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第43話 天大中小
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*転校生の話
5年生の2学期になると南原という子が転校生して来た。この子は面白い子で、給食の時に替え歌を歌ってみんなを笑わせたり、5、6人で遊んでいたグループにすぐに入って来たりとコミュニケーション能力が高かった。
ただ、いつも笑顔でそのことで逆に感情をあまり表に出していないような印象を受けていた。転校生によくあるような、すぐに溶け込めるように愛想を振りまくタイプで、みんなの中心にいるのだが、なぜか逆に居場所がないように見える子だった。公園で遊んでいる時に
「やっとみんなと仲良くなれて嬉しいよ」と言っていたのが凄く印象的だった。
だが、その言葉も虚しく、2学期の終わりに彼は別の学校に転校してしまうことになり、教壇の前に立って別れの挨拶をした。
「今まで仲良くしてくれてありがとうございました。みんなと過ごしたこの3ヶ月は忘れません」
『テンプレ(テンプレート・定型文)』というか、このセリフを言い慣れているのだろうなと思わせるような感じだった。転校する子がいると、場合によっては本人を含め何人か泣く子が出てくることが多いとは思うが、ぼくらにはそんな思い出を作る時間もなかった。
だが、それは決して彼が慕われていなかったということではなく、まだぼくらには打ち解け、腹を割るだけの時間がなかったのだ。事実、彼を悪く言ったり、のけ者にしようとする子は一人もおらず、彼は間違いなくクラスの一員だった。お互いをよく知り、分かり合うには、3ヶ月という期間はあまりにも短かった。
日本にはまだ全国転勤のような先進国では禁止されているような非人道的な辞令が下されることがあり(社員には拒否権が与えられていない)、その犠牲となるのはいつも立場の弱い人々だ。南原が、ある意味みんなに心を閉ざすようになってしまったのも、この転勤というシステムの弊害であると言える。
日本の司法家は政治家と違って情けない人間が多く、前例主義や大企業への斟酌などで裁判員の声を無視し、大衆の声を黙殺してしまうことが多くある。望まぬ転勤に違憲判決を叩き付けるような『尊属殺重罰規定』を廃止させた『石田和外最高裁判長』のような人道的で勇気のあるハートフルな司法家が、この日本から出てくることを願って止まない。
*天大中小の話
5年生の時と6年生の時、『天大中小』と呼ばれる遊びが流行していて、クラスメイトのこさか、まつみや、いしかわ、けんちゃん、さとう、なんばらとやっていた。
これはいわゆる『テイキュウ』という遊びで、地面に正方形を描いてそれを十字で区切り、さらにその真ん中に丸を描くフィールドを使っていた。
ルールは簡単。卓球と同じ要領で自分の陣地でワンバウンドしたボールをグーに握った手か足で弾き、他の3マスにいる誰かのところに打つというものだった。なぜ『天大中小』というネーミングかというと、マス目がそれぞれランク分けされていて、天、大、中、小の順に偉いという寸法だ。
そして自分の陣地でボールが2バウンドするか、打ったボールが四角の範囲から出てしまうとアウトとなり、一つランクが下がってしまうのだった。呼び方は違えど、日本の学校に通ったことのある人ならわりとやったことがある人は多いのではないだろうか。
だが、この『天大中小』にはもう一つ特別なルールがあって、それはフィールド中央に描かれた『ドボン』と呼ばれる丸の中にボールが入ってしまうと一気に最下位である小の位までランクダウンしてしまうというものであった。
誰の打ったボールが『ドボン』に入っても盛り上がるのだが、とりわけ最高位の天の位置にいる人がミスして『ドボン』に入るとぼくらは大盛り上がりだった。
ドッヂボール用のボールが使いやすいのだが、ボールが2つしかないため、ドッヂボールをしたい子が多いとバスケ用のボールでやったりしていて、そこはみんなで話し合って少ない道具を協力して使っていた。
現代社会は物はなんでもそろっているが、人を思いやったり、誰かの意見を尊重したりすることが少なくなってしまっていて、そういう時こそ、『古き良き日本』というものを思い出し、そこへ立ち返るべきではないだろうか。
*自分の名前の話
転校してから1年くらいは岡本とか岡やんとか呼ばれていたのだが、5年生の中頃くらいに小坂が、
「岡本って健太郎って名前やねんな。今度から、けんたろうって呼ぶわ」
とみんなの前で言ったことで周りがみんな健太郎と呼ぶようになった。ぼくは正直、けんたろうという名前は少し古い感じがしていたので、たつやとかかずや、だいきとかなおきのような今風の名前に秘かな憧れがあったので、ファーストネームで呼ばれることに対して抵抗があった。
