもちろん、店内のお客さまが気分を害しておられます。
 せっかくの寿司が台無しですよ。
 迷惑だと分からないんですか?!」

「う……っ!」

「謝罪して下さい。あんたが奴隷と罵ったこちらの常連さまに」

「きっ、貴様ッ! 我ら貴族に向かって――」

 一瞬の間を開けて、突然ビンソンたちが尻もちをついたよ。
 結局、座ることになったな。
 唖然と見上げている。
 
 何が起きたかって?
 二人が腰の鞘に手をかけたので、抜刀するより先に両手で刀の柄頭つかがしらを押したわけ。
 その拍子で尻もちだったんだけど、早すぎて分からないだろうね。
 
「いいか、よく聞けビンソンさんよ。
 この国はキキン国王がトップ。
 1階の魚屋店舗は、店主がトップ。
 そして、この2階の寿司屋はな、この俺がトップ。
 たった7坪(25㎡)だが、ここは俺が国王みたいなもんなんだよ!
 ここでは地位や身分に差はない。
 いくらあんたが奴隷とほざこうが、あんたも、隣のあんたも、みんな同じお客さんだってことだ。
 分かったらマナーを守って、黙って寿司食って帰れっ!」

 どうだ、正論だろう。
 言い返せまい。

 棒立ちのビンソンたちの顔がぐんぐん真っ赤に染まってゆく。
 こめかみをヒクヒクさせ、歯ぎしりをした。 

 ――パチパチパチパチ。

 あれ、カウンターから拍手が湧き上がったよ。
 ビンソンが睨みつけると、お客さんたちはそっぽを向くよ。だけど拍手は止まない。

「び、ビンソンさま……、日を改めたほうが」

 お供の男が帰りたがっているね。

「……くそっ! なんて店だ」
 
 ビンソンたちは逃げるように外へ出てしまった。

「「「いぃ――――だっ!」」」

 SSたちが舌を出したよ。
 やれやれ。

 俺は姉妹に一礼し、

「騒がしかったですね、ごめんなさい。どうぞ、遠慮なく」

 座ってもらい、改めて頭を下げたよ。

「今日は無料です。
 どうぞ、お寿司を好きなだけ注文して下さい、お嬢さま」



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