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1章・モエ
チトとの出会い・4
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「ご、ごめんな……。その、気付かなくて……」
モエは深く頭を下げた。しかし、メガネ男子はキッとモエを睨みつけてから、すくっと立ち上がる。その目はやはり潤んでいた。彼はもう今にも泣きそうだ。
「どうしてくれるんですか……。このサルビアディスコロールちゃんは、僕んちの大切な親株から挿し木して、増やした個体だったんですよ。この辺のホームセンターや園芸店じゃなかなか売ってないから、わざわざお年玉はたいて通販で割高なのをわかってて購入して、大きくなった親株から、挿し木で増やして、1年半かかって、ようやく今年は蕾がついて花が見られそうだったのに……。大事な枝がみんな折れちゃったじゃないですか!」
「え、えっと……」
「今が一番いい季節なのに、蕾が折れちゃったら、もう来年は出てくるかどうかわかりませんよ!」
早口でまくしたてられて、モエは参ってしまった。元々、気まずかった雰囲気は今、より気まずさを増している。モエはちら、と吉川と結城に目をやった。どうしたらいいかわからず、助けを求めたのだ。だが、彼らは苦笑いをしてかぶりを振るだけだ。
「ちょっと、聞いてるんですか!」
「あぁ、うん。聞いてるよ……」
「どう落とし前つけてくれるんですかって言ってるんです!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐメガネ男子に堪えかねたのか、吉川がベンチをひょいと越えて、植え込みの――モエのそばへ近づいてくる。そうして、モエを守るようにして立ち、静かに言った。
「チト、少し落ち着けよ。モエだってわざとやったんじゃないだろ」
吉川はメガネ男子をチトと呼んだ。チト――。それが彼の名前なのだろうか。
「でも、でも……! このディスコロールちゃんはもう売ってないんですよ! この前、お年玉でストック用に苗を買おうとしたら、どこを見ても売り切れ表示になってたんですから!」
「べつにそれにこだわんなくても……。ほかのじゃだめなの?」
結城が軽い口調で訊く。だが、チトはすぐさまかぶりを振った。
「ほかのはほかのでしょ! 僕はここにディスコロールちゃんが合うと思ったから、植えたんです! 見てください、このブルーがかった葉っぱと、白い茎! 漆黒の花! これに合わせて、周囲にも見栄えがする下草を植えたっていうのに!」
興奮した様子で、チトは言う。彼が息継ぎをするほんの一瞬の隙を見て、モエは言った。
「な、なんでもするよ……。その、サルビアナントカちゃんってやつが必要なら、俺、頑張って見つけるから」
「ディスコロールちゃんだけじゃありません! 向こうのギボウシさんたちだって、やっと蕾をつけたのに、踏み荒らしちゃって、蕾が折れちゃってるんですよ。ギボウシさんは一年に一度しか花を咲かせないんです。あとから数本花茎が出てくることもありますけど、一番花が一番大きくてきれいなのに!」
「そ、そうなんだ……」
「そうなんだ、じゃないです! 僕はもう、高校3年生なんですよ。1年生のときから一生懸命作ってきた、この植栽スペースが、今年は集大成を迎えるはずだったんです……。それなのに、この有様じゃ、今から作り直したって秋になっても同じようにはなりません……。それに、この苗は今から探したって、見つかるわけないです!」
そう言うと、チトという彼は下唇を突き出して、泣きべそ顔のまま、肩を落とした。吉川と結城は、互いに顔を見合わせ、眉を上げる。彼らもお手上げなのだろう。だが、どうにかこの場をおさめないといけない。モエはもう一度頭を下げて訊ねた。
「本当にごめん……。元通りにはできないかもしれないけど、荒らした場所、直すの一緒に手伝うからさ。このサルビアナントカちゃんも、がんばって探すから」
そう言うと、チトはやはりモエを睨んだが、ほどなくすると、しょんぼりとうつむいて答えた。
「放課後、またここへ来てください。逃げたら、承知しませんからね……」
モエは思う。今日は学校へ来るべきではなかったのかもしれない、と。学校へ来なければ、弁当を忘れることもなく、中庭へ来ることもなく、ここで、吉川と結城の会話を聞いて、古傷を痛めることもなかった。そして、チトというメガネ男子に出会うこともなかったのだ。
