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六日目
第44話 「ふるまわれた昼食」
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しばらくすると、できあがった料理が運ばれてきた。
野菜と貝が煮込まれたスープ、海藻のサラダ、蒸し焼きにされた鳥肉等がテーブルの上に並ぶ。
「さあ、ではグレースさんとエミリーさんも、席に着いてください。皆でいただきましょう」
そして、ラーレス教独特の食前の儀式が始まる。
両手を料理の上にかざし、手のひらを上に返してから、目を閉じる。
「天の神、ラーレスよ。この食事の恵みをたまわったこと、心から感謝いたします。この恵みにかかわった者に、さらなる恵みがありますように」
皆、両手を目の前で合わせ「いただきます」と唱和する。
ガーネットも信者であったため、違和感なくそれを行った。
「そういえば……サンダロス伯の屋敷の使用人と思われる女性が、何度かこちらの懺悔室に来られましてね、ご存知でしたか? ガーネット嬢」
「えっ……?」
「我々は、彼女のおかげであなたが囚われていることを知ったのです」
銀の匙でスープをすくっていたガーネットは驚いてダニエル神父を見返した。
「ええと……その方がどなたかは存じません……。でも、たしか、ケイトとマーク様が何か……」
ケイト。その名を口にした瞬間、言いようのない寂しさが胸を満たし、ガーネットははらはらと涙をこぼした。
「あ、ケイト……。ああ、ああ……!」
「どうしました?」
「ご、ごめんなさい……。や、屋敷で良くしてくれたメイドさんがいて……でも、その人は昨夜、あの人攫いたちに……じ、銃で撃たれて……」
「そう、でしたか……それは嫌なことを思い出させてしまいましたね……」
バツの悪い顔をダニエル神父は浮かべる。
ガーネットは手の甲で涙を拭くと、ぐっと顔をあげた。
「いえ……す、すみません。彼女がどうなったかは……ちゃんと確認したわけではないので、もしかしたら……まだ生きていてくれてるかもしれません」
「そうですか。それなら、いいですね……。後でサンダロス伯爵の御屋敷に行きますが……もし良かったら、ついでにその方の安否も訊いてきましょうか?」
「えっ、あ、あの……」
「?」
ガーネットは言いよどんだが思い切って言ってみた。
「わたしも……連れてってはいただけませんか?」
「えっ?」
ダニエル神父および、他の一同も驚く。
「そ、それは……かなり危険で」
神父が言いかけた言葉をさえぎって、ガーネットは訴える。
「わかってます! でも……わたしにはこのファンネーデルが側についていますから。また囚われるようなことはないと思います。それより……ケイトの安否が気になるんです。それに、ちゃんとお別れもできなかったし……お願いです。連れて行ってください」
「司教……どうされますか」
ダニエル神父は、ずっと瞑目して聞いていたアレキサンダー司教に訊ねた。
「そうですね。まあ、このファンネーデル君がガーネットさんを守っていられるというなら、ご同行していただいても良いのではないでしょうか。現にああして魔法とも呼べる幻術を使えているようですからね……。というわけで、どうですかファンネーデル君」
司教は緑色に煌めく瞳をファンネーデルに向ける。
ファンネーデルは、顔をまたテーブルの上に出して言った。
「ボクがついてれば、ガーネットを危険な目に遭わせることはないよ。だから……ガーネットの好きにさせてやってくれ」
「……だそうです」
ファンネーデルの言葉を受けて、司教がにっこりダニエル神父に笑いかける。
ダニエル神父は長く嘆息した。
「……わかりました。ではともに参りましょう。ガーネット嬢の護衛はそこの黒猫さんにお任せするとして……」
皿の中の野菜をフォークで差しながら、神父は続ける。
「我々は事実確認をしにいく……と。もしかしたらあの密告者の素性も、わかるかもしれませんからね……。偶然お会いできるかもしれません。まあ、もうこうしてガーネット嬢がこちら側にいらっしゃっているので、わかってもわからなくてもどちらでもいいんですけどね」
