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いつもは徒歩で通学する学校。
けれど、今は一刻でも早くリヒトの元へ行きたかった。
だから馬車の準備をしてもらう間、プレセアは制服に身を包む。
本当はまだ魔法の効果がきれたばかりだから休んでいた方がいいと、リヒトは言ったらしい。
何でも、記憶を消す魔法はそれなりに手間のかかる魔法らしい。
ただ記憶を消すとなれば簡単なのだが、その場合かなり脳に負担をかけてしまう。元々あった記憶の一部を消すとなれば、その他の記憶と相違がおこらないように調整する必要も出るらしい。そうしなければ、脳や身体的な負担までも大きくなってしまうという。
確かに今思えば、ルイスを忘れていた時のプレセアは、何一つ違和感を覚える事はなかった。
ルイスという特別な存在を忘れたことによる代償は、プレセアの記憶の中でとても大きかったはずなのに、何の違和感も負担もプレセアに与える事は無かった。
それは全て、リヒトの魔法使いとしての腕前......そして何より優しさからのものだったのだ。
「お嬢様。馬車の用意ができたのですが、少々問題が...」
「問題?」
「お嬢様の御友人と名乗る御方が門の前に。いくら説明しても帰ろうとされなくて」
困り果てた様子でそう話すメイド。
その話を聞き、もしかして...と嫌な予感を抱きながら、プレセアは窓の外を見る。
するとそこには、メイドの話す通り、門の前に一人の少女の姿があった。
そして少女__アリアはプレセアの部屋を見つめていた。
だから目が合ってしまい、花が咲いたかのような笑顔と共に手を振られた。
「ど、どうされますか?」
「......少し話してくる。そのまま馬車を待機しているように伝えておいて」
「かしこまりました。その......ご無理はされないで下さいね」
「えぇ。ありがとう」
本当にプレセアは周囲の人たちに恵まれていると思う。
幼い頃に母親を亡くし、とても悲しく、寂しい思いをした。
けれど、その分父親は仕事が忙しいのにも関わらず、一緒に過ごす時間を設けてくれた。
兄はとても真っすぐな人で、辛い思いをした時は一番に気づいて、いつも助けてくれた。
ディシアとは最初、仲良くなれるか不安だった。けれど、今では本当の姉の様に思っているし、慕っている。
それから使用人達。長くこの屋敷に勤める者が多い分、過ごしてきた時間も長い。その為、彼らはもはや家族同然の存在だ。
支度を済ませたプレセアは、部屋を出る。
「プレセア」
「お父様。どうかされましたか?」
そしてアリアの元へ向かう途中、父親に呼び止められた。
「彼女のことで少し話がある」
「アリアのこと、ですか?」
プレセアの問に父親は頷く。
その後、紡がれていった言葉に......プレセアは言葉を失った。
「プレセア!やっと会えたね」
頬をほんのりと赤くし、嬉しそうに笑うアリア。
その瞳には、何か期待するような......そんな欲が透けて見える。
アリアはどれだけプレセアが心からルイスを愛していたのか知っている。
なぜなら彼女は、プレセアにとって一番の友人で、よく相談にのってもらっていたから。
「プレセア、どうしたの?どうして......泣きそうになってるの?」
たくさん、相談にのってくれた。
学校ではいつも一緒で、休みの日だって一緒に過ごす事が多かった。
今思えば、彼女は自分のことはあまり話そうとしなかった。
いつも笑顔でプレセアの話に耳を傾け、寄り添ってくれていた。
父親が話したのは、アリアの出生に関する話だった。
大好きな母親が入学式を控えた日に亡くなったのは知っていた。
__幼い頃に離れ離れになって、漸く会えると思っていたのに。
そう言って涙を流すアリア。
彼女はよく母親の話はしてくれた。
けれど、それはとても仲睦まじいい親子の話だった。
......はずなのに、実際はそうではなかったのだ。
アリアの中で築き上げられた感情という段階の発達は、幼い頃の母親との関係によって乱れてしまっているのだと。
