絶対に好きにならないと決めたのに。

流雲青人

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 伊織の知る場所に藍の欲しい物があるというたったこれだけのヒントの元、二人は藍の描いた絵を頼りにその場所を探し始めた。

 空と思われる水色の他にはぐちゃぐちゃに塗られた赤や青や、黄色、緑のクレヨンを丸い黒い円で囲まれた何かも描かれている。そしてそんなぐちゃぐちゃの絵の後ろには青い何かが飛び出している。その他にもねずみ色の棒に丸いボールのような物がついた物、それから茶色の縦棒もあった。

 身近な場所から何とか描かれている物に見合う場所を探すもののそう簡単には見つかる訳も無かった。
 やはりまずはもうちょっと絵についての情報が欲しいものである。
 
 そんな中、時雨はある事を思い出しハッとした。

 「槙野先輩! このぐちゃぐちゃした所についてなんですけど恐らく花壇だと思います! あんこも良く絵を描いてるんですけど、花の絵はいつもこんな感じにぐちゃぐちゃでして。仲の良い二人なら片方の描き方を真似した、って可能性もあります! あと、この花壇の後ろに飛び出してる青いもの。これって噴水の事じゃないでしょうか?」

 「…………あ!」

 「もしかして思いつく所がありましたか?」

 「あるにはあるんだけど……」

 眉を下げ、躊躇うように言う伊織を見てその場所は彼にとって少なからず何かがあるのだろうと察した。
 少しの間沈黙が続いた後、伊織が小さく息を吐いた。
 どうやら腹を括ったようだ。

 「……うん」

 妙に間があったような気がした。

 「えっと、ここから近いんでしょうか?」

 「うーん……乗り換えもしなきゃだね」

 「それなりに遠いってことですね。けど……行きましょう!」

 強気に満ち溢れる時雨に伊織は微笑ましそうに「そうだね」と頷いた。
 スマホで電車の時間を調べた後、二人は駅へと向かった。

 伊織の話によるとその大きな花壇があるのは現在二人の居る街から電車に乗って片道一時間半の場所にある所だった。
 あまり電車に慣れていない時雨は電車に乗ることを新鮮に感じつつも、周辺に見知った人間が居ないことを確認することも忘れずにいた。

 そして電車に揺られ一時間半。
 ようやく目的地へと辿り着いた。

 午後になってからというもの日差しが肩にくい込むように熱くなっていた。


 「ここが藍ちゃんの欲しい物がある所、なんですね」

 駅前広場に確かに噴水とその噴水を取り囲む大きな丸い形をした花壇があった。
 
 それによく見える青い空。

 時雨はもう一度藍の描いた絵を見る。

 恐らくこの銀色の棒に丸いボールのような物がついているのは時計で、茶色の縦棒はベンチだと思われた。

 「後はこの場所の何が藍ちゃんは欲しいのか……ですね」

 「うん。一応写真ぐらいは撮っとこうかな」

 伊織がそう言って写真を一枚撮った時だった。

 「……伊織くん?」

 突如呼ばれた伊織の名前に時雨は弾かれたかのように振り向く。けれどそこに居たのは三十代半ばぐらいの男性だった。

 「正人さん……休憩時間ですか?」

 「あ、あぁ。伊織くんは……デ、デート?」

 時雨へと向けられた視線に、慌てて「違います!」と答える。
 デートだなんてとんでもない! 
 と、時雨は恥ずかしくなった。

 「えっと……こんな所までどうしたの?」

 「藍の誕生日プレゼントを探しに来たんです」

 「そ、そっか。藍を可愛がってくれてありがとう。それにいつも面倒も見てくれて。本当に助かってるよ」

 二人の間に漂うぎこちない雰囲気。
 確か伊織は高一の最後辺りに再婚が決まったと言っていた。
 そして高二の時にこちらへ引っ越してきた。だとすれば義父と藍とは一年の付き合いになる筈だ。それにしては随分距離があるようにも思えた。もしかしたらこれが普通の可能性もあるが、時雨にはよく分からなかった。

 「じゃあ、俺は会社に戻るね。またあとで」

 「はい。また」

 伊織はそう言うと、ニコリと笑った。
 その笑顔には一切何の感情も当てはめられてはいなかった。


 伊織の義父が去った後、時雨は駅前のアイスクリームショップからアイスを買い伊織へと渡した。

 「ありがとう。時雨ちゃん」

 「槙野先輩がここに来るのを躊躇ってたのって義理のお父さんの会社が近いからですか?」

 「…………それもあるんだけど、昔ここに本当の父さんとそれと母さんの三人で遊びに来たことがあるんだ。それを思い出しちゃうからあまりここには来たくなかったというか……」

 「そうだったんですね……」

 「うん。けど、変なんだよね。藍がこの場所を知ってる筈がないし」

 「誰かに教えて貰ったんでしょうか? それとも写真や絵などを見たか……ですかね」

 写真や絵、という言葉に伊織がピクリと眉を動かした。

 「そう言えば俺、部屋に写真置いてる。父さんと母さん、俺の三人で写ってるやつ。それに前に藍から写真のこと聞かれたし……」

 「あの、もしかしたら藍ちゃんは槙野先輩にここに来て欲しかったっていう可能性もあると思うんです」

 「どういうこと?」

 不思議そうに首を傾げる伊織に時雨は一生懸命に説明をする。

 「藍ちゃんはこの場所を知らないんですよね? なのにここの絵を描いた。少し私の思い込みもあるかと思いますが……槙野先輩の事が大好きな藍ちゃんだからもしかしたらそうなのかなーって」

 「もしそうだったら藍にお礼言わないとだな。久々に来たけど、なんか心が落ち着いたと言うか……上手く言えないけど来れて良かった」

 小さく微笑む伊織に時雨は頷いてみせた。

 その後、伊織はぬいぐるみを時雨はピン留めを買った。
 もちろん藍への誕生日プレゼントである。
 喜んでくれる藍の笑顔を思い浮かべるなり、頬が緩むのが分かった。

 夏は日が落ちるのが遅い。
 なので十八時を過ぎた今でもまだ外は明るく、蒸し暑い。

 帰りの電車を駅のベンチに座って待っていると、伊織が鞄から小さな紙袋を取り出し時雨へと差し出された。

 「これ、今日の御礼」

 「え!? いやいや、受け取れません!」

 「なんで?」

 「わ、私は……自分の意思でお手伝いしました! だから受け取れません!」

 「うん。けど、受け取って欲しいな。俺からの御礼と気持ちとして」

 グイッと突き出された紙袋。
 受け取らない訳にはいかなくなり、時雨はしぶしぶとそれを受け取った。

 紙袋を受け取れば伊織は満足気に微笑んだ。

 「槙野先輩。あの……また会えますか?」

 「…………暇な日があったらメールするよ」

 「…………はい」

 時雨は下を向き、赤くなっているであろう顔を必死に伊織から隠す。

 伊織の事が好きだ。
 けれど、この気持ちは絶対にバレてはいけない。

 だって彼は……恋を、愛を知らないから。


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