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第一部 第二章 炎雷

第26話 繧「繝「繝ウとの対峙

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「うーん、思っている以上にモンスターが少ないね」
「やっぱし最近何か変なことが起きてるんじゃないかって、噂されているもんな」

 進んだりモンスターを倒したりすること一時間。小休止を挟みながら、次はどうするかという話し合いをすることにした。
 今日は美琴一人で潜るよりは遭遇するが、トライアドちゃんねるの三人からすれば遭遇率が少ないようだ。

「モンスターの数が異常に減っているのもそうだけど、深域からしか出現しないはずの妖鎧武者やミノタウロス、キマイラとかが一か月くらい前から上域から中域にかけて出るようになっているし、それが原因なのかは分からないけど探索者が結構行方不明になっているからね」

 その話を聞いて、やはりあの少女が頭をよぎる。
 下層最深域のボス部屋でイノケンティウスという規格外な炎と熱を操る謎の怪物を、愛おし気な眼差しで見ていた謎の存在。
 一鳴の状態の美琴が一瞬でトップスピードに到達した移動に、それ以上の速度で追い付いてきた、イノケンティウス以上の化け物。
 もしかしなくても、彼女がここ一月の間にダンジョンの中で頻発している怪物災害や行方不明者が続出している理由なのではないだろうか。

「二週間前も、女性の一等探索者の霜月さんが行方不明になって、総出で捜索しても何も見つけられないって言ってたしな」

”え、マジ?”
”霜月ちゃんも行方不明なの!?”
”めっさ美人であの人の出る雑誌全部買うくらいには好きだったのに”
”めちゃつよ魔術師だよねあの人。そんな人が行方不明なんて信じられない”
”でも確かにこの二週間、あの人の話を聞かないな。美琴ちゃんの件を抜きにしても”
”ツウィーターが二週間前から止まってるからどうしたんだろうとは思ってたけど、行方不明になってたのか”

「あの霜月さんでさえ、逃げることができないイレギュラー、か」
『いずれ最上位である特等探索者になるのではと期待されていた霜月みなみ様ですね。ギルドの依頼板に、捜索依頼が張り出されておりました』
「ぶっちゃけあの人この町の探索者の中じゃ、美琴ちゃんを除けばぶっちぎりで強かっただろ。魔法使いなんじゃないかって噂が立つくらい、魔術に優れてたし」

 流石の美琴も、その霜月みなみの名前は知っている。
 探索者であって配信者ではないが、多くの人が彼女の名前を知っている。

 美琴と同じようにソロでの活動をメインとしていた敏腕魔術師で、そのあまりの魔術の威力と規模、精細さに魔法使いだと勘違いされることがあった。
 魔法使いは魔術を極めた末に到達する魔術の最終地点なので、魔法使いでないにしろそのうち魔法使いになるか、なれなくてもアイリの言う通り特等探索者になるのではと大きな期待を寄せられていた。
 そんな霜月みなみが、二週間前から行方不明になっている。ギルドの最高戦力の一人でもある彼女の損失はかなり大きいようで、ギルドの捜索部隊が総出で彼女のことを探している。

 一体何が起きているのだろうかと不安に感じていると、ふと足元からほんの微かに振動を感じる。
 最初は気のせいかと思ったが、それは確実に大きくなってきている。

「先輩」
「えぇ、何か来るわね。二人とも、戦闘準備」
「言われなくても」
「休憩は十分だぜ」

 真っ先に美琴が反応して雷薙を構え、続いて彩音、慎司、和弘も構える。
 一体何が来るのかと鋭い視線を向けるが、すぐにこれはこの場にい続けたら危険だと直感が叫んだ。

「先輩、一旦広いところまで引きましょう!」
「え、ど、どうしたの?」
「怪物災害───スタンピードです!」

 その単語を叫ぶと同時に、深域の方角から明らかに一つではないモンスターの声が重なって聞こえてくる。
 直後に先に走り出した美琴を追うように、三人も全速力で走りだす。

