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第一部 第五章 知者の王と雷神
73話 ダンジョンキャンプ
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三百人で攻略を始めたのに、今日一日でその数を二百六十人まで減らしてしまった。
その事実はあまりにも重く美琴達にのしかかり、全体的に暗い雰囲気が蔓延し始める。
「弱いやつらじゃのう。深層がこれくらい危険な場所であることくらい、行く前から分かっておったというに」
「一応、まだ百鬼夜行の方が手強いように感じますね」
怯えたように座り込んでいる探索者達を見て、周りに聞こえないくらいの声で言う幼馴染の退魔師二人。
過去に一度、百鬼夜行に巻き込まれて死にかけた経験があるため、華奈樹の言うことも、美桜の言うことも理解できる。
しかし、周りに聞こえていないからってもう少し言い方というものがあるだろうと、叱責する目を向ける。
アイリも今の発言はまずいと感じたようで、美桜が話し始めるのとほぼ同時にマイクの入力音量をいじって、視聴者達に聞こえないようにしてくれた。
「そういうことは思っても言わないの。あなた達からすれば、どう考えてもおかしいけど日常茶飯事とはいえ、今まで下層で止まっていた人達からすれば、深層は経験したことない地獄なんだから」
「分かっておる。ただ、こういう場所だと理解しておきながら、いざそれと直面して心が折れるのは、少し心が弱いと思ったのじゃ。……本当の意味でも恐怖とは、こんなものではないからのう」
「大災害、疫病、神話体系。それらが基で生まれた怪異は、ここのモンスターの比じゃありませんでした。天然痘の恐怖が基で生まれた特等怪異疱瘡神と対峙した時、五百人が対処に当たって三分の二が殺されたことがあります。私と美桜もその戦いに参加していましたけど、次々と見知った顔が目の前で天然痘に罹って醜く膨れ上がって死んでいくのを見ました。あの時の、何もできないという無力さと比べれば、ここはまだ優しい場所です。きちんと対処できれば、即死するなんてことはありませんから」
三年前に京都郊外に現れた、疫病・天然痘に対する恐怖を基に生まれた疫病神、疱瘡神。
大きな犠牲を払ってどうにかして祓うのに成功したと聞いていたが、そこまで酷い被害が出ていたとは思わなかった。
それにこの二人が参加していたこともかなり驚きだが、天然痘に罹患させて即死させるとは、なんとも恐ろしい怪異だ。
確かに、目の前で数百人単位で人が死んでいくのを、それも天然痘に罹って醜く膨れ上がって即死していくのを見れば、まだ対処すればどうにかすることができるここはぬるいのだろう。
死んでいい人間なんて存在しない。しかし誰かを犠牲にしなければ祓うことができないなら、迷わず冷酷さを選んである程度の犠牲を受け入れ、目的を遂行しなければいけない。それが、祓魔局に所属する呪術師と退魔師のやることだ。
そこの最上位である特等と、あまりのも数の少ない特等を除けば実質的な最上位である一等ともなれば、そういった人死にの場面など、慣れてしまうほど見ることになる。
一々目の前で人が死んでそれに憤慨していては、祓えるものも祓えない。
それをここにいる誰よりも理解しているからこそ、この二人は誰よりも冷酷になることを選んで、あのよう発言をしたのだろう。殺されてしまった者達のために、必ず上域を攻略して見せるためにも。
実家に美琴が神として縛られることを嫌って逃げ、化け物と呼ばれるのが嫌だから逃げてきた美琴と違って、この二人は自分の責務を全うし続けてきて、幾度となく人死にを見てきたのだなと、まだそれを知らない美琴は胸が痛くなった。
「あ、あの、ちょっといい、か?」
剣術でも、退魔師としても、そして心の面でも、きっとこの二人には敵わないのだろうなと思っていると、男性探索者が声をかけてきた。
顔を上げると、少し緊張した面立ちで座っている美琴のことを見ており、何の用だろうと首を傾げる。
