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第十五話 元・渡辺夫婦
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次の日は金曜日だった。
渡辺庄三は駅が三つ程離れた、元妻の住む町に来ていた。
喫茶店で元妻と待ち合わせをしていたからだ。
時間は午後二時。
「久し振り」
渡辺は元妻の顔をちゃんとは見ずに、俯き加減で言った。
しかしテーブルを挟んだ向かいの元妻は、そんな事は一切気にする様子もなく口を開く。
「お久し振り。本当はウチ(アパート)に来て貰っても良いんだけれど、やっぱり別れた訳だから、ここはこう、線を引いて」
言いながら渡辺と自分の間にあるテーブルの真ん中に人差し指で線を引く振りをする元妻。
「分かってる」
渡辺はそれが気に入らなかったのか、ちょっと不機嫌な声で、相変わらず顔も見ずにそう言った。
「ええ。んっ…なんで顔見ないの? もうずっと会ってなかったのに」
ここで初めてその事に気付いた元妻は、俯いた渡辺を正視したまま言った。
だから渡辺は顔を上げ、元妻の顔を見る。
五年の歳月は元妻の顔を、渡辺の知っていた頃から少し変えていた。
『こんな顔だったろうか』
そう思うと渡辺は、暫く元妻の顔を眺めていた。
「変わった? 老けた? あなたも変わったよ」
「ああ、そうだな」
渡辺は元妻のその言葉で我に返る。
「それから最初に聞くけど、今も借金とかあるの? ギャンブルとかやってる?」
続けて元妻は一番気になっていたであろう事を口にした。
「なんで?」
「最初顔見ようとしなかったから。何か後ろめたい事でもあるのかと思って」
「何度もメールでも言ってるだろ。借金はもうないし、ギャンブルもやっていない。もう懲り懲りだ」
渡辺はつまらない話だとでも言わんばかりに、気分を害したような表情をするとそう答えた。
「それならシャキッとしなさいよ。顔を上げて胸を張りなさい。そうすれば疑われたりもしないんだから」
元妻はそんな渡辺の表情に気付いたのだろう。そう言いながら今度は明るくちょっと笑顔を見せた。
そんな姿に渡辺は昔を思い出す。
『何も変わってない』
『俺もこいつも、何も変わってない。あの頃と同じだ』
そう思うと渡辺は今度は暖かい気持ちになって、鳥肌が立った。
なにも鳥肌は怖い時だけに立つ訳じゃない。人に優しくされた時の高揚感でだって、鳥肌は立つのだ。
ウエイトレスが注文を取りに来た。
渡辺はモカコーヒーを、元妻は紅茶のアールグレイを頼んだ。
「どうしたの? 黙ってじっと見ちゃって」
「いや、何でもないよ」
本当は『変わらないな』と言いたかったのだが、渡辺はその言葉は引っ込めた。
「それで遥には会ったの?」
元妻が言った遥というのは、娘の事だ。
「いや、まだ会ってない。五年だ、心の準備もいる。それで…あいつは俺の事、何か言ってるか?」
久し振りに会う元妻と、どう話して良いかも分からず、渡辺は少しつっけんどんに言った。
「別に。最初は泣いたり怒ったりしていたけれど、五年も経つと今の生活が当たり前だから。思い出して言う事もあるけれど。私もあの子も、あなたの話を長くはしないから」
「そうか…」
「バイト先のコンビニには行ったの?」
「いや、まだだ」
「行ってあげて。最近は私もあの娘をあなたに会わせない様にしていた事は、後悔してるの。何だかんだ言っても、やっぱりあなたが父親なんだし。自由に行き来するべきなんだわ」
「どうした」
「何が?」
「何かあったか? 急にそんな事を言い出して」
「何にもないわよ」
そう言うと元妻は少し微笑んで見せた。
渡辺は黙ってそれを眺めていた。
「あの娘、大学は行かないって話したでしょ」
「ああ」
「だから高校卒業して就職したら、あの娘は自由なのよ。つまり私達も親の責任を終えて、自由なの」
「なるほど」
「あなたがもし今、ちゃんとしているのなら。あの娘があなたを頼りたい事があるかも知れない。私じゃなく、あなたに」
「なるほど」
「だからあの娘と会って、話して、仲良くなってあげて」
「そうか…ああ、そうだな。会うよ、会いに行くよ」
「そうしたらね、あなたは自由よ。誰かいい人でも見つけて」
「いや、俺は」
元妻の言葉を遮って、渡辺はよりを戻したいという自分の気持ちを伝えようと声を発したが、しかし実際にはそれ以上は言う事が出来なかった。
「私もね、老後の事とか考えて、お金貯めなくちゃいけないし」
元妻は、渡辺の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、続けてそう話した。
だから渡辺は尚の事続きを言う事は出来なくなり、更に漠然と線を引かれた様な気がして、遠ざけられた様な気持ちになった。