「そうですね。私も、サンダロス伯爵の御屋敷に赴くのは楽しみです。伯爵様には、なんらかの沙汰を下さねばならんでしょうからな……」
「沙汰?」
司教が言った言葉にわずかにガーネットは反応する。
「ええ。まあ……罰のようなものです。教会のルールを破った者には、以後宝石加護の奇跡を受けられないという制約がつくんですが……彼の場合はユリオン村の件もあって、ユリオン男爵にそれ相応の賠償金を払うことになるでしょうね。まあ、あちらの言い分を聞いた上での決定となりますが……」
ガーネットにとっては、サンダロス伯爵がしでかしたことを思えば、当然のことである。
だが、それを聞いて一つだけひっかかったことがあった。
「あの……その奇跡を受けられないっていうのは、サンダロス伯爵だけですか? ご家族や……この街の人々は」
「ああ、その罰は……領主および、その一族までですね。領民はその範疇にありません。ですから、街の人々は救うことができますよ」
ガーネットは一人の少年を脳裏に思い描いていた。
「あの……サンダロス伯爵の二男である、ルーク様のことなんですが……彼も目腐れ病にかかっているんです。わたしの力で腐敗までは防げたのですが、いまだ失明しているままで……彼も、彼も治してはあげられませんか!」
必死にそう嘆願すると、ダニエル神父は残念そうに首を振る。
「ガーネット嬢……申し訳ないが、これは規則なのです。伯爵にはそれ相応の罰を受けてもらわなければ。教会の規則を守らない者が増えたら、他の宝石加護の人間たちも不幸になってしまうでしょう。他ならぬあなたであれば、わかるはずです」
ガーネットはぐっと唇をかんだ。
「それは……痛いほどわかります。でも……」
「ともあれ、我々とともにサンダロス伯爵の元へ行くのであれば……それだけは心しておいてください。我々は、彼らを裁きに行くのですからね」
「裁きに……」
ガーネットは銀の匙をスープの中に浸しながら、腕の中のファンネーデルを見下ろした。
「こんなことになったのは、全部、あの魔女のせいね……」
悔しそうにそうつぶやく声を、ファンネーデルは辛い気持ちで聞いていた。
野菜と貝が煮込まれたスープ、海藻のサラダ、蒸し焼きにされた鳥肉等がテーブルの上に並ぶ。
「さあ、ではグレースさんとエミリーさんも、席に着いてください。皆でいただきましょう」
そして、ラーレス教独特の食前の儀式が始まる。
両手を料理の上にかざし、手のひらを上に返してから、目を閉じる。
「天の神、ラーレスよ。この食事の恵みをたまわったこと、心から感謝いたします。この恵みにかかわった者に、さらなる恵みがありますように」
皆、両手を目の前で合わせ「いただきます」と唱和する。
ガーネットも信者であったため、違和感なくそれを行った。
「そういえば……サンダロス伯の屋敷の使用人と思われる女性が、何度かこちらの懺悔室に来られましてね、ご存知でしたか? ガーネット嬢」
「えっ……?」
「我々は、彼女のおかげであなたが囚われていることを知ったのです」
銀の匙でスープをすくっていたガーネットは驚いてダニエル神父を見返した。
「ええと……その方がどなたかは存じません……。でも、たしか、ケイトとマーク様が何か……」
ケイト。その名を口にした瞬間、言いようのない寂しさが胸を満たし、ガーネットははらはらと涙をこぼした。
「あ、ケイト……。ああ、ああ……!」
「どうしました?」
「ご、ごめんなさい……。や、屋敷で良くしてくれたメイドさんがいて……でも、その人は昨夜、あの人攫いたちに……じ、銃で撃たれて……」
「そう、でしたか……それは嫌なことを思い出させてしまいましたね……」
バツの悪い顔をダニエル神父は浮かべる。
ガーネットは手の甲で涙を拭くと、ぐっと顔をあげた。
「いえ……す、すみません。彼女がどうなったかは……ちゃんと確認したわけではないので、もしかしたら……まだ生きていてくれてるかもしれません」
「そうですか。それなら、いいですね……。後でサンダロス伯爵の御屋敷に行きますが……もし良かったら、ついでにその方の安否も訊いてきましょうか?」
