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第二合

第18話

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「お地蔵さまでした」
「ごちそうさまでした、な」


 ぴりかの間違いを俺が指摘して、ふたりしてくつろぐ。
 リアクションが煩かったがこんな賑やかなのもたまには悪くない。
 ふと俺は口を拭いている彼女を見る。
 ぴりかにはこれといった変化はない。
 彼女が吐血してぶっ倒れることがないところを見るに、いまのところ俺と小町先生の施策は成功しているようだった。
 アレルギーがあるかどうかはわかりづらいが反応に関しては目に見えてわかりやすい。
 悪い物を摂取すれば痛い思いをする。
 悪い物を除去すれば痛い思いはしなくて済む。
 実にシンプルだ。
 つまりいくら医者が驚くほど検査の数値が高くともきちんと対処すれば病院送りの二の舞にはならないということだ。
 もちろん食べ物の制限は普通な体質の俺たちと比べて格段と多くなるだろうが、先生が教えてくれたように抜け道はある。
 納豆が美味しく頂けたように。
 思えば中学生のクラスメイトに卵で蕁麻疹が出ていた人がいたが、こういうのは意外と身近によくある問題なのかも知れない。
 俺にしたって知らないアレルギーを持っている可能性はある。
 花粉症のようにある日いきなり発症することだってありえなくはないだろう。
 だから俺にとっても割といい勉強になっていた。


「ふー。ひかりよ、よければこの人間社会について教えてはくれぬか?」


 ぴりかが大の字に寝転がり呟く。


「お前って俺より年上なんだろ? だいたいわかるだろ?」
「座敷童というのは基本的に引きこもりじゃ。知ってるわけなかろ」
「それにしては引きこもりという文化は知っているんだな……」
「知っていることは知っておるし知らないことは知らない。ひとりの家のひとつの部屋にずっと籠っておったのじゃから知識の偏りはご愛嬌じゃ」
「なんていうご都合主義」
「せっかく世間に出てきたのじゃからいろいろ紹介してくれの」
「それは別にいいけどいつまでこっちにいるんだ? 最終目標は?」
「そんなものはない」
「おいおい」
「命あるから生きる。それだけじゃ」
「その面倒を見るのはいったい誰なんですかね」
「さてどこに連れてってもらおうかのー」
「まずは病院だ」
「ん、あの白いところか」
「小町先生と話してお前のアレルギーをしっかり検査するべきって言われてな。知り合いを紹介された」
「それーどうしてもしなくては駄目か?」


 注射を嫌がる子供みたいにぴりかは顔を歪ませる。


「はっきりしないと気軽に何も食べさせられないみたいだからな」
「どうも病院は苦手じゃぁ……」
「ふっ、病院が怖いのか。お前やっぱりただの子供だろ」
「何をー。これが目に入らぬかー!」


 小ばかにすると再び彼女が宙に浮きあがり発光し出した。


「ぐわー、悪かったっ。それはもうやめてくれ!」


 俺が降参すると不可思議な力を披露したぴりかは再び大の字になって寝る。


「お前そんな力あるなら俺にメリット寄越せよなっ」
「座敷童の能力はパラサイトすることと悪戯じゃ。メリットなど何もない」
「立ち悪いな。いいとこなしじゃねーか」
「なにぉ!」
「いやもう発光するのはめてくれ。目に悪い」
「それにいまのやつで力を使ってしまったからしばらく何も出来ん」
「なんなんだよこいつは……」
「で、検査しないと何も食べれないのか?」
「何もってわけじゃないけど、そうなるな。たとえば卵とか」
「それがひっかかったら食べれないのか?」
「そうなるな。しかもたぶん駄目っぽいんだよな」
「そうか、卵食べてみたいのぉ」


 落胆に声を落とすぴりか。
 それは俺にとっても残念なことだった。
 彼女は食べたかっただろうし、俺も食べさせてやりたかった。
 卵は愛すべき万能素材。たったひとつの殻から黄味と白味が現れて混ざり合い、変幻自在に姿を変える。
 卵焼き。
 ゆで卵。
 目玉焼き。
 スクランブルエッグ。
 オムレツ。
 オムライス。
 思い浮かぶだけでこれだけある。
 叶うならすぐにでもそんな卵料理たちをレストランにでも赴いてこいつに食べさせてやりたかった。
 ぴりかのことだ、絶対に微笑んで絶賛してくれただろう。
 その笑顔が目に浮かぶ。
 だけどこいつは俺たちとは違う。
 小町先生が言っていたようにちゃんと考えてやらないといけないのだ。


「じゃお腹も膨れたことだし出かけるか。仕方ないから引きこもりにいろいろ紹介してやるよ」
「おっしゃあああ」


 励ますように言葉をかけると彼女のテンションが一転して跳ね上がる。
 まるで妹が出来たみたいで変な気分だった。
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