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第五章 乙女のとある一日
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「その後も夜露卿の遺体は見つかっておらず、未だに生死不明扱いだそうです」
「だったら化け物屋敷の声って、その夜露卿ということも有り得るかもね?」
「お嬢様! 止めて下さい、怖いじゃないですか! それに、その愉しそうなお顔、何をお考えですか?」
「あら、察しが良すぎてよ」
「ダメです! 絶対にダメですから」
ミミが声を張り上げたと同時に、バタンとドアが開く。
「何がダメなのですか! お食事が冷めてしまいます」
「あっ!」
「ミミ、ミイラ取りがミイラになってどうするのですか!」
「紅子さん、すみません」
「そうだったわ、お食事ね。ごめんなさい。ちょっとお話が弾んじゃって」
乙女が殊勝に頭を下げると紅子は廊下の方に腕を広げた。
「ここでお説教をすると私までミイラになります。どうぞダイニングに!」
有無も言わさぬ紅子の言葉に促され、乙女はミミを伴いおとなしくダイニングに向かった。
「頭が爆発しそう……」
午前中、一般教養と称した語学や行儀作法の授業を目一杯受けた乙女はクタクタだった。
昼食中も気が抜けない。「お嬢様、背筋を伸ばして!」と紅子の指導が入るからだ。
『来週、上ノ条公爵様のパーティーがあります。乙女様には旦那様のパートナーとしてご一緒頂きます』
そう言われたのは今週の頭だった。その日から紅子の指導は益々厳しくなった。
「私、このままだったら賢くなりすぎて死んじゃうかも」
夕飯も済み、ようやく一日のスケジュールをこなした乙女は自室に戻った途端ベッドに大の字になった。
「それはおよろしゅうございますね」
ミミの返しに乙女はムッとする。
「他人事だと思って! 綾鷹様もパーティーぐらい、おひとりで行かれたらいいのに」
「何を仰せですか!」
ミミが目くじらを立てる。
「パートナーとご一緒に、とお誘いを受けたら同伴するのがエチケットです」
それはそうなのだが……と乙女は渋い顔をする。
「でも、それが元で死んじゃったら元も子もないと思わない?」
「これぐらいでは死にませんのでご安心下さい」
本当に大袈裟なんだから、とミミが呆れていると、「ねぇねぇ、ところで朝の話だけど」と乙女がガバッと起き上がる。
「何のお話やら」
「惚けてもダメよ!」
「はーっ」とミミの口から大きな溜息が漏れる。
「お嬢様、今朝申した通りです。化け物屋敷に興味を持たないで下さい。絶対にダメですからね。綾鷹様がお怒りになります」
「でも……」と乙女が上目遣いでミミを見る。
「小説のネタには最高の話だと思わない?」
「だからですね」とミミが顔を顰める。
「私は端っから作家活動に反対しているのですから、最高のネタなんていうものは存在致しません!」
「そんなぁ」と乙女は芝居じみた溜息を零し、悲しげに言う。
「ミミは唯一の理解者なのに……」
「確かに私は乙女様の一番の理解者だと自負しております。ですが、作家活動だけは別です!」
ビシッと言い切るミミに乙女が逆ギレする。
「ふん、なら協力は頼まないわ。私ひとりで行く!」
こうなると乙女は厄介だ。途端にミミの態度が弱腰になる。
「お嬢様、本気じゃないですよね?」
「私が本気かどうかなんてミミには関係ないでしょう。この話から降りたんだから!」
乙女は一度言い出すとやり遂げるまで後には引かない。
「そんなぁ、本当に危ないですよ、止めて下さい」
ミミが泣きベソ顔になる。
「ひとりで行かせるのが心配なら、ついてきたらいいじゃない」
乙女の目がニヤリと笑う。
「綾鷹様にバレて叱られても知りませんからね!」
