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第5話 スーパーファミコン
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*学校からの帰り道の話
当時ぼくは友達と帰っている時に、たまに靴で『天気占い』をやっていた。やり方は、靴を半分はいた状態にして前に蹴り出し『普通に着地したら晴れ』『裏返ったら雨』というような単純なものだった。
ただ、これは小学生には少々コントロールが難しいもので、勢いよく蹴り過ぎた靴が、塀を超えて知らない人の家まで入ってしまったことがあった。ぼくと河野くんはインターフォンを押して中に入らせてもらおうと試みたが、留守なのか返事はなかった。
そこで、あまりいいことではないのだが意を決して家に忍び込み、靴を取らせてもらって帰ることにした。別にそんなに悪いことをしている訳ではないのだが、なんだか泥棒に入っているみたいで緊張した。庭に入り、靴を拾って帰ったあとも。心臓がドキドキしたままだったのを今でも覚えている。
また、ぼくは当時『黄色』が大好きで、それは明るくて綺麗だからというのと、見ていると力が湧くからという理由だった。傘や帽子や長靴など、いろいろな『黄色いもの』を持っていて、その中でも特に傘がお気に入りだった。
平成初期に学生時代を過ごした人なら経験があると思うのだが、ぼくらが小学生の頃には、雨が上がった後に傘を持っていると『あること』を練習するのが習慣になっていた。
それは、『るろうに剣心』という剣客漫画の斎藤 一というキャラクターが繰り出す、『牙突』という技だ。これは刀に、刀を持っていない方の手を添えて肩の上で構え、一気に相手を突くというとても危険な技なのだが、これが当時の小学生を中心に大流行した。
雨が降った日の帰りには必ずと言っていいほどやっていて、他の子もやっていたのだろう、並木道の木や、土手の土にはそこら中にボコボコ穴が開いていた。ヤンチャだったぼくも学校で禁止されるまで、みんなと一緒にこれをやっていた。
*ザリガニ釣りの話
ぼくらの学校の近くには小さな山があって、そこには大きな自然が広がっていて、ホタルとかカエルとかトンボとか、いろんな生き物が住んでいた。そこにはザリガニがいて、友達のもっちゃんとたまにザリガニ釣りに行っていた。
その頃のぼくらは、ザリガニのエサと言えばイリコと相場が決まっていて、いつもお互いの家から持ち寄ったものを、糸でわりばしにくくりつけて釣りを楽しんでいた。
ある日のこと、30分ほど田んぼとか水たまりに糸をたらしていると、二人で1匹ずつ2匹のザリガニをつかまえることができた。するともっちゃんが、持ってきたリュックの中をゴソゴソかき回して何か探している。
「けんちゃん知ってる?ザリガニってサバを食べさせたら青くなるんだよ」
「そうなの?こんなに赤いザリガニが?」
もっちゃんは半信半疑のぼくをよそに、リュックからサバを取り出して釣り上げたザリガニに食べさせていた。しばらくすると本当にザリガニの色が変わって青色になり、ぼくはそのことに凄く感心した。
「すごい!ホントに青くなってる!」
「そうでしょ!前に動物図鑑に書いてあるのを読んだんだ」
もっちゃんは別のザリガニにもサバをあげながら、得意そう話していた。
「他には?他には何か面白い話ないの?」
「う~ん、そうだな~。カエルには骨があって、それで、変なものを飲み込むと、胃を吐き出して自分で洗うんだって」
そう言うともっちゃんは、近くにいたサッカーボールくらいの大きなウシガエルにちょっと大きめの小石を食べさせて見せた。しばらくすると、ウシガエルは顔を青くし、気持ち悪そうな顔をしながら胃を吐き出して洗い始めた。
「すご~い!カエルってこんなことするんだ!ぼく、初めて見たよ」
「ふふ~ん、凄いでしょ~。ぼくも初めてやったんだけどね」
ぼくがあまりにも単純に驚いたので、もっちゃんはさっきよりも得意げな感じだった。
「もっともっと!もっと聞きたい!」
「え~っと~、そうだな~。東日本のホタルは1秒に2回光るんだけど、西日本のは4回光るんだって。ホタルも人間も関西の方がせっかちなんだね」
ぼくが夢中になって次の話を要求すると、もっちゃんは暗くなった中で、一生懸命おしりを光らせているホタルを指差しながらそう言った。
「もっちゃんはなんでも知ってるんだね。ぼくも見習わなくっちゃ」
