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第一部 第四章 盛大に楽しむ悪意

52話 闇に紛れる

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「とりあえずここまで来れば平気かしらね」

 核石を回収し、ひとまずモンスターがいない場所まで撤退した美琴と灯里は、一旦そこで休憩を取ることにする。
 移動中に灯里の魔力はすでに全快したことを教えてくれたので、体力回復のための休憩だ。

「美琴先輩って、本当に神様なんですね」
「きゅ、急に何?」

 少し大きな岩に腰を掛けた灯里が、可愛らしく両手で水筒を持ちながら喉を潤した後に、ぽつりとそんなことを言ってきて驚く。

”まあ、その通りだな”
”ぽんこつ可愛いけど、真剣な時はめっちゃカッコいい美少女神様”
”マジもんの英雄で、マジもんの雷神様やで”
”弓の威力がもはやギャグマンガの領域に突入してて笑える”
”あんなん見せられたら確かに神様なんだって再確認させられる”
”つーかあの巴紋的に、七個に分割した力を三つ元通りにしたんだろうけど、前よりも確実に数段威力上がってね? やっぱ元の封印が壊れたのが原因?”

 落ち着きを取り戻したコメント欄も、灯里の言葉に賛同するようなコメントで埋まっていく。

「純粋にそう思ったんです。お姉ちゃんの魔法を何度も間近で見たからなのか、先輩の使う雷が本当に魔法の上位存在である権能であることが分かって、私の憧れの人は本当に神様なんだなーって」
「神様って言うか、人のままその力を持っているって言った方がいいかな」
『現人神という表現が、意味合い的にも一番ぴったりですね』

 現人神は、この世界に人の姿を得て現れた神を意味する言葉であり、生きながら死者と同じ尊厳を持つ「人間であり、神でもある」という意味も持つ。
 こうした意味からも、アイリが言ったように、雷一族からも言われる現人神という表現がぴったりなのだが、美琴はその呼び方を嫌っている。
 丸い浮遊カメラの中に入る相棒からその呼び方をされて、若干不機嫌になって思わず眉を寄せてしまう。

「でも少し不安になります。人の体のまま神の権能を使うなんて、どう考えてもなんの代償がないわけがないので」
「魔術や錬金術で言う等価交換ってやつよね? 私も使えるようになった頃は何かあるって思っていたけど、特に何もないのよね」

 大体の創作物では、神の力を持つ人間はかなりの代償を払っている描写がされているが、どうにも美琴にはそれはないらしい。
 良くも悪くも、この体は完全に神の力を入れておくのに最適なようだ。

『それにしても、お嬢様の火力がどんどん非常識になっていきますね』
「うん、それは思った。おかしいなあ、あれでも全っ然力抑えてる状態なのに」
『三鳴のように、雷を蓄積したのちに開放したからでしょうね。今後はボス戦や怪物災害以外で、ああいうのを使うのは避けたほうがいいでしょう』
「そうねえ。おかげでモンスター寄り付かなくなったし」

 ダンジョンの中にいれば、地震などはあるが雷鳴を聞く機会などないモンスターにとって、それは完全に未知な轟音だ。
 好奇心旺盛な個体ならともかく、基本本能に従って行動するので知らないものにはそうそう寄り付かない。
 美琴が雷を使うとモンスターがどこかに逃げるのは、一回目のスタンピード殲滅と、色々と変な伝説を打ち立てた下層攻略配信の時で把握している。

 安全に深いところまで行って、そこにある素材などを回収したいと思う探索者からすれば、美琴は生きるモンスター避けだが、美琴は親孝行のための資金を集めたいし、今は灯里の鍛錬も行っているのでいなくなられると非常に困る。

「休憩したらもう少し深いところまで行ってみようか」
「はい。……流石にボスは早いですよね?」
「ぼ、ボスモンスター?」

”あかん、灯里ちゃんが美琴ちゃんに毒されてるwwww”
”ボスモンスターはどいつもこいつも下層級の強さを持ってるよ”
”美琴ちゃんがいれば安心だけど、それでも不安が勝る”
”最強JKが護衛するって分かってても、ボスはまだ早いと思うな”
”つか中層ボス部屋を抜けたら下層なんだし、あの腐れ十字が監視してるだろ”
”多分強行突破できないことはないだろうけど、美琴ちゃんの性格的にしないだろうし”
”こういう時は少しだけ、あの大バカクランのはた迷惑ボランティアがあってよかったって思う”