「その、こんなくらい雰囲気の中失礼だと思うだろうけど、こんな暗くなっているからこそお願いしたいことがあるんだ」
「お願いしたいこと、ですか?」
こうして話しかけてくるということは、あまりにも強力な戦力が集中している第一班から抜けて、自分達の班に来てほしいというのではないかと思ったが、どうもそんな感じではなさそうだ。
「も、もしよかったら、オレ達に飯を作ってくれないか? 数も数だし手間も時間もかかるから、その分の代金は出すから」
その申し出に、思わず少しだけぽかんとしてしまう。
料理は好きだし、作ること自体別に苦じゃないので問題はないが、自分の家族以外でそういう申し出をされるのが初めてで驚いてしまった。
「別に構いませんけど、すごく凝ったものは作れないですよ?」
「そこまでこだわらなくていい。ただ、ブラッククロスの連中以外は、美琴ちゃん目当てで来ている奴が多い。今はこんな雰囲気だけど、自分の推しが料理を作ってくれたと思えば、多少は士気が上がると思うんだ」
理由を聞いて、なるほどと思うと同時に、少し気恥しくなった。
料理好きで、料理上手だと自負はしているが、結局はただの家庭料理に過ぎない。
なにやら美琴の作るものがあまりにも特別視されすぎている気がしてならず、ここでしっかりと自分の料理は家で食べる家庭料理だと教えたほうがいいかもしれない。
早速了承して、数が多いので幼馴染二人にも手伝ってもらう。
二人とも自炊はできるそうなので、役割を分担して時短する。
『何を作るおつもりで?』
「材料を見てから決める。まあ、こういう場所だし、カレーとかシチューになりそうだけど」
お願いしてきた男性に案内され、準備された食材を確認する。
牛肉にニンジン、玉ねぎ、じゃがいも、醤油、砂糖、中濃ソース、ケチャップ、お酒。
材料を確認して、これで作れるものはビーフシチューくらいだと決めて、すぐに取り掛かる。
ルーがないので、やや本格的にはなるがデミグラスソースを作ることから始める。
まずは牛肉を炒めて肉汁と油を出し、それを別の鍋に移して醤油、砂糖、中濃ソース、ケチャップ、お酒を混ぜて、弱火で煮る。実はこれだけでソース自体は完成する。
牛肉が思ったよりも量があったので肉汁と油が結構出て、思い浮かべていた味と少し違ったが、誤差の範囲だと下手にこだわりを出さず我慢する。
それからニンジンとじゃがいも、玉ねぎを炒めた傍から寸胴鍋に移していき、大量の水を入れてぐつぐつと煮込み、そこにデミグラスソースを入れてまた煮込む。
その他にも調味料を少しずつ加えて味を調え、おおむね満足できる味に仕上がった。
付け合わせのパンも、わざわざ用意してくれていたようで、もしこれで美琴が了承していなかったらどうするつもりだったのだろうかと、苦笑する。
紙皿とプラスチックのスプーンを用意してもらい、準備ができたので声をかけようとするよりも先に、匂いに釣られてやってきた探索者達が列を成していた。
誰が最初に美琴からシチューを手渡ししてもらうかもめていたが、面倒ごとを起こすなら先に自分の分だけよそって、他の人に任せるといったら一瞬で大人しくなってくれた。
「随分と人の並び方が偏っている気がするのう?」
「まあ、仕方ないですよ。有名人で人気者ですから」
「こういう言い方はよくないと分かっておるが、男とは単純な生き物じゃな」
受け取り場所は一つじゃないし、お腹が空いて仕方がない探索者は華奈樹と美桜の方に並んで受け取っているが、結構な数が美琴の方に並んでいる。
こういう時くらいは普通に並んでくれと思うが、先ほどの暗い雰囲気を見ていたため何も言えず、よそ行きの笑顔を浮かべながら次々とよそっては渡していく。
「私も、いただけるかしら?」
「あ、マラブさん。……大丈夫ですか? さっきより顔色酷いですけど」
「ぶっちゃけ地上に帰りたい。でも帰ったらもっとヤバいのがいるから帰れない」
「何が地上で待っているんですか……」
かなりやつれた感じなので特別に少しだけ肉と野菜を多く盛り付けて渡す。
「ちゃんとご飯食べてますか?」
