お弁当屋さんの僕と強面のあなた

寺蔵

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【陸王遼平】

18年分の疲れを癒すかのように、葉月は昏々と眠り続けた

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 土曜日。日曜日……。
 18年分の疲れを癒すかのように、葉月は昏々と眠り続けた。

――――――――――――――――――――

 水無瀬家を後にし葉月を総合病院に運び込んだ。

 一度目のパニック状態に陥ってすぐに注射を打たれ眠りに落ちたのだが、葉月は短いサイクルで何度も目を覚まし、ごめんなさいと謝罪を繰り返した。
 謝る必要など無いのに。

 点滴が射された細い腕にそっと触る。

 一度、自分で針を抜き出血したせいで、青黒く腫れ上がってしまっている。

 見ていられないほどに痛ましい。


「うおーい! 葉月ちゃん目ェ覚ました!?」


 月曜日の夕方、静が有名洋菓子店の袋を片手に個室に入ってきた。

「うるせえ。病院で騒ぐんじゃねえよ」
「うっわ、お前、ひでぇ顔になってるぞ。ただでさえ悪人面なのにその顔は引くわー。……まだ眠ってるのか。こっちは可愛い顔してんね」
「随分やつれちまってるよ。たった三日かそこらでこんなに弱るなんてな……。俺が目を離したばかりに」

「そう自分を責めなさんな。――頼まれてたプリン買ってきたぞ。ちゃんと二つ」

 手渡された袋を開く。どこか懐かしいフォルムの瓶のプリンが入っていた。

 一つ手に取り、眠る葉月の頬に押し当てる。

「はづきー。早く目を覚まさないと、俺が一人でプリン食っちまうぞー」

 反応は無い。
 寂しいなぁ。
 そろそろ目を覚ましてくれないと葉月不足で死にそうだよ。

 やっと帰ってきてくれたのに話も出来ないなんてなぁ。

 顔で誤解されるけど、俺、すっっっげー寂しがりなんだぞー。
 お前に構って貰えないと弱るぞー。
 ウサギは寂しかったら死ぬらしいけど、俺も寂しかったら死ぬんだぞー。

「失礼します」

 ドアをノックして今度は二本松が入ってきた。
 腕にふかふかのヌイグルミを抱えている。

 ぴょん太だ。

「葉月君はまだお休み中でしたか。」

「あぁ。ぴょん太は治ったのか?」

『遼平くん? ひさしぶりー。葉月くんはどこ?』

 二本松の返事より早く、ぴょん太自身がゆらゆら揺れながら流暢に喋る。

 どうやらデータも飛んでいないようだ。良かった。これなら葉月も悲しまないで済む。
「まだ寝てるよ」
『そっかー、残念……。ぴょん太、葉月くんとお話したかったよ……』

 ぴょん太は揺れるのをやめて沈黙した。葉月の隣に並べてベッドに横たわらせる。

「水無瀬氏から示談の申し込みがありました。破格の金額を提示してますがどうしますか?」

「もう折れたのか。意外だな」

「だねぇ。『玄関を破って不法侵入した上に、息子二人に怪我をさせた男なんぞ絶対に刑務所に送ってやる! 後悔させてやる!』なんて息巻いてたのにさぁ」

 静が両手を上げオーバーなリアクションをしながら苦笑した。

「その場に居た土門弁護士と山本夫妻まで助けを求める葉月君の声を聴いてますからね。どうあがいてもあなたを加害者にするのは不可能だと目が覚めたのでしょう。あんな肉ダルマ二体に襲われたなんてどんなに怖かったことか。葉月君が不憫でなりません……」

「どうする? 示談にする?」
「保留だ。対応は葉月の産みの母を見つけ出してから考える」

「オーケー。けどよ……」

 静が人差し指を折り曲げ手招きするように俺を呼んだ。二人で病室を出る。
 声を潜めて静が切り出した。

「万一、葉月君の母親がどうしょうもないクズ女だったらどうすんだ? たしかに、あの糞親父が言ってることはウソくせーよ。薬を盛られた、だの、無理やり襲われただのってのは、オレでも100%嘘だと思う。何の罪も無い葉月君に責任をおっ被せて、家族の憎しみが全部葉月君に向かうようコントロールしてたクズ野郎だからな。が、クズ男とクズ女がくっついた可能性だって捨てきれないだろ? 見つけ出すのはいいが、万一にも向こうから接触してきたらややこしい事にならねえか?」

