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第二合
第25話
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次はお味噌汁。
ご飯さんが精神と時の部屋で修行している間に、その用意を始める。
ふとディスプレイを見るとちゃんと完成までの残り時間が表示されていた。
「今日は特別に私のを使わせてやるから買いに行かなくていい。さて、味噌汁の主役は言わずもがな味噌だ。スーパーに行けば例にもよって種類が多い。色が違ったり合わせ味噌だったり減塩を売りにしていたり。しかしこればかりはおすすめなどなくて、完全に個人の好みで判断するしかない。味の濃さ、まろやかさ、塩加減には各社で差がある。失敗を恐れず良さげなものを買って自分が最高と思うものを探すしかない。試食もできないしな。まあまずはあの子の健康のため適当に無添加と書かれているものを買うのが無難だな」
そう言って小町先生は『有機、無添加』とでかでか書かれている四角い箱を持ってくる。中に詰まっている茶色のものが恐らく味噌だろう。
「そうやって売ってるんですね」
「大半はボックスタイプだ。でも袋タイプもある。コストの関係で袋のほうが安くなってる。綺麗に使い切れないのがもったいないが好みだ。その場合は深皿に移して蓋をして保存する」
「具は何を?」
「基本を学んでもらうために一番シンプルなものでいこうと思っている。豆腐とわかめだ」
「素朴でいいですねー」
俺のよく行く牛丼屋のすき家はその他に油揚げも入っている。
なか卯は季節によってほうれん草だったりなめこだったりする。
吉野家はいかにもインスタントな感じでわかめだけ。
松屋は牛丼を頼むと無料でついてくる。
思えば俺はいろいろなところで味噌汁を食べてきたが、作ったことは一度としてない。
作ったとしてもあさげくらいだ。
「他に用意するのは何といっても水」
「量は?」
「沸騰で蒸発するのを考慮して、一杯につき200ccちょっとくらいかな。もっと飲みたいなら増やせばいいし自由だ」
「いや言う通りにしておきます。二人分だから400」
「ふ、そんなかしこまらなくても失敗なんてそうそうするもんじゃない。あとはダシがいるんだが、昆布やら素材でいちいちダシを取る方法もあるが、そんなこといちいち毎朝したくないだろうから顆粒ダシを使う」
「かりゅうだし?」
「粉末状のダシだ。これを規定量さっと入れるだけでもういい」
「はいっそれ採用で!」
「手間をかけることは大切だがしょっちゅう作るものには手を抜くことも大切だ。そうしないとお前みたいな奴は続かない」
「異議なしっ」
「もちろん顆粒だしも無添加。材料は以上だ。味噌、水、顆粒だし、豆腐、わかめ」
顆粒だしの商品名をチェックすると『素材力だし 本かつおだし』と書いてある。
パッケージの表には化学調味料食塩を無添加と書かれていた。
「入れる順番は?」
「初心者の癖に入れる順番を気にするとは感心だ。まず鍋に水を入れて沸騰させるんだが、火が通りにくい根菜類を早めに入れたほうがいい。ある場合はだが」
「こんさいるい?」
おおっとまた初めて聞くワードだ。
「根菜類とは主に土の中で育つ野菜を指して言う。ジャガイモ、里芋などがそうだ」
「ああ、そういうのってすぐ柔らかくなりそうもないですもんね」
「逆に火が通りやすいものは後半あたりでいい。今日は乾燥わかめと豆腐だから、どちらも最後あたりだ」
「一応ですが、乾燥わかめってスーパーで普通に売ってるんですよね?」
「もちろん。少ししか入ってなくて高く見えるだろうが水分を吸うとぐんと増えるから心配せず買えばいい。種類は高い国産と安い外国産があって値段には二倍くらいの差がある」
「二倍ってそんなに。何故です?」
「某国のものは質より量を重視しているからだろうな。それに安全性という面が犠牲になってるから安くしないと買ってもらえない」
「わかめって海で取れるものですよね? どこでとっても同じような」