「一応ね。ここ二週間は、食べたら口の中の水分持っていかれるブロックの栄養補助食品と、ゼリー飲料ばかりだけど」
「……もう少し多く盛りましょうか?」
「いいわよ。残りそうだし、あとでおかわりしに来るから。あ、でももう一つもらっていいかしら?」
「え? ……えぇ、いいですよ」
どうしてもう一つ欲しいのかと一瞬思うが、すぐに理由を思いついて、なんとも言えない表情を浮かべてからシチューをもう一つよそって渡す。
それを受け取ったマラブは真っすぐ、地面に胡坐をかいて座っている仁一の下に向かい、そこで何かやり取りしていたが、苦虫を噛み潰したような顔をしてマラブからシチューを受け取っていた。
しばらくよそい続けて一段落着いたところで、美琴達も食事にありつく。
野菜も柔らかくほくほくに仕上がり、少し味が濃いがたくさん動いた後なのでちょうどいい。
パンを千切ってシチューに浸して食べたり、スプーンですくって野菜と一緒に味を楽しむ。
「こんな場所でこうしたまともな食事にありつけるとは思わんかったが、こうした場所だからこそしっかりと食事を取らんと体が持たぬな」
「そういう意味では、あの人の申し出はちょうどよかったかもしれませんね」
「これだけの数作るのは初めてだけどね。炊き出しをやっている人達の大変さが、なんだかよく分かった気がするわ」
比較的簡単な料理ではあるが、それでも量が量なので大変だった。
今回はこの数で済んだが、もしこれが大災害の後であったらもっとたくさん作らなければいけなかっただろう。
そういう時に炊き出しをする人達の大変さ片鱗を味わったような気がして、心の中で賞賛の言葉を送った。
流石に一杯だけでは足りなかったのでおかわりしに行くと、食べ終わっていた他の探索者達もやってきておかわりを要求してきたので、自分の分を後回しにしてよそっていく。
その中にマラブも混ざっており、二杯目はもう少し肉を増やしてほしいと言われたので、ついでに野菜も増やして入れておいた。
”くそぅ! 美琴ちゃんから料理を手渡ししてもらえるなんて、なんて幸せなんだ!”
”さっきまでお通夜みたいな空気だったのに、やっぱさいかわぽん女神の影響力は伊達じゃないな”
”自分のために並んでいる奴が目立つけど、立つ気力すらない奴のために並んでる奴もいて感動する”
”しれっと列に腐れ十字のやつら混じってたな”
”うわー、卑しいなー”
”美琴ちゃんのことは目の敵にしておいて、こういう時は美味しい思いをするのかよ”
”でもまあ一応、全員が全員美琴ちゃんのこと嫌いってわけじゃないっぽいし”
”どんなに悪いやつでも、美味そうな匂いには勝てないんだろうな”
”美少女の料理を食べられるだけでも幸運だと思って、一口一口じっくり味わって食えよな”
”地獄にはいきたくないけど、そこにだけは行きたかった”
「随分と面白いコメント欄ですね」
「ちらほらと、黒十字の悪口も混じっておるがな」
「それはここ最近いつものことよ。いい加減、この騒動も収まってほしいんだけどね」
色々あって敵視はしていないわけでもないが、特にブラッククロスに興味はないので、未だに燃え続けているこの騒動に終止符が打たれてほしいと思う。
アイリが調べたところでは、ギルドがこのクランを解散に持ち込めるように暗躍しているようで、すでにかなりの数の悪行の証拠が集まっているらしい。
あとは何かまた大きな大問題を起こした際に、止めの一撃としてその証拠を基に解散命令を出し、晴れて日本に蔓延る巨大な斧敗の一つを取り除く手はずになっているらしい。
この情報をどこで拾ってきたのか、ものすごく気になるところではあるのだが、なんとなくそれについては聞いてはいけないような気がするので、聞かないでいる。
食事をとった後は、明日も早朝から活動することになるだろうからと、早めに寝ることにした。
ブレスレットの中に寝袋を一つしまってあるのでそれを取り出し、寝る前に歯磨きをしてから潜り込んだ。
本音を言えば水浴びくらいはしたいのだが、安全地帯の中にそれができる場所なんてなかったし、仮にあったとしてもどこに人の目があるか分かったものじゃないので、今日は諦めることにした。
