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仲間との邂逅編
豪獣拳士ビスター
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謎の能力が覚醒し、エーテルドラゴンを消滅させてしまった俺。というかあの時の俺は俺なのか。
装備類を揃えるため、工業国『民主国家ウェルゼシア』へと向かった俺は、いい感じの装備と武器を手に入れることが出来た。だが、直後にひったくり犯が出現。奴の罠にあっさりと嵌ってしまった俺は、王宮戦士たちに犯人と誤解されてしまったのである。
さて、どうなることやら。
─────────────────────
「てめえがひったくり犯だな!今すぐとっ捕まえてやるから覚悟しておけ!」
「え、俺なの?」
どうやら俺は、ひったくり犯と間違われてしまったらしい。
「待って、メイはやってないわ!」
トレシアは俺を擁護してくれたが、その声が王宮戦士たちに届くことは無かった。
「言い逃れなんてできないぞ!貴様のその鞄が、何よりの証拠だ!」
確かに、俺のこの両手は女性の物であるはずのバッグを持ってしまっている。これで「やってませ~ん」と言い張るのは無理がある。
そう考えてる間にも、王宮戦士は俺の元に歩み寄り、両腕を掴んでカチャッとわっぱをかけた。バッグは女性に返され、俺は一切身動きが取れなくなってしまった。しかし、思えば初の逮捕である。いやなんだよ初の逮捕って。そこ感慨深くなるな。
「さあ、こっちに来い!」
少々乱暴に牢屋に連れていかれようとしたその時、
「待ってください!その人はやってません!」
そう言う声が確かに聞こえた。兵士と共に振り向くと、先ほどひったくられた女性がバッグをお腹の前に持ち、あわあわとした表情をしている。
兵士は一瞬ぎょっとしたが、瞬時に顔色を変え、すぐさま俺の手首にかけられた枷を取り外す。そして5人一斉に俺の前に直り、
「「「「「大変申し訳ございません!!」」」」」
と、声を揃えて最敬礼をした。これには流石の俺も拍子抜けしてしまい、「あ、ああ……」と声を出すしかない始末であった。
「この度は、本当に申し訳ねえ!罪のない一般人を、牢にブチ込む所だった!この通りだ!」
豪放磊落な印象を思わせる筋骨隆々の兵士が、地面に膝と掌、そして額を付けて、精一杯の謝罪を見せた。傍から見るとこんなマッシブの男が女性に対して土下座しているという、悪く言えば滑稽に見えてしまう図であったが、俺はその姿に何故か好感を覚えた。
「ふっ、頭を上げてください。こんな失敗、誰にだってあります。それに、俺だって全く怒ってませんから」
そう言葉をかけると、兵士はバッと頭を上げ、「本当か!?」とこの上ない喜びを見せた。すると次の瞬間、俺は予想外の反応に腰を抜かすことになる。
「じゃあ、これから飲まねえか!?俺の奢りだ!」
へ?
もし今この時間が英語のスピーキングテストならば、「Pardon?( 'ω')?」とうざったい顔で言いたいと思った。そのくらいおかしい状況であるということだ。
大体、『じゃあ』ってなんだ。接続詞の使い方下手すぎやしないか。恐らくこの人は国語1だな。
「え?飲むって…酒?」
「そうよ!近くに俺の行きつけの酒場があるんだ!共に親交を深めあおうぜ!な?」
この人はどうやら、困ったら何でも酒で解決できると、本気で思い込んでいるらしい。普通に誘われても断るが、俺は飲めない理由がある。それは、
"未成年"
日本には、『未成年者飲酒禁止法』という法律がある。名前からしてすぐ分かるが、極端に言えば「20歳未満の人はお酒飲んじゃダメだよ~♪(*´>∀<`*)キャハッ」という内容なのである。
こんなの幼稚園児でも分かる事だ。しかし、いくらここが日本では無いとしても、未成年が酒を飲むことなど許されるわけがない。俺は頑なに飲むことを拒んだ。だが。
「大丈夫だって!なら、オレンジジュースは飲めるだろ?これでどうだ!?」
