【完結】恋に花咲け、植物男子!

いなば海羽丸

文字の大きさ
10 / 53
1章・モエ

チトとの出会い・9

しおりを挟む
「後輩たちの中には、俺をしたって中学から高校に、追いかけて来てくれてた奴もいたからさ。がっかりさせちゃったみたいなんだ」
「でも、笑うのはよくないです」
「うん……、でも、しかたないんだ。みんな、自分の足じゃないからね。やっぱり、他人事ではあるんだよ。自分のことなら笑えなくても、他人のことなら、笑って話せんじゃないのかな」

 後輩たちの会話を聞いて、怒りはなかった。ただ、自分が情けなくて、元に戻らない足を思うと悲しかった。それから、頭にくるほど図星だった。

 自分が感じていたことを、周囲も感じている。アキレス腱を切ったあとも頑張っているようだけど、弱くなったと、周囲はそう思っているんだとわかったとき、体の中で、必死に繋ぎとめていたものが、プツン――と切れたような感じがあった。それから、モエは無気力になってしまったのだ。

 もう頑張ってもどうしようもない。この足も、自分の強さも元には戻らないのだとわかり、しばらくはリハビリもやめた。冬の間はそれでもなんとか踏ん張ったが、春を迎え、高校3年生に上がって、新入生が入ってきたとき、猛烈な恐怖感に襲われて、モエは剣道部を退部したのだ。

 高校最後の公式試合が続く季節を前に、そこでレギュラーになれない可能性や、出たとしても活躍できないで「モエ先輩はかわいそうだね」と言われるかもしれない。それを思うと、今すぐそこから逃げ出したくなった。

「顧問の先生――、本多ほんだ先生でしたっけ。止められませんでした?」
「止められた、止められた。本多先生にもだけど、吉川と結城にも止められた。でも、もう無理だったんだよ。気力がないっつーか、剣道のこと考えるとつらくて、つぶれちゃいそうだったから」
「そっか……。もうやらないんですか」
「どうかなぁ。当分はやりたくないけど。じいさんになって、どうしてもヒマになったら、庭先で素振りくらいはやるかも。健康のためにね!」

 冗談めかしてそう言ってから、きっとやらないだろうな、と思い直す。素振りをするたび、モエは必ず思い出してしまうからだ。アキレス腱の傷のこと。後輩の言葉。そして、自分がもう、前の自分とは違ってしまっていることも。

「コウモリなのに、飛べないなんて……、笑っちゃうよな……」

 ひとり言のように、笑みを混じらせ、ぼそりとそうこぼした。チトはしばらく無言になって、黙々と雑草をむしっていたが、しばらくして、すくっと立ち上がると、一度、天を仰いでから、黒縁眼鏡を指で押し上げた。

「モエくん……」
「え、なに?」
「翼がなくて飛べなくなっても、コウモリなら足がありますよ」

 チトはそう言って、モエの足を指差した。モエはぱちぱちと瞬きをして、彼の指先と、自分の足を交互に見つめる。

「え……、足……?」
「僕は飛べなくなったコウモリが、道端をっているのを見たことがあるんです。コウモリは歩けます」
「はあ……」
「コウモリだけじゃない。すべての動物がそうです。どんなに弱っていても、足があれば必ず地面を歩けます。すると、空を飛んでいるときには見えなかったものが見つかるようになる。地面をって歩いていたほうが案外おもしろいものが見つかるかもしれません。たとえば、はい! こちら!」
「お……?」
「見てください、この下草! これは斑入ふいりのアマドコロなんですが、この斑入ふいり、緑色の葉にわずかに黄色がかったような、なんとも神秘的な色味のはんが入っています。希少な入り方なんですよ、もうたまらないでしょ!」

 彼は地面に膝をつき、早口でまくし立てるようにして、モエに珍しい種類の植物を紹介してくれた。だが、専門用語や聞いたことのない植物の名前を言われても、モエにはそれがなんなのかさっぱりわからない。

「えっと、ごめん……。フイリ……ってなに?」

 ひとまず、植物の名前よりも、一番意味のわからない言葉を拾ってたずねてみる。すると、チトは得意げに口角を上げ、説明をはじめた。

「緑色の葉っぱに、こうやって違う色が混ざっているものを、斑入ふいりと言うんです。園芸品種には、斑入ふいりが多く、そして人気も高いんですよ。はい、リピートアフターミー、斑入ふいり!」
「オウ……、フ、フイリ……」
「オーケー! 庭を彩る植物って、華やかなバラとか、桜とか、花のイメージが強いと思いますが、意外にこういう下草が美しいんです。モエくんが昼間、ボキボキにしたギボウシさんたちも、斑入ふいりで綺麗でしょう!」

