恋し、挑みし、闘へ乙女

米原湖子

文字の大きさ
42 / 66
第九章 二人の時間

4.

しおりを挟む
「いいねぇ、君がジェラシーを感じていると思うだけで。私のここが」と自分の胸を親指で指し、「ズンと甘く痺れる」と言い、「本当、君は可愛いね」と座敷机の向かいに座る乙女に笑いかける。
 本気なのか冗談なのか綾鷹の言動は質が悪い。乙女は嘆息を漏らすと彼から視線を逸らせる。そこに先程の店員が現れた。

「お待たせ致しました。改めて、いらっしゃいませ」

 店員はテーブルにお手拭きとお茶を置き、「こちらは当店自慢の」と言いながら、小さなチョコレートが六粒乗った皿を中央に置く。

「自家製ラムレーズンチョコです。もう、すっごく美味しいんです。売店で売っておりますので、お気に召したらお買い求め下さい」

 キャンペーン中? この間はこんな台詞はなかったが……と思いつつ、この子、素朴そうな顔をして意外にやり手みたいと感心する。
 それにしても……店のマニュアルだとしても何となくこの子が勧めると、帰りに買って帰ろうかしら、と思ってしまう……と乙女は気になりだしたチョコレートを見る。
 その間に、「こちらがメニューです」と店員は赤紫色のメニューブックを綾鷹に差し出す。そして、「後ほどお伺いに参ります」と腰を上げようとするのを、「悪いが少し待ってくれないか」と綾鷹が引き止める。
 彼にそう言われて立ち去る女はいないだろう。案の定、店員は目を輝かせて上げかけた腰をすぐさま下ろした。

「唐突だが、先日の様子を聞かせてくれないだろうか?」
「先日というと、この方が男の方と……?」

「だからそれは……」と反論しようとする乙女の言葉に被せ、綾鷹が「そう、それ」と頷いた。
 すると、打って変わったような訝しげな顔で店員が綾鷹を見る。

「――ここで私が何か言って、ブスッと刃傷沙汰なんて厭ですよ!」

 店員の言うことももっともだ。

「いや、そうじゃなくて。安心して大丈夫だよ。私は彼女を愛している。何を聞いてもその気持ちは変わらない」

 綾鷹の甘い台詞に店員がポーッと頬を桜色に染め、「まぁ、素敵!」とピンクの息を吐く。
 何だこの三文芝居、と乙女はシラけ顔だ。
 そんな乙女にはお構いなしに「実はね……」と綾鷹が声を落とす。

「彼女は私の婚約者なのだが、人が良すぎて騙され易いんだ。この間の件もね……ここだけの話……」

 女は『ここだけの話』に弱い。
 綾鷹がある事ない事、嘘八百を並べ店員の同情を引く。

「まぁ、そうだったのですか! それはお気の毒でした」

 店員の憐れみの目が乙女を見る。
 綾鷹の嘘で、乙女は詐欺師に大切な婚約指輪を盗られた人になってしまったのだ。

「それにしても、お嬢さん、世間知らず過ぎますよ。今流行の“知り合い詐欺”になんかに引っかかるなんて」

 おまけに説教まで食らってしまう。

「君もそう思うよね。いくら彼氏の知り合いだからといっても『金を貸してくれ』と言われても普通は貸さないよね」

「当然です」と店員は頷く。

「おまけに、『手持ち金がない』と断っているのに、『その指輪を質に入れれば現金ができる』と言われ、疑いもしないで言う通りにしちゃうのだからね、困った子だよ」

 店員の目が『貴女、馬鹿ですか?』と乙女を見る。
 馬鹿じゃないと思いつつ、二人の話を聞いていると全て本当のことのように思え、最低の男に騙された馬鹿な自分が可哀想になる……が全て作り話だ。乙女が反省する必要は全くない。

「言われてみればあの男、妙に色気が……」

 だが、どうやら作戦は成功したようだ。店員が何か思い出す。

「実は私、めっぽういい男に弱くて……」

 チラッと彼女の目が綾鷹を見る。

「だから本当は、店に入ってきたときからその男のことを見ていたんです」

 おお! イケメンレーダー作動だな、何てグッジョブな記憶力なのだ、と乙女は心の中で親指を立てる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。 敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。 エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。 敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

処理中です...