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本編
29 あのこのかけらは見つからない
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夢を、とても悲しい夢を、見ていた気がする。
どんな内容だったかは、もう覚えていない。でも心臓が苦しいような、目の奥がツンとするような、つらい気持ちだけが心の中に残っていた。
まばたきを数回。徐々に覚醒する。目に映るのは、ようやく見慣れた白い天井。ふかふかで大きなベッド。
──そして、なぜか青い顔をしたセイがわたしの右手を握っていた。
「ナーシャ・・・・・!よかった。」
整った顔が心配そうにこちらを見つめていて、眼鏡の奥から覗く青い瞳は潤んでいた。いつからここにいてくれたんだろう? 心なしか疲れているように見える。
相変わらずしっぽがへにょりとしているみたい。なんだかいつも泣かせているなあと思いつつ、握られているのと反対の手で、よしよしと頭を撫でた。
(あれ、なんでこんな状況になっているんだっけ?)
わたしが一緒にいたのは、ルーのはずだ。
ルーに気持ちがよくなる薬が入ったホットチョコレートをもらって飲んだ。それから気持ちが高ぶって、アレコレと・・・やらしいことをしていたはずだ。自分から仕掛けた、最高に気持ちがいいキスも覚えている。
蕩けるような甘い味と、ぬるりとした生暖かい舌が這いずる感覚を思い出して、ぶるりと身震いした。
まさか興奮しすぎて気を失ったとか、そういうことだろうか。
さすがにそれは恥ずかしいからやめてほしいと思ったけど、ほかに思い当たるふしもない。
でもなんで今ここにいるのが彼なんだろう。
「ルー・レイスティアは陛下と共に隣国から来た第二皇子と話をしています。しばらくしたら顔を出すはずです。」
わたしが不思議に思ったのが顔に出たのか、先回りしてセイが教えてくれた。よくできた人だなあと思う。こんな人に好かれていたんだ、アナスタシアという少女は。いいなあ。
彼は立ち上がると、窓のカーテンを開け、少し窓を開けた。外に目を向けると、すでに日が高い。もうお昼過ぎかもしれない。
それからベッドで背をあずけられるよう、いくつもクッションを重ね、背中に腕を差し入れて起こしてくれた。まるでお姫様みたいな扱いだ。いや、もしかしたら病人扱いかもしれない。どっちだろう、いずれにしても過保護属性なのかな。
さらにかいがいしくも「何か口にしたほうがよいですね。」と言って、部屋の隅に置いてあったワゴンに置かれた水差しから、いちごみたいな色のジュースをグラス半分くらい入れて渡してくれた。「変な薬は入れていませんので安心してくださいね。」と言い添えて。
渡されたグラスを一気に飲む。冷たく、果物の甘さが胃に染み渡る。すぐにおかわりをついでくれた。空になったグラスを受け取ってくれる。ほんとうによく気が付く人だ。
セイは、さっきと同じようにベッドの横に置かれた木の椅子に座ると、わたしの目をまっすぐに見た。
「・・・できれば、名前を呼んでいただけませんか。セイ、と。」
「えと、、セイ。ありがとう。」
精一杯の気持ちを込めて彼の名前を呼ぶ。
「もう一度、呼んで。」
「セイ」
「もう一度」
どうしようと思いつつ、もう一度名前を呼んだ。
「セイ」
「・・・・・・声、同じなんですね。」
泣き笑いのような顔で言う。誰と同じかなんて、聞くまでもない。
そりゃあ同じ人体で同じ声帯なんだから当然同じ声ですよね、と軽口のひとつもたたきたかったけど。こんな今にも泣き出しそうな顔をされたら、何も言えなかった。
(わたしがアナスタシアじゃないって、知ってしまったんだろうな、ごめんなさい)
心の中であやまるけど、どうしようもない。
せめてもと、わたしの手を握る彼の手に、自分のそれを重ねる。おねがい、泣かないでほしいな。まるでわたしの中に、もとのアナスタシアの気持ちが残っているみたい。無性に彼のことを大事にしたくなる。
セイは、わたしのことをじいっと見つめた。まるで、もうないはずの、彼女のカケラを探すように。
「私・・・は、彼女の声が。とても好きでした。抱きしめる手も、匂いも、私だけに見せる顔も、全部・・・。」
