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第35話 あやしい商売
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*たかむらの話
昔のことというのは時が経つと忘れてしまうもので、特に自分に都合が悪いことというのはそうなってしまうものなのだろう。大人になって本人から聞いた話なのだが、4年生の時に友達になったたかむらと遊ぶ約束をしていたのに、忘れていて別の友達と遊んでしまったことがあったらしい。家に帰った時に母にたかむらが家に来たことを告げられ、これは謝っておかないとと思って電話で謝罪することにした。
「今日約束してたの忘れてた。すっぽかしてごめん」
「うん、いいよ。けど、今度からは気をつけてな」
「分かった。ホントごめん」
「それじゃ、また明日」
「うん。また明日」
ぼくはこのことを後に言われるまで忘れてしまっていたのだが、たかむらはこのことがあったから、ぼくとずっと友達でいようと思ってくれたらしい。
また、他の日にだが、ぼくは5年生までポケモンを持っていなかったので、たかむらにちょっとだけ貸してもらってプレーしたことがあった。続きからやってもよく分からないので、最初からプレーすることにしたのだが、ぼくはその時に操作方法が分からず、大変なことになってしまったことがある。
それはどういうことかというと、データをセーブする時に『レポート』というものを書くのだが、それは一つのゲームに一つしかないものに上書きしてしまい、データが消えてしまったのだ。
ぼくはそのことがあまり分かっておらず、今にして思えば本当に申し訳ないことをしたと思う。小学生にとってゲームのデータは自分の分身と言えるくらい大切なものなのに、それを消してしまったぼくを快く許してくれた彼は本当に凄く良い奴だった。
*あやしい商売の話
4年生の2学期ごろに、校門の近くでウロウロしているヤンキー風の若者が二人いた。2010年代くらいになると、こういう場合に通報されることもあるのだろうが、ぼくらが子供だった1990年代には、まだそういう部分は大らかであった。
ある日、みんなで遊んでいて、家が近かったきたと一緒に帰ろうとすると、校門を出たところでそのお兄ちゃんたちに声を掛けられた。
「きみら、今から帰んの?」
「うん、そうだよ」
「じゃあさ、これ配ってくんない?」
「何これ。チラシ?」
「そう。面白いだろ?頼むよ」
こんな具合で頼まれたものを、何の警戒もなく安請け合いしてしまい、道行く人に配って行った。この時代にはファミコンあげるから連絡網のコピーを頂戴(電話番号を手に入れて電話セールスするなど個人情報を悪用するため)といった物騒な話があったりもした。そうこうしているうちに校門の所まで教頭先生がやって来て、
「きみら、この人ら、知り合いか?」
「ううん。違うよ、今日初めて会った」
ぼくらがそう言うと
「あんたら、うちの生徒に関わらんとってくれるか」
「ええやないですか、ちょっとくらい。別に怪しい者モンちゃいますよ」
「ええことないわ。ほら、きみらもそんなことやってないではよ帰りや」
という感じで諭されて
「ええ~ちょっとくらいええやん先生」
「アカン。とにかく今日はチラシを返して帰るんや」
不本意ではあったが、ぼくらは渋々チラシを返し帰路に就いた。少々厳し過ぎるように見えるかもしれないが、この年1997年の5月に、世間を揺るがすような大事件であった『神戸連続児童殺傷事件』がぼくらの住んでいた東灘区のすぐ近くにある須磨区で起こっていたことを考えれば当然の対応であったと言える。
*プレステのゲームの話
4年生の時の同級生のきたとはわりとよく遊んでおり、何人かの友達と一緒に家に遊びに行ったり、家の前でスケボーを貸してもらったりしていた。そこで凄く印象に残っているゲームがあって、それは初代プレーステーションのゲームである『パラッパラッパー』だ。
このゲームは当時パラパラが流行っていたことに便乗して作られていたであろうゲームで、クリーム色の一重で黒くて大きな目と、丸くて大きな鼻が特徴的な二足歩行の犬がおどるという内容だった。人ん家のゲームというのは、やる回数が少なくレア感があるからかもしれないが、何故かめちゃくちゃ面白く感じるもので、ぼくはこのパラッパラッパーが大好きだった。
この頃はなんでヒットしたのかよく分からないようなゲームも多数あり、他には『シーマン』と呼ばれるにくたらしい言葉を返してくる人面魚のゲームや、『電車でGO』というただ電車を運転するだけの専用コントローラーまであるゲーム、『ときめきメモリアル』という恋愛シミュレーションゲームなどがあった。
*自転車での爆走の話
4年生の時に同じクラスになった、稲尾とは、自転車でいろいろな所へ遊びに行った。特に行ったのがゲームショップで、近所に大きい店舗があって、そこにお試しでできるスペースがあったのでプレーさせてもらっていた。
3Dでロボットを操作して敵を倒しまくるものや、流行りのシューティングゲームなど、持っていないゲームができるのがすごく楽しかった。
また、自転車での移動中に見通しの悪い所があったりするのだが、稲尾がそこをかなりの速さで通過するので、毎回車に轢かれないか不安になっていた。それを指摘すると、
「大丈夫やって、俺、轢かれたことないし」と言われ、
“これから轢かれることになりそうやから言ってるんやけどな”と思いながらも、
「そっか、じゃあ気を付けて行こう」と返していた。
小学生の時にだいたいの子が習う、『右、左、右』の順に確認してから渡るという話は、車が左側通行であるため、大通りでは必ず右からくることから来ているが、これはかなり大切なことだと言える。