「たとえばだ。某国の国の海は糞尿が垂れ流しになっていて水質が悪いとする。またはそんなイメージがあるとする。そこで育ちとれたわかめを安全と思って買うやつがいると思うか?」
「いない、ですね」
「かなしいかな食品とイメージは切っても切り離せない関係だ。真偽はもとかく影響は免れない」
仮に原発の冷却水が垂れ流しになっている周囲でわかめが取れたとして、いくら安くても買う人いない、みたいなもんか。
そういえば福島産の商品は売れないとかニュースで見たことがある。
風評被害にしても需要がないと値段を落ちるのも必然か。
「実際のところはどうなんです?」
「加工過程によってぴんきりだ。安心を買いたいならどうしても国産になるのは否めないがな」
「安心を買う、か」
言い得て妙だ。
人はそこにお金を出すのだ。
「ここで意地悪な問題だ。外食の味噌汁に入っているわかめは国産か、外国産か」
「……コスト面から考えて高い国産を選んでるわけない、ですよね……」
「正当な帰結だな」
「そうか、そうだよなぁ」
「ついでに言っておくが大抵の店で出てくる水も水道水だからな」
「げ、あれ水道水なんですか?」
「おめでたいな。有名な飲食店だから勝手にミネラルウォーターを出してくれているとでも思っていたか? がっつり普通の水道水だ。どうしてわざわざ大量に消費する無料の水に店が金をかける? だから私はあまり飲まないようにしてる」
「うめーって水道水をがぶかぶ飲んでたのか俺」
「塩分をとると余計に美味しく感じるから鈍感になるのさ」
頭に浮かんだ映像はラーメン屋ですはい。
「飲むときは店員に確認してから飲むようにしないと……」
「また話が脱線してしまったな。水を沸騰させるんだ」
「そうでした」
俺は電気のコンロ――IHクッキングヒーターというものらしい――の電源を入れて強火で鍋の水を熱くする。
しばらくするとボコボコと泡立ってきた。
「顆粒だしを入れる」
「入れました」
「乾燥わかめを少量だけ入れる。さっきも言ったが増えるから入れ過ぎるなよ。あとで後悔したくないならな。ひとつまみでいい」
「ひとつまみ」
「豆腐は絹豆腐を使う」
「きぬ?」
「柔らかいのを絹豆腐。硬いのを木綿豆腐と覚えておけばいい」
「ああ、すき焼きとかは木綿豆腐ですね」
「蓋を開けて絹豆腐を手に載せる。それを包丁でそっと賽の目に切る」
「さいのめ?」
「サイコロのようにって意味だ。料理に見た目は大切だからな」
「ああ四角」
「気をつけろよ。包丁の加減がわからないならまな板の上で切ったほうがいいかも知れん。私は効率を考えてそうしているが下手すると手まで切るからな」
「さすがにそこまで不器用じゃありませんて」
豆腐はあってないような脆さなので刃を縦横に軽く下ろすだけで賽の目みたいに出来た。
「綺麗に切れたな。それを崩れないようにそっと鍋に入れる。湯が跳ねて火傷しないように」
「あいあいさー」
この頃にはすっかり乾燥わかめは水分を吸って面積を増やしていた。
まじで増えてる。
増殖増殖。
ちょっとしたホラーだ。
もしかして乾燥わかめをそのまま大食いして水を流し込んだら胃が破裂して死ぬんじゃないかという勢いだ。少量にしておいて正解よかった。
「またしばらく沸騰させたら火を止める」
「ふぇ? まだ主役の味噌を入れてませんが」
「入れるために火を止めるんだ」
「なんでいちいち止めるんです?」
「味噌は発酵食品で体にいい酵素が入っている。だがそれはとても熱に弱いんだ。だから沸騰させたまま混ぜてしまうと死んでしまう」
「栄養が死んでしまうってことですか」
「気にしない人は気にしないみたいだが料理を習ったことがあるものにとって火を止めて混ぜるのは常識だ」
「メモメモ」
「味噌を入れる方法はこし器かおたまを使って菜箸で溶かすとかもあるが、計量マドラーを使うのが一番だ」
「なんですかそれ」
「これだ」
彼女が引き出しから取り出したのは銀の棒で、上下それぞれに網目の球体がついているものだ。球体は大小といった感じで違う。
「ケーキを作るときに使う泡立て器みたいですね」
「この先端を味噌の中にぶっ刺してくるっと回して上げると綺麗に取れる」
