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37 青の民
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――――遠い、遠い昔の話だ。
当時、人間と幻獣はお互いに助け合って暮らしていた。
その頃、まだ魔法の技術が発達していなかった人間は幻獣に魔法を借り、そのお返しに食べ物を分けたり、子育てを手伝うこともあった。
しかし、そんな穏やかな生活が続くことはなかった。
戦争だ。
あちこちに小さな国や、都市が出来始めると人間は互いに土地や利益を求めて争うようになった。
そして争いに使われたのは――魔法だった。
幻獣たちから魔法の使い方を教えてもらい、また魔力を借り、人間たちは争った。
そしてそれは幻獣に大きな価値が出来たことを示す。
幻獣たちは武器として扱われ、力の強い幻獣は取り引きされることもあった。
今までお互いに助け合ってきた人間と幻獣。その結末は幻獣に対する裏切り。一方的な使役に、酷い扱い。
幻獣たちはみんな基本的にとても穏やかな気性をしている。それが仇となった。
激化する戦争。
それは突如として終結を迎えることとなった。
幻獣が消えたのだ。
人間が住む場所から突然全ての幻獣の姿が跡形もなく消え去った。
そしてその代わりに、大量の魔獣が現れた。
それは争う人間たちを咎めるように、田畑を荒らし、人間を襲った。
戦争どころではなくなった人間たちは魔獣から身を守るために協力せざるを得なくなった。
皮肉なことに幻獣が消え、魔獣が現れたことで争いは止み、平和な世が訪れた。
しかし、以前のような平和な世が戻ってきても、幻獣が再び姿を現すことはなかった。
そして長い年月が過ぎ、今に至る――――
「これが王宮に伝わっている歴史だろう。知る人は少ないし、研究している人もいるが余りにも昔のことで伝承でしかないとされている」
シグさんの部屋のソファの上。語られた内容は眉を潜めるには十分なものだった。
元の世界でもよく聞いたような話だ。利益を求めて争いが起こる。人はどこにいても争わずにはいられないのだろうか。
「話さなければならないことがもうひとつある。これは俺自身についてのことだ」
シグさんの表情は固い。さっきセオリ副隊長が言っていた「青の民」という言葉に関係しているのだろうか。シグさんの顔を見れば余りいいことではないのだろう。
でも私は知りたい。この世界には私にとって余りにわからないことが多すぎる。どんなことでも聞いて、そして向き合おう。知らないことはどうすることも出来ないけれど、知れば考えることが出来る。
「聞いてくれるか?」
その言葉に力強く頷いた。
―――――なぜ俺が一般には知られていない幻獣について知っているか不思議に思わなかったか?
さっきの話もそうだ。これは王宮のほんの一部しか知らないことだ。
それは俺が「青の民」だからだ。
幻獣と人間が持っている魔力は質が違う。
もちろん幻獣の方が質が格段にいい。
だが人間の中にも質がいい魔力を使える者が少数いる。
それが青の民だ。
青の民はその名の通り青い色の魔力を持つ。さっき見せただろ?
どういうわけかそれはある家系にしか産まれず、青の民はその一族を差す言葉でもある。
そして俺はその最後の純粋な青の民だ。
第8部隊はみな青の民の血を引いている。だがどこかで他の血が交じっているから青い魔力を持ってはいても質は普通の人に近い。
さっきの話は青の民で口伝されてきた。だから俺が知っているんだ。
そしてここが問題だ。
青の民が口伝してきた歴史と、王宮に伝わる歴史では青の民について大きな違いがある。
青の民は過去の戦乱の時代、幻獣を自分達の利益のために使役し、酷い扱いを敷いた首謀者たちである。
これが王宮に伝わる内容だ。
セオリ副隊長と俺が折り合いが悪いのはそこだ。第8部隊は黒団や一般から余り好かれていない。なぜなら俺たちが青の民だから。青の民は王宮に伝わる伝承では悪者であり、その幻獣に対する扱いから幻獣が姿を消した一番の理由とされている。
今は一般には誰も知らないこの伝承だが、青の民に対する悪感情だけは残っている。
青の民は悪いやつら、だとな。
青の民はその魔力の高さや、魔法を扱う技術から、高い地位に就くことも多かった。
伝承が失われてなお青の民が攻撃されるのはこれが理由の1つでもあるだろう。
だが青の民で伝わる内容は違う。
青の民は最後まで幻獣を戦争の道具に使うことに反対していた。幻獣を人間が使役するようになってからも幻獣の保護に全力を尽くした。
な、真逆だろ?