この人は折れなかった。代替案としてオレンジジュースを引き合いに出したのはいいが、本気で俺を飲みに誘っている。もう呆れてしまった俺は、仕方なくその誘いを受けることにした。
「ぷはぁー!ビールうまっ!」
飲んだ。飲んで、呑んで、のみまくった。さっきは「頑なに拒んだ」とか言った癖にこのザマだ。しかし、いくら飲んでも体調に変化はない。これは、肝臓が完全に発達した証拠なのだろうか。レントゲンを撮れば確かめられるくらいの簡単なことだが、この世界にそんな発明はないだろう。まあいい、ここは転生して20歳くらいになったと推定することにする。人間、時には妥協も必要だからな。
「嬢ちゃん、よく飲むなぁ!さっきまでの君とは大違いだな!ハハハハッ!」
豪快な笑いを酒場中に響き渡らせた彼をよそに、俺はビールの美味しさに舌を唸らせていた。酒というものがこんなに美味かったとは。正直白石柊としてこの味を知りたかった気はあるが。しかし、今の状況下において、そんな事はどうでもよかった。なぜなら、
「メ~ィ……。私を抱きしめてぇ…」
こわい。
こいつは言わずもがな、アイルズ・トレシアその人である。まさかこんなに酒が弱かったとは、予想だにしていなかった。しかも1杯目で泥酔。そして甘え上戸。いや、下戸か。現在の俺は、彼の話を聞くよりこっちをあしらうのに精一杯だった。ぶっちゃけ、彼の話はただの水差しでしかないくらいだ。
「おしゃけ……。おしゃけ……」
そう言いながらトレシアは俺の顔をぺたぺたと触る。何かの呪文かと錯覚してしまうほど、「おしゃけ、おしゃけ」と唱え続けている。傍から見たら一種の錯乱状態に陥っているかと思われるぞ。
「メイ、かわいい……。ぎゅ~っ」
思わず「ひいっ」と声を出してしまった。トレシアは俺の体を抱きしめ、腹部に顔をうずめた。そして顔を離し、上目遣いで、
「しゅき」
もう何かに目覚めてしまいそうだ。…いかんいかん。これはあいつなんだ。初対面で罵ってきたあいつなのだ。俺は心の中で自己暗示をかけ続ける。
「怖いなこの姉ちゃん…あー、嬢ちゃん?大丈夫か?」
「いえ、全く」
「Zzz……」
やっと眠りについてくれた。ここまでの所要時間およそ1時間。1時間もこいつの誘惑に付き合わされた俺の身になって欲しい所だ。
「あっ、自己紹介がまだだったな。俺はビスター。一応親衛隊長をやってるぜ」
「メイ・チェブリックです。よろしく」
俺とビスターは握手を交わした。ちなみにこれ以上の飲酒は危険と判断したので、あの後から酒は飲んでいない。
「それにしても、その姉ちゃんマジで酒弱いな。連れてきてよかったのか?」
「本人が希望したことなんで。まあ、今はこんなんですけど普段はクールな魔法使いなんですよ」
「魔法使いか!ランクは?」
「ワイズメイジ?確かそんな名前だったような」
俺がその名前を口にすると、ビスターはほぉ~!と感嘆の声を上げた。実際彼女も「上から4番目」と言ってたが、どうやらそれなりに凄い地位だったようだ。
「嬢ちゃんは強いのか?」
「いや、武器は持ってますけど、実戦は未経験なので…」
「ハッハッハ!謙遜はやめてくれよ!嬢ちゃんは間違いなく強い!俺の目に誤りは無え!」
いやいや、強いのは覚醒した時の"俺じゃない俺"であって、俺自身の強さは分からない。そもそもあれがまた起こるとも限らないし。しかし次の瞬間。
「明日、近くの稽古場で待ってるぜ。嬢ちゃんたちの強さを、この目で見たい」
いきなりとんでもないことを言われた。要約するならば、『俺と戦え』ということだ。初対面で飲みに誘った挙句、戦うことになろうとは、ビスターという男の奇天烈さが身に染みて分かる。
そして翌日。
「さあ、今日はあのビスターとかの親衛隊長さんに会うんでしょ?早く行くわよ」
お前よくそんな振る舞いできるな。昨日散々酔っ払って迷惑かけただろ。忘れたとは言わせねえぞ。
トレシアに連れられるがまま、俺たちは待ち合わせ場所の稽古場へと向かった。
「おお、来たな!待ってたぜ!」
ビスターが元気よく俺たちを出迎える。彼はバトルフィールドの中央に仁王立ちしていた。だが、この場にいるのはたった3人だけではなかった。
