絶対に好きにならないと決めたのに。

流雲青人

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 「お兄ちゃん! 藍、ケーキ食べたいっ!」

 「あんこも食べたい!」

 「分かった分かった。直ぐに準備するから待っててね」

 伊織はそう言うと、席を立ちキッチンへと向かった。
 伊織の手作りケーキ。楽しみかと問われたら素直に頷くだろう。
 料理まで出来て、妹の面倒まで見る。イクメンだなー、としみじみ思った。

 キッチンからケーキを持ってくる伊織。
 その後ろから玲子がお皿を運んで来る。

 時雨はそのお皿を玲子から受け取りテーブルへと並べる。
 じっとしている事が出来ずについつい手伝ってしまったのだ。

 「時雨ちゃん、和菓子持ってきてくれたんだって? ありがとう」

 「い、いえ! 私の方こそお招き頂きありがとうございます! それと……藍ちゃんお誕生日おめでとう! これからもあんこをよろしくね!」

 「よろしくねー! 藍ちゃん!」

 伊織の手作りケーキは見た目も良し、味も良しだった。
 両親の帰りが遅いため、家事は一通り出来るのだとか。
 益々イクメン度が増す伊織に時雨はドキドキしっぱなしだった。

 ケーキを食べ終わったら藍へとプレゼントをあげた。
 喜んでくれたようで何よりだと時雨は思った。
 けど、やっぱりあんこのあげた絵と手紙が余程嬉しかったのか藍は泣いて喜んでいた。本当に仲良しだな、と改めて時雨は思った。ほして何より羨ましいとも思った。


 そして楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、藍の誕生日会は終わった。帰宅の際に伊織から家まで送る、と言われたので甘えることにした。

 帰り道。
 はしゃぐあんこと手を繋ぐ。
 こんなに暑いのに子供は元気だなとしみじみ思った。

 「先輩はこれから受験勉強に集中するんですか?」

 「うん。俺達は夏休みだけど保育園は通常でしょ? だから勉強に集中出来るしね」

 「地元受けるんでしたっけ?」

 「そのつもりだけど……実は迷ってる」

 「え……」

 思わず時雨は声を零してしまった。
 それほど衝撃的だったのだ。

 「ま、もう少し考えてみるつもり」

 そう言って伊織は笑った。
 その笑顔は時雨の頭から片時も離れることは無かった。


 結局その後夏休みの間に伊織からメールが来ることは無かった。
 受験勉強に忙しいのだろう。
 仕方ないことだ。なにせ伊織は受験生なのだから。

 高校一年の夏休みもまた時雨は妹達の面倒と家の手伝いに追われる事となった。



 〇◇〇◇〇◇〇◇〇



 長かった夏休みも終わり、二学期に突入した。
 九月に入った筈なのにまだ夏のように暑い。
 それも本当に季節が移り変わったのか疑問に思うほどにだ。
 

 家を出れば丁度蓮とばったり会ったときはさすがに焦ったが、平然を装い学校まで一緒に登校してきた。
 きっとあの時のことを意識しているのは自分だけなのだと分かっているが、あの時の蓮はまるで彼ではないように見えた。長年ずっといる幼なじみのせいか知らない面があると知った途端妙に悲しくなった。

 そしてそんな幼なじみは夏休みの間に随分鍛えられたらしい。
 本人曰く真夏の地獄の体育館で毎日みっちりと練習があったんだとか。 
 それから合宿、練習試合などなど運動部は凄いなと関心させられた。

 蓮と時雨はクラスが違うため教室で二人は別れた。

 今日は少し遅めの登校となってしまった為、クラスには既に半分以上のクラスメイト達の姿があった。

 時雨は席に着き、小さく背伸びをした時だった。


 「少し、時間いい?」

 「う、うん……?」

 突然陽茉莉にそう声を掛けられ、時雨は席を立ち陽茉莉と共に教室を出た。
 一体どうしたのだろう? と思いつつ、連れてこられたのは空き教室だった。

 「陽茉莉ちゃん、どうかしたの?」

 「……時雨さぁ。伊織先輩とどんな関係な訳?」

 突如言い放たれた言葉に時雨は唖然とした。

 冷たい声と視線が陽茉莉から注がれる中、時雨の頭の中はぐちゃぐちゃになるほど混乱していた。

 「私、見ちゃったんだよね。確か八月九日にあんたと伊織先輩が一緒に歩いてるの」

 八月九日。その日は藍の誕生日会があった日だ。

 バクバクと心臓が速く動き出す。

 見られてしまった。よりにもよって一番見られたく無かった人に。

 自然と拳には力がこもり、唇を噛み締めていた。

 「ねぇ、どういうことなの?」

 「わ、私は……」

 「ほんと、あんたっていつもヘラヘラしてばっかでさ。本当に気持ち悪い」

 気持ち悪い。

 そんな言葉を言われたのは初めてで、一瞬時雨の脳内はフリーズした。

 「どんな関係かは知らないけど、あんまり調子乗んないでよね。それと、どうやって伊織先輩に近づいたわけ?」

 「どうって……?」

 「だってそうでしょ? あんたみたいな地味子が先輩と普通仲良くなれる訳ないじゃない。どうやって仲良くなったのよ! 教えなさいよ!」

 大きな声を上げてそう言った陽茉莉は思わず時雨は後退りをした。

 怖い。それが正直な感情だった。

 いつもニコニコして笑いかけてくれるあの優しい陽茉莉では無い。
 今の彼女は怒り狂った猛獣のように鋭い瞳で時雨を睨み付けている。

 「あんたなんかより絶対に私の方が伊織先輩の隣に並ぶのに相応しいのに……! なんでよ!!」

 陽茉莉は勢いよく時雨を突き飛ばそうと手を上げた瞬間……

 「辞めなよ。見苦しい」

 凛とした声が空き教室に響いた。
 振り向けば扉の先には理恵の姿があり、呆れたような瞳で陽茉莉を見つめていた。

 「平城さんだよね? 私と時雨の問題なの。首突っ込まないでくれる?」

 「だとしてもやり過ぎ。嫉妬なんてしたって槙野伊織があんたを見る訳じゃない。槙野伊織に告白して振られて、そんな時に岸田の幼なじみの野崎に目をつけた。でも残念だったね。あいつもあんたを見てくれない。嫉妬も大概にしなよ。岸田に当たっても何も変わらないことぐらい分かってるでしょ?」

 理恵の口から言い放たれた言葉はあまりにも衝撃的で時雨はただただ陽茉莉を見つめることしか出来なかった。

 陽茉莉の事は全く別世界の人間だと思っているのは確かだ。
 けれど、彼女には感謝しきれないほど感謝しているのも事実だ。
 馴染めず一人で居た時雨に声を掛け、友達になってくれたのだから。

 陽茉莉は小さく舌打ちをすると逃げるような空き教室から出て行ってしまった。
 声を掛けようか……それとも追いかけようか迷ったが辞めた。
 今彼女を呼び止めたりしてもきっと何も出来っこないのは明確だった。

 「理恵ちゃん。助けてくれてありがとう……!」

 「別に助けた訳じゃない」

 「うんうん。そんな事ないよ。本当にありがとう」

 時雨がそう言えば理恵は「あっそ」と素っ気ない言葉を残して行ってしまった。

 陽茉莉とは気まずくなってしまった事により時雨が一番恐れていたことが今起こってしまった。

 孤立

 というやつが。

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