このまま消えてしまうんじゃないかと思うくらいの、小さい声で言う。なんて言えばいいのかわからなくて、彼のからだを引き寄せるように抱きしめた。柔らかい黒髪が頬を掠める。
(うわ、つやつやのさらさらだ)
つい誘惑に負けて極上の髪をもてあそぶ。どんなお手入れしてるんだろうと思いながら「いい手触り・・・。」という言葉が自然と口から漏れる。
それを聞いたセイが息をのんだ。
しまった、つい犬扱いしてしまった。動揺していると、突然ベッドにごろりと転がされ、強く抱きしめられた。
抱え込まれるような体勢になったせいか、周りの音が何も聞こえなくなった。聞こえるのは、互いの息遣いと、心臓が動く音だけ。
セイは、なにも言わなかった。
ただ、ぎゅうって抱きしめるだけ。子供が不安なとき、こういう感じなのかもしれない。
ベッドに2人という状況なのに、不思議と色めいた気配はなかった。体温と、とく、とく、という規則正しい心臓の音が、不思議と眠りを誘う。セイも、わたしに触れていて緊張の糸が切れたのか、そのまま2人で抱き合ったまま、寝落ちてしまった。
ふわり、と風が流れる気配がして目が覚めると、目の前には優しい表情を浮かべたセイの顔があった。抱きしめられたままだ。眠ったのは10分くらいだったのかもしれない。起こしてくれてよかったのに。
「ごめんなさい。寝ちゃったみたい。」
「私も同じです・・・もう少しこのままでいても?」
「うう、、、ちょっとだけなら。」
はっきり言って、ものすごい恥ずかしい。だって、ベッドで2人抱き合ってるシチュなんて普通ないし!
でもあまりにセイが、満ち足りた、ほわほわとした顔をするから、断ることはできなかった。
「時間も限られているので、手短に説明しますね。」
抱きしめた体勢のまま、セイが状況を説明してくれた。
聞けば、わたしとアレコレしていたルーが酔って気を失ってしまったそうだ。お互いの魔力を交換しすぎたらしく、2人とも撃沈。
厳重な結界が張ってあったため、手を出すこともできず、まる1日。
で、1日経ってルーが結界を解いてからも、わたしは目が覚めず、今に至る、というらしい。
「あなたは快楽に弱いんです。自覚してください。」
まじめな顔で諭された。いや、、そんなこと言われても初耳だし。
どんな内容だったかは、もう覚えていない。でも心臓が苦しいような、目の奥がツンとするような、つらい気持ちだけが心の中に残っていた。
まばたきを数回。徐々に覚醒する。目に映るのは、ようやく見慣れた白い天井。ふかふかで大きなベッド。
──そして、なぜか青い顔をしたセイがわたしの右手を握っていた。
「ナーシャ・・・・・!よかった。」
整った顔が心配そうにこちらを見つめていて、眼鏡の奥から覗く青い瞳は潤んでいた。いつからここにいてくれたんだろう? 心なしか疲れているように見える。
相変わらずしっぽがへにょりとしているみたい。なんだかいつも泣かせているなあと思いつつ、握られているのと反対の手で、よしよしと頭を撫でた。
(あれ、なんでこんな状況になっているんだっけ?)
わたしが一緒にいたのは、ルーのはずだ。
ルーに気持ちがよくなる薬が入ったホットチョコレートをもらって飲んだ。それから気持ちが高ぶって、アレコレと・・・やらしいことをしていたはずだ。自分から仕掛けた、最高に気持ちがいいキスも覚えている。
蕩けるような甘い味と、ぬるりとした生暖かい舌が這いずる感覚を思い出して、ぶるりと身震いした。
まさか興奮しすぎて気を失ったとか、そういうことだろうか。
さすがにそれは恥ずかしいからやめてほしいと思ったけど、ほかに思い当たるふしもない。
でもなんで今ここにいるのが彼なんだろう。
「ルー・レイスティアは陛下と共に隣国から来た第二皇子と話をしています。しばらくしたら顔を出すはずです。」
わたしが不思議に思ったのが顔に出たのか、先回りしてセイが教えてくれた。よくできた人だなあと思う。こんな人に好かれていたんだ、アナスタシアという少女は。いいなあ。
彼は立ち上がると、窓のカーテンを開け、少し窓を開けた。外に目を向けると、すでに日が高い。もうお昼過ぎかもしれない。
それからベッドで背をあずけられるよう、いくつもクッションを重ね、背中に腕を差し入れて起こしてくれた。まるでお姫様みたいな扱いだ。いや、もしかしたら病人扱いかもしれない。どっちだろう、いずれにしても過保護属性なのかな。