「これまた便利な」
「大きいほうが大さじ2、小さいほうは大さじ1。これで入れる味噌の量を安定させることが出来る。よって味も安定させることが出来る」
「味噌の量が日によって微妙に違ったら味も変わりますもんね。これほしいー」
「やってみろ。大さじ2のほうな」
味噌にマドラーの球体を押し込んでくるりと一回転させて引き上げる。
すると網目の中に味噌がぎっしり丸くなって詰まっていた。
「めっちゃ楽っすわ」
「浮かれてないでそれを鍋に入れて溶かす」
「はい。どれくらい放置したら溶けますか?」
「待ってても溶けん。お前は味噌を何だと思ってる。くるくる回してちょっとずつ馴染ませていくんだ」
指示通り適当にマドラーを動かして持ち上げてみるといつの間にか味噌は消失していた。
「味噌が溶けました」
「これで完成だ」
「本当にシンプルだ。しかも簡単ですね」
時間にしてほんの短時間だ。
材料もそれほどいらない。
これなら高校生の俺でも作れる。
そして毎日でも苦じゃない。
料理というものは不思議なもので苦手意識があっても一度でも作ってみると自信がつくもののようだ。
「な、案外と難しくないだろ。これなら添加物を入っているインスタントを食べるよりこっちのほうがずっと安上がりだし健康にいい」
「いやほんとうに仰る通りです」
「基本はこういうものになる。あとは具材や入れる順序が違うだけだ。たとえばここに大根や人参や里芋や豚肉やコンニャクを入れれば豚汁になる」
「豚汁いいっすね」
「好みでトッピングを増やすのもいい。具に決まりなんてない。えのき、大根の葉、ネギ。具が違えばまた味わいも深くなる。サツマイモなど入れると甘味が増したりな。私なんかはジャガイモとタマネギの味噌汁が好きだったりする」
「どれも美味しそうですね。あのネギとかも家にあったりします?」
「いいぞ。切ってやる。あとこれだけだと寂しいだろうからささっと野菜炒めも作ってやろう」
「ありがとございますっ」
そして炊飯器が完成を知らせる。
とうとう待ちに待った夕食タイム。
同じくぴりかの空腹音も警報のように鳴った。
ご飯さんが精神と時の部屋で修行している間に、その用意を始める。
ふとディスプレイを見るとちゃんと完成までの残り時間が表示されていた。
「今日は特別に私のを使わせてやるから買いに行かなくていい。さて、味噌汁の主役は言わずもがな味噌だ。スーパーに行けば例にもよって種類が多い。色が違ったり合わせ味噌だったり減塩を売りにしていたり。しかしこればかりはおすすめなどなくて、完全に個人の好みで判断するしかない。味の濃さ、まろやかさ、塩加減には各社で差がある。失敗を恐れず良さげなものを買って自分が最高と思うものを探すしかない。試食もできないしな。まあまずはあの子の健康のため適当に無添加と書かれているものを買うのが無難だな」
そう言って小町先生は『有機、無添加』とでかでか書かれている四角い箱を持ってくる。中に詰まっている茶色のものが恐らく味噌だろう。
「そうやって売ってるんですね」
「大半はボックスタイプだ。でも袋タイプもある。コストの関係で袋のほうが安くなってる。綺麗に使い切れないのがもったいないが好みだ。その場合は深皿に移して蓋をして保存する」
「具は何を?」
「基本を学んでもらうために一番シンプルなものでいこうと思っている。豆腐とわかめだ」
「素朴でいいですねー」
俺のよく行く牛丼屋のすき家はその他に油揚げも入っている。
なか卯は季節によってほうれん草だったりなめこだったりする。
吉野家はいかにもインスタントな感じでわかめだけ。
松屋は牛丼を頼むと無料でついてくる。
思えば俺はいろいろなところで味噌汁を食べてきたが、作ったことは一度としてない。
作ったとしてもあさげくらいだ。
「他に用意するのは何といっても水」
「量は?」
「沸騰で蒸発するのを考慮して、一杯につき200ccちょっとくらいかな。もっと飲みたいなら増やせばいいし自由だ」
「いや言う通りにしておきます。二人分だから400」
