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1章・モエ
チトとの出会い・5
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さて、放課後――。モエはホームルームが終わると、すぐに帰り支度をして、中庭へ向かった。
花咲千歳……。
あのあと、吉川が教えてくれたことだが、あのチトという男子生徒の名前は、花咲千歳というらしい。見た目は黒縁眼鏡をかけて、地味で大人しい印象のある彼だが、実は熱血系の植物ヲタク。植物のことはなんでも知っている、特進クラスの高校3年生――なのだそうだ。
チトは園芸部に所属しており、枯れかかった草木も彼の手にかかると、すぐに復活するという。また、千歳という名前なので、上から2文字を取って「チト」と呼ばれていること。友人関係は希薄なことを、吉川は教えてくれた。なんでも、チトと吉川は同じ中学校に通っていたのだという。
――チト、いいヤツなんだけどね。会話しても、植物の話ばっかりで、ときどき熱くなりすぎちゃうことがあるんだよ。だから、みんなからも一線を引かれがちなのかも。よくひとりでいるとこ見かけるし。
――ふうん……。
――お前と、ちょっと似てるかもな。ヲタクっぽくて、人一倍、凝り性なところ。
吉川が、笑みをこぼしてそう言ったのを思い出し、モエはムッとして、下唇を突き出した。
「どっこが似てるんだっつーの……」
要するに、チトはクラスからちょっと浮いてるヲタク系男子、ということだろうが、いったいどの辺りがモエと似ているのだろう。モエはあんなに初対面の人にぎゃあぎゃあ言わないし、もっと大人だ。内面はもちろん、外見だってまったく似ていない。
だが、ひとつだけ――。明らかにチトと自分が似ているところを見つけてしまって、ため息を吐く。
あ……、クラスからちょっと浮いてるってことは、おんなじか。
どうでもいいが、面倒なことになってしまった――と、強く後悔しながら、モエは昇降口を出て、中庭に到着する。それから間もなくして、チトはやってきた。しかし、仏頂面なその顔には、まだ明らかに怒りが残っている。
まだ怒ってんのかなぁ……。
モエはうんざりさせられながら、今一度、深く頭を下げた。
「チトくん、本当にごめんな!」
すると、数秒ほど沈黙があってから、チトは黙ってワイシャツを脱いだ。その下にはTシャツを着ていたらしい。さらに、スラックスを脱ぎ、素早くジャージを穿く。そうして、ぼそぼそとした声で訊いた。
「チトってあだ名……、吉川くんに聞いたんですか」
「あ……ッ、ごめん! 勝手に呼んじゃって……」
「べつにいいですけど。先生にも同級生にも、チトって呼ばれてるし。それ以外のあだ名もないですから」
チトは口を尖らせながらそう言って、くせのある前髪をいじっている。その様子に、モエは密かにホッとした。さっきまでの威勢は、ややクールダウンしているようだ。
「よかった……。俺は鴻森萌」
「コウモリ……?」
「そう。……あ、ちょっと待ってて」
モエは、スラックスの後ろポケットからスマホを取り出すと、メモ機能に、自分の名前を打って、画面をチトに見せる。チトはそれを見て、目を丸くした。
「鴻森萌……。これで……、コウモリハジメって読むんですか……」
「うん。変わってるだろ。おかげで初対面の人には誰にも一発で読まれたことないんだよ」
「読めない――……っていうか、それで吉川くんに、モエって呼ばれてるんですね」
「そう。だいたい最初に間違われて、訂正するけど、そのままネタになってあだ名になるパターンなんだ。だから、チトくんも、俺のことはモエでいいから」
モエが手を差し出して、握手を求めると、チトは少しためらったようだが、モエの手をぎゅっと握ってくれた。
「よろしくお願いします……」
「よろしくね」
ぎゅっと握手をして、ほどなくして手は離れる。ようやく、穏やかに話せるようになったとモエは安堵したが、すぐにチトは鋭い眼差しをモエに向けた。
「そッ、それで、ですが……!」
「はい……!」
「昼休みのあと、5時限目と6時限目の授業中と、あと掃除の時間も、僕、考えてたんですけど」
「考えてた?」
「モエくんには、当分の間、僕と園芸部の活動を手伝ってもらいます。手伝いと言っても、おもに、この中庭の植栽の直しです。今日、モエくんが踏み荒らしたところを重点的に直しつつ、キレイに植栽し直す感じです……!」
予想通りのペナルティを言い渡されて、モエは納得する。だが、「わかった」と言いかけて、ハッと気付き、口を噤んだ。嫌な予感がしたのだ。
「ちょっと待った。それってさ、もしかして毎日やる感じ……?」
「そりゃ毎日ですよ」
「土日、祝日も? オフ日なし?」
「そうです!」
「やっぱり……」
嫌な予感が的中して、、モエはがっくりとうなだれる。すると、その反応には目が余る、とでも言うかのように、チトは眼鏡を人差し指でくい、と上げて、得意げに言った。
「まさか、毎日の作業が嫌なんですか? まったく甘ったれてる!」
「だってぇ……」
「いいですか、植物に休みなんかないんですよ。モエくんの心臓がお休みすることなく、毎日動き続けているのと同じように、植物にも休みはありません。僕らと同じ、生き物ですからね! 生きてるんです!」
「あー……、はいはい……」
「はい、は一回!」
「はあい!」