「そりゃ、可能性は捨てきれないが、低いと考えてるよ。そもそも、クズ女だったら葉月を手元に置いて水無瀬から金を巻き上げようと画策するだろ。財産分与だって請求できるんだぞ。どうして手放す必要がある?」

「そりゃ、まぁ、大金を受け取って、葉月君を売ったとか?」
「例え五百万だの一千万だので葉月を売ったとしても、十八年だ。とっくに使い果たしててもおかしくは無い。クズなら追加請求に来るだろ。一時的ではあったが葉月はあの家から出ることを許されてるんだ。絶対に何かあるに決まってる」

「えぇ。私もそう思います」

 二本松が唐突に話に入ってきて、静と一緒に「う」と驚いてしまった。
 丁度いい。こいつは妙に勘が鋭いから意見を聞いてみよう。

「ちなみに、お前はどんな可能性があると思う?」

 二本松は軽く瞼を閉じ、メガネに触れて自分の表情を隠してから、首を振った。

「やめておきましょう。口に出すには不謹慎な想像しか出来ませんので」

 不謹慎な想像か……。
 ふぅと吐いた息がやたらと大きく耳に響いた。

「ところで、葉月ちゃんはいつになったら目を覚ましてくれるのかねえ。もう三日だぞ。ずっと眠り続けてるなんて、ひょっとして、ずっとこのままってことは無いよな?」

「では、私たちはこれで失礼いたします。行くぞ、害虫」

 二本松が静の襟首を引っ張って行った。

 病室に戻って椅子に座る。

 静の言葉に咄嗟に反論ができなかった。
 葉月はただ衰弱しているだけだと医者は言っていた。
 点滴の刺された細い腕に触るとまぎれもなく暖かいが、目は開かず、俺の名前を呼んでくれる声も聴けない。

 まさか、このまま、いや、縁起でも無いことを考えるんじゃねえ。

「ぴょん太―、話し相手になってくれよ」

 葉月の隣に横たわるぴょん太に声を掛けて沈みかけた意識を散らす。

『葉月君がおねむ中に騒いじゃ駄目だよ。これだから遼平は』

 口の悪いヌイグルミは、依然と変わらぬ毒舌を浴びせかけてきた。

 ぴょん太が葉月を忘れなくてよかった。リサイクルショップで葉月を一心不乱に呼ぶ姿を見たせいか、どうにも単なる無機物とは思えなくなってしまった。
 飼い主を待ち続ける犬のような、まっすぐで忠実な愛情があるのではないかと空想してしまう。

「ほんっとお前は葉月が好きだな」

『だいすきー』

「俺も好きだぞ」

 眠る葉月の頭を撫でる。

「この世で一番愛してる。大事な大事な家族だよ……」

『ぴょん太のことは?』
 喉の奥で笑いが漏れた。

「ぴょん太も家族だな。ペット……、いや、俺と葉月の子供にしてやっていいぞ」

 な、葉月。

 返事をしてくれ。
 このままじゃ、お前の返事を待たずにぴょん太を俺たちの子供にしちまうぞ?
 お前はそれでいいのか?

 答えを聞かせてくれよ、はづ――――、


 あ。


 何の前触れもなく、ふるりと、長いまつ毛が震えた。


「は――――葉月? 葉月!!」
 布団の上に投げ出されていた手をきつく掴んで大声で呼びかける。

「…………?」

 葉月がゆっくりと目を開いた。


 りょうへいさん。


 俺の名前の形に口が動く。




 そして――――嬉しそうに笑った!!



「お早う葉月……。気分はどうだ?」



 ――――りょうへいさん、ごめんなさい……。



「だから謝るなって。葉月に話したいことがいっぱいあるんだ。でも、その前に、もう一度検査してもらおうな」


 手元のナースコールを押す。


「検査が済んだら一緒にプリンを食べような。丁度、評判の店から買ってきてもらったところだったんだ」

 捲くし立てるように言って、それから、目を開けて笑う葉月を見下ろす。


 たまらなくなって、こつ、と、葉月の額に額を合わせた。


 笑わなきゃいけないってわかってんのに、眉間に皺が寄り顔が歪んでしまう。


 葉月の体に腕を回してゆっくりと抱き締める。


「目を覚ましてくれてありがとう……。本当によかった……」


 葉月の腕も俺の背に回った。


 細い腕が葉月自身の意思で俺の背に触れ、ようやく全身に安堵が広がった。
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