眠り姫は目覚めを希望しない【改題】

里瀬ふゆ

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エリオット・アーチボルドあらわる

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「ジェシカ、どうした? 何を騒いでるんだ」

 楽屋のドアが開き、顔を出したのはエリオット・アーチボルドだった。

 衣装から着替え、シャツにベストスーツという、普段着ぽい服装だ。
 ダークブラウンの少しウェーブがかった髪は舞台上で見たときと変わらないが、顔色は先ほどよりも艶やかで、はつらつとして見える。
 苦悩の王を全身全霊で演じていたときとは違い、飄々とした雰囲気だ。

「エリオット! 変な女が」

 ジェシカと呼ばれた女優は、私を指差してエリオットに訴えた。
 ああ、そうだ。この人はトーマス王が道ならぬ恋に落ちる相手、メアリを演じていた女優だと思い出す。
 私が劇を見始めた終盤には、メアリはすでに死んでいたため、ジェシカの演技は見ていない。
 カーテンコールで登場したときに、エリオットに続き一際大きな拍手と花束をもらっていたのを覚えている。

「変な女?」

 ジェシカはしっかりと私を指差しているが、エリオットの視線はジェシカの指先からその先を捉えることが
できず、迷子になっている。
 焦点定まらず宙を泳ぎ、ジェシカへ視線を戻した。

「もう行ったのか?」

「何言ってるの。いるじゃないの、そこに」

「……いや、誰もいないが?」

 訝しそうな顔をするエリオットの反応は正しい。普通の人間には、私の姿は見えないのだから。
 さっと顔色を変えたのはジェシカだ。

「たちの悪い冗談はやめて。あなたが眠り姫を助けるなんて変なことを言い出すから、こんな嫌がらせじみた恰好をした、頭のオカシイ女がやって来るのよ」

「落ち着けジェシカ。怪我はないか? 警備に報告しよう。その女はどっちへ? どういう恰好をしてたって?」

「何言ってるの、だからほらっ、ここにいるじゃないの」

 二人の会話を成すすべなく見守っていた私に、ジェシカが手を伸ばした。
 逃げなきゃ、と思ったときには遅かった。
 ジェシカの手は私を掴もうとして、すり抜けた。勢いがついていた分、その手は大きく空振りした。
 腕をすり抜け、脇腹をえぐるようにして胴体をすり抜ける。人間が体をすり抜けるときには、とてつもない不快感に襲われる。

 内臓をかき混ぜられるような感覚と、吐き気に、私は立っていられなくなりしゃがみこんだ。
 二十秒ほど耐えてやり過ごすしかない。

「えっ……な、なに!? うそっ、なんで」

 パニックになったのは、ジェシカも同じようだ。頭上で狼狽する声が聞こえた。

「ゆっ、幽霊っ……! エリオット、ゆゆ、幽霊よ」

「大丈夫、私がいる。行こう」

「行くってどこへ?」

「君は書店へ行くところだっただろう。私も一緒に行くよ。目当ての雑誌を買って、カフェでお茶を飲もう。話はそこでゆっくり聞こう」

 エリオットの声は落ち着いていて、頼もしさがある。
 言い聞かせられているのはジェシカだけど、まるで自分に言われているように感じ、私はうずくまったまま聞いていた。

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