「えっ、あ、あの……」
「?」
ガーネットは言いよどんだが思い切って言ってみた。
「わたしも……連れてってはいただけませんか?」
「えっ?」
ダニエル神父および、他の一同も驚く。
「そ、それは……かなり危険で」
神父が言いかけた言葉をさえぎって、ガーネットは訴える。
「わかってます! でも……わたしにはこのファンネーデルが側についていますから。また囚われるようなことはないと思います。それより……ケイトの安否が気になるんです。それに、ちゃんとお別れもできなかったし……お願いです。連れて行ってください」
「司教……どうされますか」
ダニエル神父は、ずっと瞑目して聞いていたアレキサンダー司教に訊ねた。
「そうですね。まあ、このファンネーデル君がガーネットさんを守っていられるというなら、ご同行していただいても良いのではないでしょうか。現にああして魔法とも呼べる幻術を使えているようですからね……。というわけで、どうですかファンネーデル君」
司教は緑色に煌めく瞳をファンネーデルに向ける。
ファンネーデルは、顔をまたテーブルの上に出して言った。
「ボクがついてれば、ガーネットを危険な目に遭わせることはないよ。だから……ガーネットの好きにさせてやってくれ」
「……だそうです」
ファンネーデルの言葉を受けて、司教がにっこりダニエル神父に笑いかける。
ダニエル神父は長く嘆息した。
「……わかりました。ではともに参りましょう。ガーネット嬢の護衛はそこの黒猫さんにお任せするとして……」
皿の中の野菜をフォークで差しながら、神父は続ける。
「我々は事実確認をしにいく……と。もしかしたらあの密告者の素性も、わかるかもしれませんからね……。偶然お会いできるかもしれません。まあ、もうこうしてガーネット嬢がこちら側にいらっしゃっているので、わかってもわからなくてもどちらでもいいんですけどね」
「そうですね。私も、サンダロス伯爵の御屋敷に赴くのは楽しみです。伯爵様には、なんらかの沙汰を下さねばならんでしょうからな……」
「沙汰?」
司教が言った言葉にわずかにガーネットは反応する。
「ええ。まあ……罰のようなものです。教会のルールを破った者には、以後宝石加護の奇跡を受けられないという制約がつくんですが……彼の場合はユリオン村の件もあって、ユリオン男爵にそれ相応の賠償金を払うことになるでしょうね。まあ、あちらの言い分を聞いた上での決定となりますが……」
ガーネットにとっては、サンダロス伯爵がしでかしたことを思えば、当然のことである。
だが、それを聞いて一つだけひっかかったことがあった。
「あの……その奇跡を受けられないっていうのは、サンダロス伯爵だけですか? ご家族や……この街の人々は」
「ああ、その罰は……領主および、その一族までですね。領民はその範疇にありません。ですから、街の人々は救うことができますよ」
ガーネットは一人の少年を脳裏に思い描いていた。
「あの……サンダロス伯爵の二男である、ルーク様のことなんですが……彼も目腐れ病にかかっているんです。わたしの力で腐敗までは防げたのですが、いまだ失明しているままで……彼も、彼も治してはあげられませんか!」
必死にそう嘆願すると、ダニエル神父は残念そうに首を振る。
「ガーネット嬢……申し訳ないが、これは規則なのです。伯爵にはそれ相応の罰を受けてもらわなければ。教会の規則を守らない者が増えたら、他の宝石加護の人間たちも不幸になってしまうでしょう。他ならぬあなたであれば、わかるはずです」
ガーネットはぐっと唇をかんだ。
「それは……痛いほどわかります。でも……」
「ともあれ、我々とともにサンダロス伯爵の元へ行くのであれば……それだけは心しておいてください。我々は、彼らを裁きに行くのですからね」
「裁きに……」
ガーネットは銀の匙をスープの中に浸しながら、腕の中のファンネーデルを見下ろした。
「こんなことになったのは、全部、あの魔女のせいね……」
悔しそうにそうつぶやく声を、ファンネーデルは辛い気持ちで聞いていた。
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