白い猫と白い騎士

せんりお

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扉の中には広い空間が広がっていた。訓練のための何もない平坦な場所だ。

『見た目より広いねー?』

てててっと中央まで走って行き、ぐるっと視線を巡らすと外から見て予想していたよりも広く思えた。

「魔法がかけられてるからな」

なんでもないことのようにシグさんが言いながら向かい合わせに立った。
すごく普通に言っているけどそれって何気に凄いことじゃないだろうか。だってドラ○もんの四次元ポケットが出来るってことでしょ!?夢じゃん!人類の夢!
ふわー、と口を開けた阿保面でシグさんを見上げると笑われた。

「さ、時間も限られてるんだ。やるぞ」

『はい!』

元気よく返事をする。

「まず自分の中の魔力を感じるところから始めるんだ」

シグさんはそう言って手のひらを上に向けて前に突き出した。
するとそこには青い光の球が出来る。
海の底みたいな深い青だ。その美しさに見惚れているとシグさんが口を開く。シグさんの顔が青い光に照らされてゆらゆらと光っている。

「手の上に球体を作るイメージって言うとわかりやすいか?力をそこに集めるつもりで集中しろ」

うーん、ざっくり!とても抽象的すぎる説明。こんなので出来るのか?まあいいや、とりあえずやってみよう。

『球体、球体…うーん』

言われた通りに手のひら、いや肉球を突き出してそこに光の球が出来る光景をイメージしてみる。

『力を集める…うーん』

ぎゅっと目を閉じて、唸りながらひたすらイメージする。私は唸っているつもりだが端から見れば猫がうにゃうにゃ言っているようにしか聞こえないんだろうけど。
と、体の中にぽっと熱が点ったような感覚があった。

『おっ?これかな?』

その熱を逃がさないようにゆーっくりゆーっくり移動させてみる。するとそれは思い通りに腕を伝い、手のひらに集まる。

「目を開けてみろ」

黙って見ていたシグさんの声がかかって、私はそーっと目を開いた。

『うわっ!出来てる!これ出来てるの、シグさん!?』

私の手のひらには白い光の球があった。シグさんがさっき作ったものよりも少し小さめだが、ちゃんと球体になっている。

「あぁ。それがお前の魔力だ」

うぉぉぉ!すっごい興奮する!これが魔力!すっごい疲れる!
集中しているのがしんどくて私の腕はぷるぷると震えてきていた。

「もういいぞ」

シグさんがそう言ってくれたのでふっと力を抜く。すると光の球もすっと消えた。

「お前の魔力はやはり白いか」

『シグさんのは綺麗な青だったよね。人によって色が違うものなの?』

「まあそうだな。魔力の質によって違うこともある。ただお前の白や俺の青は特殊だ。大体は使う魔法によって色が変わるだけだからな。普段は目に見えることはない。キラキラしたものが見える、くらいだな」

そうなのか。私の魔力が白いのはきっと私が“幻獣”という存在だからなのだろう。

「よし。次の段階に移るぞ」

シグさんが言いながら突然手からぼわっと炎を出した。

『えっ、ちょっと!?』

普通なら火傷しているだろうけれどシグさんは平然と手のひらに炎を燃やしている。

「ちょっとした生活魔法だ。俺には熱くないし、火傷もしない」

『術者には効かないってこと?』

「そうだ。これもさっきと同じ要領で出来る。やってみろ」

言われて、また手のひらに集中する。さっきは球体をイメージしたけど今度は炎だ。
突然燃え出したら怖いので弱火を意識してみる。

『あっ!出来た!』

ほどなく私の手のひらに火がついた。
魔力と同じように白い炎だ。

『ほんとだー、熱くないね』

手のひらで燃えているそれが面白くてふーっと息を吹き掛けてみる。ゆらっと一瞬動いたが消えることはなかった。
すごいね!とシグさんを見上げると何故か複雑そうな顔で私を見ていた。

『え、何その顔』

「いや、普通はこんなにすんなりとは出来ないものなんだぞ、魔法のコントロールは」

『出来たんだからいいことでしょ!なんで微妙な顔なの!?』

「なんか…悔しい。俺より速い」

『ちなみにシグさんはどのくらいかかったの?』

「…1時間」

『そんな変わらないじゃん!』

微妙に拗ねた雰囲気のシグさんがなんだか可愛くてふふっと笑ってしまった。




それから水魔法だったり基本的なものは全部教えてもらって出来るようになった。

「うーんそうだな、次は…」

シグさんは少し悩んだ素振りを見せた。

「幻獣ならおそらく治癒魔法が使えるはずだ。やってみるか?」

『治癒魔法って怪我とか直せるやつ?』

「そうだ。強いものなら病気や瀕死の状態すら直せる」

『私にそれが出来るの?やりたい!』

もし私に病気や怪我が直せたのなら人の役に立てるかもしれない。なにより怪我をする可能性が高い軍にいるシグさんたちを少しでも守れるかもしれない。

「じゃあやるか…ただ治癒魔法に関しては俺はなにも教えられない。今までのようにイメージを伝えることが出来ないんだ。使える人もほとんどいないから発動の様子もわからない。幻獣なら使えると知っているだけだ」