日本では後に『キラキラネーム』と呼ばれる、その人しかいないようなオリジナルの奇抜な名前というものが流行るのだが、それを考えればかなり小さな悩みと言えるだろう。また、逆におじいちゃんおばあちゃん世代のような古めの名前を『シワシワネーム』と言ったりもしていたので、どっちもどっちだと言え、ちょうどいい塩梅で名前を付けるのは親の知性が反映されるので難しいと考えられる。
読み方だけなら裁判所に行けばその場で変更できるということもあり、成人するまでに7年以上『通名』を使っているという既成事実を用いて『改名』するという人も少なからず居るようだ。なんにせよ、名前というものは一生涯使い続けるものなので、周りの意見を重々参考にしつつ、その場のテンションに任せて突っ走るようなことがないようにすべきである。
また、『元恋人の名前を付ける』などということは、妻か夫と子供への配慮を著しく欠いた背徳行為であり、必ずバレると考えてやめるべきである。もし付けてしまってバレた際には、『誠心誠意』謝罪をし、改名したいと言われた場合は素直に同意するしかないと考えられる。
因みにぼくの名前は父が、妹の名前は母が付けたそうで、同性の親が名前を付けてあげるというのは、トラブルの基になりにくくていいのかもしれない。
*みやなりくんとの話
仲山第一小学校はわりと転校生が来ることが多く、5年生の時に転校して来た宮成くんという子と仲良くなって遊んだ時があった。その子の家に遊びに行かせてもらって、ゲームを1時間やって、まだ夕方になるまで時間があったので、公園に行くことになったことがある。そこで道に栄養ドリンクのビンが落ちていたのだが、宮成くんが、
「避けろ」
と言ってコンクリートの壁にそれをぶつけ、破片が飛び散ってぼくの目の少し横に当たってしまった。当たらなかったからよかったものの、目に当たったら失明する恐れがあるような危険な行いであり、何よりかなりの恐怖を感じたので、ぼくは
「やめろや、危ないやろ!!」とかなりのテンションで怒ってしまった。
「ごめん、そんな怒んなや」とみやなりくんは言ったのだが、ヘラヘラして本気にしていないようだった。公園に着いてから、みやなりくんは普通にしていたのだが、ぼくはモヤモヤが収まらず、どうしても許せない思いがあった。
恐らく本当に悪気はなく、ビンを壁に当てて割るというのが前の学校で流行っていたので、何の気なしにやったんだと思う。だが、危険な行為は一生ものの傷になることがあるので、この話を聞いた良い子も悪い子も普通の子も大人も年配の方も、人の迷惑になるような危ないことは謹むようにしてほしい。
5年生の2学期になると南原という子が転校生して来た。この子は面白い子で、給食の時に替え歌を歌ってみんなを笑わせたり、5、6人で遊んでいたグループにすぐに入って来たりとコミュニケーション能力が高かった。
ただ、いつも笑顔でそのことで逆に感情をあまり表に出していないような印象を受けていた。転校生によくあるような、すぐに溶け込めるように愛想を振りまくタイプで、みんなの中心にいるのだが、なぜか逆に居場所がないように見える子だった。公園で遊んでいる時に
「やっとみんなと仲良くなれて嬉しいよ」と言っていたのが凄く印象的だった。
だが、その言葉も虚しく、2学期の終わりに彼は別の学校に転校してしまうことになり、教壇の前に立って別れの挨拶をした。
「今まで仲良くしてくれてありがとうございました。みんなと過ごしたこの3ヶ月は忘れません」
『テンプレ(テンプレート・定型文)』というか、このセリフを言い慣れているのだろうなと思わせるような感じだった。転校する子がいると、場合によっては本人を含め何人か泣く子が出てくることが多いとは思うが、ぼくらにはそんな思い出を作る時間もなかった。
だが、それは決して彼が慕われていなかったということではなく、まだぼくらには打ち解け、腹を割るだけの時間がなかったのだ。事実、彼を悪く言ったり、のけ者にしようとする子は一人もおらず、彼は間違いなくクラスの一員だった。お互いをよく知り、分かり合うには、3ヶ月という期間はあまりにも短かった。
日本にはまだ全国転勤のような先進国では禁止されているような非人道的な辞令が下されることがあり(社員には拒否権が与えられていない)、その犠牲となるのはいつも立場の弱い人々だ。南原が、ある意味みんなに心を閉ざすようになってしまったのも、この転勤というシステムの弊害であると言える。
日本の司法家は政治家と違って情けない人間が多く、前例主義や大企業への斟酌などで裁判員の声を無視し、大衆の声を黙殺してしまうことが多くある。望まぬ転勤に違憲判決を叩き付けるような『尊属殺重罰規定』を廃止させた『石田和外最高裁判長』のような人道的で勇気のあるハートフルな司法家が、この日本から出てくることを願って止まない。
*天大中小の話
5年生の時と6年生の時、『天大中小』と呼ばれる遊びが流行していて、クラスメイトのこさか、まつみや、いしかわ、けんちゃん、さとう、なんばらとやっていた。