”スタンピード!?”
”またかよ!?”
”これで今月二回目だぞ!?”
”美琴ちゃんよく気付いたね”
”なんかやばそうな雰囲気。ギルドに応援要請出しといたほうがいいんじゃ”
”美琴ちゃんがいるから平気じゃね”
”ソロ殲滅実績持ちは心強い”

 複数のモンスターの声が聞こえてきて確定したことで、コメント欄が騒然とし始める。
 二週間前にトライアドちゃんねるが危機にさらされ、そして美琴が助けることで美琴が大勢に知られるきっかけとなったダンジョン一有名で多くの死者と負傷者を出す怪物災害、スタンピード。
 こんな短期間で二度も遭遇するとは思っていなかったのか、トライアドちゃんねるの三人はうんざりしたような表情をしている。

「まっじかよ!?」
「おれらはどうしてこう、ツイてないんだ!」
「言ってないで早く撤退するよ! 広いところに行けばいいのね!?」
「はい! ここだと狭すぎて、三人を巻き込んでしまいますから!」

 すぐに殲滅開始できるように二鳴ふたつなりを開放して、雷を二つの一つ巴紋に蓄積させていく。

「過去にあれを単独殲滅した実績がある美琴ちゃんがいると、頼もしい限りね! でも今回はあなたにだけに任せっきりにはしないから!」
「二度も年下の女の子に助けられるのは、いくら強いとはいえ示しがつかないからな!」
「分かりました、無理はなさらず!」

 蓄積を優先しているため、溜まっていく速度は速い。これなら広い場所に出るころには、二鳴の最大火力を開幕に叩きこんで数を大幅に減らせるだろう。
 とにかく全力で走り、道中でモンスターが顔を覗かせても稲魂で声を上げる前に瞬殺する。数を増やさないことで、二鳴の最大火力を叩きこんだ時あとの戦いで三人の負担も減らせる。

 全力で走ることおよそ五分。かなり開けた場所に出たので奥の方に移動し、そこで待ち構える。
 モンスターの軍団の大量の足音が徐々に近付いてくる。
 彩音はやや体が強張って力が無駄に入っているようで、構えている刀の鋒が少しぶれている。
 和弘もダガーが少し震えているし、慎司も握った拳が震えている。

 スタンピードはダンジョンで最も怪我人と死者を出している怪物災害。
 興奮状態になったモンスターが突然移動し、それに釣られて他のモンスターも興奮状態になって一斉に走り出す、あるいは自分よりも強大で恐ろしい存在から逃げる時に起こる。

 本来はこんな短期間で何度も発生するものではないのだが、ここ一月の間に何か異変が起きているのか、これを含めた怪物災害が頻発している。
 それも今美琴達がいるダンジョンだけでなく、日本に留まらず世界各地のダンジョンでも頻発しているそうだ。
 一体何が起きているのだと一瞬思考すると、美琴達が来た道からモンスターが姿を現す。

「諸願七雷・二紋ふたつもん───」

 姿を見せると同時に最大火力で数を大幅に減らそうと構えるが、ゾッと背筋が震えて二鳴から四鳴に切り替えて全ての雷を一気に蓄積させる。

「───陰打ち・抜刀ッッッ! 御雷一閃ッッッ!」

 雷薙をしまい、瞬時に蓄積させた雷を開放しつつ陰打ちを抜き、上段に構えた刀をまっすぐに振り下ろす。
 それとほぼ同時に、ダンジョンの壁を一瞬で溶岩に変えながら真紅の炎が高波や津波のようにスタンピードを飲み込みながら現れる。
 猛烈な速度で迫ってきたが、美琴の御雷一閃で炎の濁流は消滅して四人には届かなかった。

