あれ、髪切った?

幸甚

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っplっぽおぽ

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教室の隅に古い扇風機がある。強に設定しても決して強いとは思えない微弱な風が、辺りを照らすだけだった。そんな扇風機に存在価値を見いだせる場所にいるただ一人の僕は、風にそそられるかのように、深い眠りに落ちた。
初夏に差し掛かった太陽の眼差しが、左側の頭を焼く。右の席の彼女はいつもどうり真面目にノートを取っている。
ああ、眠い。




「お茶取って」
「はいはい」
そう言って冷蔵庫に向かい、彼女は冷えた麦茶を机に差し出す。
「お、ありがとー」
手に持つと想像以上の冷たさで視界が生き返る。蓋を開けて、一口と、
「ブオッフ!!!!」
「なんだこりゃ!!」
彼女の方を向くと、顔を俯けてクスクス笑っている。
「残念ー。しょ、う、ゆ、だよ~」
満面の笑みで彼女は振り返る。一瞬の笑顔に口のしょっぱさを通り越した感覚が、軽々と消えていった。
「原稿が……‥」
苦労して書いた小説の原稿が、醤油の茶色とでも言うべき色に染まる。よく見ると、ペットボトルの中に入っている液体はいつもよりも確実に濃い。
彼女は、真新しい布巾を持ってきて拭きはじめた。
「また一からがんばろうぜ」
彼女に振り回され続け、なかなか思うように進まない。
締め切りまで、残り一週間。
終わるはずが無いのだ。
怒れるはずが無いのだ。傍にずっといてあげられるはずがないのだ。永遠なんてあるはずがないのだ。何もかも。

ブツッーーーーーーー

彼女は、この世にはいない。だから体温を感じることも出来ない。
でも、唯一彼女が生きていられるのは、俺がみる『夢』の中だけ。
ある日彼女は、唐突に夢の中に現れ、人生を軽々と変えていった。
まるで、右の席の、








僕の右の席いる彼女は、いつも真剣に授業を受けていて、テストで悪い点数を取っているのを見たことがない。分からないことがあれば終わった後にすぐ先生の所へ質問に行き、休み時間も塾の宿題なのか勉強を欠かさずしている。
当たり前になった彼女の百点の答案用紙。俺である、大宮琢夢の五十二点の答案とは大違いである。
一番後ろの一番端の席に突っ張るように寝ている俺は、昼休みに勉強している彼女の隣で生温かい扇風機から薫る風を浴びていた。
時計を見る。授業開始まであと十五分と言ったところだろうか。もう一眠り、そう脳内で変換しているうちにまた、深い眠りに落ちた。


「ねぇ、どうしてそんなに隣の子が気になるの?」
からかう為にとりつくられた表情に、目を落とす。
「別に、」
「耳赤ーい。すぐ分かっちゃうね。オオミヤのココロは」
夢の中に現れる彼女は、すぐ笑う。俺の薄れている感情を呼び戻すかのように、はっきりと、強く、話しかけてくれる。
「なあ、どうして夢の中でしか出てきてくれないんだ?」
話の向きを変えるため、気になっていたことを問ってみる。
「そんなに、アタシに会いたいんだー」
ニヤニヤと俺の目を突き刺す。
「アタシはね、オオミヤといるのが楽しいだけだよ」
現実を生きていれば、言われるはずがなかった言葉。当然のように出てきて胸が一瞬詰まった。
「オオミヤ、アタシの事好き?」
答えられる、はずがなかった。

ブツッーーーーーーー

「ねぇ起きて、授業始まってるよ」
隣の彼女が、肩を揺らして起こしてくれた。虚ろげに目をオボオボ開けると、神々しい太陽の光が沁みた。
「ありがとう」
彼女の残り香が香る。夏の匂いが爽やかになったようなもどかしく綺麗ないい香り。
五限目は、英語か。クラス中を見渡すと、俺より真剣で頑張っている数々の背中が、太陽の光と共に歩み寄ってくるようだった。
彼女は、今日もまた集中してノートを取っている。
すると、全開の窓から味気のない風が一瞬強く吹き、俺のいつ配られたか分からない白紙のプリントが飛ぶ。気付いた彼女が、手を止め、ペンを置き、拾ってくれた。『はい』と。指先が触れ合い、目が合う。ほんの数秒の出来事に、顔が赤くなっていくのが分かる。恐らく今、耳が真っ赤だろう。
だが、風が群をなし、俺の沸騰した心を宥めるように優しく吹いたおかげで、気付かれずに済んだはず、だろう。







