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第九章 二人の時間
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「いいねぇ、君がジェラシーを感じていると思うだけで。私のここが」と自分の胸を親指で指し、「ズンと甘く痺れる」と言い、「本当、君は可愛いね」と座敷机の向かいに座る乙女に笑いかける。
本気なのか冗談なのか綾鷹の言動は質が悪い。乙女は嘆息を漏らすと彼から視線を逸らせる。そこに先程の店員が現れた。
「お待たせ致しました。改めて、いらっしゃいませ」
店員はテーブルにお手拭きとお茶を置き、「こちらは当店自慢の」と言いながら、小さなチョコレートが六粒乗った皿を中央に置く。
「自家製ラムレーズンチョコです。もう、すっごく美味しいんです。売店で売っておりますので、お気に召したらお買い求め下さい」
キャンペーン中? この間はこんな台詞はなかったが……と思いつつ、この子、素朴そうな顔をして意外にやり手みたいと感心する。
それにしても……店のマニュアルだとしても何となくこの子が勧めると、帰りに買って帰ろうかしら、と思ってしまう……と乙女は気になりだしたチョコレートを見る。
その間に、「こちらがメニューです」と店員は赤紫色のメニューブックを綾鷹に差し出す。そして、「後ほどお伺いに参ります」と腰を上げようとするのを、「悪いが少し待ってくれないか」と綾鷹が引き止める。
彼にそう言われて立ち去る女はいないだろう。案の定、店員は目を輝かせて上げかけた腰をすぐさま下ろした。
「唐突だが、先日の様子を聞かせてくれないだろうか?」
「先日というと、この方が男の方と……?」
「だからそれは……」と反論しようとする乙女の言葉に被せ、綾鷹が「そう、それ」と頷いた。
すると、打って変わったような訝しげな顔で店員が綾鷹を見る。
「――ここで私が何か言って、ブスッと刃傷沙汰なんて厭ですよ!」
店員の言うことももっともだ。
「いや、そうじゃなくて。安心して大丈夫だよ。私は彼女を愛している。何を聞いてもその気持ちは変わらない」
綾鷹の甘い台詞に店員がポーッと頬を桜色に染め、「まぁ、素敵!」とピンクの息を吐く。
何だこの三文芝居、と乙女はシラけ顔だ。
そんな乙女にはお構いなしに「実はね……」と綾鷹が声を落とす。
「彼女は私の婚約者なのだが、人が良すぎて騙され易いんだ。この間の件もね……ここだけの話……」
女は『ここだけの話』に弱い。
綾鷹がある事ない事、嘘八百を並べ店員の同情を引く。
「まぁ、そうだったのですか! それはお気の毒でした」
店員の憐れみの目が乙女を見る。
綾鷹の嘘で、乙女は詐欺師に大切な婚約指輪を盗られた人になってしまったのだ。
「それにしても、お嬢さん、世間知らず過ぎますよ。今流行の“知り合い詐欺”になんかに引っかかるなんて」
おまけに説教まで食らってしまう。
「君もそう思うよね。いくら彼氏の知り合いだからといっても『金を貸してくれ』と言われても普通は貸さないよね」
「当然です」と店員は頷く。
「おまけに、『手持ち金がない』と断っているのに、『その指輪を質に入れれば現金ができる』と言われ、疑いもしないで言う通りにしちゃうのだからね、困った子だよ」
店員の目が『貴女、馬鹿ですか?』と乙女を見る。
馬鹿じゃないと思いつつ、二人の話を聞いていると全て本当のことのように思え、最低の男に騙された馬鹿な自分が可哀想になる……が全て作り話だ。乙女が反省する必要は全くない。
「言われてみればあの男、妙に色気が……」
だが、どうやら作戦は成功したようだ。店員が何か思い出す。
「実は私、めっぽういい男に弱くて……」
チラッと彼女の目が綾鷹を見る。
