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1章・モエ
チトとの出会い・3
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「本当に辞めて、よかったのかな……」
「アイツがそう決めたんだから、しょうがないよ。――あ、今日ベンチまだ空いてるじゃん。ラッキー!」
おそるおそる、茂みからベンチの方を覗くと、さっきまでモエが座っていたベンチには、見覚えのある男子生徒がふたりが座っていた。ふたりともスポーツ科クラスの、剣道部員。モエと同い年の、主将と副主将だ。
「吉川と結城……」
吉川は主将、結城は副主将。モエはふたりをよく知っている。なにしろ、つい最近まで、同じチームメイトとして、切磋琢磨していた仲だった。部活ではもちろん、プライベートでもよくつるんでいた。仲はそれなりによかったと思っている。
「モエのやつ、ひよったんだろうなぁ。後輩たちが余計なこと言ったからさぁ……」
「でも、そんくらいで辞めちゃうのはもったいないよ」
「たぶん、図星だったんだって。じゃなきゃ、辞めないよ。実際、おれも後輩たちと同じように感じてたし」
結城の言葉を聞いて、モエは眉をしかめた。胸の奥に、彼の言葉が深く突き刺さったような感覚があって、少しだけ痛い。図星。その通りだった。
――モエ先輩の面打ち、見た?
――見た、見た。絶対、威力なくなったよな。
――オレも思った。やっぱさぁ、アキレス腱断裂って、いくら手術しても元には戻らないんだよ。一度切れると、何度もくせになって切れるっていうし。
――中学んとき、あんな強かったのにね。もう前みたいに飛べないなんて、かわいそう。
嫌な記憶を思い出してしまって、嫌な緊張感に体がこわばっていく。しゃがみこんだまま、ぎゅっと拳を握って、この会話が終わることをひたすらに願った。これ以上、彼らの会話を聞いていたくない。だが、この茂みを出れば、おそらくモエは彼らに見つかってしまうだろう。
最悪だ……。中庭なんかに来るんじゃなかったな……。
はぁ、と小さくため息を吐く。こんなときに限って、モエはイヤホンを持ってきていなかった。この茂みで隠れたまま、イヤホンの音量を爆上げしてロックでも流せば、会話なんか少しも聞こえてこないのに、数メートルほどしか離れていないこの場所では、彼らの会話は筒抜けだ。
モエはどうしようもなく、茂みに座りこんで、残りのあんドーナツをさっさとたいらげると、まるで刑事のように吉川たちの動きを監視しながら、チーズフランスを頬張った。だが、ちょうどその時だ。
「ちょっと、あんた」
「ひ……ッ」
不意に耳元で声がして、同時にワイシャツの裾を引っ張られ、モエは肩をすくめた。驚くあまり、かすれた声しか出なかったのが奇跡だった。おそるおそる、声がした後方へ振り向くと、そこには黒縁眼鏡をかけた、細身の男子生徒がしゃがんで、モエを鋭く睨みつけていた。
やや栗色をしたくせ毛が、風に吹かれてふわふわと揺れている。体つきはモエよりも少し小さいように見えた。制服を着崩すことなく、きっちりと着ているところを見る限り、彼は真面目なタイプなのだろう。
「ここでなにしてるんです。そこ、踏まないでくださいよ」
「な……っ、ば、ばか……!」
植え込みの中に侵入しているのを注意され、モエは慌てた。シーッ、シーッと人差し指を口の前に立てて見せ、静かにしろ、と、彼に合図をする。だが、そのメガネ男子はまったく聞き入れようとしなかった。
「なにやってんだかしらないけど、さっさと退いて――」
あー……ッ、もう!
モエは慌ててメガネ男子の手を掴むと、勢いよく引いた。そうして、彼の肩を抱くようにして、茂みに連れ込み、しゃがませ、茂みの向こう側にいる、吉川たちを無言で指差し、目で懸命に訴える。モエの声が吉川たちに聞こえたら、ここに隠れていることも気付かれてしまうし、きっと、この眼鏡男子を除いた全員が、気まずい思いをすることになる。ところが。
「だから……! 踏むなっつってんのが、わかんないんですか……!」
「どわ……ッ」
勢いよく突き飛ばされて、モエは茂みから追い出される。よろけて前につんのめり、どすん、とそのままベンチのすぐ後ろで転んでしまった。同時に、購買で買った食べかけのチーズフランスが宙を飛び、目の前に落ちてきて、モエは慌ててそれをキャッチする。おかげで、吉川と結城は、揃って後ろに振り向いた。
「あれ……?」
「モエじゃん……。そんなとこでなにやってんの?」
「あ、はははは……。ちょっとね……」
「もしかして……、今の話、聞いてた?」
結城に訊ねられて、ごくん、と生唾を飲む。恐れていた事態が起こってしまって、なんと答えたらいいのかわからず、すぐには声が出なかった。ところが――。
「うあぁーーーーッ!」
奇声にも近い声が後方で上がって、再びモエはびくっと肩をすくめる。振り返ると、さっきのメガネ男子がそこにいて、涙目でこちらへ近づいてきていた。
「だから……、踏むなって言ったのに! どうしてくれるんですか、ギボウシさんの蕾が……、みんな折れちゃったじゃないですかぁッ!」
「へ……?」
「だあぁっ、しかも、あんたの足下! 僕の大事なディスコロールちゃんがぁ!」
「え……? ディスコ……なに?」
メガネ男子は、モエが訊き返したのには答えず、すぐにしゃがんで、モエの足下の草に手を伸ばした。さっき転んだときに、モエは謝ってその植木を踏んづけてしまったようだ。茎が柔らかかったのか、その植木はボキボキに折れてしまっている。
「アイツがそう決めたんだから、しょうがないよ。――あ、今日ベンチまだ空いてるじゃん。ラッキー!」
おそるおそる、茂みからベンチの方を覗くと、さっきまでモエが座っていたベンチには、見覚えのある男子生徒がふたりが座っていた。ふたりともスポーツ科クラスの、剣道部員。モエと同い年の、主将と副主将だ。
「吉川と結城……」
吉川は主将、結城は副主将。モエはふたりをよく知っている。なにしろ、つい最近まで、同じチームメイトとして、切磋琢磨していた仲だった。部活ではもちろん、プライベートでもよくつるんでいた。仲はそれなりによかったと思っている。
「モエのやつ、ひよったんだろうなぁ。後輩たちが余計なこと言ったからさぁ……」
「でも、そんくらいで辞めちゃうのはもったいないよ」
「たぶん、図星だったんだって。じゃなきゃ、辞めないよ。実際、おれも後輩たちと同じように感じてたし」
結城の言葉を聞いて、モエは眉をしかめた。胸の奥に、彼の言葉が深く突き刺さったような感覚があって、少しだけ痛い。図星。その通りだった。
――モエ先輩の面打ち、見た?