帰ったら疲れを取るためにも、ゆったりゆっくりお風呂に入って休もうと決め、慣れない寝袋に包まれながら瞼を閉じて、意識を落とした。
その事実はあまりにも重く美琴達にのしかかり、全体的に暗い雰囲気が蔓延し始める。
「弱いやつらじゃのう。深層がこれくらい危険な場所であることくらい、行く前から分かっておったというに」
「一応、まだ百鬼夜行の方が手強いように感じますね」
怯えたように座り込んでいる探索者達を見て、周りに聞こえないくらいの声で言う幼馴染の退魔師二人。
過去に一度、百鬼夜行に巻き込まれて死にかけた経験があるため、華奈樹の言うことも、美桜の言うことも理解できる。
しかし、周りに聞こえていないからってもう少し言い方というものがあるだろうと、叱責する目を向ける。
アイリも今の発言はまずいと感じたようで、美桜が話し始めるのとほぼ同時にマイクの入力音量をいじって、視聴者達に聞こえないようにしてくれた。
「そういうことは思っても言わないの。あなた達からすれば、どう考えてもおかしいけど日常茶飯事とはいえ、今まで下層で止まっていた人達からすれば、深層は経験したことない地獄なんだから」
「分かっておる。ただ、こういう場所だと理解しておきながら、いざそれと直面して心が折れるのは、少し心が弱いと思ったのじゃ。……本当の意味でも恐怖とは、こんなものではないからのう」
「大災害、疫病、神話体系。それらが基で生まれた怪異は、ここのモンスターの比じゃありませんでした。天然痘の恐怖が基で生まれた特等怪異疱瘡神と対峙した時、五百人が対処に当たって三分の二が殺されたことがあります。私と美桜もその戦いに参加していましたけど、次々と見知った顔が目の前で天然痘に罹って醜く膨れ上がって死んでいくのを見ました。あの時の、何もできないという無力さと比べれば、ここはまだ優しい場所です。きちんと対処できれば、即死するなんてことはありませんから」
三年前に京都郊外に現れた、疫病・天然痘に対する恐怖を基に生まれた疫病神、疱瘡神。
大きな犠牲を払ってどうにかして祓うのに成功したと聞いていたが、そこまで酷い被害が出ていたとは思わなかった。
それにこの二人が参加していたこともかなり驚きだが、天然痘に罹患させて即死させるとは、なんとも恐ろしい怪異だ。
確かに、目の前で数百人単位で人が死んでいくのを、それも天然痘に罹って醜く膨れ上がって即死していくのを見れば、まだ対処すればどうにかすることができるここはぬるいのだろう。
死んでいい人間なんて存在しない。しかし誰かを犠牲にしなければ祓うことができないなら、迷わず冷酷さを選んである程度の犠牲を受け入れ、目的を遂行しなければいけない。それが、祓魔局に所属する呪術師と退魔師のやることだ。
そこの最上位である特等と、あまりのも数の少ない特等を除けば実質的な最上位である一等ともなれば、そういった人死にの場面など、慣れてしまうほど見ることになる。
一々目の前で人が死んでそれに憤慨していては、祓えるものも祓えない。
それをここにいる誰よりも理解しているからこそ、この二人は誰よりも冷酷になることを選んで、あのよう発言をしたのだろう。殺されてしまった者達のために、必ず上域を攻略して見せるためにも。
実家に美琴が神として縛られることを嫌って逃げ、化け物と呼ばれるのが嫌だから逃げてきた美琴と違って、この二人は自分の責務を全うし続けてきて、幾度となく人死にを見てきたのだなと、まだそれを知らない美琴は胸が痛くなった。
「あ、あの、ちょっといい、か?」
剣術でも、退魔師としても、そして心の面でも、きっとこの二人には敵わないのだろうなと思っていると、男性探索者が声をかけてきた。
顔を上げると、少し緊張した面立ちで座っている美琴のことを見ており、何の用だろうと首を傾げる。
「その、こんなくらい雰囲気の中失礼だと思うだろうけど、こんな暗くなっているからこそお願いしたいことがあるんだ」
「お願いしたいこと、ですか?」
