妄想女医・藍原香織の診察室

Piggy

文字の大きさ
112 / 309
恋愛編

47話【daily work】林 惣之助:究極の美(藍原編)①

しおりを挟む
 病棟に行くと、いつも早めに来てるはずの東海林君がいない。……そういえば、今日は免許の更新に行くからちょっと遅れるっていってたっけ。……仕方ないなあ。

 ちょっと嫌だけど、ひとりで回診。7人いる入院患者さんの顔を順に見て、最後に……林さんの個室の前に立つ。
 はあ。また変な話にならないといいけど。
 ひとつ深呼吸をすると、ばっちり仕事モードにギアを入れ直して、扉をノック。

「林さん、おはようございます。入りますねー」

 明るく声をかけて、ガラッと扉を開け……

「ひゃあああっ!?」

 予想外の光景に、素っ頓狂な声を上げて壁にへばりつく。

「ああ、おはようごさいます、藍原先生」

 返事をしたのは、凛太郎くんだった。

「ど、どどどどうしてっ!」

 面会時間外なのに、どうして凛太郎くんがいるの……それも、完全に、素っ裸で!!

「なななななんで、何を、ここで、その恰好は……っ」

 ダメだ、完全にパニックになって日本語がおかしくなってる! 見ちゃダメ、見ちゃダメなんだけど、うう、目が、放せない……っ!

 凛太郎くんは、林さんの座っているベッドの横に立っていた。左腕を頭の後ろに回して右肩のそばに、右手は顎のあたりを繊細に触れている。少しだけ背中を反って、やや傾げた顔であたしに流し目を送ってくる。……うう、ヤバい、これは、ものすごく……色っぽいわ! 蝋人形みたいにつやつやしたきれいな白い肌で、無駄な肉はついてなくて、痩せすぎてもいない。少年のような体型で、反った背中から浮き出る肩甲骨が、何だかすごくいやらしい。そして、下半身は……

「ひょええええっ!?」

 見ちゃいけないと思いつつ見てしまった下半身の衝撃に、あたしはこの世のものとは思えない声を出してしまった。下半身も、もちろん裸。そして、そして……凛太郎くんの股間は、完全に、勃起していたっ!!

「凛太郎くん、左腕がちょっと下がったよ」
「すみません、先生」

 凛太郎くんが林さんに指摘され、角度を修正して再び視線を床に落とす。……う、美しい……。本当に彫刻みたいだわ……。じゃ、なくて! そうじゃなくて! 

「あ、あ、あのですね、入院中に、病室で、こ、このようなことは……っ、第一、面会時間じゃないですし!?」

 林さんは、大きなスケッチブックのようなものに鉛筆で絵を描いていた。……デッサン、てやつかな? こ、こんな病室でまで、創作活動……。凛太郎くんを、真っ裸にして……。それにしても、どうして……勃起?

「すみませんね、藍原先生。毎日何か描いていないと、落ち着かないんですよ……」

 林さんが淡々とした口調で視線を凛太郎くんに固定したまま話す。凛太郎くんはその後、ぴくりとも動かない。……さすが、モデルだわ……。いやらしいと思ってしまったあたしが恥ずかしくなるほど、ふたりは淡々と作業をしている。……いや、そうじゃない。淡々としているなら……どうして、勃起?

「あ、あの、とにかく、せめて服は着てくれないと……ここにはナースやお掃除の人も出入りしますし、急にこんな光景に出くわしたら、みなさんそりゃあびっくりして、もう、大問題になりますよ……」
「服ですって……?」

 林さんが、鼻で軽く笑い飛ばした。……え、それだけ? ちょっと、今、バカにしたでしょ!? これだから芸術をわからない者は、って! 

「こ、ここは病院なのでっ、お仕事されたい気持ちはわかりますが、もう少し、内容をちょっと、考えていただいて……」

 しどろもどろに説明するあたしに、林さんが初めて目を向けた。

「……藍原先生。……いいですねえ。やはり白衣は、魔法のスパイスだ」

 ああっ、またその話!? まずい、今このタイミングでそれは、まずいってば!

「……私ね、昨夜藍原先生にお会いしたあと、インスピレーションが沸いて、少し、描かせていただいたんですよ……」

 そういうと鉛筆を置き、床頭台に乗せてあった一回り小さなスケッチブックを取り出した。

「昨夜の、あなたです」

 見せられた絵を見て、思わず息を呑んだ。それは、インターネットで出てきたようなヌードではなくて、いわゆる、肖像画だった。胸から上の、鉛筆で書かれた肖像画。まるで写真かと思うほどのリアルなタッチで、あたしの顔が描かれている。それが、あたしなんだけど、まるであたしじゃないみたいに……

「……とても、きれいですね」

 つい、そう呟いてしまった。自分の絵を見てキレイだなんて、まるで自分を褒めてるみたいかな? でも、本当に、そう思ってしまった。あたしがきれいなんじゃなくて、その絵が放つ、オーラみたいなものが……何ていうんだろう、素人のあたしにはうまく表現できない。

「ふふ、そうでしょう? 藍原先生、これは、あなた自身ですよ? 私にはあなたが、こう見えたのです」

 林さんが満足そうに微笑む。

「あの、とてもきれいですけど、あたし、こんなんじゃ……」
「ふふ。やはりあなたは、気づいていないんですねえ。あなたの内に潜む、美しさを。あなたは純粋に私の絵がうまいだけだと思っていらっしゃる。でも、そうではないんです。私は、あなたの内側に潜む美を引き出しただけ。この美しさはすべて、あなた自身のものです。どうですか? 清らかで純粋で、聖母のような美しさ」

 それは絶対いいすぎだと思う。あたしのどこが清らかなのか……。

「でもね。この絵では、まだダメなんです」
「え?」
「いったでしょう? 清らかさは、いくら追求しても真実の美にはならない。この絵はね、未完成なのです。この絵が本当の美しさを放つとき……それは、この絵に欠けている感性が、誕生したとき。わかりますか? この絵の対極にあるものが同時に存在してこそ、この絵の輝きはいっそう増すのです」

 ……えっと、わかるような、わからないような……。

「つまりね、この絵にはまだ、性の生々しさが足りないんですよ――香織さん」

 突然耳元で、少年の声が響いた。ビクッと体が震える。

 凛太郎くんが、いつの間にか、あたしの背後に立っていた。
しおりを挟む
感想 154

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...