ワケあり公子は諦めない

豊口楽々亭

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一時の逢瀬

答え合わせ

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アスランが用意していた馬車は、なんら特徴のない質素なものだった。
僕たちが乗り込むと、御者となったトーラスの手によって馬車はゆっくりと走り出す。
ゆっくりと窓の外の風景が変わりだした頃、向かいに座るアスランの瞳が僕を促した。
一瞬だけアスランの隣に座るフロレンスに視線を向けてから、僕は意を決して口を開いた。

「始まりは、婚約式の3日前のことでした───」

僕がぽつり、ぽつりと話す間にも、外から響いていくる祝祭の喧騒は未だに衰えることなく、ますます高まっていた。
そんな街の華々しさと相反して、言葉を重ねる程に馬車の空気は重苦しく、のし掛かってくるかのようだった。

妹の行方不明。
身代わりになったこと。
公太子の裏切り。
疑わしいベアトリーチェ。

全て話し終えると、張りつめていた緊張の糸が途切れる。同時にどうしようもない虚脱感に襲われ俯く僕を、アスランは真剣な眼差しで見つめていた。

「婚約式の3日前にローゼリンドが行方不明になったから、妹の名誉を守るためにお前が身代わりになった……ってことで良いか、ジークヴァルト」

今までの経緯を聞いたアスランが、僕に尋ね掛けた。

「はい、相違ございません。アスラン殿下」

僕は顔を上げられないまま頷くと、アスランは考え込むように天を仰いだ。

「んで、その裏にシュルツ家が噛んでるか。大方予想通りだな、フロレンス」

アスランの言葉に僕は弾かれたように顔を上げて、フロレンスに目を向けた。
視線が重なった瞬間、フロレンスは辛そうに睫毛を伏せる。

「はい、アスラン殿下の睨んだ通りでした。シュツル伯爵家のベアトリーチェが、ヘリオス大公子殿下を篭絡したのかと」
「となると背後にいるのは、マルム王国だろう」

アスランとフロレンスの二人が互いに事実を確認する間、僕は唖然と彼らを眺めていた。
止まっていた思考がようやく動き出す。

「どういう事、ですか?」

声は舌に張り付くようで、途切れ途切れに零れ落ちる。
アスランは鬣のような金色の髪を乱暴に掻き回して、難しそうに眉を寄せて話し始めた。

「ヘリオスによ、愛人がいるって噂があっただろ?貴族連中は本気にはしてなかったが、兄貴の目は誤魔化せねぇ。内々で相手を調べるように、ってな、俺が頼まれたんだが……まあ、ヘリオスの相手がどうにも不味かった」

現大公からの勅命で調査されていたことに、僕は驚きを隠せず息を詰めた。
それでも喘ぐようにして、どうにか事実を確かめようとした。

「マルム王国からの花嫁、ベアトリーチェが、ヘリオス様の相手だったのですね?」

言葉にした途端、ことの重大さが僕にのし掛かる。
これはもう、エスメラルダ公国内だけに止まる問題ではない。
国家間の勢力争いなのだ。
他国から嫁いできた貴族、しかも現在緊張状態にある国の女性が、時期大公であるヘリオスに影響を与えられる立場にある。
国の根幹を揺るがしかねない事態だった。
二人が偶然恋に落ちたのか。
それとも、ベアトリーチェが意図的に篭絡したのか。
後者の方だろうと、誰しもが考えることだった。
僕の理解が進むのを見ながら、アスランは口を開いた。

「いまだに国境で睨み合いが続いてる国の女が愛妾だ、ってのは流石にきな臭ぇだろ?だから更に調べを進めてたんだがよ……」

アスランは言葉を一度切ると、横に座るフロレンスを一瞥した。

「ヘリオスのごり押しでフロレンスがこっちに送られた時に、嫌な予感がしたんだよ。確かに国境にマルム王国の兵士が集まっちゃいたが、紅の公女を寄越すほどじゃなかった。公都からフロレンスを追い出す意図があったんじゃねぇかと、思ってな」