「来たぞ、あれがビスター曰く『強者』の2人だぜ」
「ああん?女じゃねえか。そんなんがあのビスターに勝てるのか?」
明らかに俺たちを軽視する発言が聞こえる。流石に少しばかりイラッとしたので、このストレスは戦闘で発散することにしよう。
「あなた、一体何の真似?」
「ここのオーナーには贔屓にしてもらっててな。そのオーナーが腕の立つ情報屋を紹介してくれるってんで、この機会を逃す訳にはいかないんだ」
「情報屋?何の話だ?」
ビスターは何やら要点の掴めない話をし始めた。
「あんたら2人の内、1人でも俺に勝てたらその情報屋を紹介してやる。ちょっと手伝って欲しい事があるんでな」
情報をかけた殴り合いという訳か。しかし情報屋を紹介するだけならこんな大層なスタジアムに観客集めてワールドカップみたいな事しなくて良いのにな。結果としてビスターは戦闘欲が溢れ出ているということで。
「なるほどね…。これはやられたよ」
「さあ、まずはどっちから来る?俺はいつでもいいぜ」
ビスターが発破をかける。すると。
「私が行くわ」
トレシアが我先にと名乗りを上げた。
2人はフィールドの中央に向かい、互いに向かい立つ。
「「ハアッ!!」」
2人は同時に飛び出した。トレシアの杖をビスターは篭手で防ぎ、そのまま勢いでトレシアを突き飛ばした。
「悪いが、初めから本気を出させてもらうぜ!」
するとビスターは、独特の構えを披露した。何やら拳法でも使うのか。と思っていると、その予想はやはり的中する。
「はぁ…!ふんっ!!」
「!?…これは」
ビスターの構えに、トレシアは顔色を変えた。しかも、かなり狼狽えている様子。よっぽどあの構えに対してトラウマがあるのか。
ビスターは両拳を腰の横で握り締める。するとその拳に、みるみるオーラが纏われていくではないか。
「大王猩々正拳!!」
そう叫んだ彼の姿はさながら、勇ましく雄叫ぶゴリラのようだった。
「くっ!」
右拳を命中させんとしたビスターを、魔導防御で間一髪防ぐトレシア。しかし、その耐久もやっとなようだった。彼女の多くを語らない苦悶した表情がその根拠である。
「ふっ、俺の拳を防ぐなんてやるじゃねえか!」
「伊達に魔法使いなんかやってない!底無沼!」
トレシアがビスターの足元に魔法をかける。すると、彼の足元が液状と化し、徐々に地中へと引き込まれていく。
「ちっ、こうなったら!疾風隼撃!」
トレシアの体が一瞬にして殴打を受け、吹き飛んでしまう。おそらく目にも留まらぬ一撃が飛んできたのだろう。あの攻撃は俺でも防げないと思う。そしてトレシアがダメージを受けたことで魔法が解除され、ビスターは下半身が全て浸かった状態から立て直した。
トレシアも何とか起き上がったが、ビスターと彼女を比べるとどちらが優勢かは一目瞭然であった。ビスターは見るからにピンピンしている。一方のトレシアは息遣いが荒くなっている。流石にトレシアが可哀想だと思った俺であったが、その感情と彼女の体、双方に追い打ちをかけるかの如し一撃が炸裂する。
ビスターは、今度は両手の爪を立て、そのまま口のように大きく開いた。その姿は、猛虎のように見えた。
「猛虎激震!!」
「うああーっ!!!!」
次なるビスターの一撃は、あえなく命中。トレシアは一言も発さずに、その場に倒れ込んだ。
「「「「「おおーっ!!!!」」」」」
その瞬間、スタジアム中に歓声が巻き起こった。それほど美しい拳法であったのだ。しかし、俺はその様子を気持ちよく見る気にはなれなかった。
目の前で倒れた仲間を見捨てて自分だけ助かろうと命を乞うことなど、間違いなく前世の俺でもしないだろうからだ。俺は腹を括り、無言でトレシアの元へと歩み寄る。
「次は、俺だ」
トレシアをある程度遠ざけ、俺はビスターに言い放った。正直情報云々より、あのザマを見せられて引く訳にはいかなかった。剣を抜き、ビスターにその切っ先を差し向けようとしたその時。……何かが目覚めた。
「……」
「?…なんだ?」