プレセアはそれを知り、彼女に対する怒りなど、消えてしまった。
だって、アリアだって被害者なのだと思ってしまったのだ。
自分に彼女が求めていたもの。
父親から話を聞いた時、全てを悟った。
アリアは愛情を別のものとはき違えているのだと。
そしてそれは全て、彼女の置かれた環境故の結果だと。
「ごめんね、アリア。私は...貴方の思いには答えてあげられない。私は、貴方に憎しみなんて抱けないよ」
「どうして?だって私、ルイスを奪ったんだよ!?憎くないの?」
「確かに、悲しかったけど......私は寧ろ、大切な二人を応援できない自分が一番憎かったから」
その言葉にアリアは目を見開いた。
そして同時に気づいてしまった。いや、分かり切っていたことだ。プレセアという人間は、どこまでも心優しくて、お人好しな普通の女の子。自分とは全く違う。どこまでも真っすぐで、眩しくて......本当は、本当は。
「だから...ごめんね、アリア。私は、貴方が求めているものを与える事はできない。けど、これだけは言える。憎悪という感情は、貴方の思う程に綺麗な感情でも、愛なんかでもない。それはただ人の心を傷つけるものにすぎないの」
ストン__と、それは、アリアの胸に落ちた。
ずっと逸脱していた感情のレールが、正しい位置に戻ったのだ。
__瞬間、アリアの大きな瞳から涙が溢れだした。
かと思えば、嗚咽をあげながら言葉を必死に紡ぎ始めた。
「ご、ごめんさい!わ、わたし...わたし!た、ただ...プレセアをとられたくなくて...だいじな、だいじなはじめてのお友達、だったから!また....おかあさんみたいに、遠くにいっちゃうのかっと思って!あんな男のどこがいいのか、ほんとうにわからなくて。あの男に、プレセアをとられるのが嫌で、私っ!!ほんとうに、ごめんなさい、ごめんなさい!!ひどいことして、本当にごめんなさいっ」
大粒の涙を流すアリア。
それから何度も、何度も...謝罪の言葉を続けた。
そしてプレセアは、ハンカチでその涙を優しく拭いながら、小さく丸くなった背中を摩った。
けれど、今は一刻でも早くリヒトの元へ行きたかった。
だから馬車の準備をしてもらう間、プレセアは制服に身を包む。
本当はまだ魔法の効果がきれたばかりだから休んでいた方がいいと、リヒトは言ったらしい。
何でも、記憶を消す魔法はそれなりに手間のかかる魔法らしい。
ただ記憶を消すとなれば簡単なのだが、その場合かなり脳に負担をかけてしまう。元々あった記憶の一部を消すとなれば、その他の記憶と相違がおこらないように調整する必要も出るらしい。そうしなければ、脳や身体的な負担までも大きくなってしまうという。
確かに今思えば、ルイスを忘れていた時のプレセアは、何一つ違和感を覚える事はなかった。
ルイスという特別な存在を忘れたことによる代償は、プレセアの記憶の中でとても大きかったはずなのに、何の違和感も負担もプレセアに与える事は無かった。
それは全て、リヒトの魔法使いとしての腕前......そして何より優しさからのものだったのだ。
「お嬢様。馬車の用意ができたのですが、少々問題が...」
「問題?」
「お嬢様の御友人と名乗る御方が門の前に。いくら説明しても帰ろうとされなくて」
困り果てた様子でそう話すメイド。
その話を聞き、もしかして...と嫌な予感を抱きながら、プレセアは窓の外を見る。
するとそこには、メイドの話す通り、門の前に一人の少女の姿があった。
そして少女__アリアはプレセアの部屋を見つめていた。
だから目が合ってしまい、花が咲いたかのような笑顔と共に手を振られた。
「ど、どうされますか?」
「......少し話してくる。そのまま馬車を待機しているように伝えておいて」
「かしこまりました。その......ご無理はされないで下さいね」
「えぇ。ありがとう」
本当にプレセアは周囲の人たちに恵まれていると思う。
幼い頃に母親を亡くし、とても悲しく、寂しい思いをした。
けれど、その分父親は仕事が忙しいのにも関わらず、一緒に過ごす時間を設けてくれた。