交通事故に遭ってしまうと痛い思いをするし、成長が妨げられてしまったり、最悪の場合命を落としてしまうかもしれない。良い子も悪い子も普通の子も大人も年配の方も、道を横切る時はちゃんと左右を確認してから渡るようにしよう。
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「今日約束してたの忘れてた。すっぽかしてごめん」
「うん、いいよ。けど、今度からは気をつけてな」
「分かった。ホントごめん」
「それじゃ、また明日」
「うん。また明日」
ぼくはこのことを後に言われるまで忘れてしまっていたのだが、たかむらはこのことがあったから、ぼくとずっと友達でいようと思ってくれたらしい。
また、他の日にだが、ぼくは5年生までポケモンを持っていなかったので、たかむらにちょっとだけ貸してもらってプレーしたことがあった。続きからやってもよく分からないので、最初からプレーすることにしたのだが、ぼくはその時に操作方法が分からず、大変なことになってしまったことがある。
それはどういうことかというと、データをセーブする時に『レポート』というものを書くのだが、それは一つのゲームに一つしかないものに上書きしてしまい、データが消えてしまったのだ。
ぼくはそのことがあまり分かっておらず、今にして思えば本当に申し訳ないことをしたと思う。小学生にとってゲームのデータは自分の分身と言えるくらい大切なものなのに、それを消してしまったぼくを快く許してくれた彼は本当に凄く良い奴だった。
*あやしい商売の話
4年生の2学期ごろに、校門の近くでウロウロしているヤンキー風の若者が二人いた。2010年代くらいになると、こういう場合に通報されることもあるのだろうが、ぼくらが子供だった1990年代には、まだそういう部分は大らかであった。
ある日、みんなで遊んでいて、家が近かったきたと一緒に帰ろうとすると、校門を出たところでそのお兄ちゃんたちに声を掛けられた。
「きみら、今から帰んの?」
「うん、そうだよ」
「じゃあさ、これ配ってくんない?」
「何これ。チラシ?」
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こんな具合で頼まれたものを、何の警戒もなく安請け合いしてしまい、道行く人に配って行った。この時代にはファミコンあげるから連絡網のコピーを頂戴(電話番号を手に入れて電話セールスするなど個人情報を悪用するため)といった物騒な話があったりもした。そうこうしているうちに校門の所まで教頭先生がやって来て、
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「ううん。違うよ、今日初めて会った」
ぼくらがそう言うと
「あんたら、うちの生徒に関わらんとってくれるか」
「ええやないですか、ちょっとくらい。別に怪しい者モンちゃいますよ」
「ええことないわ。ほら、きみらもそんなことやってないではよ帰りや」
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不本意ではあったが、ぼくらは渋々チラシを返し帰路に就いた。少々厳し過ぎるように見えるかもしれないが、この年1997年の5月に、世間を揺るがすような大事件であった『神戸連続児童殺傷事件』がぼくらの住んでいた東灘区のすぐ近くにある須磨区で起こっていたことを考えれば当然の対応であったと言える。
*プレステのゲームの話
4年生の時の同級生のきたとはわりとよく遊んでおり、何人かの友達と一緒に家に遊びに行ったり、家の前でスケボーを貸してもらったりしていた。そこで凄く印象に残っているゲームがあって、それは初代プレーステーションのゲームである『パラッパラッパー』だ。
このゲームは当時パラパラが流行っていたことに便乗して作られていたであろうゲームで、クリーム色の一重で黒くて大きな目と、丸くて大きな鼻が特徴的な二足歩行の犬がおどるという内容だった。人ん家のゲームというのは、やる回数が少なくレア感があるからかもしれないが、何故かめちゃくちゃ面白く感じるもので、ぼくはこのパラッパラッパーが大好きだった。
この頃はなんでヒットしたのかよく分からないようなゲームも多数あり、他には『シーマン』と呼ばれるにくたらしい言葉を返してくる人面魚のゲームや、『電車でGO』というただ電車を運転するだけの専用コントローラーまであるゲーム、『ときめきメモリアル』という恋愛シミュレーションゲームなどがあった。
*自転車での爆走の話
4年生の時に同じクラスになった、稲尾とは、自転車でいろいろな所へ遊びに行った。特に行ったのがゲームショップで、近所に大きい店舗があって、そこにお試しでできるスペースがあったのでプレーさせてもらっていた。
3Dでロボットを操作して敵を倒しまくるものや、流行りのシューティングゲームなど、持っていないゲームができるのがすごく楽しかった。
また、自転車での移動中に見通しの悪い所があったりするのだが、稲尾がそこをかなりの速さで通過するので、毎回車に轢かれないか不安になっていた。それを指摘すると、
「大丈夫やって、俺、轢かれたことないし」と言われ、
“これから轢かれることになりそうやから言ってるんやけどな”と思いながらも、
「そっか、じゃあ気を付けて行こう」と返していた。
小学生の時にだいたいの子が習う、『右、左、右』の順に確認してから渡るという話は、車が左側通行であるため、大通りでは必ず右からくることから来ているが、これはかなり大切なことだと言える。
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