俺の体はまたもや動き出した。どうやら窮地に陥ると覚醒するタイプみたいだ。ポ○モンで言うところのしんりょく、もうか、げきりゅうみたいなものか。俺が心の中で解説している間に、体はビスターの元へと向かっていく。
「はあっ!…何!?どわあっ!」
先ほどまでトレシアが大苦戦していた、ビスターの豪腕から繰り出される鈍い一撃を俺の体は指一本で止めてみせた。普通に考えれば折れるぞと思いながら、改めてこの状態の恐ろしさを知った。
次の瞬間、俺の体は全身の力を抜き直立不動になった。傍から見れば隙だらけである。
「ふっ、正面ががら空きだぜ!」
ほら見た事か。これに懲りて大人しく主導権を俺に譲ってくれるだろう。しかしそんな浅はかな思考は通用しないことを思い知らされる。
「粉砕」
「ぐわぁーっ!!!」
その一言から繰り出された前蹴りは、ビスターの巨体を、フィールドの一番端まで運んでしまった。
「おい、ウソだろ?」
「あんな可愛いナリした姉ちゃんが…」
「ビスターを倒した…!」
ビスターの敗北に驚きを隠せない様子の声がちらほら聞こえてくる。その間に、俺の意識が復活。どうやらトレシアも目を覚ましたようで、背後を振り向くと彼女が微笑んでサムズアップをしていた。
「ふっ、完敗だ」
ビスターはこちらまで近づき、握手を求めた。俺は「今回は俺の圧勝だな」と勝ち誇り、固く握手を交わした。
「で?協力してもらいたいことってのは?」
「実はな」
こうして俺はビスターの試練に打ち勝った。そして次に語られる出来事が、彼が"3人目の仲間"となる契機となる。
続
装備類を揃えるため、工業国『民主国家ウェルゼシア』へと向かった俺は、いい感じの装備と武器を手に入れることが出来た。だが、直後にひったくり犯が出現。奴の罠にあっさりと嵌ってしまった俺は、王宮戦士たちに犯人と誤解されてしまったのである。
さて、どうなることやら。
─────────────────────
「てめえがひったくり犯だな!今すぐとっ捕まえてやるから覚悟しておけ!」
「え、俺なの?」
どうやら俺は、ひったくり犯と間違われてしまったらしい。
「待って、メイはやってないわ!」
トレシアは俺を擁護してくれたが、その声が王宮戦士たちに届くことは無かった。
「言い逃れなんてできないぞ!貴様のその鞄が、何よりの証拠だ!」
確かに、俺のこの両手は女性の物であるはずのバッグを持ってしまっている。これで「やってませ~ん」と言い張るのは無理がある。
そう考えてる間にも、王宮戦士は俺の元に歩み寄り、両腕を掴んでカチャッとわっぱをかけた。バッグは女性に返され、俺は一切身動きが取れなくなってしまった。しかし、思えば初の逮捕である。いやなんだよ初の逮捕って。そこ感慨深くなるな。
「さあ、こっちに来い!」
少々乱暴に牢屋に連れていかれようとしたその時、
「待ってください!その人はやってません!」
そう言う声が確かに聞こえた。兵士と共に振り向くと、先ほどひったくられた女性がバッグをお腹の前に持ち、あわあわとした表情をしている。
兵士は一瞬ぎょっとしたが、瞬時に顔色を変え、すぐさま俺の手首にかけられた枷を取り外す。そして5人一斉に俺の前に直り、
「「「「「大変申し訳ございません!!」」」」」
と、声を揃えて最敬礼をした。これには流石の俺も拍子抜けしてしまい、「あ、ああ……」と声を出すしかない始末であった。
「この度は、本当に申し訳ねえ!罪のない一般人を、牢にブチ込む所だった!この通りだ!」
豪放磊落な印象を思わせる筋骨隆々の兵士が、地面に膝と掌、そして額を付けて、精一杯の謝罪を見せた。傍から見るとこんなマッシブの男が女性に対して土下座しているという、悪く言えば滑稽に見えてしまう図であったが、俺はその姿に何故か好感を覚えた。
「ふっ、頭を上げてください。こんな失敗、誰にだってあります。それに、俺だって全く怒ってませんから」
そう言葉をかけると、兵士はバッと頭を上げ、「本当か!?」とこの上ない喜びを見せた。すると次の瞬間、俺は予想外の反応に腰を抜かすことになる。
「じゃあ、これから飲まねえか!?俺の奢りだ!」
へ?
