絶対に好きにならないと決めたのに。

流雲青人

文字の大きさ
23 / 45

23

しおりを挟む

 伊織は机に突っ伏しながら、小さなため息を吐いた。
 そして昨日母親から渡された一枚の紙切れを見つめながら更にもう一度ため息を零した。

 紙にはお世辞でも綺麗とは言い難い字で『そろそろ限界かも』と書かれている。

 夏休み、時雨と藍の誕生日プレゼントを探しに行くと決めたあの日の前日の夜から伊織の母親と義父は喧嘩は始まった。そして時雨との約束の日、遂に二人は爆発。その喧嘩に巻き込まれた伊織は待ち合わせの時間に大幅に遅れてしまった。

 しかし、藍の誕生日が近いこともあり仲直りした……はずだったのだがまた二人は喧嘩を始めてしまった。その喧嘩の原因はとても些細なことで、伊織は心底呆れていたりする。朝起きれば珍しく二人揃っていると思ったら口喧嘩の最中で、嫌気がさした。

 もしこの喧嘩に終止符がついた時、その結末が離婚だったとしたら恐らく自分はこの街から出ていくことになるだろう。

 別れの際に悲しく、そして辛くならないようにとあまり親しい交友関係の人間をつくらないようにしてきたはずだったのに……。


 伊織はその紙をくしゃりと握り締めた。


 母親の再婚相手に連れ子が居ると聞いた時、自分と同じで苦労しているのかな? と少し期待したが相手の連れ子はまだ六歳だった。
 こんなに小さいのにこの子も大変だな、と伊織は思った。そしてそれと同時に自分と同じ思いはさせたくないと思った。

 伊織は幼い頃から一人で過ごす事が多かった。
 弁護士のため、事務所にこもりきりになってしまう母親と、単身赴任が多く滅多に家にいない父親。寂しかったけれど我慢した。我慢すれば皆困らずに笑顔でいてくれたからだ。そんな中、この街に連れてきてくれた。その時撮った写真は今でも大切にしているが母親には秘密にしている。もし見つかってしまったりしたら捨てられてしまいそうな気がして。


 「槙野。お前、暇か?」

 「もう帰るんだけど」

 机に突っ伏す伊織へと声を掛ける男子生徒。
 伊織のクラスの学級委員を務める佐藤祐希だった。

 整った用紙に黒い髪。インテリ風な黒縁メガネをかけており、元生徒会長。
 女子からの人気も高く、頼れる先輩……といった感じの彼だが実は根っからのオタクである。右手に握られたペンケースにつけられた缶バッチがそれを物語っている。


 「三年の俺らにはあまり関係ないけど、文化祭そろそろ始まるな」

 「勉強の息抜きに参加する三年多いみたいだね」

 「槙野は参加しないのか?」

 「迷ってる。てか、文化祭終わったら直ぐ体育大会だし、イベント多すぎ。受験の息抜きとは言ってもさ……。ねぇ、元生徒会長だよね? 何とかしてよ」

 「俺に言うなって」

 眉を下げ、困った表情を浮かべる祐希。
 三年は出し物はせず、一二年生の出し物を楽しむ事になっている。

 一学年五クラスまであるので様々な出し物があって楽しいのは楽しいのだが文化祭前になると「一緒に回ろう」と言ったお誘いが次々くるため面倒臭いというのが本音だった。

  「モテる奴はいいよな。女の子から沢山お誘い来てるんだろ?」

  「彼女いるじゃん、お前」

  「まぁな! でも、二次元にはまけるなー!」

  「佐藤…………それ、絶対に彼女には言うなよ」

 心底残念過ぎる祐希に呆れつつ伊織は助言をした。

 しかし、こんな残念な彼だが伊織がここに転校してきた頃一番最初に声を掛けてくれたのが彼だった。
 二年の頃から学級委員を務める彼は面倒見がよく、とても親切な男だ。
 残念なところも多々あるが、それが佐藤祐希という人間なのだと伊織は理解している。


 「…………って、俺もう帰んないと!?」

 気づけば時計の短い針は五の数字を指しており、時刻は五時で藍を保育園へ迎えに行かなければいけない時間になっていた事に気づいた。

 「槙野っていつも帰るの早いけど塾とか行ってるのか?」

 「違うけど」

 「ま、人それぞれ事情があるしな。取り敢えず急いだ方がいいんじゃないか? 」

 「そうだね。じゃあ、明日」

 伊織はそう言い残すと、駆け足で下駄箱へと向かう。
 一番の友と呼べる祐希にさえも親が再婚してこの地に来たとか、義理の妹が居るという事を一切打ち明けてもいない。

 何度も打ち明けようと思った。

 けれど、どうせ今だけの付き合いだ。
 そう思ったら話す気力は無くなってしまった。

 パタパタと上履きを鳴らし、伊織は下駄箱へと向かう中、ふとある事を考えた。


 ───時雨ちゃん、まだいるかな?


