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「荷物、それだけ?」
ロイは俺の荷物に視線をやりながら言った。調合用の道具が入ったトランクと、服や生活用品が入った大きめの鞄が二つ、それで全部だ。
「おまえこそ、ものありすぎだ。ここに定住するわけじゃないんだろ?」
ロイは本気で驚いているように見えたが、俺にしてみればこの言葉に尽きた。炊事場兼食堂だという狭い部屋を見回しながら、モノの多さと散らかりように不安になる。どう見ても料理をしない人間の炊事場だ。
彼一人なら好きにしろというところだけど、一緒に住むとなれば他人ごとではない。ここは共有スペースだ。俺は部屋が散らかっているのは好きではない。
「面白そうなものを見ると、欲しくなってさ。こんな魔道具、うちの地元にはなくて。ここを出る時には欲しいやつにあげればいいだけだし」
ロイはテーブルにあった金属製の水差しを取り上げる。二人で使う食事用のテーブルのはずだけど今のところ物置状態だ。食事を置くべきテーブルの上に、本を積み、手袋とナイフを放り投げておく、どうかしている。訳の分からない魔道具もいくつか転がっている。今彼の手にあるものも魔道具だろう。普通の水差しにしてはだいぶ大きく形も奇妙だ。
「……なんだよ、それ」
「水入れるとなんか、泡がでるやつ、ソーダ水になる」
「……使ってんの? それけっこう高いだろ?」
「一、二回は使ったかな」
これだからおぼっちゃんは。俺は内心呟いた。しかし、魔道具産業はこういうやつらのおかげで回っているところがある。彼らはいいお客さんだ。ロイがお客さんのお客さんなら文句を言うべきでもないのだろうが、
「使わないなら売れば? そんなでかいの、場所取るだろ。買ってくれそうな人を知ってるんだけど」
俺は部屋が散らかっているのは好きではない。
「でも、買ったばかりだから。結局使わないとなったらノアに任せるよ。なんならあげてしまってもいいものだし」
これだからおぼっちゃんは。俺はもう一度、心の中で呟いた。
しかし、俺も五年ほど前までは、おぼっちゃんと呼ばれてもいいような境遇だったのだけど。
ノア・ドレイパー。失った俺の名前だ。貴族が存在するこの世界ではなんてことない家だったけど、ドレイパー家は地元では名の知れた商家だった。俺はそこの末っ子だ。
両親と、兄と姉が一人ずつ、年の離れた兄は弟の俺が言うのもなんだけど優秀な人だった。姉は父の仕事仲間の息子との結婚がきまっており、両親はこの二人さえいればドレイパー家は安泰だと思ったのだろう、俺には自由にさせてくれた。
というよりも、俺は少し変なところのある子どもだった。商売には向かないと思われたのだろう。
俺には前世の記憶がある。といっても、それはだいぶふんわりしたものだ。物心つく頃には頭のなかにあったそれを、俺は長い間夢で見た何かだと思い込んでいた。
それはなかなか面白かったので、幼いころの俺は親兄弟や周りの子どもに自分が見たおもしろい夢の話として、よく考えもせずに話していた。むしろ自慢げに。
大人たちは子どもの空想だと思って聞き流してくれていたようだけど、子どもたちはそうはいかなかった。子どもというのは意外に良くものを見ている。気が付けば俺は、おかしなこ、とされて一人ぼっちになっていた。
不気味だったのだろう。前世の俺はこの世界の人間ではなかった。魔術もなければ魔物もいない。なのに科学技術によってこの世界より発展し、社会システムも違っている。常識もなにもかもまったく異なる世界の話を、夢の話としてとはいえ細部までまくしたてられたのだ。怖くなる気持ちも今ならわかる。
あ、これは本当はしちゃいけない話だったんだ、と気が付いた時にはもう遅かった。
俺は夢の話を封印したが、地元の子どもたちとの距離は、結局縮まることはなかった。
ちなみに、夢の話でしかなかった記憶を前世の記憶として認識できたのは、地元の古本屋の棚の奥で見つけた一冊の日記のおかげだった。