兄はとても真っすぐな人で、辛い思いをした時は一番に気づいて、いつも助けてくれた。
ディシアとは最初、仲良くなれるか不安だった。けれど、今では本当の姉の様に思っているし、慕っている。
それから使用人達。長くこの屋敷に勤める者が多い分、過ごしてきた時間も長い。その為、彼らはもはや家族同然の存在だ。
支度を済ませたプレセアは、部屋を出る。
「プレセア」
「お父様。どうかされましたか?」
そしてアリアの元へ向かう途中、父親に呼び止められた。
「彼女のことで少し話がある」
「アリアのこと、ですか?」
プレセアの問に父親は頷く。
その後、紡がれていった言葉に......プレセアは言葉を失った。
「プレセア!やっと会えたね」
頬をほんのりと赤くし、嬉しそうに笑うアリア。
その瞳には、何か期待するような......そんな欲が透けて見える。
アリアはどれだけプレセアが心からルイスを愛していたのか知っている。
なぜなら彼女は、プレセアにとって一番の友人で、よく相談にのってもらっていたから。
「プレセア、どうしたの?どうして......泣きそうになってるの?」
たくさん、相談にのってくれた。
学校ではいつも一緒で、休みの日だって一緒に過ごす事が多かった。
今思えば、彼女は自分のことはあまり話そうとしなかった。
いつも笑顔でプレセアの話に耳を傾け、寄り添ってくれていた。
父親が話したのは、アリアの出生に関する話だった。
大好きな母親が入学式を控えた日に亡くなったのは知っていた。
__幼い頃に離れ離れになって、漸く会えると思っていたのに。
そう言って涙を流すアリア。
彼女はよく母親の話はしてくれた。
けれど、それはとても仲睦まじいい親子の話だった。
......はずなのに、実際はそうではなかったのだ。
アリアの中で築き上げられた感情という段階の発達は、幼い頃の母親との関係によって乱れてしまっているのだと。
プレセアはそれを知り、彼女に対する怒りなど、消えてしまった。
だって、アリアだって被害者なのだと思ってしまったのだ。
自分に彼女が求めていたもの。
父親から話を聞いた時、全てを悟った。
アリアは愛情を別のものとはき違えているのだと。
そしてそれは全て、彼女の置かれた環境故の結果だと。
「ごめんね、アリア。私は...貴方の思いには答えてあげられない。私は、貴方に憎しみなんて抱けないよ」
「どうして?だって私、ルイスを奪ったんだよ!?憎くないの?」
「確かに、悲しかったけど......私は寧ろ、大切な二人を応援できない自分が一番憎かったから」
その言葉にアリアは目を見開いた。
そして同時に気づいてしまった。いや、分かり切っていたことだ。プレセアという人間は、どこまでも心優しくて、お人好しな普通の女の子。自分とは全く違う。どこまでも真っすぐで、眩しくて......本当は、本当は。
「だから...ごめんね、アリア。私は、貴方が求めているものを与える事はできない。けど、これだけは言える。憎悪という感情は、貴方の思う程に綺麗な感情でも、愛なんかでもない。それはただ人の心を傷つけるものにすぎないの」
ストン__と、それは、アリアの胸に落ちた。
ずっと逸脱していた感情のレールが、正しい位置に戻ったのだ。
__瞬間、アリアの大きな瞳から涙が溢れだした。
かと思えば、嗚咽をあげながら言葉を必死に紡ぎ始めた。
「ご、ごめんさい!わ、わたし...わたし!た、ただ...プレセアをとられたくなくて...だいじな、だいじなはじめてのお友達、だったから!また....おかあさんみたいに、遠くにいっちゃうのかっと思って!あんな男のどこがいいのか、ほんとうにわからなくて。あの男に、プレセアをとられるのが嫌で、私っ!!ほんとうに、ごめんなさい、ごめんなさい!!ひどいことして、本当にごめんなさいっ」
大粒の涙を流すアリア。
それから何度も、何度も...謝罪の言葉を続けた。
そしてプレセアは、ハンカチでその涙を優しく拭いながら、小さく丸くなった背中を摩った。
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