「だから本当は、店に入ってきたときからその男のことを見ていたんです」
おお! イケメンレーダー作動だな、何てグッジョブな記憶力なのだ、と乙女は心の中で親指を立てる。
本気なのか冗談なのか綾鷹の言動は質が悪い。乙女は嘆息を漏らすと彼から視線を逸らせる。そこに先程の店員が現れた。
「お待たせ致しました。改めて、いらっしゃいませ」
店員はテーブルにお手拭きとお茶を置き、「こちらは当店自慢の」と言いながら、小さなチョコレートが六粒乗った皿を中央に置く。
「自家製ラムレーズンチョコです。もう、すっごく美味しいんです。売店で売っておりますので、お気に召したらお買い求め下さい」
キャンペーン中? この間はこんな台詞はなかったが……と思いつつ、この子、素朴そうな顔をして意外にやり手みたいと感心する。
それにしても……店のマニュアルだとしても何となくこの子が勧めると、帰りに買って帰ろうかしら、と思ってしまう……と乙女は気になりだしたチョコレートを見る。
その間に、「こちらがメニューです」と店員は赤紫色のメニューブックを綾鷹に差し出す。そして、「後ほどお伺いに参ります」と腰を上げようとするのを、「悪いが少し待ってくれないか」と綾鷹が引き止める。
彼にそう言われて立ち去る女はいないだろう。案の定、店員は目を輝かせて上げかけた腰をすぐさま下ろした。
「唐突だが、先日の様子を聞かせてくれないだろうか?」
「先日というと、この方が男の方と……?」
「だからそれは……」と反論しようとする乙女の言葉に被せ、綾鷹が「そう、それ」と頷いた。
すると、打って変わったような訝しげな顔で店員が綾鷹を見る。
「――ここで私が何か言って、ブスッと刃傷沙汰なんて厭ですよ!」
店員の言うことももっともだ。
「いや、そうじゃなくて。安心して大丈夫だよ。私は彼女を愛している。何を聞いてもその気持ちは変わらない」
綾鷹の甘い台詞に店員がポーッと頬を桜色に染め、「まぁ、素敵!」とピンクの息を吐く。
何だこの三文芝居、と乙女はシラけ顔だ。
そんな乙女にはお構いなしに「実はね……」と綾鷹が声を落とす。
「彼女は私の婚約者なのだが、人が良すぎて騙され易いんだ。この間の件もね……ここだけの話……」
女は『ここだけの話』に弱い。
綾鷹がある事ない事、嘘八百を並べ店員の同情を引く。
「まぁ、そうだったのですか! それはお気の毒でした」
店員の憐れみの目が乙女を見る。
綾鷹の嘘で、乙女は詐欺師に大切な婚約指輪を盗られた人になってしまったのだ。
「それにしても、お嬢さん、世間知らず過ぎますよ。今流行の“知り合い詐欺”になんかに引っかかるなんて」
おまけに説教まで食らってしまう。
「君もそう思うよね。いくら彼氏の知り合いだからといっても『金を貸してくれ』と言われても普通は貸さないよね」
「当然です」と店員は頷く。
「おまけに、『手持ち金がない』と断っているのに、『その指輪を質に入れれば現金ができる』と言われ、疑いもしないで言う通りにしちゃうのだからね、困った子だよ」
店員の目が『貴女、馬鹿ですか?』と乙女を見る。
馬鹿じゃないと思いつつ、二人の話を聞いていると全て本当のことのように思え、最低の男に騙された馬鹿な自分が可哀想になる……が全て作り話だ。乙女が反省する必要は全くない。
「言われてみればあの男、妙に色気が……」
だが、どうやら作戦は成功したようだ。店員が何か思い出す。
「実は私、めっぽういい男に弱くて……」
チラッと彼女の目が綾鷹を見る。
「だから本当は、店に入ってきたときからその男のことを見ていたんです」
おお! イケメンレーダー作動だな、何てグッジョブな記憶力なのだ、と乙女は心の中で親指を立てる。
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