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 遂に八月に突入し、更に暑さが増す中、ある日伊織からメールが届いた。
 件名は【藍の誕生日会!】というものだった。

 伊織と時雨で探した藍への誕生日プレゼント。
 結果、見事的中。写真を見せたところとても喜んでくれたとか。
 
 メールの
 内容は、八月九日に藍の誕生日会をするから来ないか、というものだった。
 カレンダーを見て日にちを確認する。
 その日は予定も無いし、両親に話せばきっと店の手伝いも無しにしてくれるだろう。

 藍の誕生日は二日後。
 その日は保育園も無く、伊織の家で誕生日会を行うそうだ。

 時雨はメールの内容に全て目を通すなり、目を見開いた。
 スマホを握る手がガタガタと震え出す。

 「槙野先輩の……お家!? お、落ち着きなさい……私!」

 理性が壊れそうになった時雨はスマホを握り締め、唸リ声を上げ続けた。



 〇◇〇◇〇◇〇◇〇



 そして藍の誕生日会当日となった。
 あんこを連れ、送られた地図を頼りに伊織の家へと向かう。
 当初は伊織が迎えに来てくれるという話だったがケーキ作りに失敗してしまった母親に変わってケーキを再度作り直すことになり手が離せない状況だと言うことで地図が送られてきたのだ。

 お土産にきしだの新作和菓子を持って伊織の家へと向かう。
 あんこは手紙と絵を藍へとプレゼントするらしい。
 時雨はまさか誕生日会にもてなされるとは思っておらず、藍への誕生日プレゼントは伊織へと預けている。後で渡すから直接渡して欲しいと頼まれたのでそうする事にした。

 「しぐおねーちゃん! そのピン留め可愛いね!」

 「え!? あ……これ?」

 「うん! でもね、びっくり! だってさくらおねーちゃんは良く可愛いのを買ってるけど、おねーちゃんが買うのは珍しいもん!」

 「えっと、貰ったんだ。だから付けてるの」

 時雨の髪には水色の小さな雫がついたピン留め。
 きっと自分の名前が『時雨』だから雫のついたピン留めにしたのだろう。
 いや……それはさすがに考えすぎかもしれない。

 あれやこれやと考えているうちに気づけば伊織の家へと辿り着いた。

 伊織の家は二階建ての一軒家だった。

 チャイムを押せば、「はーい」と女性の声。
 恐らく伊織の母親だろう。


 ───と言うか! お母さん居るの!? ど、どうしよう!?


 まさか伊織の母親が居るとは思ってもおらず、時雨は慌てて身だしなみを整える。
 すると扉が開き、綺麗な女性が出てきた。

 「こんにちは! えっと今日は槙野先輩に誘ってもらって……あ、これはお土産です!」

 「あら。わざわざありがとう。えっと、時雨ちゃんかしら?」

 「は、はい。岸田時雨と申します。こっちが妹のあんこで、藍ちゃんとは仲良くしてもらってて……本当にありがとうございます」

 時雨は和菓子の入った袋を差し出すなり深々と頭を下げた。
 そんな時雨に伊織の母親が驚いた様子で言った。

 「もしかして……伊織の彼女さん?」

 「か、か、彼女だんて!? 私はその後輩ですから!」

 「おねーちゃん顔真っ赤だよー!」

 あんこにそう指摘され、顔に熱が溜まるのが分かった。
 初々しい時雨の様子に、伊織の母親……玲子が微笑ましそうに笑った。

 「伊織が女の子をこうして家に連れてくるの初めてで驚いたけど……伊織と仲良くしてくれてありがとう。三年に上がってから妙に楽しそうだったから……なるほどね」

 一体何が分かったのだろう?

 時雨は気付く様子もなく、家へと入った。

 部屋の中は甘い香りが充満しており、あんこが隣で「洋菓子の香りがする!」とはしゃいでいた。
 あんこもまたあまり洋菓子に接する機会のない子であった。

 「あ、いらっしゃい。時雨ちゃん」

 ひょこっと突然顔を出した伊織。
 時雨は咄嗟に慌てて頭を下げた。

 「お邪魔します! えっと、槙野先輩……エプロン似合ってますね!」

 「え? うん。ありがとー」


 ───って……私は何を言ってるの!?

 
 あまりにも突然過ぎる伊織の登場に焦ったとはさすがに変な事を口走ってしまった。

 「迎えに行けなくてごめんね。母さんがケーキを焦がしたりしなければ行けたんだけど……」

 「……伊織、人には向き不向きというものがあるのよ」

 「はいはい。言い訳は結構ですからー」

 仲良さげに話す二人に時雨はホッとした。
 あの日伊織が約束のじがんに現れなかったのはもしかしたら家庭内で何かが起こったからなのでは? と思っていたからだ。

 「時雨ちゃん。今日は来てくれてありがとう。もちろん、あんこちゃんも」

 「伊織おにーちゃん! 藍ちゃんはー?」

 「リビングに居るよ。案内するね」

 「うん!」

 トタトタと足音をたてて伊織の後ろをついていくあんこ。
 そんな微笑ましい光景に思わず時雨の頬が緩んだ。

 リビングへと行けばそこには伊織の義父、正人の姿があった。
  正人へと頭を下げれば正人からも会釈を返された。
 まさか家族全員が揃っているとは……。
 お邪魔しちゃって良かったのかと不安になってしまった。


 こうして藍の誕生日会が始まった。

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