こうして話しかけてくるということは、あまりにも強力な戦力が集中している第一班から抜けて、自分達の班に来てほしいというのではないかと思ったが、どうもそんな感じではなさそうだ。
「も、もしよかったら、オレ達に飯を作ってくれないか? 数も数だし手間も時間もかかるから、その分の代金は出すから」
その申し出に、思わず少しだけぽかんとしてしまう。
料理は好きだし、作ること自体別に苦じゃないので問題はないが、自分の家族以外でそういう申し出をされるのが初めてで驚いてしまった。
「別に構いませんけど、すごく凝ったものは作れないですよ?」
「そこまでこだわらなくていい。ただ、ブラッククロスの連中以外は、美琴ちゃん目当てで来ている奴が多い。今はこんな雰囲気だけど、自分の推しが料理を作ってくれたと思えば、多少は士気が上がると思うんだ」
理由を聞いて、なるほどと思うと同時に、少し気恥しくなった。
料理好きで、料理上手だと自負はしているが、結局はただの家庭料理に過ぎない。
なにやら美琴の作るものがあまりにも特別視されすぎている気がしてならず、ここでしっかりと自分の料理は家で食べる家庭料理だと教えたほうがいいかもしれない。
早速了承して、数が多いので幼馴染二人にも手伝ってもらう。
二人とも自炊はできるそうなので、役割を分担して時短する。
『何を作るおつもりで?』
「材料を見てから決める。まあ、こういう場所だし、カレーとかシチューになりそうだけど」
お願いしてきた男性に案内され、準備された食材を確認する。
牛肉にニンジン、玉ねぎ、じゃがいも、醤油、砂糖、中濃ソース、ケチャップ、お酒。
材料を確認して、これで作れるものはビーフシチューくらいだと決めて、すぐに取り掛かる。
ルーがないので、やや本格的にはなるがデミグラスソースを作ることから始める。
まずは牛肉を炒めて肉汁と油を出し、それを別の鍋に移して醤油、砂糖、中濃ソース、ケチャップ、お酒を混ぜて、弱火で煮る。実はこれだけでソース自体は完成する。
牛肉が思ったよりも量があったので肉汁と油が結構出て、思い浮かべていた味と少し違ったが、誤差の範囲だと下手にこだわりを出さず我慢する。
それからニンジンとじゃがいも、玉ねぎを炒めた傍から寸胴鍋に移していき、大量の水を入れてぐつぐつと煮込み、そこにデミグラスソースを入れてまた煮込む。
その他にも調味料を少しずつ加えて味を調え、おおむね満足できる味に仕上がった。
付け合わせのパンも、わざわざ用意してくれていたようで、もしこれで美琴が了承していなかったらどうするつもりだったのだろうかと、苦笑する。
紙皿とプラスチックのスプーンを用意してもらい、準備ができたので声をかけようとするよりも先に、匂いに釣られてやってきた探索者達が列を成していた。
誰が最初に美琴からシチューを手渡ししてもらうかもめていたが、面倒ごとを起こすなら先に自分の分だけよそって、他の人に任せるといったら一瞬で大人しくなってくれた。
「随分と人の並び方が偏っている気がするのう?」
「まあ、仕方ないですよ。有名人で人気者ですから」
「こういう言い方はよくないと分かっておるが、男とは単純な生き物じゃな」
受け取り場所は一つじゃないし、お腹が空いて仕方がない探索者は華奈樹と美桜の方に並んで受け取っているが、結構な数が美琴の方に並んでいる。
こういう時くらいは普通に並んでくれと思うが、先ほどの暗い雰囲気を見ていたため何も言えず、よそ行きの笑顔を浮かべながら次々とよそっては渡していく。
「私も、いただけるかしら?」
「あ、マラブさん。……大丈夫ですか? さっきより顔色酷いですけど」
「ぶっちゃけ地上に帰りたい。でも帰ったらもっとヤバいのがいるから帰れない」
「何が地上で待っているんですか……」
かなりやつれた感じなので特別に少しだけ肉と野菜を多く盛り付けて渡す。
「ちゃんとご飯食べてますか?」
「一応ね。ここ二週間は、食べたら口の中の水分持っていかれるブロックの栄養補助食品と、ゼリー飲料ばかりだけど」
「……もう少し多く盛りましょうか?」