シグさんは難しい顔だ。でもやってみるしかない。

『やってみるよ』

治癒魔法は治療するための魔法。だから治療対象が必要だ。私は自分の尻尾を目の前に持ってきて、それに噛みつこうと口を開いた。

「おい、これを治療しろ」

口を開いた瞬間、シグさんの声が降ってきて顔をあげる。

『えっ、シグさん!?なんで!』

シグさんが持ち上げた左腕には細い傷があった。出来たばかりのその傷からは血が滲んでいる。

「風魔法でちょっと切っただけだ」

シグさんがしゃがんで私の手が届くところに手を差し出してくれる。

『シグさん、ありがとう。絶対に治すよ』

固い声で言うとシグさんがふっと笑った。

「ああ、そうしてくれ」

正しい方法はわからない。そっとシグさんの傷の上に手をかざす。そしてそこに魔力を注ぐように集中する。
治れ、治れ、治れ!
イメージも何もない。ただシグさんの傷が治りますようにと祈るように魔力を込めた。
するとそこがふわっと発光した。
シグさんが小さく息を飲み込んだのが聞こえた。
そっと手を離してみるとそこにあった傷は綺麗に消えていた。

『…成功した?』

「みたいだな」

シグさんが指先で傷があったところをそっとなぞって、笑みを浮かべた。

「お前すごいな」

くしゃっと笑うシグさんが嬉しくて私も笑顔になった。猫だからわからないけど。

「流石、お見事だね」

突然、冷たい声が聞こえて驚いた。しゃがんでいたシグさんはばっと立ち上がって振り向き様に少し構えた姿勢を取る。
閉めたはずの扉の中、寄りかかって立っていたのはニルガで出会ったセオリという男だった。

「副隊長、なぜここに」

シグさんが厳しい表情で言う。そうだ、この人は黒団の第1部隊副隊長だったはずだ。

「白団が珍しくこんな場所を使う予約を取ったと聞いてね。まさか君たちだったとは」

嘘だ。絶対この人は私たちがここにいるとわかっていて来たんだろう。

「やはりその猫は幻獣か」

気配は全くしなかったが魔法を使うところを見られていたのだろう。もう誤魔化せない。
シグさんもこの人が声を発するまで気づけなかった。伊達に副隊長、しかも第1部隊というわけではないのだろう。

「それを知ってあなたはどうしますか」

シグさんが固い声で言う。その緊張がびしびし伝わってくる。

「いや何も?ただその猫は知っているのかと思ってね」

「…何を」

セオリ副隊長は唇の端をくいっと引き上げて皮肉な笑みを浮かべた。シグさんを見るその目はひどく冷たい。その氷のような目が私に移る。

「君は不思議に思わなかったかい?一般的に幻獣についての情報は無いに等しい。なぜならそれは王宮の深部に隠されているからだ。だがその男は幻獣がどんなものなのか、魔力についても知っていた。私でさえ幻獣が治癒魔法を使える、ということは知らなかった」

言っている意味がすぐには飲み込めなくて私は目を瞬かせた。

「おや?知らないのか。シグルド隊長は話していないのかな?」

シグさんは何も言わない。心なしか顔が少し青ざめて見えた。

「ならば今私が教えてやろう。いいか、彼は“青の民”。かつて幻獣の力を無理矢理に使役し、独占していた一族だ」

「やめろ!」

シグさんがそこで初めて鋭く言葉を発した。
シグさんの余裕のない様子にセオリ副隊長はさらに嫌な笑みを深くした。

「全てわかってその男が嫌になったら私のもとへ来るといい。手厚い待遇を約束しよう」

最後にそう言うとセオリ副隊長は風のように去っていった。
残された私たちの間には沈黙が残る。シグさんを躊躇いがちに見上げると、シグさんは一瞬唇をぎゅっと引き締めた。そして静かに息を吸い込んだ。

「とりあえず部屋に戻ろう。そこで話を聞いてくれるか?…今まで話していなかった俺のことを」

シグさんの暗い表情に私はただ頷いた。いつものように肩に飛び乗るとシグさんはこちらをちらっと見て少し笑んでみせた。でもやっぱりそれがいつもとは違って私は何も言えなかった。
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