 あまり人には深入りしない。
 そう決めていたはずなのにあの春、時雨と出会ってからは自らその言葉と真逆のことをしてしまっている自覚はある。

 初めて会った時は最悪だと思った。

 なにせ女子という生き物を伊織は心底嫌っていたからだ。
 それは身近にいた母親からの印象がそのまま女性への印象になってしまっていたからだろう。

 執着心は強いくせに飽きたら直ぐに捨てる。

 そんな身近な母親を傍でずっと見てきた。


 『愛』なんてくだらない。


 それが伊織の正直な気持ち。

 「今度こそは運命の人よ!」なんてキラキラと輝かせ自信満々に言う母親を傍で見てきた。だからこそ分かる。『愛』とか『運命』とかそんなモノ存在しないということが。

 これまでに数え切れないほどの女の子に告白された。
 その度に振って、悲しませてきた。
 けれど次の日になればケロリとしていたり、別の男と付き合い始めた奴だって居た。

 ほんと、訳が分からない。

 
 下駄箱へと辿り着けば、そこには見慣れた少女の姿があった。


 「時雨ちゃん」

 そう名を呼べばその少女はビクリと肩を動かし、顔を赤らめた。
 いちいち反応があってついつい笑ってしまいそうになるので見ていて飽きない。

 「槙野先輩! 誰かに見られたらどうするんですか!?」と顔を真っ赤にさせながらそう言った時雨に、伊織は笑って誤魔化した。

 彼女は言った。
 自分に迷惑がかかるだろうから、と。
 本当になんていい子なんだろうとしみじみ思ったし、こういう優しい「女」の人も居るんだなと初めて分かった。

 最初はあまり関わらないようにしようと思っていた。
 けれど彼女のことを徐々に知っていくうちにもっと知りたいと思うようになっていた。

 時雨が動く度に揺れる一つに束ねられた髪を見つめ、伊織は口元を緩める。

 頼って欲しい。
 そう言われた時は驚いたけれど、内心はとても嬉しかった。
 溢れ出そうな涙を必死に堪えた。泣き顔なんて恥ずかしくて見せられない。

 ずっと一人で声を抱え込んできた。
 辛いことも、苦しいことも全部全部全部。
 誰にも話さずに、自分の心の奥底に閉まっていた。それで良かった筈なのに時雨に出会ってからというもの溜め込むことがあまり無くなった。

 もしかしたら彼女は

 「……女神様なのかも」

 そう伊織がポツリと零すと、時雨が後ろを振り向き首を傾げ「先輩?」と言った。そんな時雨に「何でもない」とだけ返し、二人は並んで校門を出た。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

王太子妃クラリスと王子たちの絆【完】

mako
恋愛
以前の投稿をブラッシュアップしました。 ランズ王国フリードリヒ王太子に嫁ぐはリントン王国王女クラリス。 クラリスはかつてランズ王国に留学中に品行不良の王太子を毛嫌いしていた節は 否めないが己の定めを受け、王女として変貌を遂げたクラリスにグリードリヒは 困惑しながらも再会を果たしその後王国として栄光を辿る物語です。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

【完結】あなたの『番』は埋葬されました。

月白ヤトヒコ
恋愛
道を歩いていたら、いきなり見知らぬ男にぐいっと強く腕を掴まれました。 「ああ、漸く見付けた。愛しい俺の番」 なにやら、どこぞの物語のようなことをのたまっています。正気で言っているのでしょうか? 「はあ? 勘違いではありませんか? 気のせいとか」 そうでなければ―――― 「違うっ!? 俺が番を間違うワケがない! 君から漂って来るいい匂いがその証拠だっ!」 男は、わたしの言葉を強く否定します。 「匂い、ですか……それこそ、勘違いでは? ほら、誰かからの移り香という可能性もあります」 否定はしたのですが、男はわたしのことを『番』だと言って聞きません。 「番という素晴らしい存在を感知できない憐れな種族。しかし、俺の番となったからには、そのような憐れさとは無縁だ。これから、たっぷり愛し合おう」 「お断りします」 この男の愛など、わたしは必要としていません。 そう断っても、彼は聞いてくれません。 だから――――実験を、してみることにしました。 一月後。もう一度彼と会うと、彼はわたしのことを『番』だとは認識していないようでした。 「貴様っ、俺の番であることを偽っていたのかっ!?」 そう怒声を上げる彼へ、わたしは告げました。 「あなたの『番』は埋葬されました」、と。 設定はふわっと。

死者からのロミオメール

青の雀
ミステリー
公爵令嬢ロアンヌには、昔から将来を言い交した幼馴染の婚約者ロバートがいたが、半年前に事故でなくなってしまった。悲しみに暮れるロアンヌを慰め、励ましたのが、同い年で学園の同級生でもある王太子殿下のリチャード 彼にも幼馴染の婚約者クリスティーヌがいるにも関わらず、何かとロアンヌの世話を焼きたがる困りもの クリスティーヌは、ロアンヌとリチャードの仲を誤解し、やがて軋轢が生じる ロアンヌを貶めるような発言や行動を繰り返し、次第にリチャードの心は離れていく クリスティーヌが嫉妬に狂えば、狂うほど、今までクリスティーヌに向けてきた感情をロアンヌに注いでしまう結果となる ロアンヌは、そんな二人の様子に心を痛めていると、なぜか死んだはずの婚約者からロミオメールが届きだす さらに玉の輿を狙う男爵家の庶子が転校してくるなど、波乱の学園生活が幕開けする タイトルはすぐ思い浮かんだけど、書けるかどうか不安でしかない ミステリーぽいタイトルだけど、自信がないので、恋愛で書きます

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

処理中です...