出逢いの日は、何の前触れもなく訪れた。
何年か前の夏の夜、俺は泣いていた。学校でいじめられていたからだ。靴がないなんて日常茶飯事。通りすがりに殴られたり蹴られたりする事だってあった。
基本的に学校に行って誰かと話すことは無い。授業中に先生に話しかけられても、「わかりません」と小声で呟くだけだった。
そんな性格の僕を先生は気にもとめなかった。
『大丈夫か』の一言もくれなかった先生には感謝しかない。理由は簡単、独りで気楽にいられたから。誰の記憶に残ってもいけない俺は、中学生になってから、強がりのために一人称で「俺」を使うようになった。「僕」だと誰かに守られないと生きられないような弱さを感じたから。強がって、背伸びして、一人で過ごしてきた。
親の前では、学校楽しいよ、と平気で嘘をついた。それで安心する親はチョロいもんだ。







何時からか、夢を見るようになった。小さい頃の記憶、ここは保育園か。広いとは言えない庭で、追いかけっこをしている。その少女においつくはずもなく早々に息が切れる。少女は余裕そうに、俺を眺める。

ブツッーーーーーーー


いつの間にか夢の中の世界は終わり、辛い現実に戻る。
この繰り返しを、毎日毎日繰り返している。決して追いつけないのに追いかける。夢の中なので疲れることはないが、何故だか妙に思い出に残る。
ある日、勇気を振り絞って質問してみた。いつもどうりに、追いつけるはずもなく息を切らす、そして、
「ねぇ、君、名前は?」
「アタシ?」
「うん」
「アタシの名前はね、夢華って言うの」
華やかな夢、ゆめか。良い名前だと、小学生ながらに想ったものだ。












「オオミヤ、また会ったね」
「今日は何のお話ししようか」
「え、アタシが何でここにいるかだって?」
「それは、アタシが好きでここにいるんだけだよ」
「それ以上でも、それ以下でもない。でも、ここにいると、ココロが安らぐの。どうしてだろうね。オオミヤがいるからかもしれないね」

「アタシが、オオミヤと夢でしか逢えないのは、、、そっちの方がいいでしょ」
「オオミヤは今を生きて」
「アタシは今を生きれないから、夢に生きてるんだよ」
「一回で良いから、現実で逢ってみたいね」


最後の言葉が、何度も反芻される。

ブツッーーーーーーー


夢の中で話しかけた結果、毎日夢を見るようになった。夢華とずっと話している夢。一瞬で終わるときもあれば、長い間話し合っていられるときもある。
夢の中だと言うだけあって、現実では話せないこともいっっっぱい話した。
夢華はいつも親身になって、相槌をうち、明るくなるような解答をくれる。

『明日もガンバってね。またね~』

この言葉があったから生きてこられたと言っても過言ではない。そこは断言できる。明るくて弱みを吐き出さず夢の中でも精一杯生きている夢華をずっと見てきたから、胸を張っていきて来れた。