――見た、見た。絶対、威力なくなったよな。
――オレも思った。やっぱさぁ、アキレス腱断裂って、いくら手術しても元には戻らないんだよ。一度切れると、何度もくせになって切れるっていうし。
――中学んとき、あんな強かったのにね。もう前みたいに飛べないなんて、かわいそう。
嫌な記憶を思い出してしまって、嫌な緊張感に体がこわばっていく。しゃがみこんだまま、ぎゅっと拳を握って、この会話が終わることをひたすらに願った。これ以上、彼らの会話を聞いていたくない。だが、この茂みを出れば、おそらくモエは彼らに見つかってしまうだろう。
最悪だ……。中庭なんかに来るんじゃなかったな……。
はぁ、と小さくため息を吐く。こんなときに限って、モエはイヤホンを持ってきていなかった。この茂みで隠れたまま、イヤホンの音量を爆上げしてロックでも流せば、会話なんか少しも聞こえてこないのに、数メートルほどしか離れていないこの場所では、彼らの会話は筒抜けだ。
モエはどうしようもなく、茂みに座りこんで、残りのあんドーナツをさっさとたいらげると、まるで刑事のように吉川たちの動きを監視しながら、チーズフランスを頬張った。だが、ちょうどその時だ。
「ちょっと、あんた」
「ひ……ッ」
不意に耳元で声がして、同時にワイシャツの裾を引っ張られ、モエは肩をすくめた。驚くあまり、かすれた声しか出なかったのが奇跡だった。おそるおそる、声がした後方へ振り向くと、そこには黒縁眼鏡をかけた、細身の男子生徒がしゃがんで、モエを鋭く睨みつけていた。
やや栗色をしたくせ毛が、風に吹かれてふわふわと揺れている。体つきはモエよりも少し小さいように見えた。制服を着崩すことなく、きっちりと着ているところを見る限り、彼は真面目なタイプなのだろう。
「ここでなにしてるんです。そこ、踏まないでくださいよ」
「な……っ、ば、ばか……!」
植え込みの中に侵入しているのを注意され、モエは慌てた。シーッ、シーッと人差し指を口の前に立てて見せ、静かにしろ、と、彼に合図をする。だが、そのメガネ男子はまったく聞き入れようとしなかった。
「なにやってんだかしらないけど、さっさと退いて――」
あー……ッ、もう!
モエは慌ててメガネ男子の手を掴むと、勢いよく引いた。そうして、彼の肩を抱くようにして、茂みに連れ込み、しゃがませ、茂みの向こう側にいる、吉川たちを無言で指差し、目で懸命に訴える。モエの声が吉川たちに聞こえたら、ここに隠れていることも気付かれてしまうし、きっと、この眼鏡男子を除いた全員が、気まずい思いをすることになる。ところが。
「だから……! 踏むなっつってんのが、わかんないんですか……!」
「どわ……ッ」
勢いよく突き飛ばされて、モエは茂みから追い出される。よろけて前につんのめり、どすん、とそのままベンチのすぐ後ろで転んでしまった。同時に、購買で買った食べかけのチーズフランスが宙を飛び、目の前に落ちてきて、モエは慌ててそれをキャッチする。おかげで、吉川と結城は、揃って後ろに振り向いた。
「あれ……?」
「モエじゃん……。そんなとこでなにやってんの?」
「あ、はははは……。ちょっとね……」
「もしかして……、今の話、聞いてた?」
結城に訊ねられて、ごくん、と生唾を飲む。恐れていた事態が起こってしまって、なんと答えたらいいのかわからず、すぐには声が出なかった。ところが――。
「うあぁーーーーッ!」
奇声にも近い声が後方で上がって、再びモエはびくっと肩をすくめる。振り返ると、さっきのメガネ男子がそこにいて、涙目でこちらへ近づいてきていた。
「だから……、踏むなって言ったのに! どうしてくれるんですか、ギボウシさんの蕾が……、みんな折れちゃったじゃないですかぁッ!」
「へ……?」
「だあぁっ、しかも、あんたの足下! 僕の大事なディスコロールちゃんがぁ!」
「え……? ディスコ……なに?」
メガネ男子は、モエが訊き返したのには答えず、すぐにしゃがんで、モエの足下の草に手を伸ばした。さっき転んだときに、モエは謝ってその植木を踏んづけてしまったようだ。茎が柔らかかったのか、その植木はボキボキに折れてしまっている。
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