ワケあり公子は諦めない

豊口楽々亭

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贖い

罪の重さ

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父の呼び掛けに応じて、廊下で待機していたらしいヴィオレッタとダリアの二人がすぐに部屋の中へと入って来ると、僕たちの前に進み出て丁寧に頭を下げて見せる。

「フロレンス様、ローゼリンド様。わたくし共でお手伝いいたしますので、どうぞこちらへ」

二人と変わらない姿に、僕は息を詰まらせた。
そんな僕を尻目に、ローゼリンドがフロレンスの腕に両手を絡めて引っ張っていく。

「行きましょ!フロレンス」
「あ、ああ…」

戸惑うフロレンスの後に従って、ヴィオレッタとダリアが歩き出した。
その背中を僕は、見つめていた。

ヴィオレッタとダリアが、生きている。

今までと変わらない二人の姿に、僕が体験した未来は夢じなんじゃないかと思えてきた。
だが、目を閉じれば今も生々しく甦ってくる記憶が、決して幻ではないと訴えかけてくるのだ。

広がっていく血の鮮やかさ。
失われていく体温。
崩れ落ちていく大切な人たち。
息苦しくなる程の血生臭さが、記憶の奥から漂ってくる。

「どうしたんだい、ジーク」

父の声が、僕を現実に引き戻した。
ハッ、とした僕は記憶を振り払うように、左右に頭を振ってみせる。

「いえ、何でもありません。それより父上、お願いがあります。早馬を国境線のサイラス殿下のところに向かわせて、この手紙を渡して下さい」

僕はローゼリンドが使っている執務机からペンを取り上げ、家紋入りの書簡箋にペン先を走らせた。
書き上げた手紙を封筒に入れると、封蝋をし、そこに家紋が彫られたシグネットリングで刻印する。
公爵家の物であると明確に示されたそれは、サイラスに対する公式な要請として、伝わるだろう。
手紙を差し出す僕の目を、父の眼差しが正面から射抜いた。

「その刻印の意味が分かっているのかい、ジークヴァルト。君は公爵家として、サイラス殿下に密書を送ろうとしている。私の頭を通り越して、だ。越権行為だというのは、理解しているだろうね?」
「分かっています。それでも、必要なことなんです。父上、どうか僕を信じて下さい」

なぜ急に、僕の身体が成長を遂げたのか。
残された未来の記憶は本物なのか。
自分でも理解しきれていないことを父に説明し、説得する時間さえも、今は惜しくて堪らなかった。
妹を救ったが、ソルが戻らないことでヘリオスは追い詰められるだろう。
何が起こるか分からないなら、手駒を増やし、先手を打たなければのだ。

引き下がるつもりのない僕は、父の視線を真っ直ぐ、受け止めた。
沈黙が落ち、僕と父との間に緊張感の糸が張り詰めていく。
だが、その緊張も父が諦めたように溜息を吐き出すと、一瞬で緩んだ。

「…分かった。だが後で、説明しておくれ。お前に何があったか、ヘリオス大公子の従者がなぜここにいるのか…サイラス殿下を呼び出す理由は何なのか」
「はい、ちゃんと全て、お話いたします」

僕が頷くと、父は眼差しを緩めた。

「手紙は確かに届けるから、お前も身支度を整えておいで。私より、背が高くなってしまって…君はこんな風に、立派に大きくなるんだね」

父は僕を見上げると、どこか眩しい気に僕を見上げると、肩を抱き寄せて、共に部屋を後したのだった。



湯で汚れを落とすと、僕の乳母兄弟であるマグリットが服を準備して待っていた。
マグリットは僕の姿を目にした途端、ぽかん、と口を大きく開けて僕を見上げては、妙な声を漏らした。

「へぇぇぇ、はぁぁぁ」

僕の爪先から頭の先まで眺め始めるマグリットに、僕が思わずたじろぐ。
そんな僕のことなど意に介さず、マグリットが急に顔を上げたかと思うと、日焼けした健康的な顔が破顔してた。

「でっかくなったなぁ!これが儚いとか月だとか言われてたジークだなんてよ、信じらんねぇわ」
「すぐに追い付かれるよ。まだ身長伸びてるんだろ?」
「まぁな、でもその顔面に追い付ける自信はねぇわ!」

片手を僕の頭の上に翳して身長を測るマグリットの姿に、思わず笑みが零れた。
いつもと変わらないこの気安さが、僕を心底安心させてくれた。
誰よりも頼れる僕の親友が帰ってきてくれたのだと実感すると、記憶の底からじわじわと後悔の念が溢れ出す。
自分が傷つけたマグリットの顔が、彼の屈託のない笑顔と重なっていた。

───僕は、この人を、殺したんだ

手足の震えが止められず、気付けば僕は、腕を伸ばしてマグリットの肩を抱き締めて縋っていた。

「なんだ、どうしたんだよ、ジーク。お兄ちゃんに甘えたくなっちまったか?」

マグリットのからかうような言葉は、僕を救ってくれた時みたいに、おおらかに優しく、包み込んでくれるようだ。
それが一層、僕の罪悪感を掻き立てる。

「ごめん、マグリット…ごめんなさい。君に、酷いことをした…君を傷つけた。僕は…あんなっ」

マグリット、幼い頃から共にいる僕の乳母兄弟。
従者であっても、上下の区別なく兄弟のように共にいた彼の最後の姿が、脳裏に焼き付いている。
僕は堪えきれずに、嗚咽を漏らした。
泣く僕に最初は戸惑っていたマグリットだったが、僕の背中に掌を優しく添えると、子供を宥めるように軽く叩いてくれる。

「…何があったか知んないけどよ、きっとそれは、俺がやりたくて選んだんだ。だから、お前は気にするなよ」

マグリットの優しい言葉に、僕は違うと叫びたかった。
僕が正しく選択していれは、あんな事にはならなかったのだと。
だが、未来の記憶は僕の中にしか存在しない。
マグリットや、ダリア、ヴィオレッタ…多くの亡くなった人々を前にして、謝っても意味がないのだと、思い知らされる。
唇を噛み締めて溢れそうになる感情を堪えていると、マグリットの両手が僕の肩を掴んで、正面から顔を捉えた。

「よし、この話しは終わり!ほら、着替えるぞ。お前に風邪ひかせちまったら、お嬢にどやされるからな」
「…分かった。ありがとう」

マグリットの力強い言葉と笑顔に、僕は溢れそうになる言葉を諦念と一緒に飲み込んで、微かに頷いた。
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