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第14話 下松
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*下松での話
おじいちゃんはおばあちゃんと田舎に帰る度に「大きくなったね~」と言って出迎えてくれたり、ご飯のたびに「みんなで食べると美味しいねえ」と言っていて、ぼくらと一緒に食べるのを楽しみにしてくれているようだった。
おじいちゃんはわりとお酒が好きだったようで、大きめの徳利に入った養命酒を毎食後にチビチビ飲んでいた。子供の頃のぼくには日本酒特有の匂いがキツいように感じられたが、酒は百薬の長というように、これはおじいちゃんにとって健康の秘訣と言えるものであったようだ。
また、食卓には珍しい食べ物も並んでいたりして、サザエや当時はわりと一般的だった鯨肉も食べたりしていた。この時に左ヒラメに右カレイという見分け方を教えてもらったり、カサゴを実際にさばいてもらったりもしていた。
おじいちゃんは限界まで何かに挑戦する人で(これは今のぼくにも色濃く受け継がれている)、毎朝トーストと一緒に飲んでいた牛乳をコップのきわまで入れていた。
母がそんなになみなみ注がないようにと一度誕生日にもっと大きなコップをプレゼントしたら、それにまたギリギリまで牛乳を注いでいて、母が「表面張力で満タンまでそそがない気が済まないみたい」と言っていた。
あと、この応接間にはいつもおばあちゃんが取っておいてくれた『白い紙』が置いてあって、これにメモを取ったり、『へのへのもへじ』という、この文字を書くと顔になる絵を描いて遊んだりしていたので、ライフハック的な意味で便利だったのでここで紹介しておきたい。
居間には東京のおじさんが連れて来た犬がいる時があり、この頃のぼくは野犬に向かって何を思ったのか「ワン」と言ったことで、山から走ってきたものを車の中に隠れて事なきを得たという経験から犬が苦手になっており、この犬がいつも怖かった。
ぼくらはこの頃から居間でトランプをやるのが日課で、おじいちゃんはトランプで手札を出し切れずに終わってしまうと「宝の持ち腐れ」と言っていたり、おばあちゃんが小さい数字を「こまい数字」と言っているので方言を覚えたりもしていた。
千葉の家ではスーパーファミコンがあるから退屈しないのだが、田舎にはそんなものはないので、寝る時に『20の扉』という、お題を決めた人に対して20回以内の質問で何か当てるゲームをやったり、母の昔の話を聞いたりもしていた。
千葉から遠く大掛かりな帰省ではあるのだが、おじいちゃんとおばあちゃんや親戚の人に遊んでもらえるので、毎年季節ごとに田舎に帰るのを楽しみにしていたのを今でもよく覚えている。
*砂鉄というものの話
小学校2年生の理科の授業の時に、磁石を使って『砂鉄』というものを集める実験をやった。これは砂場にある細かい鉄を、ビニールの中に入れた磁石の力で引き寄せて、ビニールを裏返すことで手に入れるというものであった。
この砂鉄を集める感覚が、宝探しをしているような感じで魅力的に思えて凄く感動的だった。小学生の時には何を見ても興味が持てたりするものなので、この時期にいろいろ吸収したことは後にも印象に残っていたりする。
家に帰ってから公園に行ってもう一度やってみたくなったのだが、母に聞いても自宅には磁石がなく、結局どうすることもできなかったので、そのままやらず終いになってしまっていた。だが、その年の夏休みに田舎がある山口県下松市に帰った時に、おもちゃ箱から偶然にも磁石を発見し、かなり驚いたことがある。
別にそんなことはないのだが、なんだかおじいちゃんとおばあちゃんの大切なものを持って帰ってしまうような気がして言い出せなかった。その後、千葉に帰ってからもそのことが頭から離れず、ずっと気になったままだった。
ぼくは昔から人にものを頼むのが苦手で、極力自分で解決しようとする性分であったため、『磁石がほしい』ということがなかなか言い出せず、磁石を見る度に悶々とした気持ちになっていた。けど、ある日おばあちゃんがぼくらが泊っている2階まで来たことがあって、その時に“言うなら今しかない”と思い、意を決して磁石を持って帰っていいか聞いてみることにした。
