神に愛されたのは、殺し屋でした

豊口楽々亭

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音の神 4

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音の神様、と呼ばれる青年は音楽に愛し、愛されていた。
青年は音という物が生まれたその瞬間に意思を持ち、音が失われる時まで、生き続ける。
そう定められた命であった。

青年はそれに疑問を持たず、当然の事として長い時代を生き続けていた。
そして、あらゆる時代に降り立っては、消え逝く命を見送り続けてきた。

寂しさはなかった、青年の隣には常に音楽があったからだ。
青年がとりわけ愛していたのは、人の奏でる音楽だ。
神である青年にしか聞こえない、感情の音。
それは強烈な音楽となって、青年の魂を震わせる。

憎悪に狂ったはラプソディー
静謐なレクイエム
愛に満ちた柔らかな子守唄

青年にとって、全てが等しく愛しいものだった。

もっと人間に触れたいと願うようになってから、青年は自分の作った音楽を伴って、人の世に降り立つようになった。
ネオン輝く摩天楼の狭間で、自分の作った音を披露するようになったのは、いつからだろうか。
彼の作る音楽は、CLUBに集う皆をたちまち虜にし、熱狂させた。
青年自身も、自分の音楽によった昂り、どこまでも広がる感情の海を泳ぐことを、この上なく愛していた。
そんな気儘に、自由に、音楽と共にある青年が、一人の男に出逢ったのは、偶然だ。

青年がCLUBで自分の出番が終わらせたのは、深夜1時頃。
タイムテーブルの中で一番人が集まる時間帯が当てられているのは、青年の人気の程を如実に表している。
出番が終わってからも、いつもならその場に止まる青年が外へと出たのは、もっと広い世界で音を拾いたくなったからだった。
引き留める無数の人々にバイバイ、と手を振って応えると、地下から抜けて文字通り、空へと舞い上がる。

重力を無視した、跳躍。
割れたアスファルトを蹴って、ビルの壁のグラフィティにスニーカーの底を押し付け、更に高く飛翔する。
そのままビルより高い空へと至れば、そこに地面があるかように、着地した。

空気を踏み締め歩く足取りは、世界に広がる音を拾ってリズムを刻み、空の散歩を彩り───不意に止まる。

「─────…変な音?」

青年の厚みのある唇が、疑問を含んで動く。
レンズ越しの双眸を眇めて周囲を見渡し、源を探せば、青年を惹き付けた音が更に明瞭に届いた。

例えるならばそれは荒涼とした砂漠の、乾いた砂が崩れるのに似た、静謐を孕んでいた。
静かすぎる音、なのにどこまでも熱い。 

「変な音だな。誰だ、どこにいる?どんなヤツ?」

青年は、再度言葉を繰り返す。
そして焦りに似た好奇心でもって、周囲を探した。
音のする方へと近付くと、徐々にはっきりと聞こえてくる。
青年は、気付けばそちらへと駆け出していた。

音の持ち主の元に到着したのは、その男が丁度銃のトリガーを引いたタイミングであった。

夜の闇を鋭く引き裂く、細い音。

銃声と同時に、引き金を引いた男の魂の音が、荒々しく削り取られていく。
血の滲むような苦悩の音はすぐに灼かれて、熱砂となって男の内側に蓄積していく。

男の奏でる乾いた音と、熱の理由を、青年は悟った。

彼は、誰かの命を無慈悲に奪うには優し過ぎ、傷付くことから逃げ出すには、誠実過ぎたのだ。
だから、逃げ場もなく、焼け爛れた自分の感情の上を歩き続ける道を選んでいた。
まるで受刑者のごとく、真摯に現実と自分の罪を受け入れて。

罪悪感に対する逃げと、自己保身の欺瞞とで濁っても良い筈の男の音は、削り取られながら、どこまでも美しく、透徹としている。

───失くしたくない。

反射的に思った瞬間、青年は屋上へと降り立ち、拍手を送っていた。
男の気を惹くために。
男の孤高と、稀有な音への賞賛を込めて。

───俺はこの音を救わなければならない。是が非でも。

その思いは、神である青年が初めて、何かに捕らわれた瞬間だった。
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