眠り姫は目覚めを希望しない【改題】

里瀬ふゆ

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通訳を介して初めての会話

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 気分の悪さが治まり、慌てて立ちあがり二人の後を追った。
 劇場を裏口から出て、エリオットに身を寄せて歩くジェシカの後ろ姿を発見した。
 ジェシカがぱっとこちらを振り返り、ひっと息を飲んだ。

「付いてくるわ、眠り姫の幽霊よ」

「怖がらなくていい、眠り姫なら私が引き受けよう」

 何の根拠があるのか、自信ありげに言い切るエリオットに少しむっとした。

「無理よ。見えてもいないくせに」

 つい反論を口にする。私の声が聞こえたのはやはりジェシカだけで、彼女は怯えた顔をまたこちらへ振り向けた。
 しかし何も言わなかった。隣のエリオットが、違う話を始めたからだ。

「今日が発売日なんだっけ? 君の愛読のファッション誌。ええと、何て言う……」

「ラパイオよ、今月はクローエの秋コレクションが特集されてるの。せっかくイノダンテに来ているんだもの、クローエの新作ドレスを一着あつらえたいわ」

「それはいい」

 エリオットはジェシカの気を私から逸らしたいようだ。彼女がこちらを振り返ろうとすると、次々と話題を出して、それを阻止した。
 ジェシカもまた、エリオットの意図を汲んで、私を気にしないように意識しているのが分かった。 
 空気のように扱おうとしているのだ。

 それならそれで結構だ。
 私は空気のように振る舞って、二人について書店とカフェへ行った。
 カフェでひと息つき、ジェシカがすっかり落ち着いたかに見えるタイミングで、エリオットが思い出したように言った。 

「で、眠り姫の幽霊っていうのは?」

「まだいるわ、そこに。そこに座ってさっきからずっとこっちを見てる」

「そうか。でも変だな。この国の王女さまは生きてるんだから、幽霊になるわけがない。どうして眠り姫だと?」

「自分で名乗ったもの。初めまして、わたくしは王女マリアンヌですって」

「喋ったのか」

 エリオットが目を丸くした。驚きの中に、どこか愉快そうな表情が浮かぶ。

「では今も、私たちの会話を聞いているってことだね」

 ジェシカが目を合わせてきたので、私はこくこくと頷いて見せた。露骨に嫌な顔をされる。
 何を思ったのか、エリオットがすくっと椅子を立ち、斜め向かいの空席に座っている私の前に進み出て、片膝をついた。

「お目にかかれて光栄です、マリアンヌ王女さま。どうか今しばらく、お待ちを。このエリオット・アーチボルトが、命を懸けて、王女さまにかけられた魔法をお解きいたします」

 先ほど素晴らしい劇を観たばかりだからか、この台詞はひどく陳腐なものに思えた。

「アーチボルドさん、お気持ちはありがたいのですが、わたくしはそれを望みません。無駄に人命が失われるのを、これ以上黙って見ていられませんの。大体、一役者がわたくしを助けようなどと、思いあがりも甚だしいのですわ。あなたは劇に専念していればいいのです」

 考えていた言葉を練習どおりに吐いた。
 偉そうに嫌な感じで言えば、助けたいという気持ちに水を差せる。
 同情を誘って被害者を増やすくらいならば、いっそ嫌われたほうがいい。

「何よ、その言い草は」

 一瞬の絶句のあと、言葉を返してきたのはジェシカだ。

「王女さま、何だって?」

 エリオットが跪いたまま尋ねる。

「あなたに助けられたくないんですってよ。思いあがりも甚だしいですわって。劇に専念しなさいって……まあそれは、私も同意するわ」

 ジェシカが通訳してくれた上に、賛同までしてくれたことに、私は感激した。
 よし、これで分かってくれたに違いない。


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