『お嬢様』
「えぇ、あの時の女の子がいるわね」

 バチバチと雷をまとわせている刀を正眼に構えて強く警戒していると、ゆっくりとした拍手がこつこつという足音と共に聞こえてくる。

「流石流石。繝舌い繝ォ繧シ繝悶Νならこの程度の挨拶を返せないとね。炎越しに私ごと狙ってくるのは、ちょーっぴり予想外だったけど」

 拍手しながら姿を見せたのは、赤色の軍服のような恰好をした真紅の髪の少女だった。
 初めて下層最深域であった時よりも髪の色はより鮮明に赤くなっていて、燃えているようにも見える。

「それにしても参ったよ。ここはダンジョンだから当たり前だけど、雑魚が多すぎる。見ててとても不愉快極まりないよ。そうは思わない、繝舌い繝ォ繧シ繝悶Ν?」
「……あなたがどう思っていようと関係ないわ。ただ分かるのは、あなたが人殺しであることよ」
「人殺し? 嫌だなあ。私はただその辺をうろちょろしているごみと害獣を処分しているだけだよ」

 あの少女が来ている服、見覚えがある。
 赤い軍服のような服は、霜月みなみが普段から好んで着ているものだ。
 それを今、真紅の少女が来ているということはつまり、彼女はすでにこの少女に殺されているということだ。

「人の命を、なんだとっ……!」

 人間のことをごみや害虫と言ったことに憤り、柄を強く握る。

「所詮人間なんて、私達鬲皮・に支配され淘汰される弱者に過ぎない。百年ぽっちしか生きられないし、あっという間に、簡単に死んじゃう。なのに無駄に数を増やし続ける。そんなの、虫と変わらないでしょ」
「無駄なんかじゃないし、人は虫じゃない。人の命はその人だけのたった一つの宝物。何にも替えることができない唯一のもの。それを徒に奪うことは、許してはいけない大罪よ」
「大罪、大罪ねえ。地獄に落ちてきた罪人を処刑する炎を司る私が大罪人とでも?」

 呆れたように肩を竦めながら言う少女。何を言っても、彼女には人間の考えや常識が通用しないらしい。
 ちらりと後ろを見る。彩音達は恐怖しているのか、顔を真っ青にしてがたがたと震えている。
 彼女達をどうにかして、あの少女の前から逃がさないといけないなと考え、どうやってあの少女を足止めするか策を巡らせる。

「繝舌い繝ォ繧シ繝悶Ν、その後ろにいる雑魚を捨てて私と一緒に来て。そして一緒に、永遠に戦い続けましょう」
「……お断りさせていただくわ。私は戦いが好きでここにきているわけじゃないの。そもそも、人殺しについていくわけないでしょう」
「……そっか。ま、そういうとは思ってたよ。どうやら、繝舌い繝ォ繧シ繝悶Νでも悪性じゃなくて善性側が強く出ているみたいだし。……仕方ない、じゃあ───殺すね」

 小さく言った少女の右手に巨大な斧槍が出現すると同時に、自分の首が胴体から切り落とされるのを幻視する。
 大量の虫が背中を這いずり回るような悪寒がして、五鳴いつつなりを開放して防御態勢を取らずに先手必勝で攻撃を仕掛ける。
 しかし、一瞬で最高速度に達した美琴の攻撃と同じタイミングで少女が接近し、斧槍と陰打ちがぶつかって強烈な衝撃波を生み出し、ダンジョンの地面と壁に亀裂を生じさせる。

「へえ、まだ上があるんだ。面白いね。じゃあ、どこまで力が上がるのか見せてよ、繝舌い繝ォ繧シ繝悶Ν!」

 武器同士が接触している状態から少女は美琴を押し飛ばし、斧槍に真紅の炎をまとわせる。
 対抗するように美琴は高電圧高電流の雷を刀身にまとわせて、少女が放ってきた炎の壁にぶつけるように電撃を放つ。

 この瞬間、壊滅的な炎と雷の使い手の衝突が始まった。
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