 予想外の言葉に困惑する。
 コメント欄の言う通り、ボスは中層から存在する存在で、下層への道を守護していることからどれも下層モンスターと遜色ない強さを誇る。
 既に一等探索者の中でもかなり上位に食い込むであろう灯里でも、流石にまだそれに挑ませるのは早い。

 灯里もまだ早いことは自覚している様子だが、目が割りと本気っぽい。
 いい経験になることは間違いないが、怪我するリスクの方が高くてその選択肢を取ることにためらいを感じる。
 どうしようかと腕を組んで、うーんと頭を捻りながら悩んでいると、一瞬だけ妙な視線というか悪意のようなものを感じる。

「……灯里ちゃん、多分モンスターが寄ってきたかも。移動しましょう」
「え、でも魔力は回復していますし、体力も……」
「ここだと少しやりづらいからね。道も細いし、動きも直線的になっちゃうから」

 岩に腰を掛けていた灯里は、杖を持って迎え撃とうと提案しようとするが、道がかなり細くて美琴が武器を使いづらいことを理由に、そこから離れる。
 数歩先を行く美琴の後ろをとことことついてくるのを確認し、雷薙を取り出して、いつどこで襲ってくるか分からないモンスターを警戒する。





「せっかく綺麗な声をしているんですから、歌ってみたとか出したら絶対に伸びると思うんですけど」
『そうですよお嬢様。使える武器は何でも使いましょう』

”美琴ちゃんの歌ってみた超聞きたい!”
”可愛い系で来るのか、かっこいい系で来るのか、はたまた両方で来るのか”
”アニソン系やってほしいな”
”バラードとかも合いそうだね”
”J-POPとか歌いやすいんじゃないかな”
”ここは洋楽でしょ”

「いや、まだ出すって言ってないし、何なら今のところやるつもりはないからね!?」

 次々とどんなものを歌ってほしいというリクエストを送ってくる視聴者に対し、少し頬を赤くしながら反論する。

 どうしてこんな話になっているのかというと、周りを警戒しながらもちょっとした雑談ができるくらいには何もなかったので、どんな音楽が好きなのかという話になったのだ。
 そこでジャンル問わずに色んなものが好きだと答え、灯里もバンドやJ-POPが好きと返し、その時にコメント欄を一緒に見ていた彼女が歌動画を出さないのかというコメントを拾い、それを質問してきた。
 当然その予定はないと答えたのだが、それに対してもったいないと言われ、アイリにも使えるものは使えと言われ、視聴者達は勝手に何を歌ってくるのかを妄想し始めたのだ。

「そりゃ、私もよくカバーとか聞くけど、あんなふうに上手に歌える気がしないわよ」
『お嬢様、ああいうのはMIXを行うことで色々と修正などをしているのですよ。まあ、元が上手くなければ上手にMIXしてもそこそこのクオリティにならないと聞きますが』
「知っているわよ。だからこそ、それを出す予定はないって言ったの。音感はいい自信はあるけど、音感がいいのと歌が上手いのとは別物だもの」
「お姉ちゃんの受け売りですけど、試す前から諦めていたら、何ができるのか知らないまま終わってしまいますよ」
「灯里ちゃん、これに関してはアイリと眷属のみんな側なのね!?」

 もったいないと言ってきた時点で分かっていたが、灯里も美琴に歌ってみた動画を出してほしい側らしい。
 興味がないわけではない。むしろ、一回だけチャレンジしようかと思い、機材だけは一通り集めてあるほどだ。
 ただ調べていく内に、MIXが思っている以上に難しいことと、他人に依頼するにしても結構お金がかかることを知り、色んな歌い手の歌ってみたを聞いているうちにただ音感がいいだけの自分なんかじゃあ、あっという間に埋もれておしまいだという結論に至り、買うだけ買って部屋の物置の中に放り込んでしまっている。