もし今この時間が英語のスピーキングテストならば、「Pardon?( 'ω')?」とうざったい顔で言いたいと思った。そのくらいおかしい状況であるということだ。
大体、『じゃあ』ってなんだ。接続詞の使い方下手すぎやしないか。恐らくこの人は国語1だな。
「え?飲むって…酒?」
「そうよ!近くに俺の行きつけの酒場があるんだ!共に親交を深めあおうぜ!な?」
この人はどうやら、困ったら何でも酒で解決できると、本気で思い込んでいるらしい。普通に誘われても断るが、俺は飲めない理由がある。それは、
"未成年"
日本には、『未成年者飲酒禁止法』という法律がある。名前からしてすぐ分かるが、極端に言えば「20歳未満の人はお酒飲んじゃダメだよ~♪(*´>∀<`*)キャハッ」という内容なのである。
こんなの幼稚園児でも分かる事だ。しかし、いくらここが日本では無いとしても、未成年が酒を飲むことなど許されるわけがない。俺は頑なに飲むことを拒んだ。だが。
「大丈夫だって!なら、オレンジジュースは飲めるだろ?これでどうだ!?」
この人は折れなかった。代替案としてオレンジジュースを引き合いに出したのはいいが、本気で俺を飲みに誘っている。もう呆れてしまった俺は、仕方なくその誘いを受けることにした。
「ぷはぁー!ビールうまっ!」
飲んだ。飲んで、呑んで、のみまくった。さっきは「頑なに拒んだ」とか言った癖にこのザマだ。しかし、いくら飲んでも体調に変化はない。これは、肝臓が完全に発達した証拠なのだろうか。レントゲンを撮れば確かめられるくらいの簡単なことだが、この世界にそんな発明はないだろう。まあいい、ここは転生して20歳くらいになったと推定することにする。人間、時には妥協も必要だからな。
「嬢ちゃん、よく飲むなぁ!さっきまでの君とは大違いだな!ハハハハッ!」
豪快な笑いを酒場中に響き渡らせた彼をよそに、俺はビールの美味しさに舌を唸らせていた。酒というものがこんなに美味かったとは。正直白石柊としてこの味を知りたかった気はあるが。しかし、今の状況下において、そんな事はどうでもよかった。なぜなら、
「メ~ィ……。私を抱きしめてぇ…」
こわい。
こいつは言わずもがな、アイルズ・トレシアその人である。まさかこんなに酒が弱かったとは、予想だにしていなかった。しかも1杯目で泥酔。そして甘え上戸。いや、下戸か。現在の俺は、彼の話を聞くよりこっちをあしらうのに精一杯だった。ぶっちゃけ、彼の話はただの水差しでしかないくらいだ。
「おしゃけ……。おしゃけ……」
そう言いながらトレシアは俺の顔をぺたぺたと触る。何かの呪文かと錯覚してしまうほど、「おしゃけ、おしゃけ」と唱え続けている。傍から見たら一種の錯乱状態に陥っているかと思われるぞ。
「メイ、かわいい……。ぎゅ~っ」
思わず「ひいっ」と声を出してしまった。トレシアは俺の体を抱きしめ、腹部に顔をうずめた。そして顔を離し、上目遣いで、
「しゅき」
もう何かに目覚めてしまいそうだ。…いかんいかん。これはあいつなんだ。初対面で罵ってきたあいつなのだ。俺は心の中で自己暗示をかけ続ける。
「怖いなこの姉ちゃん…あー、嬢ちゃん?大丈夫か?」
「いえ、全く」
「Zzz……」
やっと眠りについてくれた。ここまでの所要時間およそ1時間。1時間もこいつの誘惑に付き合わされた俺の身になって欲しい所だ。
「あっ、自己紹介がまだだったな。俺はビスター。一応親衛隊長をやってるぜ」
「メイ・チェブリックです。よろしく」
俺とビスターは握手を交わした。ちなみにこれ以上の飲酒は危険と判断したので、あの後から酒は飲んでいない。