「それ、おじいさんの日記帳だって言って、持ち込まれてきたんだけど、わけが分からない記号だらけでなに書いてあるかわかんないんだよね。暗号で宝のありかが書かれてるらしいんだけど、読めないんじゃ本当かどうかも分からない。でもおもしろかったから買ったんだ。ちゃんと見ると同じような記号が繰り返し出てくるから暗号というのは本当だと思うけど」
古本屋の店主の言葉だ。
俺にはその文字が読めた。異世界転生というものを俺はその日記で知った。俺は九歳だった。日記の内容は他愛のない日々のつぶやきで、もちろん宝のありかなんて書かれていなかったが、前世の記憶は語るべきではないという忠告は残してくれていた。
日記の持ち主は平凡な人生を送ったようだ。どういう理由で異なる世界に転生したのかは分からないが、特別な使命を負って生まれてくるわけでもないらしい、という事実に、俺は少しだけ落胆したがそれ以上に安心した。
俺は先達の忠告に従い、自分は前世関係なくこの世界の人間として生きる、その気持ちを新たにした。
そういうわけで、俺は周りから見ればだいぶ変わった子どもだったと思う。
前世の俺が何歳でどのように死んだのかについては幸いにも記憶がなかった。少なくとも成人はしたようで「会社」で「サラリーマン」をしていたというような記憶があった。
ふんわりとはいえ大人として生きた記憶のある俺は子どもたちとの関係修復は早々に諦めた。夢の話をやめて無難にふるまっていれば、仲良くはなれなくてもトラブルにもならなかった。
代わりに勉強に集中した。子どもの時間より大人の時間のほうがずっと長いことを経験として知っていた。それが慰めになった。勉強をして成果を出していれば家族を安心させることもできる。
転生特典なんてなく、俺は魔力も身体能力も並程度だった。まじめにこつこつやるしかない。幸いにも報われた。成績は伸び、優等生とのお墨付きをもらい、子煩悩ぎみの両親が奮起した結果、王都の学園に通えることになった。
ロイとはそこで会った。
ロイは俺の荷物に視線をやりながら言った。調合用の道具が入ったトランクと、服や生活用品が入った大きめの鞄が二つ、それで全部だ。
「おまえこそ、ものありすぎだ。ここに定住するわけじゃないんだろ?」
ロイは本気で驚いているように見えたが、俺にしてみればこの言葉に尽きた。炊事場兼食堂だという狭い部屋を見回しながら、モノの多さと散らかりように不安になる。どう見ても料理をしない人間の炊事場だ。
彼一人なら好きにしろというところだけど、一緒に住むとなれば他人ごとではない。ここは共有スペースだ。俺は部屋が散らかっているのは好きではない。
「面白そうなものを見ると、欲しくなってさ。こんな魔道具、うちの地元にはなくて。ここを出る時には欲しいやつにあげればいいだけだし」
ロイはテーブルにあった金属製の水差しを取り上げる。二人で使う食事用のテーブルのはずだけど今のところ物置状態だ。食事を置くべきテーブルの上に、本を積み、手袋とナイフを放り投げておく、どうかしている。訳の分からない魔道具もいくつか転がっている。今彼の手にあるものも魔道具だろう。普通の水差しにしてはだいぶ大きく形も奇妙だ。
「……なんだよ、それ」
「水入れるとなんか、泡がでるやつ、ソーダ水になる」
「……使ってんの? それけっこう高いだろ?」
「一、二回は使ったかな」
これだからおぼっちゃんは。俺は内心呟いた。しかし、魔道具産業はこういうやつらのおかげで回っているところがある。彼らはいいお客さんだ。ロイがお客さんのお客さんなら文句を言うべきでもないのだろうが、
「使わないなら売れば? そんなでかいの、場所取るだろ。買ってくれそうな人を知ってるんだけど」
俺は部屋が散らかっているのは好きではない。
「でも、買ったばかりだから。結局使わないとなったらノアに任せるよ。なんならあげてしまってもいいものだし」
これだからおぼっちゃんは。俺はもう一度、心の中で呟いた。
しかし、俺も五年ほど前までは、おぼっちゃんと呼ばれてもいいような境遇だったのだけど。