「おばあちゃん、これもらっていい?」
「どうぞどうぞ」
「やったー。ありがとう」
「欲しかったら他のも持って行っていいからね」
「うん。そうするね!」
この出来事は今でも鮮明に思い出せるほど嬉しく、千葉に帰ってから友達と一緒に何度も公園で砂鉄を集めていた。
透明のビニール一杯に集めた砂鉄を見て、なんだか凄く高価なものを手に入れたような高揚感を得たことを強く記憶している。
*生き物とのふれあいの話
小学生の時に下松に帰っていた頃にはよく、近所の桐戸川で鯉さんに『エサやり』をしに行っていた。中にはかなり立派な錦鯉がいて、そこへパンの耳を細かく切ったものを投げ込んで食べさせていた。
エサやりに行くまでにおばあちゃんがパンの耳を用意してくれて、祖父母とぼくらの家族とで行くか、多い時は母の兄の東京のおじさんと久保のおじさんとおばさんと一緒に一族総出でエサやりに行っていた。この桐戸川へエサやりに行っている人はわりと多く、ほぼ毎回誰かが隣でエサをやっているのであった。
エサをまき始めると30から40匹くらいの鯉が寄って来て口をパクパク開けて食べ、たくさんまいても10分もあれば全部なくなってしまっていた。その後にはみんなで話しながら川のほとりを散歩して回るのが習慣だった。
また、下松にある神社にはカメさんが居て、よく妹と二人でおばあちゃんに『カメさん参り』に連れて行ってもらっていた。境内では100円で売っているエサを買ってもらって大きな岩が横と縦に重なっている小さなため池にいる100匹ほどのカメさんにまいて食べさせる。
それが終わると近くに鉄棒があったので、学校で習ってできるようになった技を見せておばあちゃんに褒めてもらうのが嬉しかったりした。
「けんちゃんはなんでもできるんだね~」
そう言われると得意になって何回も同じように見てもらっていた。おばあちゃんは良く笑う、朗らかで柔和な人だった。
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ここまで読んで頂いてありがとうございます。
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おじいちゃんはおばあちゃんと田舎に帰る度に「大きくなったね~」と言って出迎えてくれたり、ご飯のたびに「みんなで食べると美味しいねえ」と言っていて、ぼくらと一緒に食べるのを楽しみにしてくれているようだった。
おじいちゃんはわりとお酒が好きだったようで、大きめの徳利に入った養命酒を毎食後にチビチビ飲んでいた。子供の頃のぼくには日本酒特有の匂いがキツいように感じられたが、酒は百薬の長というように、これはおじいちゃんにとって健康の秘訣と言えるものであったようだ。
また、食卓には珍しい食べ物も並んでいたりして、サザエや当時はわりと一般的だった鯨肉も食べたりしていた。この時に左ヒラメに右カレイという見分け方を教えてもらったり、カサゴを実際にさばいてもらったりもしていた。
おじいちゃんは限界まで何かに挑戦する人で(これは今のぼくにも色濃く受け継がれている)、毎朝トーストと一緒に飲んでいた牛乳をコップのきわまで入れていた。
母がそんなになみなみ注がないようにと一度誕生日にもっと大きなコップをプレゼントしたら、それにまたギリギリまで牛乳を注いでいて、母が「表面張力で満タンまでそそがない気が済まないみたい」と言っていた。
あと、この応接間にはいつもおばあちゃんが取っておいてくれた『白い紙』が置いてあって、これにメモを取ったり、『へのへのもへじ』という、この文字を書くと顔になる絵を描いて遊んだりしていたので、ライフハック的な意味で便利だったのでここで紹介しておきたい。
居間には東京のおじさんが連れて来た犬がいる時があり、この頃のぼくは野犬に向かって何を思ったのか「ワン」と言ったことで、山から走ってきたものを車の中に隠れて事なきを得たという経験から犬が苦手になっており、この犬がいつも怖かった。