 言われて、昼休みに蕾の茎を折ってしまった場所に振り返る。

「あぁ、ほんとだ……。ごめん……」

 罪悪感がぶり返した夏風邪のようにやってきて、途端に気分が落ちる。だが、そんなモエにかまいもせず、チトは言った。

「だから、地面を歩いても、きっと楽しいと思うんです。今までみたいに飛べなくたって、歩くのも悪くないですよ。僕、僕――……」
「あの、チトくん……?」
「僕……っ、え、園芸部員の名に懸けて、モエくんがこれから歩く道が楽しくなるように……、綺麗な花や美しい下草を、いっぱい植えておきますから!」

 叫ぶように言った、その言葉を聞いた瞬間。モエの胸がじわっと熱くなった。同時に言いようのない熱い感情が、腹の底から込み上げてくる。気付いたとき、モエはチトに飛びついて抱きしめていた。

「モエくん……? あの……」

 戸惑っているようなチトの声を耳元で聞いて、思わず、くくっと笑みがこぼれる。

「なに、今の! スーパーかっけえ! なんか告白みたいだったんだけど!」
「えぇっ!」

 驚いた表情で、徐々に顔を赤らめていくチトの反応が好ましく、笑いが止まらない。モエはひとしきり笑ってから、じわりとにじんだ目の涙をぬぐうと、チトをもう一度抱きしめて言った。

「ありがと。チトくん。すっげえ元気出た!」

 そう言って、モエはまたひとしきり笑う。笑っているのに、涙が少しずつにじんでくるのが少し恥ずかしかったが、こんなに笑ったのは久しぶりで、こんなに嬉しいのも久しぶりだった。モエがその日、出会ったばかりのチトに、ほかの誰とも違う好感を持ってしまったのは、言うまでもなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】人見先輩だけは占いたくない!

鳥居之イチ
BL
【登場人物】 受:新島 爽《にいじま そう》   →鮫島高等学校/高校二年生/帰宅部    身長 :168センチ    体重 :59キロ    血液型:A型    趣味 :タロット占い 攻:人見 孝仁《ひとみ たかひと》   →鮫島高等学校/高校三年生/元弓道部    身長 :180センチ    体重 :78キロ    血液型:O型    趣味 :精神統一、瞑想 ——————————————— 【あらすじ】 的中率95%を誇るタロット占いで、校内の注目を集める高校二年生の新島爽。ある日、占いの逆恨みで襲われた彼は、寡黙な三年生の人見孝仁に救われる。 その凛とした姿に心を奪われた爽だったが、精神統一を重んじ「心を乱されること」を嫌う人見にとって、自分は放っておけない「弟分」でしかないと告げられてしまうが…… ——————————————— ※この作品は他サイトでも投稿しております。

向日葵畑で手を繋ごう

舞々
BL
琥珀は付き合っていた彼氏に「やっぱり男とは手が繋げない」とフラれてしまい、そこから更に人を避けて生きるようになった。笑うことさえなくなった琥珀を心配した母親は、琥珀の夏休み期間だけ自分の生まれ故郷である秩父へと送り出す。そこで久しぶりに再会した悠介は、琥珀のことを子ども扱いするものの、事あるごとに自然と手を繋いでくれる。秩父の自然に触れながら、琥珀はいつしか明るく優しい悠介に惹かれていったのだった。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

美しい世界を紡ぐウタ

日燈
BL
 精靈と人間が共に生きる世界。  “ウタ”を紡いで調和をもたらす、カムナギという存在がいた。  聖界から追放された一族の末裔である少年、リュエルは、 “ウタ紡ぎ” として独自の活動をする日々の中、思いがけずカムナギを育成する学び舎への招待状を渡される。  意を決して飛び込んだそこは、貴族ばかりの別世界。出会いと波乱に満ちた学生生活の幕が上がった。  強く、大らかに開花してゆくリュエルの傍には、導き手のような二人の先輩。ほころんだ心に芽生えた、初めての想いと共に。  ――かつて紡がれた美しい世界が、永久になるまで。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―

なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。 その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。 死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。 かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。 そして、孤独だったアシェル。 凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。 だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。 生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...