「了解! 絶対にミミに責任転嫁しません」
本当かな、と思いながらミミは諦めの溜息を吐き、「分かりました」と承諾する。
「だったら化け物屋敷の声って、その夜露卿ということも有り得るかもね?」
「お嬢様! 止めて下さい、怖いじゃないですか! それに、その愉しそうなお顔、何をお考えですか?」
「あら、察しが良すぎてよ」
「ダメです! 絶対にダメですから」
ミミが声を張り上げたと同時に、バタンとドアが開く。
「何がダメなのですか! お食事が冷めてしまいます」
「あっ!」
「ミミ、ミイラ取りがミイラになってどうするのですか!」
「紅子さん、すみません」
「そうだったわ、お食事ね。ごめんなさい。ちょっとお話が弾んじゃって」
乙女が殊勝に頭を下げると紅子は廊下の方に腕を広げた。
「ここでお説教をすると私までミイラになります。どうぞダイニングに!」
有無も言わさぬ紅子の言葉に促され、乙女はミミを伴いおとなしくダイニングに向かった。
「頭が爆発しそう……」
午前中、一般教養と称した語学や行儀作法の授業を目一杯受けた乙女はクタクタだった。
昼食中も気が抜けない。「お嬢様、背筋を伸ばして!」と紅子の指導が入るからだ。
『来週、上ノ条公爵様のパーティーがあります。乙女様には旦那様のパートナーとしてご一緒頂きます』
そう言われたのは今週の頭だった。その日から紅子の指導は益々厳しくなった。
「私、このままだったら賢くなりすぎて死んじゃうかも」
夕飯も済み、ようやく一日のスケジュールをこなした乙女は自室に戻った途端ベッドに大の字になった。
「それはおよろしゅうございますね」
ミミの返しに乙女はムッとする。
「他人事だと思って! 綾鷹様もパーティーぐらい、おひとりで行かれたらいいのに」
「何を仰せですか!」
ミミが目くじらを立てる。
「パートナーとご一緒に、とお誘いを受けたら同伴するのがエチケットです」
それはそうなのだが……と乙女は渋い顔をする。
「でも、それが元で死んじゃったら元も子もないと思わない?」
「これぐらいでは死にませんのでご安心下さい」
本当に大袈裟なんだから、とミミが呆れていると、「ねぇねぇ、ところで朝の話だけど」と乙女がガバッと起き上がる。
「何のお話やら」
「惚けてもダメよ!」
「はーっ」とミミの口から大きな溜息が漏れる。
「お嬢様、今朝申した通りです。化け物屋敷に興味を持たないで下さい。絶対にダメですからね。綾鷹様がお怒りになります」
「でも……」と乙女が上目遣いでミミを見る。
「小説のネタには最高の話だと思わない?」
「だからですね」とミミが顔を顰める。
「私は端っから作家活動に反対しているのですから、最高のネタなんていうものは存在致しません!」
「そんなぁ」と乙女は芝居じみた溜息を零し、悲しげに言う。
「ミミは唯一の理解者なのに……」
「確かに私は乙女様の一番の理解者だと自負しております。ですが、作家活動だけは別です!」
ビシッと言い切るミミに乙女が逆ギレする。
「ふん、なら協力は頼まないわ。私ひとりで行く!」
こうなると乙女は厄介だ。途端にミミの態度が弱腰になる。
「お嬢様、本気じゃないですよね?」
「私が本気かどうかなんてミミには関係ないでしょう。この話から降りたんだから!」
乙女は一度言い出すとやり遂げるまで後には引かない。
「そんなぁ、本当に危ないですよ、止めて下さい」
ミミが泣きベソ顔になる。
「ひとりで行かせるのが心配なら、ついてきたらいいじゃない」
乙女の目がニヤリと笑う。
「綾鷹様にバレて叱られても知りませんからね!」
「了解! 絶対にミミに責任転嫁しません」
本当かな、と思いながらミミは諦めの溜息を吐き、「分かりました」と承諾する。
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