「ふ、そんなかしこまらなくても失敗なんてそうそうするもんじゃない。あとはダシがいるんだが、昆布やら素材でいちいちダシを取る方法もあるが、そんなこといちいち毎朝したくないだろうから顆粒ダシを使う」
「かりゅうだし?」
「粉末状のダシだ。これを規定量さっと入れるだけでもういい」
「はいっそれ採用で!」
「手間をかけることは大切だがしょっちゅう作るものには手を抜くことも大切だ。そうしないとお前みたいな奴は続かない」
「異議なしっ」
「もちろん顆粒だしも無添加。材料は以上だ。味噌、水、顆粒だし、豆腐、わかめ」
顆粒だしの商品名をチェックすると『素材力だし 本かつおだし』と書いてある。
パッケージの表には化学調味料食塩を無添加と書かれていた。
「入れる順番は?」
「初心者の癖に入れる順番を気にするとは感心だ。まず鍋に水を入れて沸騰させるんだが、火が通りにくい根菜類を早めに入れたほうがいい。ある場合はだが」
「こんさいるい?」
おおっとまた初めて聞くワードだ。
「根菜類とは主に土の中で育つ野菜を指して言う。ジャガイモ、里芋などがそうだ」
「ああ、そういうのってすぐ柔らかくなりそうもないですもんね」
「逆に火が通りやすいものは後半あたりでいい。今日は乾燥わかめと豆腐だから、どちらも最後あたりだ」
「一応ですが、乾燥わかめってスーパーで普通に売ってるんですよね?」
「もちろん。少ししか入ってなくて高く見えるだろうが水分を吸うとぐんと増えるから心配せず買えばいい。種類は高い国産と安い外国産があって値段には二倍くらいの差がある」
「二倍ってそんなに。何故です?」
「某国のものは質より量を重視しているからだろうな。それに安全性という面が犠牲になってるから安くしないと買ってもらえない」
「わかめって海で取れるものですよね? どこでとっても同じような」
「たとえばだ。某国の国の海は糞尿が垂れ流しになっていて水質が悪いとする。またはそんなイメージがあるとする。そこで育ちとれたわかめを安全と思って買うやつがいると思うか?」
「いない、ですね」
「かなしいかな食品とイメージは切っても切り離せない関係だ。真偽はもとかく影響は免れない」
仮に原発の冷却水が垂れ流しになっている周囲でわかめが取れたとして、いくら安くても買う人いない、みたいなもんか。
そういえば福島産の商品は売れないとかニュースで見たことがある。
風評被害にしても需要がないと値段を落ちるのも必然か。
「実際のところはどうなんです?」
「加工過程によってぴんきりだ。安心を買いたいならどうしても国産になるのは否めないがな」
「安心を買う、か」
言い得て妙だ。
人はそこにお金を出すのだ。
「ここで意地悪な問題だ。外食の味噌汁に入っているわかめは国産か、外国産か」
「……コスト面から考えて高い国産を選んでるわけない、ですよね……」
「正当な帰結だな」
「そうか、そうだよなぁ」
「ついでに言っておくが大抵の店で出てくる水も水道水だからな」
「げ、あれ水道水なんですか?」
「おめでたいな。有名な飲食店だから勝手にミネラルウォーターを出してくれているとでも思っていたか? がっつり普通の水道水だ。どうしてわざわざ大量に消費する無料の水に店が金をかける? だから私はあまり飲まないようにしてる」
「うめーって水道水をがぶかぶ飲んでたのか俺」
「塩分をとると余計に美味しく感じるから鈍感になるのさ」
頭に浮かんだ映像はラーメン屋ですはい。
「飲むときは店員に確認してから飲むようにしないと……」
「また話が脱線してしまったな。水を沸騰させるんだ」
「そうでした」
俺は電気のコンロ――IHクッキングヒーターというものらしい――の電源を入れて強火で鍋の水を熱くする。
しばらくするとボコボコと泡立ってきた。
「顆粒だしを入れる」
「入れました」
「乾燥わかめを少量だけ入れる。さっきも言ったが増えるから入れ過ぎるなよ。あとで後悔したくないならな。ひとつまみでいい」
「ひとつまみ」
「豆腐は絹豆腐を使う」
「きぬ?」
「柔らかいのを絹豆腐。硬いのを木綿豆腐と覚えておけばいい」
「ああ、すき焼きとかは木綿豆腐ですね」