「それなら、ぼくの図鑑を読んだらいいよ。それで覚えたわけだし」
「そうだね、じゃあ貸してもらって読もうかな」
「今度けんちゃんも何か本、貸してよ」
「わかった。じゃあ約束だね」
「うん、約束だよ」
そう言うと、どちらともなく右手の小指を差し出し、お互いの指をからめた。
「「ゆ~びきりげんま~んうそついたらハリセンボンの~ます」」
そう言って笑い合ったあと、もっちゃんの家に言って図鑑を貸してもらった。そしてぼくの方はというと、何を貸そうか迷った挙句、結局は本棚の隅に眠っていた、海の動物の図鑑を渡すことにした。もっちゃんは凄く喜んでくれたし、このことがキッカケで、海の動物の図鑑の方にも興味を持って読み返したので、貴重な経験になったと思う。
*スーパーファミコンの話
7歳の誕生日に『スーパーファミコン』を買ってもらって、それからは夢中になってゲームで遊んでいた。学校から帰って家で待っていた時に車の音が聞こえて、母が帰って来た時の喜びと興奮は、大人になってからも忘れられないようなものだった。
これは当時としては世界最高水準のゲーム機で、アポロ11号のコンピューターよりも高度であると言われながら、すべての子供に行きわたるよう一番安いエンジ色でカラーリングしたり、ソフトの容量が少なく、ガラケーの画像一枚にも満たない40キロバイトしかなかったため、マリオの向きが分かるようにヒゲをつけたり、同じドット絵を背景として使いまわしたりしていた。
当時タイミング良く『スーパーマリオコレクション』というソフトが発売されており、その中に入っている『スーパーマリオブラザーズ3』が特に気に入っていて好きだった。初めてプレーした時に、操作していたマリオをジャンプさせようとして、自分も同時に体が動いてしまったことなどは、いい思い出になっている。
その後も誕生日だとかクリスマスにプレゼントとしてソフトを買ってもらっていたのだが、今にして思えば、画面を横に移動してプレーするゲームが異常に好きで、『がんばれゴエモン』や『ドンキーコング』、『ヨッシーアイランド』など、持っているゲームは全部『アクションゲーム』だった。もともと運動するのが大好きで、5分もじっとしていられないような子だったので、当然と言えば当然なのかもしれない。
そんな感じでゲームを楽しんでいた訳だが、この頃のゲームはまだ今より設定が甘く、いわゆる『バグ技』というものを見つけたりもしていた。
『がんばれゴエモン2』の6面の町で店から出る時にスタートとセレクトを連打して待機画面に戻ってバグ画面にしたり、しょうちゃんに教えてもらった、『ドンキーコング』でのトロッコに乗っている時にわざと落ちて、中間地点から復活する時にYボタンとBボタンを同時に連打して飛ぶ裏技などをやって楽しんでいた。
また、当時から人気であるボンバーマンでは、ルーイと呼ばれるカンガルーにのると、ダッシュ、キック、ジャンプ、一列おきのような特殊能力が使えたり、自分でおいた爆弾のせいで出られなくなって、それをみんなで笑ったり、全作で使える5656(おそらくコロコロコミックからきている)のパスワードを教えてもらったりしたのも楽しかった。
そんな時に、仲の良かったもっちゃんの家に何人かで遊びに行ったら、もっちゃんが珍しいコントローラーを使っていた。
それは『ボンバーマンの顔をしたコントローラー』で、スーパーファミコン本体にある2P用の差込口に差すことで使用でき、もともとの1P用の差込口と合わせると最大5人までプレーできるようになるというものだった。
このことでボンバーマンを始めとするゲームを3人以上でプレーすることができるようになり、初めて5人でボンバーマンをプレーした時にはニンテンドウの技術力の高さに驚かされたものであった。
これは後に販売される『ニンテンドウ64』や『ゲームキューブ』『Wii』などに活かされたノウハウで、まだテレビゲームというものが確立されておらず、開発当初は3人以上でプレーすることを想定していなかったためだと考えられる。
いずれにしても楽しいゲームばかりで、少年時代に鮮やかな色を添えてくれたことに対して、日本のゲーム業界には大きく感謝している。
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ここまで読んで頂いてありがとうございます。
ただいま作者の崗本は『賞レース中にて書籍化のチャンス』に直面しております!!