ノア・ドレイパー。失った俺の名前だ。貴族が存在するこの世界ではなんてことない家だったけど、ドレイパー家は地元では名の知れた商家だった。俺はそこの末っ子だ。
両親と、兄と姉が一人ずつ、年の離れた兄は弟の俺が言うのもなんだけど優秀な人だった。姉は父の仕事仲間の息子との結婚がきまっており、両親はこの二人さえいればドレイパー家は安泰だと思ったのだろう、俺には自由にさせてくれた。
というよりも、俺は少し変なところのある子どもだった。商売には向かないと思われたのだろう。
俺には前世の記憶がある。といっても、それはだいぶふんわりしたものだ。物心つく頃には頭のなかにあったそれを、俺は長い間夢で見た何かだと思い込んでいた。
それはなかなか面白かったので、幼いころの俺は親兄弟や周りの子どもに自分が見たおもしろい夢の話として、よく考えもせずに話していた。むしろ自慢げに。
大人たちは子どもの空想だと思って聞き流してくれていたようだけど、子どもたちはそうはいかなかった。子どもというのは意外に良くものを見ている。気が付けば俺は、おかしなこ、とされて一人ぼっちになっていた。
不気味だったのだろう。前世の俺はこの世界の人間ではなかった。魔術もなければ魔物もいない。なのに科学技術によってこの世界より発展し、社会システムも違っている。常識もなにもかもまったく異なる世界の話を、夢の話としてとはいえ細部までまくしたてられたのだ。怖くなる気持ちも今ならわかる。
あ、これは本当はしちゃいけない話だったんだ、と気が付いた時にはもう遅かった。
俺は夢の話を封印したが、地元の子どもたちとの距離は、結局縮まることはなかった。
ちなみに、夢の話でしかなかった記憶を前世の記憶として認識できたのは、地元の古本屋の棚の奥で見つけた一冊の日記のおかげだった。
「それ、おじいさんの日記帳だって言って、持ち込まれてきたんだけど、わけが分からない記号だらけでなに書いてあるかわかんないんだよね。暗号で宝のありかが書かれてるらしいんだけど、読めないんじゃ本当かどうかも分からない。でもおもしろかったから買ったんだ。ちゃんと見ると同じような記号が繰り返し出てくるから暗号というのは本当だと思うけど」
古本屋の店主の言葉だ。
俺にはその文字が読めた。異世界転生というものを俺はその日記で知った。俺は九歳だった。日記の内容は他愛のない日々のつぶやきで、もちろん宝のありかなんて書かれていなかったが、前世の記憶は語るべきではないという忠告は残してくれていた。
日記の持ち主は平凡な人生を送ったようだ。どういう理由で異なる世界に転生したのかは分からないが、特別な使命を負って生まれてくるわけでもないらしい、という事実に、俺は少しだけ落胆したがそれ以上に安心した。
俺は先達の忠告に従い、自分は前世関係なくこの世界の人間として生きる、その気持ちを新たにした。
そういうわけで、俺は周りから見ればだいぶ変わった子どもだったと思う。
前世の俺が何歳でどのように死んだのかについては幸いにも記憶がなかった。少なくとも成人はしたようで「会社」で「サラリーマン」をしていたというような記憶があった。
ふんわりとはいえ大人として生きた記憶のある俺は子どもたちとの関係修復は早々に諦めた。夢の話をやめて無難にふるまっていれば、仲良くはなれなくてもトラブルにもならなかった。
代わりに勉強に集中した。子どもの時間より大人の時間のほうがずっと長いことを経験として知っていた。それが慰めになった。勉強をして成果を出していれば家族を安心させることもできる。
転生特典なんてなく、俺は魔力も身体能力も並程度だった。まじめにこつこつやるしかない。幸いにも報われた。成績は伸び、優等生とのお墨付きをもらい、子煩悩ぎみの両親が奮起した結果、王都の学園に通えることになった。
ロイとはそこで会った。
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