「それにしても、その姉ちゃんマジで酒弱いな。連れてきてよかったのか?」
「本人が希望したことなんで。まあ、今はこんなんですけど普段はクールな魔法使いなんですよ」
「魔法使いか!ランクは?」
「ワイズメイジ?確かそんな名前だったような」
俺がその名前を口にすると、ビスターはほぉ~!と感嘆の声を上げた。実際彼女も「上から4番目」と言ってたが、どうやらそれなりに凄い地位だったようだ。
「嬢ちゃんは強いのか?」
「いや、武器は持ってますけど、実戦は未経験なので…」
「ハッハッハ!謙遜はやめてくれよ!嬢ちゃんは間違いなく強い!俺の目に誤りは無え!」
いやいや、強いのは覚醒した時の"俺じゃない俺"であって、俺自身の強さは分からない。そもそもあれがまた起こるとも限らないし。しかし次の瞬間。
「明日、近くの稽古場で待ってるぜ。嬢ちゃんたちの強さを、この目で見たい」
いきなりとんでもないことを言われた。要約するならば、『俺と戦え』ということだ。初対面で飲みに誘った挙句、戦うことになろうとは、ビスターという男の奇天烈さが身に染みて分かる。
そして翌日。
「さあ、今日はあのビスターとかの親衛隊長さんに会うんでしょ?早く行くわよ」
お前よくそんな振る舞いできるな。昨日散々酔っ払って迷惑かけただろ。忘れたとは言わせねえぞ。
トレシアに連れられるがまま、俺たちは待ち合わせ場所の稽古場へと向かった。
「おお、来たな!待ってたぜ!」
ビスターが元気よく俺たちを出迎える。彼はバトルフィールドの中央に仁王立ちしていた。だが、この場にいるのはたった3人だけではなかった。
「来たぞ、あれがビスター曰く『強者』の2人だぜ」
「ああん?女じゃねえか。そんなんがあのビスターに勝てるのか?」
明らかに俺たちを軽視する発言が聞こえる。流石に少しばかりイラッとしたので、このストレスは戦闘で発散することにしよう。
「あなた、一体何の真似?」
「ここのオーナーには贔屓にしてもらっててな。そのオーナーが腕の立つ情報屋を紹介してくれるってんで、この機会を逃す訳にはいかないんだ」
「情報屋?何の話だ?」
ビスターは何やら要点の掴めない話をし始めた。
「あんたら2人の内、1人でも俺に勝てたらその情報屋を紹介してやる。ちょっと手伝って欲しい事があるんでな」
情報をかけた殴り合いという訳か。しかし情報屋を紹介するだけならこんな大層なスタジアムに観客集めてワールドカップみたいな事しなくて良いのにな。結果としてビスターは戦闘欲が溢れ出ているということで。
「なるほどね…。これはやられたよ」
「さあ、まずはどっちから来る?俺はいつでもいいぜ」
ビスターが発破をかける。すると。
「私が行くわ」
トレシアが我先にと名乗りを上げた。
2人はフィールドの中央に向かい、互いに向かい立つ。
「「ハアッ!!」」
2人は同時に飛び出した。トレシアの杖をビスターは篭手で防ぎ、そのまま勢いでトレシアを突き飛ばした。
「悪いが、初めから本気を出させてもらうぜ!」
するとビスターは、独特の構えを披露した。何やら拳法でも使うのか。と思っていると、その予想はやはり的中する。
「はぁ…!ふんっ!!」
「!?…これは」
ビスターの構えに、トレシアは顔色を変えた。しかも、かなり狼狽えている様子。よっぽどあの構えに対してトラウマがあるのか。
ビスターは両拳を腰の横で握り締める。するとその拳に、みるみるオーラが纏われていくではないか。
「大王猩々正拳!!」
そう叫んだ彼の姿はさながら、勇ましく雄叫ぶゴリラのようだった。
「くっ!」
右拳を命中させんとしたビスターを、魔導防御で間一髪防ぐトレシア。しかし、その耐久もやっとなようだった。彼女の多くを語らない苦悶した表情がその根拠である。