事実は時として嘘よりも人を傷つけ、押し潰してしまうそうな重さを伴う。
フロレンスの手は重さに耐えるように、強く、固く、握られていた。

「私がちゃんと、罠に気付いていれば……公都に留まっていれば、こんなことになっていなかったっ!!」

呟いたフロレンスの声に、後悔の苦さが滲む。
アスランはゆっくりと頭を左右に振って、フロレンスの言葉を否定した。

「馬鹿言うな。気付いたところで逆らえるような命令じゃねぇ。兄貴を説得できる程の材料もなかった」
「それでも、私がローゼの側にいられれば助けられたかもしれないのに」

フロレンスの声は押し殺された分だけ、悲痛に響いた。
肌が白むほどに力が込められたフロレンスの掌には爪が食い込み、血が滲んでいく。
僕は反射的に手を伸ばすと、フロレンスの手を握った。

「……っ」

フロレンスの眦から零れ落ちた涙が、僕の手の甲を濡らす。
重ねた手に、力を籠めた。
僕たちの様子を見守ってたアスランは、複雑そうに顔を歪めると、フロレンスが落ち着くのを待って再び口を開いた。

「今考えるとよ、大公家の婚約式が迫ったタイミングでの出兵だ。狙いはローゼリンドからフロレンスを引き離すためだったんだろうよ」
「最初からローゼが目的だった、ということですか」

僕の声は、知らず知らずのうちに低くなっていた。

「そうだ。だが、俺たちにとってもヘリオス、ベアトリーチェにとっても誤算があった。ジークヴァルト、お前だ」

アスランは、まっすぐに僕を見詰めた。

「僕が?」

僕の呟きにアスランは重々しく首肯した。

「そうだ。お前が身代わりになることで、何事もなく婚約式が執り行われた。始まったタイミングで、国境に詰めてたマルム王国の兵も引き上げていってな。お陰で俺が直接動く余地が生まれた、ってワケだ」
「それで今日、あそこのいらしたのですね」

なぜ、本来国境に詰めているはずのアスランがここにいるのか。その謎がようやく解けた。
アスランは、僕の目の前で腕を組むと唇の片端を捩り上げるようにして、猛々しく笑ってみせる。

「ベアトリーチェもヘリオスも混乱しただろうよ。だからこそ、隙ができたんだ。お陰でヘリオスの乳母兄弟のソルと、ベアトリーチェの使いの密会現場を押さえられた」

ベアトリーチェの使いであるアーベントの相手が、ヘリオスの最側近であるソルだったという事実に、僕はショックを隠せなかった。

────ヘリオスは、本気でローゼリンドを殺す気だったんだ……

僕は半ば呆然としながら俯くフロレンスへと、問い掛けた。

「フロレンスは今日の事も、ベアトリーチェが愛人だったことも、最初から知ってたの?」

フロレンスは顔を上げないまま、頭を力なく左右に振った。
美しい薔薇色の光沢を帯びた金の髪が、悲しげに揺れる。

「いや、知らなかった…アスラン殿下からは、ローゼの側にできる限りいるようにと、それだけ命じられていた。ベアトリーチェが愛人だと気付いたのは、シュルツ伯爵家で彼女の香水の匂いを確かめた時だ」
「フロレンスは存外素直だからな、裏の仕事には向かねぇ。だから、こいつ自身で気付く時まではマルム王国の事もベアトリーチェのことも教えなかった」

アスランはフロレンスの言葉を肯定してから、僕に視線を向ける。

「ジークヴァルト」

改めて僕の名前を呼んだアスランを正面から捉えた瞬間、僕は息を詰めた。
僕を見詰めるアスランの眼差しには、静けさと慈悲が宿っていた。
それは、大公家の一翼を担う者としての顔であり、フロレンス、ローゼリンド、ジークヴァルト……僕たち三人を幼い頃から見守ってくれた人の、優しく、悲しい顔だった。

「お前のお陰で、ヘリオスとベアトリーチェに隙ができた。あとは証拠と証人固めていけば、罪に問えるだろう。だが、ローゼはもう諦めろ」
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