下記サイト(Note創作大賞2023)にて各話♡ハートボタンを押して頂けたら幸いです。
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当時ぼくは友達と帰っている時に、たまに靴で『天気占い』をやっていた。やり方は、靴を半分はいた状態にして前に蹴り出し『普通に着地したら晴れ』『裏返ったら雨』というような単純なものだった。
ただ、これは小学生には少々コントロールが難しいもので、勢いよく蹴り過ぎた靴が、塀を超えて知らない人の家まで入ってしまったことがあった。ぼくと河野くんはインターフォンを押して中に入らせてもらおうと試みたが、留守なのか返事はなかった。
そこで、あまりいいことではないのだが意を決して家に忍び込み、靴を取らせてもらって帰ることにした。別にそんなに悪いことをしている訳ではないのだが、なんだか泥棒に入っているみたいで緊張した。庭に入り、靴を拾って帰ったあとも。心臓がドキドキしたままだったのを今でも覚えている。
また、ぼくは当時『黄色』が大好きで、それは明るくて綺麗だからというのと、見ていると力が湧くからという理由だった。傘や帽子や長靴など、いろいろな『黄色いもの』を持っていて、その中でも特に傘がお気に入りだった。
平成初期に学生時代を過ごした人なら経験があると思うのだが、ぼくらが小学生の頃には、雨が上がった後に傘を持っていると『あること』を練習するのが習慣になっていた。
それは、『るろうに剣心』という剣客漫画の斎藤 一というキャラクターが繰り出す、『牙突』という技だ。これは刀に、刀を持っていない方の手を添えて肩の上で構え、一気に相手を突くというとても危険な技なのだが、これが当時の小学生を中心に大流行した。
雨が降った日の帰りには必ずと言っていいほどやっていて、他の子もやっていたのだろう、並木道の木や、土手の土にはそこら中にボコボコ穴が開いていた。ヤンチャだったぼくも学校で禁止されるまで、みんなと一緒にこれをやっていた。
*ザリガニ釣りの話
ぼくらの学校の近くには小さな山があって、そこには大きな自然が広がっていて、ホタルとかカエルとかトンボとか、いろんな生き物が住んでいた。そこにはザリガニがいて、友達のもっちゃんとたまにザリガニ釣りに行っていた。
その頃のぼくらは、ザリガニのエサと言えばイリコと相場が決まっていて、いつもお互いの家から持ち寄ったものを、糸でわりばしにくくりつけて釣りを楽しんでいた。
ある日のこと、30分ほど田んぼとか水たまりに糸をたらしていると、二人で1匹ずつ2匹のザリガニをつかまえることができた。するともっちゃんが、持ってきたリュックの中をゴソゴソかき回して何か探している。
「けんちゃん知ってる?ザリガニってサバを食べさせたら青くなるんだよ」
「そうなの?こんなに赤いザリガニが?」
もっちゃんは半信半疑のぼくをよそに、リュックからサバを取り出して釣り上げたザリガニに食べさせていた。しばらくすると本当にザリガニの色が変わって青色になり、ぼくはそのことに凄く感心した。
「すごい!ホントに青くなってる!」
「そうでしょ!前に動物図鑑に書いてあるのを読んだんだ」
もっちゃんは別のザリガニにもサバをあげながら、得意そう話していた。
「他には?他には何か面白い話ないの?」
「う~ん、そうだな~。カエルには骨があって、それで、変なものを飲み込むと、胃を吐き出して自分で洗うんだって」
そう言うともっちゃんは、近くにいたサッカーボールくらいの大きなウシガエルにちょっと大きめの小石を食べさせて見せた。しばらくすると、ウシガエルは顔を青くし、気持ち悪そうな顔をしながら胃を吐き出して洗い始めた。
「すご~い!カエルってこんなことするんだ!ぼく、初めて見たよ」
「ふふ~ん、凄いでしょ~。ぼくも初めてやったんだけどね」
ぼくがあまりにも単純に驚いたので、もっちゃんはさっきよりも得意げな感じだった。
「もっともっと!もっと聞きたい!」
「え~っと~、そうだな~。東日本のホタルは1秒に2回光るんだけど、西日本のは4回光るんだって。ホタルも人間も関西の方がせっかちなんだね」
ぼくが夢中になって次の話を要求すると、もっちゃんは暗くなった中で、一生懸命おしりを光らせているホタルを指差しながらそう言った。
「もっちゃんはなんでも知ってるんだね。ぼくも見習わなくっちゃ」
「それなら、ぼくの図鑑を読んだらいいよ。それで覚えたわけだし」
「そうだね、じゃあ貸してもらって読もうかな」
「今度けんちゃんも何か本、貸してよ」
「わかった。じゃあ約束だね」
「うん、約束だよ」
そう言うと、どちらともなく右手の小指を差し出し、お互いの指をからめた。
「「ゆ~びきりげんま~んうそついたらハリセンボンの~ます」」
そう言って笑い合ったあと、もっちゃんの家に言って図鑑を貸してもらった。そしてぼくの方はというと、何を貸そうか迷った挙句、結局は本棚の隅に眠っていた、海の動物の図鑑を渡すことにした。もっちゃんは凄く喜んでくれたし、このことがキッカケで、海の動物の図鑑の方にも興味を持って読み返したので、貴重な経験になったと思う。
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7歳の誕生日に『スーパーファミコン』を買ってもらって、それからは夢中になってゲームで遊んでいた。学校から帰って家で待っていた時に車の音が聞こえて、母が帰って来た時の喜びと興奮は、大人になってからも忘れられないようなものだった。
これは当時としては世界最高水準のゲーム機で、アポロ11号のコンピューターよりも高度であると言われながら、すべての子供に行きわたるよう一番安いエンジ色でカラーリングしたり、ソフトの容量が少なく、ガラケーの画像一枚にも満たない40キロバイトしかなかったため、マリオの向きが分かるようにヒゲをつけたり、同じドット絵を背景として使いまわしたりしていた。
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そんな時に、仲の良かったもっちゃんの家に何人かで遊びに行ったら、もっちゃんが珍しいコントローラーを使っていた。
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このことでボンバーマンを始めとするゲームを3人以上でプレーすることができるようになり、初めて5人でボンバーマンをプレーした時にはニンテンドウの技術力の高さに驚かされたものであった。
これは後に販売される『ニンテンドウ64』や『ゲームキューブ』『Wii』などに活かされたノウハウで、まだテレビゲームというものが確立されておらず、開発当初は3人以上でプレーすることを想定していなかったためだと考えられる。
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