どちらが本当なのかはわからない。身内に伝わる歴史だからこちらが改変されたものなのかもしれない。
だから俺は真実が知りたい。受け入れる覚悟はある。
知らないままが一番どうにもならない。知ってこそ過去に向き直ることも先に進むことも出来るんだろ。
お前はどう思う?――――――
話終わったシグさんが苦く笑う。
そんな顔をしないで欲しい。胸が苦しくなるじゃないか。
『シグさん、一緒に聖域に行こう。真実を知ろう』
「…お前は受け入れてくれるんだな」
『え?』
いつもはしっかり合わせる目をそらしたシグさんが呟いた言葉に首をかしげる。
「いや、お前は幻獣だろ?今の話の内容では人間が幻獣に酷い扱いをしていたり、俺自身もそんな一族なのかもしれないだろ。それなのに今まで通りなんだな、と」
『ん?それシグさんに関係なくない?』
だってシグさんは私にそんなことしないし、それをしてたのもシグさんじゃない。
セオリ副団長が別れ際に言っていた、「全てが嫌になったら」というのが青の民が差別されているということならばセオリ副団長は何もわかってない。こんなことは私がシグさんを嫌いになる要因にはなりえない。
「…そうか」
当たり前じゃん、と言うとまたシグさんが苦く笑った。でもさっきとは違ってなぜだかちょっと嬉しそうだ。
しかし、やっぱり人間というものはどこでも同じなのだろうか。住んでいる場所や人種、歴史。そんなもので相手を判断し、その人自身を見ようとしない。
そんなところは元の世界と一緒じゃなくてもよかったのに。
私が今まで会ってきた第8部隊の人たちはみんな優しくて、楽しくて、いい人たちばかりだったのに。やりきれないな。
私に出来ることはないのか、ここにきてからずっと考えてきた。
今私に出来ることは真実を探すこと。知らないことは罪だ。それが良いことでも悪いことでも、きっと前に進む力になるから。
当時、人間と幻獣はお互いに助け合って暮らしていた。
その頃、まだ魔法の技術が発達していなかった人間は幻獣に魔法を借り、そのお返しに食べ物を分けたり、子育てを手伝うこともあった。
しかし、そんな穏やかな生活が続くことはなかった。
戦争だ。
あちこちに小さな国や、都市が出来始めると人間は互いに土地や利益を求めて争うようになった。
そして争いに使われたのは――魔法だった。
幻獣たちから魔法の使い方を教えてもらい、また魔力を借り、人間たちは争った。
そしてそれは幻獣に大きな価値が出来たことを示す。
幻獣たちは武器として扱われ、力の強い幻獣は取り引きされることもあった。
今までお互いに助け合ってきた人間と幻獣。その結末は幻獣に対する裏切り。一方的な使役に、酷い扱い。
幻獣たちはみんな基本的にとても穏やかな気性をしている。それが仇となった。
激化する戦争。
それは突如として終結を迎えることとなった。
幻獣が消えたのだ。
人間が住む場所から突然全ての幻獣の姿が跡形もなく消え去った。
そしてその代わりに、大量の魔獣が現れた。
それは争う人間たちを咎めるように、田畑を荒らし、人間を襲った。
戦争どころではなくなった人間たちは魔獣から身を守るために協力せざるを得なくなった。
皮肉なことに幻獣が消え、魔獣が現れたことで争いは止み、平和な世が訪れた。
しかし、以前のような平和な世が戻ってきても、幻獣が再び姿を現すことはなかった。
そして長い年月が過ぎ、今に至る――――
「これが王宮に伝わっている歴史だろう。知る人は少ないし、研究している人もいるが余りにも昔のことで伝承でしかないとされている」
シグさんの部屋のソファの上。語られた内容は眉を潜めるには十分なものだった。
元の世界でもよく聞いたような話だ。利益を求めて争いが起こる。人はどこにいても争わずにはいられないのだろうか。
「話さなければならないことがもうひとつある。これは俺自身についてのことだ」
シグさんの表情は固い。さっきセオリ副隊長が言っていた「青の民」という言葉に関係しているのだろうか。シグさんの顔を見れば余りいいことではないのだろう。
でも私は知りたい。この世界には私にとって余りにわからないことが多すぎる。どんなことでも聞いて、そして向き合おう。知らないことはどうすることも出来ないけれど、知れば考えることが出来る。
「聞いてくれるか?」
その言葉に力強く頷いた。
―――――なぜ俺が一般には知られていない幻獣について知っているか不思議に思わなかったか?