「コーヒーと紅茶、お持ちしました」
そしてウエイトレスがコーヒーを運んで来た。
つづく
渡辺庄三は駅が三つ程離れた、元妻の住む町に来ていた。
喫茶店で元妻と待ち合わせをしていたからだ。
時間は午後二時。
「久し振り」
渡辺は元妻の顔をちゃんとは見ずに、俯き加減で言った。
しかしテーブルを挟んだ向かいの元妻は、そんな事は一切気にする様子もなく口を開く。
「お久し振り。本当はウチ(アパート)に来て貰っても良いんだけれど、やっぱり別れた訳だから、ここはこう、線を引いて」
言いながら渡辺と自分の間にあるテーブルの真ん中に人差し指で線を引く振りをする元妻。
「分かってる」
渡辺はそれが気に入らなかったのか、ちょっと不機嫌な声で、相変わらず顔も見ずにそう言った。
「ええ。んっ…なんで顔見ないの? もうずっと会ってなかったのに」
ここで初めてその事に気付いた元妻は、俯いた渡辺を正視したまま言った。
だから渡辺は顔を上げ、元妻の顔を見る。
五年の歳月は元妻の顔を、渡辺の知っていた頃から少し変えていた。
『こんな顔だったろうか』
そう思うと渡辺は、暫く元妻の顔を眺めていた。
「変わった? 老けた? あなたも変わったよ」
「ああ、そうだな」
渡辺は元妻のその言葉で我に返る。
「それから最初に聞くけど、今も借金とかあるの? ギャンブルとかやってる?」
続けて元妻は一番気になっていたであろう事を口にした。
「なんで?」
「最初顔見ようとしなかったから。何か後ろめたい事でもあるのかと思って」
「何度もメールでも言ってるだろ。借金はもうないし、ギャンブルもやっていない。もう懲り懲りだ」
渡辺はつまらない話だとでも言わんばかりに、気分を害したような表情をするとそう答えた。
「それならシャキッとしなさいよ。顔を上げて胸を張りなさい。そうすれば疑われたりもしないんだから」
元妻はそんな渡辺の表情に気付いたのだろう。そう言いながら今度は明るくちょっと笑顔を見せた。
そんな姿に渡辺は昔を思い出す。
『何も変わってない』
『俺もこいつも、何も変わってない。あの頃と同じだ』
そう思うと渡辺は今度は暖かい気持ちになって、鳥肌が立った。
なにも鳥肌は怖い時だけに立つ訳じゃない。人に優しくされた時の高揚感でだって、鳥肌は立つのだ。
ウエイトレスが注文を取りに来た。
渡辺はモカコーヒーを、元妻は紅茶のアールグレイを頼んだ。
「どうしたの? 黙ってじっと見ちゃって」
「いや、何でもないよ」
本当は『変わらないな』と言いたかったのだが、渡辺はその言葉は引っ込めた。
「それで遥には会ったの?」
元妻が言った遥というのは、娘の事だ。
「いや、まだ会ってない。五年だ、心の準備もいる。それで…あいつは俺の事、何か言ってるか?」
久し振りに会う元妻と、どう話して良いかも分からず、渡辺は少しつっけんどんに言った。
「別に。最初は泣いたり怒ったりしていたけれど、五年も経つと今の生活が当たり前だから。思い出して言う事もあるけれど。私もあの子も、あなたの話を長くはしないから」
「そうか…」
「バイト先のコンビニには行ったの?」
「いや、まだだ」
「行ってあげて。最近は私もあの娘をあなたに会わせない様にしていた事は、後悔してるの。何だかんだ言っても、やっぱりあなたが父親なんだし。自由に行き来するべきなんだわ」
「どうした」
「何が?」
「何かあったか? 急にそんな事を言い出して」
「何にもないわよ」
そう言うと元妻は少し微笑んで見せた。
渡辺は黙ってそれを眺めていた。
「あの娘、大学は行かないって話したでしょ」
「ああ」
「だから高校卒業して就職したら、あの娘は自由なのよ。つまり私達も親の責任を終えて、自由なの」
「なるほど」
「あなたがもし今、ちゃんとしているのなら。あの娘があなたを頼りたい事があるかも知れない。私じゃなく、あなたに」
「なるほど」
「だからあの娘と会って、話して、仲良くなってあげて」
「そうか…ああ、そうだな。会うよ、会いに行くよ」
「そうしたらね、あなたは自由よ。誰かいい人でも見つけて」
「いや、俺は」
元妻の言葉を遮って、渡辺はよりを戻したいという自分の気持ちを伝えようと声を発したが、しかし実際にはそれ以上は言う事が出来なかった。
「私もね、老後の事とか考えて、お金貯めなくちゃいけないし」
元妻は、渡辺の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、続けてそう話した。
だから渡辺は尚の事続きを言う事は出来なくなり、更に漠然と線を引かれた様な気がして、遠ざけられた様な気持ちになった。
「コーヒーと紅茶、お持ちしました」
そしてウエイトレスがコーヒーを運んで来た。
つづく
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