「ふっ、俺の拳を防ぐなんてやるじゃねえか!」
「伊達に魔法使いなんかやってない!底無沼!」
トレシアがビスターの足元に魔法をかける。すると、彼の足元が液状と化し、徐々に地中へと引き込まれていく。
「ちっ、こうなったら!疾風隼撃!」
トレシアの体が一瞬にして殴打を受け、吹き飛んでしまう。おそらく目にも留まらぬ一撃が飛んできたのだろう。あの攻撃は俺でも防げないと思う。そしてトレシアがダメージを受けたことで魔法が解除され、ビスターは下半身が全て浸かった状態から立て直した。
トレシアも何とか起き上がったが、ビスターと彼女を比べるとどちらが優勢かは一目瞭然であった。ビスターは見るからにピンピンしている。一方のトレシアは息遣いが荒くなっている。流石にトレシアが可哀想だと思った俺であったが、その感情と彼女の体、双方に追い打ちをかけるかの如し一撃が炸裂する。
ビスターは、今度は両手の爪を立て、そのまま口のように大きく開いた。その姿は、猛虎のように見えた。
「猛虎激震!!」
「うああーっ!!!!」
次なるビスターの一撃は、あえなく命中。トレシアは一言も発さずに、その場に倒れ込んだ。
「「「「「おおーっ!!!!」」」」」
その瞬間、スタジアム中に歓声が巻き起こった。それほど美しい拳法であったのだ。しかし、俺はその様子を気持ちよく見る気にはなれなかった。
目の前で倒れた仲間を見捨てて自分だけ助かろうと命を乞うことなど、間違いなく前世の俺でもしないだろうからだ。俺は腹を括り、無言でトレシアの元へと歩み寄る。
「次は、俺だ」
トレシアをある程度遠ざけ、俺はビスターに言い放った。正直情報云々より、あのザマを見せられて引く訳にはいかなかった。剣を抜き、ビスターにその切っ先を差し向けようとしたその時。……何かが目覚めた。
「……」
「?…なんだ?」
俺の体はまたもや動き出した。どうやら窮地に陥ると覚醒するタイプみたいだ。ポ○モンで言うところのしんりょく、もうか、げきりゅうみたいなものか。俺が心の中で解説している間に、体はビスターの元へと向かっていく。
「はあっ!…何!?どわあっ!」
先ほどまでトレシアが大苦戦していた、ビスターの豪腕から繰り出される鈍い一撃を俺の体は指一本で止めてみせた。普通に考えれば折れるぞと思いながら、改めてこの状態の恐ろしさを知った。
次の瞬間、俺の体は全身の力を抜き直立不動になった。傍から見れば隙だらけである。
「ふっ、正面ががら空きだぜ!」
ほら見た事か。これに懲りて大人しく主導権を俺に譲ってくれるだろう。しかしそんな浅はかな思考は通用しないことを思い知らされる。
「粉砕」
「ぐわぁーっ!!!」
その一言から繰り出された前蹴りは、ビスターの巨体を、フィールドの一番端まで運んでしまった。
「おい、ウソだろ?」
「あんな可愛いナリした姉ちゃんが…」
「ビスターを倒した…!」
ビスターの敗北に驚きを隠せない様子の声がちらほら聞こえてくる。その間に、俺の意識が復活。どうやらトレシアも目を覚ましたようで、背後を振り向くと彼女が微笑んでサムズアップをしていた。
「ふっ、完敗だ」
ビスターはこちらまで近づき、握手を求めた。俺は「今回は俺の圧勝だな」と勝ち誇り、固く握手を交わした。
「で?協力してもらいたいことってのは?」
「実はな」
こうして俺はビスターの試練に打ち勝った。そして次に語られる出来事が、彼が"3人目の仲間"となる契機となる。
続
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