「いいわよ。残りそうだし、あとでおかわりしに来るから。あ、でももう一つもらっていいかしら?」
「え? ……えぇ、いいですよ」
どうしてもう一つ欲しいのかと一瞬思うが、すぐに理由を思いついて、なんとも言えない表情を浮かべてからシチューをもう一つよそって渡す。
それを受け取ったマラブは真っすぐ、地面に胡坐をかいて座っている仁一の下に向かい、そこで何かやり取りしていたが、苦虫を噛み潰したような顔をしてマラブからシチューを受け取っていた。
しばらくよそい続けて一段落着いたところで、美琴達も食事にありつく。
野菜も柔らかくほくほくに仕上がり、少し味が濃いがたくさん動いた後なのでちょうどいい。
パンを千切ってシチューに浸して食べたり、スプーンですくって野菜と一緒に味を楽しむ。
「こんな場所でこうしたまともな食事にありつけるとは思わんかったが、こうした場所だからこそしっかりと食事を取らんと体が持たぬな」
「そういう意味では、あの人の申し出はちょうどよかったかもしれませんね」
「これだけの数作るのは初めてだけどね。炊き出しをやっている人達の大変さが、なんだかよく分かった気がするわ」
比較的簡単な料理ではあるが、それでも量が量なので大変だった。
今回はこの数で済んだが、もしこれが大災害の後であったらもっとたくさん作らなければいけなかっただろう。
そういう時に炊き出しをする人達の大変さ片鱗を味わったような気がして、心の中で賞賛の言葉を送った。
流石に一杯だけでは足りなかったのでおかわりしに行くと、食べ終わっていた他の探索者達もやってきておかわりを要求してきたので、自分の分を後回しにしてよそっていく。
その中にマラブも混ざっており、二杯目はもう少し肉を増やしてほしいと言われたので、ついでに野菜も増やして入れておいた。
”くそぅ! 美琴ちゃんから料理を手渡ししてもらえるなんて、なんて幸せなんだ!”
”さっきまでお通夜みたいな空気だったのに、やっぱさいかわぽん女神の影響力は伊達じゃないな”
”自分のために並んでいる奴が目立つけど、立つ気力すらない奴のために並んでる奴もいて感動する”
”しれっと列に腐れ十字のやつら混じってたな”
”うわー、卑しいなー”
”美琴ちゃんのことは目の敵にしておいて、こういう時は美味しい思いをするのかよ”
”でもまあ一応、全員が全員美琴ちゃんのこと嫌いってわけじゃないっぽいし”
”どんなに悪いやつでも、美味そうな匂いには勝てないんだろうな”
”美少女の料理を食べられるだけでも幸運だと思って、一口一口じっくり味わって食えよな”
”地獄にはいきたくないけど、そこにだけは行きたかった”
「随分と面白いコメント欄ですね」
「ちらほらと、黒十字の悪口も混じっておるがな」
「それはここ最近いつものことよ。いい加減、この騒動も収まってほしいんだけどね」
色々あって敵視はしていないわけでもないが、特にブラッククロスに興味はないので、未だに燃え続けているこの騒動に終止符が打たれてほしいと思う。
アイリが調べたところでは、ギルドがこのクランを解散に持ち込めるように暗躍しているようで、すでにかなりの数の悪行の証拠が集まっているらしい。
あとは何かまた大きな大問題を起こした際に、止めの一撃としてその証拠を基に解散命令を出し、晴れて日本に蔓延る巨大な斧敗の一つを取り除く手はずになっているらしい。
この情報をどこで拾ってきたのか、ものすごく気になるところではあるのだが、なんとなくそれについては聞いてはいけないような気がするので、聞かないでいる。
食事をとった後は、明日も早朝から活動することになるだろうからと、早めに寝ることにした。
ブレスレットの中に寝袋を一つしまってあるのでそれを取り出し、寝る前に歯磨きをしてから潜り込んだ。
本音を言えば水浴びくらいはしたいのだが、安全地帯の中にそれができる場所なんてなかったし、仮にあったとしてもどこに人の目があるか分かったものじゃないので、今日は諦めることにした。
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