さらにかいがいしくも「何か口にしたほうがよいですね。」と言って、部屋の隅に置いてあったワゴンに置かれた水差しから、いちごみたいな色のジュースをグラス半分くらい入れて渡してくれた。「変な薬は入れていませんので安心してくださいね。」と言い添えて。
渡されたグラスを一気に飲む。冷たく、果物の甘さが胃に染み渡る。すぐにおかわりをついでくれた。空になったグラスを受け取ってくれる。ほんとうによく気が付く人だ。
セイは、さっきと同じようにベッドの横に置かれた木の椅子に座ると、わたしの目をまっすぐに見た。
「・・・できれば、名前を呼んでいただけませんか。セイ、と。」
「えと、、セイ。ありがとう。」
精一杯の気持ちを込めて彼の名前を呼ぶ。
「もう一度、呼んで。」
「セイ」
「もう一度」
どうしようと思いつつ、もう一度名前を呼んだ。
「セイ」
「・・・・・・声、同じなんですね。」
泣き笑いのような顔で言う。誰と同じかなんて、聞くまでもない。
そりゃあ同じ人体で同じ声帯なんだから当然同じ声ですよね、と軽口のひとつもたたきたかったけど。こんな今にも泣き出しそうな顔をされたら、何も言えなかった。
(わたしがアナスタシアじゃないって、知ってしまったんだろうな、ごめんなさい)
心の中であやまるけど、どうしようもない。
せめてもと、わたしの手を握る彼の手に、自分のそれを重ねる。おねがい、泣かないでほしいな。まるでわたしの中に、もとのアナスタシアの気持ちが残っているみたい。無性に彼のことを大事にしたくなる。
セイは、わたしのことをじいっと見つめた。まるで、もうないはずの、彼女のカケラを探すように。
「私・・・は、彼女の声が。とても好きでした。抱きしめる手も、匂いも、私だけに見せる顔も、全部・・・。」
このまま消えてしまうんじゃないかと思うくらいの、小さい声で言う。なんて言えばいいのかわからなくて、彼のからだを引き寄せるように抱きしめた。柔らかい黒髪が頬を掠める。
(うわ、つやつやのさらさらだ)
つい誘惑に負けて極上の髪をもてあそぶ。どんなお手入れしてるんだろうと思いながら「いい手触り・・・。」という言葉が自然と口から漏れる。
それを聞いたセイが息をのんだ。
しまった、つい犬扱いしてしまった。動揺していると、突然ベッドにごろりと転がされ、強く抱きしめられた。
抱え込まれるような体勢になったせいか、周りの音が何も聞こえなくなった。聞こえるのは、互いの息遣いと、心臓が動く音だけ。
セイは、なにも言わなかった。
ただ、ぎゅうって抱きしめるだけ。子供が不安なとき、こういう感じなのかもしれない。
ベッドに2人という状況なのに、不思議と色めいた気配はなかった。体温と、とく、とく、という規則正しい心臓の音が、不思議と眠りを誘う。セイも、わたしに触れていて緊張の糸が切れたのか、そのまま2人で抱き合ったまま、寝落ちてしまった。
ふわり、と風が流れる気配がして目が覚めると、目の前には優しい表情を浮かべたセイの顔があった。抱きしめられたままだ。眠ったのは10分くらいだったのかもしれない。起こしてくれてよかったのに。
「ごめんなさい。寝ちゃったみたい。」
「私も同じです・・・もう少しこのままでいても?」
「うう、、、ちょっとだけなら。」
はっきり言って、ものすごい恥ずかしい。だって、ベッドで2人抱き合ってるシチュなんて普通ないし!
でもあまりにセイが、満ち足りた、ほわほわとした顔をするから、断ることはできなかった。
「時間も限られているので、手短に説明しますね。」
抱きしめた体勢のまま、セイが状況を説明してくれた。
聞けば、わたしとアレコレしていたルーが酔って気を失ってしまったそうだ。お互いの魔力を交換しすぎたらしく、2人とも撃沈。
厳重な結界が張ってあったため、手を出すこともできず、まる1日。
で、1日経ってルーが結界を解いてからも、わたしは目が覚めず、今に至る、というらしい。
「あなたは快楽に弱いんです。自覚してください。」
まじめな顔で諭された。いや、、そんなこと言われても初耳だし。
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