モエは深く頭を下げた。しかし、メガネ男子はキッとモエを睨みつけてから、すくっと立ち上がる。その目はやはり潤んでいた。彼はもう今にも泣きそうだ。
「どうしてくれるんですか……。このサルビアディスコロールちゃんは、僕んちの大切な親株から挿し木して、増やした個体だったんですよ。この辺のホームセンターや園芸店じゃなかなか売ってないから、わざわざお年玉はたいて通販で割高なのをわかってて購入して、大きくなった親株から、挿し木で増やして、1年半かかって、ようやく今年は蕾がついて花が見られそうだったのに……。大事な枝がみんな折れちゃったじゃないですか!」
「え、えっと……」
「今が一番いい季節なのに、蕾が折れちゃったら、もう来年は出てくるかどうかわかりませんよ!」
早口でまくしたてられて、モエは参ってしまった。元々、気まずかった雰囲気は今、より気まずさを増している。モエはちら、と吉川と結城に目をやった。どうしたらいいかわからず、助けを求めたのだ。だが、彼らは苦笑いをしてかぶりを振るだけだ。
「ちょっと、聞いてるんですか!」
「あぁ、うん。聞いてるよ……」
「どう落とし前つけてくれるんですかって言ってるんです!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐメガネ男子に堪えかねたのか、吉川がベンチをひょいと越えて、植え込みの――モエのそばへ近づいてくる。そうして、モエを守るようにして立ち、静かに言った。
「チト、少し落ち着けよ。モエだってわざとやったんじゃないだろ」
吉川はメガネ男子をチトと呼んだ。チト――。それが彼の名前なのだろうか。
「でも、でも……! このディスコロールちゃんはもう売ってないんですよ! この前、お年玉でストック用に苗を買おうとしたら、どこを見ても売り切れ表示になってたんですから!」
「べつにそれにこだわんなくても……。ほかのじゃだめなの?」
結城が軽い口調で訊く。だが、チトはすぐさまかぶりを振った。
「ほかのはほかのでしょ! 僕はここにディスコロールちゃんが合うと思ったから、植えたんです! 見てください、このブルーがかった葉っぱと、白い茎! 漆黒の花! これに合わせて、周囲にも見栄えがする下草を植えたっていうのに!」
興奮した様子で、チトは言う。彼が息継ぎをするほんの一瞬の隙を見て、モエは言った。
「な、なんでもするよ……。その、サルビアナントカちゃんってやつが必要なら、俺、頑張って見つけるから」
「ディスコロールちゃんだけじゃありません! 向こうのギボウシさんたちだって、やっと蕾をつけたのに、踏み荒らしちゃって、蕾が折れちゃってるんですよ。ギボウシさんは一年に一度しか花を咲かせないんです。あとから数本花茎が出てくることもありますけど、一番花が一番大きくてきれいなのに!」
「そ、そうなんだ……」
「そうなんだ、じゃないです! 僕はもう、高校3年生なんですよ。1年生のときから一生懸命作ってきた、この植栽スペースが、今年は集大成を迎えるはずだったんです……。それなのに、この有様じゃ、今から作り直したって秋になっても同じようにはなりません……。それに、この苗は今から探したって、見つかるわけないです!」
そう言うと、チトという彼は下唇を突き出して、泣きべそ顔のまま、肩を落とした。吉川と結城は、互いに顔を見合わせ、眉を上げる。彼らもお手上げなのだろう。だが、どうにかこの場をおさめないといけない。モエはもう一度頭を下げて訊ねた。
「本当にごめん……。元通りにはできないかもしれないけど、荒らした場所、直すの一緒に手伝うからさ。このサルビアナントカちゃんも、がんばって探すから」
そう言うと、チトはやはりモエを睨んだが、ほどなくすると、しょんぼりとうつむいて答えた。
「放課後、またここへ来てください。逃げたら、承知しませんからね……」
モエは思う。今日は学校へ来るべきではなかったのかもしれない、と。学校へ来なければ、弁当を忘れることもなく、中庭へ来ることもなく、ここで、吉川と結城の会話を聞いて、古傷を痛めることもなかった。そして、チトというメガネ男子に出会うこともなかったのだ。
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