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しおりを挟むその後家に帰宅した伊織はリビングに漂う険悪な雰囲気に顔を顰めた。
絶賛両親は喧嘩中。口を交わすことはない。
なぜ喧嘩中の時に限って二人共仕事が休みなのだろうかとあまりにも悪すぎるタイミングに伊織は苦笑する。
だが、こうして家族全員が集まっている今しかチャンスはないと伊織は拳を握り締めた。
『先輩の気持ちを伝えてみて下さい』
時雨の言葉が頭を過る。
本当に助けられてばかりだなと伊織は思った。
気づけば伊織にとって時雨の存在はとても大きなものとなっていた。
真っ直ぐでいて優しく強い心を持っている彼女はいつも伊織の背中を押してくれた。
ソファーに腰をかけ、新聞を広げる義父の正人の様子を伺う。
普段は穏やかで、いつも笑っている彼だが今は違う。険しい顔つきでずっと新聞を眺めている。
そしてそんな彼からはこれまで何度も映画やバレーの試合観戦に誘われたことかあった。しかし、伊織はそれらの全て断り続けてきた。
別に映画が嫌いなわけじゃない。
バレーだって確かにする方が好きだが、見る方も好きだ。
けど、やはり遠慮してしまい中々甘えれなかった。
───いや、そんなの言い訳だ
向き合うのが怖くてずっと逃げ続けてきた。
義父は伊織がバレーが好きだということを母親に聞いてからか必死になってバレーについて勉強していたのも知っていた。なぜ血の繋がりもないただの他人の自分なんかにそう必死になるのかが分からず、伊織はずっと疑問に思っていた。けど、今ならその理由が分かる気がした。
正人は自分と向き合うために努力してくれていたんだと。
だからもう絶対に逃げない。
そう心に決めたのだ。
シーンと静まり返るリビング。
伊織は勇気を振り絞り、言った。
「二人は……好き同士だから結婚したんだよね?」
突然響いた伊織の声に母親の玲子と正人が顔を上げた。
玲子に限っては目をまん丸にして伊織を見ていた。
「当たり前じゃない」
玲子が答え、正人も頷いた。
「……俺は、そういうのが今までよく分からなかった。好きとか愛してるとかそんなのいつかは離れて、崩れて、なくなるものだと思ってたから」
「伊織……」
「母さん。俺はずっと母さんが幸せになるならった、自分に言い聞かせてきた。けど、もう嫌だ。家族がばらばらになるのは……」
それに振り回されるのは嫌だった。
もう逃げないと決めたから。
伊織の言葉に玲子は「そうね」と呟いた後、深々と頭を下げて言った。
「貴方には沢山の迷惑をかけて辛い思いをさせてきたわよね。本当にごめんなさい。貴方がバレーを辞めた理由、本当は知ってた。けど何も出来なかった。それから今でも貴方があの携帯を使っている理由も分かってた。それにあの鍵も…………全部全部お父さんとの思い出の品だもんね」
涙を流しながらそう言った玲子に伊織は思わず唇を噛み締めた。
バレーを始めたきっかけは実の父親と見に行ったバレーの試合に魅せられたからだ。
今でもガラケーを愛用しているのは多忙な両親といつでも連絡出来るようにと貰ったプレゼントだったから。そしていつも首に下げている鍵は三人で行っていた交換日記の鍵だった。
実の父との思い出を大切にしていきたいという伊織の思いがそれらには沢山篭っており、どうやら母親はその事に気付いていたらしい。
込み上げてくる涙をなんとか我慢し、伊織は何とか言葉紡ぐ。
「正人さん……いや、父さん。今まで本当にごめん。父さんが俺と向き合おうとしてくれてるのに俺はその優しさから逃げてた。今更だけど気づいたんだ。俺は今の家族が大好きなんだって。ほんと今更こんなこと言うのも何だけど……どうかもう一度考え直してくれませんか。お願いします」
深々と頭を下げそう言う伊織。
その声は真っ直ぐで、二人の心を貫いた。
二人は久々に顔を見合せ、頷きあった。
「息子にここまで言わせるなんて親失格だな」
そう言ったのは正人だった。
そしてそんな彼に続き玲子が言った。
「えぇ。伊織、ありがとう。貴方のおかげでようやく目が覚めた」
玲子は微笑むと、正人の手を握る。
そして互いに手を取り合う。
「ごめんね」
「俺の方こそ、ごめん」
仲直りに成功した二人を見て、一気に全身から力が抜けた。
思わずその場に崩れ落ちてしまいそうになったが何とか堪えた。
そんな伊織に気づいたのか玲子がクスクスと笑い出す。
一方、正人は目をキラキラと輝かせながら「もう1階父さんってって言って欲しいな!」と言ってきた。けれどこう頼まれてしまうと何だか恥ずかしくて言えなくなってしまう。恥ずかしさを堪え、「父さん」と呼べば正人は「伊織ぃぃ!」と涙声で叫ぶように伊織の名前を呼び、勢いよく飛びついた。
「伊織。俺、バレーの勉強したんだ。だからよかったら今度試合見に行かない?」
「うん。行くよ」
そう答えれば、正人は大粒の涙を流しながら「ありがとう」と言ってきた。
なんて感情豊かな人なのだろうか。
伊織はまたバレーがしたい。後で物置から久々にバレーボールを取り出そかなと考えているも、ニコニコと微笑む玲子の姿が視界に入った。
「どうかしたの?」
あまりにもその笑顔がウザったらしくて、少し棘のある声でそう聞けば玲子が弾んだ声で言った。
「変わったなって、思っただけよ。ひょっとして好きな子でも出来た?」
「え?」
突然すぎる言葉に驚く伊織に無邪気な笑顔で玲子が笑う。
「ふふふ。冗談よ、冗談!」
好きな子
その言葉に伊織の思考は一瞬停止した。
そしてようやく正常に動き出した時には頭の中は時雨のことでいっぱいになっていた。
───俺、時雨ちゃんのことが好き……なのか?
初めての感情に戸惑う伊織。
その顔はとても真っ赤で、見せられるものではなかった。
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