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1章・モエ
チトとの出会い・8
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「ひいぃ……」
チトは雑草を握りしめたまま、目をぎゅうっと瞑る。その仕草が好ましくて、モエはくくっと笑みをこぼす。
「アキレス腱が切れるなんて信じられない……。すごく痛そうです……」
「アドレナリン出まくってたからかなぁ。切った直後はほんとに痛み感じなくってさ。でも、冷静になってからは、めちゃくちゃ痛くなったよ。腫れもひどかったしね。でも、それよりもむちゃくちゃ悔しかった。だって、勝てるって思ってたのにさ、負けたんだよ。打たれたわけじゃないのに、ケガで棄権して敗退だもん。俺、もう悔しくて悔しくて、救急車来て乗せられてからも、ずっと泣いてたよ」
「そうだったんですね……」
大会試合中のアキレス腱断裂によって、モエはその試合を棄権することになった。そのあと、病院に運ばれ、手術をして、復帰までには半年かかると言われたときの絶望感は忘れられない。もう終わりだと思った。入院中、お見舞いに来た家族やチームメイトが帰ったあと、ひとりになると、モエは病室でよく泣いていた。
「でも、アキレス腱断裂って、手術すれば治るでしょ?」
「治るよ。フツウの生活はなんにも問題なくできるくらいになる。でも、スポーツってなると、ちょっと微妙なとこあってさ」
「リハビリですか?」
「それもそうだけど、そのリハビリ次第でけっこう変わるっぽいんだ」
手術が終わって、ギプスが取れたあと、モエの足首はガチガチに固まっていて、ふくらはぎは筋肉が少なくなり、まるで子どものように細くなっていた。だが、この足をどうにか元に戻さなければ、剣道はおろか、運動すらできるようにはならない。モエは半年で稽古に復帰することを目標にして、死ぬ気でリハビリに通った。
医者や理学療法士に言われたことはすべてやったし、自分でも本を読んで調べてみたり、筋力を元に戻すため、普段の歩き方や何気ない動きをするときにも、常にリハビリを意識して過ごしていた。
「復帰できたんですか」
「うん、できたよ。でも、俺の足はやっぱり元には戻らなかった」
そう言ったあと、チトはなにも言わなかった。だからモエは、自分の足がどうして元通りではなかったのかを説明することになった。
「剣道でもなんでも、スポーツはそうだと思うんだけど、感覚ってすごく大事だと思ってるんだ。特に動いた瞬間、技を出した瞬間、飛んだ瞬間の感覚は、ほんのちょっとでも狂うと、パフォーマンスが大きく違ってくる。俺はそういうのにすごくこだわりがあるタイプだったんだ。足にテーピングとかするのも、感覚が狂うから嫌だったくらい。でも、復帰して最初に打った技がね、自分の思った通りの感覚とすごくずれてた。カンタンに言うと、しょぼくなってたんだ」
一瞬、絶望しかけたものの、これはきっと、復帰したばかりだからだと思い直した。だから、それからもモエは必死になってリハビリと筋力増強に励んだのだ。しかし、モエの足は変わらなかった。どれほど稽古を重ねても、もう前のようには飛べなくなったし、勢いがなくなったことも感じていた。
「俺は焦ったよ。後輩たちができて、みんなどんどん強くなって、追う立場から追われる立場になったのに、自分の得意技はしょぼいままだし、校内試合での結果もだんだん悪くなってってさ。おまけに足の形もサイズも変わってて、もうどうしたらいいか、ほんと途方に暮れた。そんなときだよ。慕ってくれてたはずの後輩たちが、笑いながら俺のことを話してるのを聞いたんだ」
「陰口……ですか」
「いや、違う。もっとショックなやつ。陰口のほうがまだよかったかもね」
――モエ先輩の面打ち、見た?