あぁー……、説教くせえー……。だけど、なんでもするって言っちゃったからなぁ……。
花咲千歳……。
あのあと、吉川が教えてくれたことだが、あのチトという男子生徒の名前は、花咲千歳というらしい。見た目は黒縁眼鏡をかけて、地味で大人しい印象のある彼だが、実は熱血系の植物ヲタク。植物のことはなんでも知っている、特進クラスの高校3年生――なのだそうだ。
チトは園芸部に所属しており、枯れかかった草木も彼の手にかかると、すぐに復活するという。また、千歳という名前なので、上から2文字を取って「チト」と呼ばれていること。友人関係は希薄なことを、吉川は教えてくれた。なんでも、チトと吉川は同じ中学校に通っていたのだという。
――チト、いいヤツなんだけどね。会話しても、植物の話ばっかりで、ときどき熱くなりすぎちゃうことがあるんだよ。だから、みんなからも一線を引かれがちなのかも。よくひとりでいるとこ見かけるし。
――ふうん……。
――お前と、ちょっと似てるかもな。ヲタクっぽくて、人一倍、凝り性なところ。
吉川が、笑みをこぼしてそう言ったのを思い出し、モエはムッとして、下唇を突き出した。
「どっこが似てるんだっつーの……」
要するに、チトはクラスからちょっと浮いてるヲタク系男子、ということだろうが、いったいどの辺りがモエと似ているのだろう。モエはあんなに初対面の人にぎゃあぎゃあ言わないし、もっと大人だ。内面はもちろん、外見だってまったく似ていない。
だが、ひとつだけ――。明らかにチトと自分が似ているところを見つけてしまって、ため息を吐く。
あ……、クラスからちょっと浮いてるってことは、おんなじか。
どうでもいいが、面倒なことになってしまった――と、強く後悔しながら、モエは昇降口を出て、中庭に到着する。それから間もなくして、チトはやってきた。しかし、仏頂面なその顔には、まだ明らかに怒りが残っている。
まだ怒ってんのかなぁ……。
モエはうんざりさせられながら、今一度、深く頭を下げた。
「チトくん、本当にごめんな!」
すると、数秒ほど沈黙があってから、チトは黙ってワイシャツを脱いだ。その下にはTシャツを着ていたらしい。さらに、スラックスを脱ぎ、素早くジャージを穿く。そうして、ぼそぼそとした声で訊いた。
「チトってあだ名……、吉川くんに聞いたんですか」
「あ……ッ、ごめん! 勝手に呼んじゃって……」
「べつにいいですけど。先生にも同級生にも、チトって呼ばれてるし。それ以外のあだ名もないですから」
チトは口を尖らせながらそう言って、くせのある前髪をいじっている。その様子に、モエは密かにホッとした。さっきまでの威勢は、ややクールダウンしているようだ。
「よかった……。俺は鴻森萌」
「コウモリ……?」
「そう。……あ、ちょっと待ってて」
モエは、スラックスの後ろポケットからスマホを取り出すと、メモ機能に、自分の名前を打って、画面をチトに見せる。チトはそれを見て、目を丸くした。
「鴻森萌……。これで……、コウモリハジメって読むんですか……」
「うん。変わってるだろ。おかげで初対面の人には誰にも一発で読まれたことないんだよ」
「読めない――……っていうか、それで吉川くんに、モエって呼ばれてるんですね」
「そう。だいたい最初に間違われて、訂正するけど、そのままネタになってあだ名になるパターンなんだ。だから、チトくんも、俺のことはモエでいいから」
モエが手を差し出して、握手を求めると、チトは少しためらったようだが、モエの手をぎゅっと握ってくれた。
「よろしくお願いします……」
「よろしくね」
ぎゅっと握手をして、ほどなくして手は離れる。ようやく、穏やかに話せるようになったとモエは安堵したが、すぐにチトは鋭い眼差しをモエに向けた。
「そッ、それで、ですが……!」
「はい……!」
「昼休みのあと、5時限目と6時限目の授業中と、あと掃除の時間も、僕、考えてたんですけど」
「考えてた?」
「モエくんには、当分の間、僕と園芸部の活動を手伝ってもらいます。手伝いと言っても、おもに、この中庭の植栽の直しです。今日、モエくんが踏み荒らしたところを重点的に直しつつ、キレイに植栽し直す感じです……!」
予想通りのペナルティを言い渡されて、モエは納得する。だが、「わかった」と言いかけて、ハッと気付き、口を噤んだ。嫌な予感がしたのだ。
「ちょっと待った。それってさ、もしかして毎日やる感じ……?」
「そりゃ毎日ですよ」
「土日、祝日も? オフ日なし?」
「そうです!」
「やっぱり……」
嫌な予感が的中して、、モエはがっくりとうなだれる。すると、その反応には目が余る、とでも言うかのように、チトは眼鏡を人差し指でくい、と上げて、得意げに言った。
「まさか、毎日の作業が嫌なんですか? まったく甘ったれてる!」
「だってぇ……」
「いいですか、植物に休みなんかないんですよ。モエくんの心臓がお休みすることなく、毎日動き続けているのと同じように、植物にも休みはありません。僕らと同じ、生き物ですからね! 生きてるんです!」
「あー……、はいはい……」
「はい、は一回!」
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あぁー……、説教くせえー……。だけど、なんでもするって言っちゃったからなぁ……。
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