 カラオケなどに頻繁に行っていれば、表現力などはより高いものになっていただろうが、歌を歌う時なんて学校の音楽の授業の時か、自宅で家事や宿題をやっている時くらいだ。
 もちろんそんなので歌唱力が上がるわけもない。

『お嬢様諦めましょう。MIXなどの作業は私がしますので、一曲好きなものを出してみたほうがよろしいかと。きっと再生数も稼げますし、何ならメジャーデビューとかできるかもしれませんよ』
「もうこれ以上目立ちたくない……」
『天元突破するほど目立っておいて、今更それはないでしょう。いい加減選ばなければ、私が独断と偏見で一曲選びますよ』
「やめて!?」

 アイリに任せたら絶対にろくでもないものを選んできそうなので、それを阻止するために、これが罠だと分かっていても自ら飛び込んでしまった。
 今ここで選ぶことなんてできないので、何にするかは家に帰ってからじっくりと吟味することにした。

”¥50000:《雷電龍博》:歌動画を出すなら、いいマイクを案件で貸してやろうか”

 肩を若干落としながらコメント欄を見ると、スパチャ限度額がいきなりぽんと全力投球されてきたので見ると、その名前を遅れて脳が理解した瞬間に色々とバグる。
 雷電龍博たつひろ。それは今や、世界中で名が知られている超大手電機会社であるRE社の現社長であり、美琴の実父だ。
 顔は少し強面な方だが内面はかなり優しい性格をしており、知っている限り究極の愛妻家ですさまじい程の親バカだ。
 本当に溶けてしまいそうなくらい甘やかしてくるが、厳しい時はきちんと厳しく、家族のために一生懸命働くその姿にどれだけ憧れを抱いたことか。

 そんな尊敬できる大好きな父親が、今自分の配信にコメントを残した。それはつまり配信を観ているということで、字面から察するにかなり乗り気なのがうかがえる。

「お父さん!? ナンデココニ!?」

 悲鳴のような声を上げながら言う。
 毎日仕事が忙しすぎて、中々家に帰ってこられないから何か月もホテル暮らしをするような父親が、多分一番忙しくしているであろう時間帯にコメントを残すことが異常事態だ。

”雷電龍博:秘書から休めと言われて仕事をぶんどられて暇になったんだ。今日の残りと明日の仕事を取られたから、もう家に帰ってきた。俺一人で寂しい”
”美琴ちゃんのお父さん降臨しとるwwww”
”お父さんお父さん、ここはSNSじゃなくて配信ですぜ”
”秘書さんが死ぬほど優秀すぎて草”
”雷電親子の周りには優秀な人材が集まるようにでもなっとるんか?”
”つかさり気に、美琴ちゃんに歌えって言ってるスパチャぶん投げてんだけどこの人www”

『旦那様も支援してくださるそうなので、これはもう歌うしかないですね』
「どうしてこうなるのよっ!?」

 本当はあれこれ理由を付けてうやむやにするつもりだったのだが、こんなビッグゲストまで絡んできてしまうとなると、それはもう不可能だろう。
 きっとノリノリになって、めちゃくちゃ性能のいいマイクやオーディオインターフェースを持ってくるのだろうなと、一瞬のうちに諦めが付いた頭でぼんやりと思う。

 はぁー、と深く長い溜息を吐く。その瞬間、首筋辺りにざわっとした言語化できない何かを感じ、ほぼ反射で反応して雷薙を振るう。
 バギンッ! という音を響かせて何かが弾かれ、地面に落ちる。
 それに視線を落とすと、何かしらの魔術がかかっているらしい気配を感じる棒手裏剣があった。

「自分達の邪魔をされたからって、こんな場所で不意打ちするだなんてみっともないとは思わないんですか?」

 真っすぐ視線を外さずに言うと、何もない空間がゆらりと揺らぐように歪み、そこから二人の男性が姿を見せる。
 その二人は、少し前に探索者ギルドで灯里を無理に勧誘しようとしていた男性達だった。
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