――見た、見た。絶対、威力なくなったよなぁ。
――オレも思った。やっぱさぁ、アキレス腱断裂って、いくら手術しても元には戻らないんだよ。一度切れると、何度もくせになって切れるっていうし。
――中学んとき、あんな強かったのに。もう前みたいに飛べないなんて、かわいそう。
あれは陰口、というのとは少し違っていた。彼らは純粋に感じていたのだ。モエの足が元通りにはならなかったこと。得意技も同じようには打てなくなったこと。以前よりも、弱くなったこと。そして、そんなモエに同情していた。それから、たぶん、がっかりもしていた。ただ、やはり彼らにとってはあくまでも他人事だったのだろう。口調は軽く、笑いも混ざっていた。
チトは雑草を握りしめたまま、目をぎゅうっと瞑る。その仕草が好ましくて、モエはくくっと笑みをこぼす。
「アキレス腱が切れるなんて信じられない……。すごく痛そうです……」
「アドレナリン出まくってたからかなぁ。切った直後はほんとに痛み感じなくってさ。でも、冷静になってからは、めちゃくちゃ痛くなったよ。腫れもひどかったしね。でも、それよりもむちゃくちゃ悔しかった。だって、勝てるって思ってたのにさ、負けたんだよ。打たれたわけじゃないのに、ケガで棄権して敗退だもん。俺、もう悔しくて悔しくて、救急車来て乗せられてからも、ずっと泣いてたよ」
「そうだったんですね……」
大会試合中のアキレス腱断裂によって、モエはその試合を棄権することになった。そのあと、病院に運ばれ、手術をして、復帰までには半年かかると言われたときの絶望感は忘れられない。もう終わりだと思った。入院中、お見舞いに来た家族やチームメイトが帰ったあと、ひとりになると、モエは病室でよく泣いていた。
「でも、アキレス腱断裂って、手術すれば治るでしょ?」
「治るよ。フツウの生活はなんにも問題なくできるくらいになる。でも、スポーツってなると、ちょっと微妙なとこあってさ」
「リハビリですか?」
「それもそうだけど、そのリハビリ次第でけっこう変わるっぽいんだ」
手術が終わって、ギプスが取れたあと、モエの足首はガチガチに固まっていて、ふくらはぎは筋肉が少なくなり、まるで子どものように細くなっていた。だが、この足をどうにか元に戻さなければ、剣道はおろか、運動すらできるようにはならない。モエは半年で稽古に復帰することを目標にして、死ぬ気でリハビリに通った。
医者や理学療法士に言われたことはすべてやったし、自分でも本を読んで調べてみたり、筋力を元に戻すため、普段の歩き方や何気ない動きをするときにも、常にリハビリを意識して過ごしていた。
「復帰できたんですか」
「うん、できたよ。でも、俺の足はやっぱり元には戻らなかった」
そう言ったあと、チトはなにも言わなかった。だからモエは、自分の足がどうして元通りではなかったのかを説明することになった。
「剣道でもなんでも、スポーツはそうだと思うんだけど、感覚ってすごく大事だと思ってるんだ。特に動いた瞬間、技を出した瞬間、飛んだ瞬間の感覚は、ほんのちょっとでも狂うと、パフォーマンスが大きく違ってくる。俺はそういうのにすごくこだわりがあるタイプだったんだ。足にテーピングとかするのも、感覚が狂うから嫌だったくらい。でも、復帰して最初に打った技がね、自分の思った通りの感覚とすごくずれてた。カンタンに言うと、しょぼくなってたんだ」
一瞬、絶望しかけたものの、これはきっと、復帰したばかりだからだと思い直した。だから、それからもモエは必死になってリハビリと筋力増強に励んだのだ。しかし、モエの足は変わらなかった。どれほど稽古を重ねても、もう前のようには飛べなくなったし、勢いがなくなったことも感じていた。
「俺は焦ったよ。後輩たちができて、みんなどんどん強くなって、追う立場から追われる立場になったのに、自分の得意技はしょぼいままだし、校内試合での結果もだんだん悪くなってってさ。おまけに足の形もサイズも変わってて、もうどうしたらいいか、ほんと途方に暮れた。そんなときだよ。慕ってくれてたはずの後輩たちが、笑いながら俺のことを話してるのを聞いたんだ」
「陰口……ですか」
「いや、違う。もっとショックなやつ。陰口のほうがまだよかったかもね」
――モエ先輩の面打ち、見た?
――見た、見た。絶対、威力なくなったよなぁ。
――オレも思った。やっぱさぁ、アキレス腱断裂って、いくら手術しても元には戻らないんだよ。一度切れると、何度もくせになって切れるっていうし。
――中学んとき、あんな強かったのに。もう前みたいに飛べないなんて、かわいそう。
あれは陰口、というのとは少し違っていた。彼らは純粋に感じていたのだ。モエの足が元通りにはならなかったこと。得意技も同じようには打てなくなったこと。以前よりも、弱くなったこと。そして、そんなモエに同情していた。それから、たぶん、がっかりもしていた。ただ、やはり彼らにとってはあくまでも他人事だったのだろう。口調は軽く、笑いも混ざっていた。
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