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赤ん坊

武具屋

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 大魔界ではこのような、ランク付けがされている。
 
 トップ  大魔王様 1人     命塊20m級 現在は人間の赤ん坊になられている。
 その次   魔王様 10人    命塊 5m級  
          上位 100人   命塊 3m級 それぞれの種族ボス。ゴードンはここ。
        中位 1000人    命塊 1m以下
        下位 10000人 命塊 0.5m以下 人間界では、ここが魔王。デンダラー君もここ。       
        雑魚 無数     命塊 0.2m以下

 

 ハミルン・トイロ。
 大魔王様が宿る赤子あかごの名前だ。
 肌はすべすべで透き通るような白、瞳と髪が黒色の可愛らしい女の子だ。
 
 母親オアシスが難産だったため、急遽、この円形都市ヴィリキーの病院で産む事となった。
 彼らの自宅はここから20km離れた山村で、今日そこに戻るらしい。 
 
 夫婦の話を耳にしていたゴードンは、疑問を浮かべた。
 この世界は人間どもが支配しているが、デンダラー君みたいな魔王がいる。
 山の奥地や、渓谷、洞窟など人里離れた場所には、集団に属さない魔物や、狂暴な野生動物も生息している。
   
 ゴードンには痛くも痒くもないが、人間にとっては脅威だ。
 ましてトイロ夫妻が住む村の人口は、たった50人。
 山のふもとにぽつんとある過疎村だ。
 いつ魔物に襲われても不思議ではない状況。
 もちろん、村なりに防備はしているだろうが、この出産を機会に、都で暮らせば大魔王様(赤ん坊)も安全だろうに。
 そう思うゴードンだったが、トイロ夫妻が村から離れようとしないのには理由があった。
 主人バハメッタ・トイロの職業にある。

 武具屋だ。
 武器と防具、ポーションなどの雑貨を売買して利益を得る。
 
 本来の武具屋はそこまでなのだが、バハメッタは使い古された良品を買い取り手直しして売っていた。
 手直しとは、小手先で見栄えを上げるのではなく、武具の再加工だ。
 剣なら硬く折れにくく、盾なら軽く割れにくくするため、高温の炉に入れて打ち直す。
 新な金属を加えて打つときもある。  

 店に並ぶ商品の半分以上が、バハメッタの加工によるものだから、彼はほぼ作業場に入り浸りだ。
 炉を高温で維持する必要があり、それには大量の木材が不可欠となる。
 入手先は、買うか山で取るかのどちらか。

 円形都市ヴィリキーでも材木の購入できるが、バハメッタの望む量を買うと高くついて商売にならない。
 近隣の山は貴族の領地で、入るだけで『入山料』、何か取れば『習得料』を納める決まりがある。
 
 だから、どうしても誰の領地でもない、領地であっても自由に材木を使って良い場所に住む必要があった。
 ヴィリキーから北へ20km離れたカリマダ村がバハメッタにとって理想郷。
 
 実情を知ったゴードンは思う。
 火炎魔法が使えない人間は不便だと。
 我なら、ひと吹きで希望温度まで上げることが可能なので、苦労して材木を集める必要はないのだ。
 それに、たった50人しかいない村に武具屋が必要か?
 欲しがる者がいないと商売にならないだろうに。
 わざわざ過疎村に来てくれるお客がいるとは思えなかった。
 

 一週間だけど、ゴードンはトイロ夫妻と一緒に暮らして分かったことがある。
 夫、バハメッタ・トイロは仕事に関して頑固だ。
 自分の仕事に誇りを持っている、ともいえる。
 病院にいながら、時折出かける先は有料国家図書館。
 わざわざお金を払って自分に必要な知識を得ている。
 ヴィリキー内の武器、防具、雑貨は一通り吟味して研究している。
 彼は、商売人というより、職人だろう。
 
 妻、オアシス・トイロは、そんな夫を信頼している、尊敬もしている。
 一生彼を支えてあげたい、そう思っている。
 だけど、それ以上に娘ハミルンを大切にしている。

 安全な都市で暮らしたい、そう彼女が一度だけ夫に提案したことがあった。
 悩んだ挙句の発言だったのだろう。
 夫が困った顔で返事ができないでいると、『二人で頑張りましょう、カリマダで』と過疎村で暮らす決意を固めた。

 良い人間どもだ。
 大魔王様は、優しい両親の間に生まれた。
 ご記憶がないのは不運だが、それだけは幸運だったと、ゴードンは思った。
 

 ◆

 
 トイロ家族を乗せた幌馬車が都市ヴィリキーの門をくぐった。
 外に出ると、家屋は極端に少なくなり荒地が広がる。
 いきなり魔物が襲撃してくることはないが、注意は怠れない。
 とくに夜のキャンプは、交代で見張りを立てないと危険だ。
 大魔王様の安全を優先すると、行かせるべきではない。 
 そう考えるゴードンだったが、転生先の環境を壊さない、という大魔王様の言及を噛みしめ傍観していた。

「そういえば南の方で、魔王城が消えたそうだ」

 夫バハメッタが言った。
 少しは安全に暮らせるようになる、と妻に伝えたかったのだろう。

「えっ、そうなの! 勇者様がついにデンダラー大魔王を倒したのね!!」

「勇者かどうかは分からない。誰も名乗りを上げないそうだ」

「誰なのかしら、せっかく報奨金が貰えるのにね。私だったら遠慮せずに堂々と報告するわ!」

 遠慮しているわけではない、と言いたいゴードンだった。
 それに、倒されたデンダラー大魔王は、トカゲになって、この幌馬車にくっついているんだけど。

「見て、バハメッタ……あれ」

 オアシスが空に黒いモノを見つけた。
 
「ガ、ガーゴイルだ。ひぇええっ!」
「私たちを狙っているのかしら!」
「わ、分からん。
 ボス級の魔物が何で3匹も同時にいるんだ」

 デンダラー君の部下に、村までの護衛を分からないよう頼んでおいたのだが。

『トイロ夫妻を怖がらせて、どうすんだ!!
 バレないように注意しろ、と言っただろうが、10回殺すぞッ!』

 思念(テレパシー)で叱ると、ガーゴイルたちは急いで飛行高度を上げ、視界から消えた。

「どうやら、偶然、通りかかっただけだったようだよ」
「良かったわ~」
「おぎゃあ、おぎゃあ!」

 

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