「蓋を開けて絹豆腐を手に載せる。それを包丁でそっと賽の目に切る」
「さいのめ?」
「サイコロのようにって意味だ。料理に見た目は大切だからな」
「ああ四角」
「気をつけろよ。包丁の加減がわからないならまな板の上で切ったほうがいいかも知れん。私は効率を考えてそうしているが下手すると手まで切るからな」
「さすがにそこまで不器用じゃありませんて」
豆腐はあってないような脆さなので刃を縦横に軽く下ろすだけで賽の目みたいに出来た。
「綺麗に切れたな。それを崩れないようにそっと鍋に入れる。湯が跳ねて火傷しないように」
「あいあいさー」
この頃にはすっかり乾燥わかめは水分を吸って面積を増やしていた。
まじで増えてる。
増殖増殖。
ちょっとしたホラーだ。
もしかして乾燥わかめをそのまま大食いして水を流し込んだら胃が破裂して死ぬんじゃないかという勢いだ。少量にしておいて正解よかった。
「またしばらく沸騰させたら火を止める」
「ふぇ? まだ主役の味噌を入れてませんが」
「入れるために火を止めるんだ」
「なんでいちいち止めるんです?」
「味噌は発酵食品で体にいい酵素が入っている。だがそれはとても熱に弱いんだ。だから沸騰させたまま混ぜてしまうと死んでしまう」
「栄養が死んでしまうってことですか」
「気にしない人は気にしないみたいだが料理を習ったことがあるものにとって火を止めて混ぜるのは常識だ」
「メモメモ」
「味噌を入れる方法はこし器かおたまを使って菜箸で溶かすとかもあるが、計量マドラーを使うのが一番だ」
「なんですかそれ」
「これだ」
彼女が引き出しから取り出したのは銀の棒で、上下それぞれに網目の球体がついているものだ。球体は大小といった感じで違う。
「ケーキを作るときに使う泡立て器みたいですね」
「この先端を味噌の中にぶっ刺してくるっと回して上げると綺麗に取れる」
「これまた便利な」
「大きいほうが大さじ2、小さいほうは大さじ1。これで入れる味噌の量を安定させることが出来る。よって味も安定させることが出来る」
「味噌の量が日によって微妙に違ったら味も変わりますもんね。これほしいー」
「やってみろ。大さじ2のほうな」
味噌にマドラーの球体を押し込んでくるりと一回転させて引き上げる。
すると網目の中に味噌がぎっしり丸くなって詰まっていた。
「めっちゃ楽っすわ」
「浮かれてないでそれを鍋に入れて溶かす」
「はい。どれくらい放置したら溶けますか?」
「待ってても溶けん。お前は味噌を何だと思ってる。くるくる回してちょっとずつ馴染ませていくんだ」
指示通り適当にマドラーを動かして持ち上げてみるといつの間にか味噌は消失していた。
「味噌が溶けました」
「これで完成だ」
「本当にシンプルだ。しかも簡単ですね」
時間にしてほんの短時間だ。
材料もそれほどいらない。
これなら高校生の俺でも作れる。
そして毎日でも苦じゃない。
料理というものは不思議なもので苦手意識があっても一度でも作ってみると自信がつくもののようだ。
「な、案外と難しくないだろ。これなら添加物を入っているインスタントを食べるよりこっちのほうがずっと安上がりだし健康にいい」
「いやほんとうに仰る通りです」
「基本はこういうものになる。あとは具材や入れる順序が違うだけだ。たとえばここに大根や人参や里芋や豚肉やコンニャクを入れれば豚汁になる」
「豚汁いいっすね」
「好みでトッピングを増やすのもいい。具に決まりなんてない。えのき、大根の葉、ネギ。具が違えばまた味わいも深くなる。サツマイモなど入れると甘味が増したりな。私なんかはジャガイモとタマネギの味噌汁が好きだったりする」
「どれも美味しそうですね。あのネギとかも家にあったりします?」
「いいぞ。切ってやる。あとこれだけだと寂しいだろうからささっと野菜炒めも作ってやろう」
「ありがとございますっ」
そして炊飯器が完成を知らせる。
とうとう待ちに待った夕食タイム。
同じくぴりかの空腹音も警報のように鳴った。
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