毎日、夢の中で夢華と語り合っていた。
そんな彼女が大好きだった。







俺の一番嫌いな授業。それは、道徳だ。うちのクラスの先生は、やたらと皆での話し合いを好んでいる。
「今日の道徳の授業では、将来の夢について、班を作って話し合ってください」
俺は、先生の発言に震撼した。班を作るときは何時も、隣の彼女と同じ班になる。それは確実な運命だろう。
前にもこのような授業があったが、彼女と仲の良い友達が仕切って適当に決めていたので、何も話さなくて済んだ。
しかし、今日に限って、その友達は休み。先生が作る班は大体三人。三引く一は、二。一対一が世界で一番嫌いだ。でも話さないとせっかく中学生になって作り上げた、寝ててもいじめられない地位を築き上げたことが崩れてしまう。彼女のいる、空間でいじめられているところを見られたくない。
目を閉じ、深呼吸する。ふとチラッと隣を見ると、目があった。
やってしまったと、深呼吸の意味が無くなるほど動悸が速まる。幸い先生はまだ無駄話を重ねている。ダメだ、と目を閉じ、意識して呼吸する。そろそろ、収まってきたかと目を開けようとした瞬間、
「大宮君」
どこからか声が聞こえてきたので、目を開けると、目の前に彼女がいた。
「だっっ」
学校に通っていて過去一番に入るくらいの大きな声を漏らしてしまった。クラス中の冷ややかな視線が、一気に集まるのが手に取るように分かる。
「ごめん、びっくりさせちゃったね」
すると突然、
「大宮ー、ガンバ」
クラスの中心人物であり、俺とは正反対の人生を送っているであろう関谷君が皆に聞こえる声で俺をフォローする。俺には、すぐ理解することが出来なかったが、クラス中が沸く。
「無視して、始めようか」
彼女は、気にしていないらしく、先生の「はじめろー」と言う声も相まってクラス全体が道徳の雰囲気に包まれた。
目の前に佇む彼女。変な緊張感と責任感が何十にも重なり、手汗が染み出てくる。
「まず、私からお話しするね」
こちらの目を見てきたので、「うん」と大きなうなずきに反比例する声を絞り出す。
「私の将来の夢は、小説家になることです。小説家になって、沢山の人を笑顔にしたいです。その理由は、一つ。お父さんに憧れたからです」
「お父さんは、沢山の本を出版していて、小さいときにある絵本を出しました。題名は私の名前で、初めて本を読んで泣いてしまいました」
「そんなお父さんはもうこの世にいませんが、たくさん勉強して、お父さんを越えられるような本を出したいです」
彼女が必死に勉強しているのが何故か、分かった気がした。
親を越える、そのために頑張っているのか。
「何か、質問ある?」
すぐさま動揺してしまったが、考えるより先に言葉が出てきた。
「お父さんを越えられるように、以外で勉強を頑張ってる理由ってある?」
「んー、私ね、他の人が出来て私だけ出来ない事があるって嫌なの。出来ない自分に、知らない自分に腹が立ってくるの。だから、憧れを越える前に、自分に失望したくないの。だから、いつか笑えるぞってなるまで一生懸命に生きていこうって、ちっちゃい頃お父さんと約束したの」
「自分に失望したくない」
無意識のうちに口から出てきた言葉に、
「ごめん、恥ずかしいからリピートしないで」
「ごめんごめん、無意識のうちに」
彼女が、微笑んだ。一対一で、確実に俺に向けて発せられた笑顔。
「私からも質問いい?」
「うん」
「大宮君って、どうしていつも一人でいるの?」
丁度いいのか分からないタイミングで、話し合い終了のタイマーが鳴る。
「はい、自分の席もどってー」
先生が会話を遮断する大きな声で、ここが学校なのだと再確認する。
「また今度、聞かせて」
席に戻る前、彼女はそう囁いてくれた。
道徳が今日だけ、本当に短かった。


その日の夜、当然のように夢華と話す夢を見た。
「オオミヤ、隣の女の子と良い感じだね~」
「あれは、道徳の授業だったから」
「アタシは、もっと攻めても大丈夫だと思うよー」
「そう言えばオオミヤ、オオミヤの将来の夢って何?」
「俺の夢は、うーん、安定した職に就くことかな~」
「おー、つまんねーオトコだこと。もうお母さん泣いちゃうよー」
「おめぇ、お母さんじゃないだろ」
「ところで、夢華に、夢ってある?」
「恋する乙女にそれを聞くか。まー、アタシの夢は、一回でもいいからオオミヤに逢うことだよ」
夢華は、儚げな顔を残し、「じゃ、また明日」と残していった。
目を開けると、現実の世界。やっぱり夢華は、俺に逢いたいのか。そう深く感じる今更ながらの不思議な夢だった。





「夢華、今日はいつもよりいっぱい話そうぜ」
「おうおう、オオミヤ。いきなりどうした?失恋でもしたのか」
「いや、隣の女の子がさあ、いっつも勉強してるの。夢華はどう思ってるのかなぁと思って」
「アタシは、頑張りすぎても良いこと無いなーとは思ってるよ」
「どんな理由があっても、ね」
「なんか、かわいいな」
「オオミヤ!?」
「どこにでもいるような…みたいでさ」







「おお、大宮君~。ちょっと面貸せ」
乱暴に、俺を連れ出す。たどり着いたのは、体育館のトイレの前。
「大宮、」



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