さっきの話もそうだ。これは王宮のほんの一部しか知らないことだ。
それは俺が「青の民」だからだ。
幻獣と人間が持っている魔力は質が違う。
もちろん幻獣の方が質が格段にいい。
だが人間の中にも質がいい魔力を使える者が少数いる。
それが青の民だ。
青の民はその名の通り青い色の魔力を持つ。さっき見せただろ?
どういうわけかそれはある家系にしか産まれず、青の民はその一族を差す言葉でもある。
そして俺はその最後の純粋な青の民だ。
第8部隊はみな青の民の血を引いている。だがどこかで他の血が交じっているから青い魔力を持ってはいても質は普通の人に近い。
さっきの話は青の民で口伝されてきた。だから俺が知っているんだ。
そしてここが問題だ。
青の民が口伝してきた歴史と、王宮に伝わる歴史では青の民について大きな違いがある。
青の民は過去の戦乱の時代、幻獣を自分達の利益のために使役し、酷い扱いを敷いた首謀者たちである。
これが王宮に伝わる内容だ。
セオリ副隊長と俺が折り合いが悪いのはそこだ。第8部隊は黒団や一般から余り好かれていない。なぜなら俺たちが青の民だから。青の民は王宮に伝わる伝承では悪者であり、その幻獣に対する扱いから幻獣が姿を消した一番の理由とされている。
今は一般には誰も知らないこの伝承だが、青の民に対する悪感情だけは残っている。
青の民は悪いやつら、だとな。
青の民はその魔力の高さや、魔法を扱う技術から、高い地位に就くことも多かった。
伝承が失われてなお青の民が攻撃されるのはこれが理由の1つでもあるだろう。
だが青の民で伝わる内容は違う。
青の民は最後まで幻獣を戦争の道具に使うことに反対していた。幻獣を人間が使役するようになってからも幻獣の保護に全力を尽くした。
な、真逆だろ?
どちらが本当なのかはわからない。身内に伝わる歴史だからこちらが改変されたものなのかもしれない。
だから俺は真実が知りたい。受け入れる覚悟はある。
知らないままが一番どうにもならない。知ってこそ過去に向き直ることも先に進むことも出来るんだろ。
お前はどう思う?――――――
話終わったシグさんが苦く笑う。
そんな顔をしないで欲しい。胸が苦しくなるじゃないか。
『シグさん、一緒に聖域に行こう。真実を知ろう』
「…お前は受け入れてくれるんだな」
『え?』
いつもはしっかり合わせる目をそらしたシグさんが呟いた言葉に首をかしげる。
「いや、お前は幻獣だろ?今の話の内容では人間が幻獣に酷い扱いをしていたり、俺自身もそんな一族なのかもしれないだろ。それなのに今まで通りなんだな、と」
『ん?それシグさんに関係なくない?』
だってシグさんは私にそんなことしないし、それをしてたのもシグさんじゃない。
セオリ副団長が別れ際に言っていた、「全てが嫌になったら」というのが青の民が差別されているということならばセオリ副団長は何もわかってない。こんなことは私がシグさんを嫌いになる要因にはなりえない。
「…そうか」
当たり前じゃん、と言うとまたシグさんが苦く笑った。でもさっきとは違ってなぜだかちょっと嬉しそうだ。
しかし、やっぱり人間というものはどこでも同じなのだろうか。住んでいる場所や人種、歴史。そんなもので相手を判断し、その人自身を見ようとしない。
そんなところは元の世界と一緒じゃなくてもよかったのに。
私が今まで会ってきた第8部隊の人たちはみんな優しくて、楽しくて、いい人たちばかりだったのに。やりきれないな。
私に出来ることはないのか、ここにきてからずっと考えてきた。
今私に出来ることは真実を探すこと。知らないことは罪だ。それが良いことでも悪いことでも、きっと前に進む力になるから。
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