これはいわゆる『テイキュウ』という遊びで、地面に正方形を描いてそれを十字で区切り、さらにその真ん中に丸を描くフィールドを使っていた。
ルールは簡単。卓球と同じ要領で自分の陣地でワンバウンドしたボールをグーに握った手か足で弾き、他の3マスにいる誰かのところに打つというものだった。なぜ『天大中小』というネーミングかというと、マス目がそれぞれランク分けされていて、天、大、中、小の順に偉いという寸法だ。
そして自分の陣地でボールが2バウンドするか、打ったボールが四角の範囲から出てしまうとアウトとなり、一つランクが下がってしまうのだった。呼び方は違えど、日本の学校に通ったことのある人ならわりとやったことがある人は多いのではないだろうか。
だが、この『天大中小』にはもう一つ特別なルールがあって、それはフィールド中央に描かれた『ドボン』と呼ばれる丸の中にボールが入ってしまうと一気に最下位である小の位までランクダウンしてしまうというものであった。
誰の打ったボールが『ドボン』に入っても盛り上がるのだが、とりわけ最高位の天の位置にいる人がミスして『ドボン』に入るとぼくらは大盛り上がりだった。
ドッヂボール用のボールが使いやすいのだが、ボールが2つしかないため、ドッヂボールをしたい子が多いとバスケ用のボールでやったりしていて、そこはみんなで話し合って少ない道具を協力して使っていた。
現代社会は物はなんでもそろっているが、人を思いやったり、誰かの意見を尊重したりすることが少なくなってしまっていて、そういう時こそ、『古き良き日本』というものを思い出し、そこへ立ち返るべきではないだろうか。
*自分の名前の話
転校してから1年くらいは岡本とか岡やんとか呼ばれていたのだが、5年生の中頃くらいに小坂が、
「岡本って健太郎って名前やねんな。今度から、けんたろうって呼ぶわ」
とみんなの前で言ったことで周りがみんな健太郎と呼ぶようになった。ぼくは正直、けんたろうという名前は少し古い感じがしていたので、たつやとかかずや、だいきとかなおきのような今風の名前に秘かな憧れがあったので、ファーストネームで呼ばれることに対して抵抗があった。
日本では後に『キラキラネーム』と呼ばれる、その人しかいないようなオリジナルの奇抜な名前というものが流行るのだが、それを考えればかなり小さな悩みと言えるだろう。また、逆におじいちゃんおばあちゃん世代のような古めの名前を『シワシワネーム』と言ったりもしていたので、どっちもどっちだと言え、ちょうどいい塩梅で名前を付けるのは親の知性が反映されるので難しいと考えられる。
読み方だけなら裁判所に行けばその場で変更できるということもあり、成人するまでに7年以上『通名』を使っているという既成事実を用いて『改名』するという人も少なからず居るようだ。なんにせよ、名前というものは一生涯使い続けるものなので、周りの意見を重々参考にしつつ、その場のテンションに任せて突っ走るようなことがないようにすべきである。
また、『元恋人の名前を付ける』などということは、妻か夫と子供への配慮を著しく欠いた背徳行為であり、必ずバレると考えてやめるべきである。もし付けてしまってバレた際には、『誠心誠意』謝罪をし、改名したいと言われた場合は素直に同意するしかないと考えられる。
因みにぼくの名前は父が、妹の名前は母が付けたそうで、同性の親が名前を付けてあげるというのは、トラブルの基になりにくくていいのかもしれない。
*みやなりくんとの話
仲山第一小学校はわりと転校生が来ることが多く、5年生の時に転校して来た宮成くんという子と仲良くなって遊んだ時があった。その子の家に遊びに行かせてもらって、ゲームを1時間やって、まだ夕方になるまで時間があったので、公園に行くことになったことがある。そこで道に栄養ドリンクのビンが落ちていたのだが、宮成くんが、
「避けろ」
と言ってコンクリートの壁にそれをぶつけ、破片が飛び散ってぼくの目の少し横に当たってしまった。当たらなかったからよかったものの、目に当たったら失明する恐れがあるような危険な行いであり、何よりかなりの恐怖を感じたので、ぼくは
「やめろや、危ないやろ!!」とかなりのテンションで怒ってしまった。
「ごめん、そんな怒んなや」とみやなりくんは言ったのだが、ヘラヘラして本気にしていないようだった。公園に着いてから、みやなりくんは普通にしていたのだが、ぼくはモヤモヤが収まらず、どうしても許せない思いがあった。
恐らく本当に悪気はなく、ビンを壁に当てて割るというのが前の学校で流行っていたので、何の気なしにやったんだと思う。だが、危険な行為は一生ものの傷になることがあるので、この話を聞いた良い子も悪い子も普通の子も大人も年配の方も、人の迷惑になるような危ないことは謹むようにしてほしい。
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