ぼくらはこの頃から居間でトランプをやるのが日課で、おじいちゃんはトランプで手札を出し切れずに終わってしまうと「宝の持ち腐れ」と言っていたり、おばあちゃんが小さい数字を「こまい数字」と言っているので方言を覚えたりもしていた。
千葉の家ではスーパーファミコンがあるから退屈しないのだが、田舎にはそんなものはないので、寝る時に『20の扉』という、お題を決めた人に対して20回以内の質問で何か当てるゲームをやったり、母の昔の話を聞いたりもしていた。
千葉から遠く大掛かりな帰省ではあるのだが、おじいちゃんとおばあちゃんや親戚の人に遊んでもらえるので、毎年季節ごとに田舎に帰るのを楽しみにしていたのを今でもよく覚えている。
*砂鉄というものの話
小学校2年生の理科の授業の時に、磁石を使って『砂鉄』というものを集める実験をやった。これは砂場にある細かい鉄を、ビニールの中に入れた磁石の力で引き寄せて、ビニールを裏返すことで手に入れるというものであった。
この砂鉄を集める感覚が、宝探しをしているような感じで魅力的に思えて凄く感動的だった。小学生の時には何を見ても興味が持てたりするものなので、この時期にいろいろ吸収したことは後にも印象に残っていたりする。
家に帰ってから公園に行ってもう一度やってみたくなったのだが、母に聞いても自宅には磁石がなく、結局どうすることもできなかったので、そのままやらず終いになってしまっていた。だが、その年の夏休みに田舎がある山口県下松市に帰った時に、おもちゃ箱から偶然にも磁石を発見し、かなり驚いたことがある。
別にそんなことはないのだが、なんだかおじいちゃんとおばあちゃんの大切なものを持って帰ってしまうような気がして言い出せなかった。その後、千葉に帰ってからもそのことが頭から離れず、ずっと気になったままだった。
ぼくは昔から人にものを頼むのが苦手で、極力自分で解決しようとする性分であったため、『磁石がほしい』ということがなかなか言い出せず、磁石を見る度に悶々とした気持ちになっていた。けど、ある日おばあちゃんがぼくらが泊っている2階まで来たことがあって、その時に“言うなら今しかない”と思い、意を決して磁石を持って帰っていいか聞いてみることにした。
「おばあちゃん、これもらっていい?」
「どうぞどうぞ」
「やったー。ありがとう」
「欲しかったら他のも持って行っていいからね」
「うん。そうするね!」
この出来事は今でも鮮明に思い出せるほど嬉しく、千葉に帰ってから友達と一緒に何度も公園で砂鉄を集めていた。
透明のビニール一杯に集めた砂鉄を見て、なんだか凄く高価なものを手に入れたような高揚感を得たことを強く記憶している。
*生き物とのふれあいの話
小学生の時に下松に帰っていた頃にはよく、近所の桐戸川で鯉さんに『エサやり』をしに行っていた。中にはかなり立派な錦鯉がいて、そこへパンの耳を細かく切ったものを投げ込んで食べさせていた。
エサやりに行くまでにおばあちゃんがパンの耳を用意してくれて、祖父母とぼくらの家族とで行くか、多い時は母の兄の東京のおじさんと久保のおじさんとおばさんと一緒に一族総出でエサやりに行っていた。この桐戸川へエサやりに行っている人はわりと多く、ほぼ毎回誰かが隣でエサをやっているのであった。
エサをまき始めると30から40匹くらいの鯉が寄って来て口をパクパク開けて食べ、たくさんまいても10分もあれば全部なくなってしまっていた。その後にはみんなで話しながら川のほとりを散歩して回るのが習慣だった。
また、下松にある神社にはカメさんが居て、よく妹と二人でおばあちゃんに『カメさん参り』に連れて行ってもらっていた。境内では100円で売っているエサを買ってもらって大きな岩が横と縦に重なっている小さなため池にいる100匹ほどのカメさんにまいて食べさせる。
それが終わると近くに鉄棒があったので、学校で習ってできるようになった技を見せておばあちゃんに褒めてもらうのが嬉しかったりした。
「けんちゃんはなんでもできるんだね~」
そう言われると得意になって何回も同じように見てもらっていた。おばあちゃんは良く笑う、朗らかで柔和な人だった。
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