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1章・モエ
園芸のススメ・5
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「モエ、なにニヤけてんの……?」
そう訊ねられて、また笑みをこぼし、かぶりを振る。
「べつに。ただ、なんかさ、チトくんって不思議だなーって思って」
「不思議?」
「うん。今まで周りにああいうタイプいなかったからかもしんないけど、チトくんに植物の話聞いてると、なんかこっちまで楽しくなってくるっつーか、キラキラしたもんが移ってくる感じがしてさ。もっと知りたくなるんだよね」
「へえ……」
チトの見ている世界は、モエの見ているそれとは違う。たとえ同じものを見ていたとしても、おそらく見え方が大きく違っている。モエはそんな気がしている。だから、彼と同じものを見て、それが自然と理解できるようになったら、きっとどんなにか楽しいだろう、とそれを想像しただけでワクワクするのだ。
モエがあとほんの少しでも、植物について理解を深めたら、チトの園芸の話には今以上に熱が入るだろう。そうして、キラキラした表情で笑って、また、モエに覚えきれないほどの植物の知識を語るのだ。さらに、いつかモエが彼と同じ世界を共有し、同じ温度で植物を感じられることができたら。そのときは、きっと今よりもチトとの時間が、百倍は楽しくなるに違いない。
「俺、なんか久しぶりに楽しいよ」
園芸にハマっているのとはちょっと違うような気もするが、それでも、想像するたびに心が躍ってしまうのは確かだ。だが、そんなモエに、吉川は訊ねた。
「なぁ、もっと知りたくなるって、それってどっちを?」
「へ……?」
「植物のこと? それとも、チトのこと?」
訊かれて、モエは首を傾げ、頭を巡らせる。どっちも含んでいる気がするが、どちらかというと、後者かもしれない。
「うーん……、どっちもあるけど、どっちかっていうと、チトくんのほうかなぁ。チトくんが、あのキラキラした目で見てるものをさ、俺、もっとちゃんと理解したいなって思ってるから。そしたら、話だってもっと盛り上がるし、絶対楽しいだろうし」
「ふうん。楽しい、か……」
吉川はモエの話を聞きながら、顔色を曇らせている。だが、モエは彼にそんな顔をされる心当たりはない。
「なんだよ、俺が楽しんでちゃだめかよ」
「いや。そうじゃないけど。俺はお前が、ヒマを持て余して帰ってくるって信じてるからさ。違うもんで楽しんでるのを見ると、ちょっと不安なんだよ」
「え……?」
言葉の意味がよくわからず、訊き返す。すると、吉川はため息を漏らして続けた。
「チトとからむのもいいけど、ほどほどにして、いい加減に帰ってこいって話。言っとくけど、オレはまだ諦めてないんだからな」
吉川は笑みをこぼし、冗談めかしたように言ってから「じゃあな」と手を振り、颯爽と去っていってしまった。その後ろ姿を呆然と見送って、モエは力なく笑みをこぼす。
「は……、今さらなに言ってんだか」
さっきまで軽やかに踊っていたはずの心が、途端に重くなり、そこにすき間風が吹く。
吉川には剣道部の進退を何度も相談して、何度も話をした。おそらく剣道部内の誰よりも、顧問の本多よりも、モエは吉川を信頼して話をしてきた。そのうえで、辞める選択を取った。吉川には散々止められていたが、それでも最終的には納得してくれたのだと思っていた。それなのに「帰ってこい」だなんて、「まだ諦めてない」なんて。そんなことを言われるとは思ってもみなかった。
他人はしょせん、カンタンに言うよな……。
今さら、帰れるわけがない。そもそも、モエは部に帰りたいとも思わないし、剣道をやりたいとも、もう思えない。どんなにリハビリや稽古に励んでも、以前の感覚に戻れない絶望と、それでも必死になってあがくことに、すっかり疲れてしまったのだ。
穴の空いた心の中に吹く、すき間風。モエはその煩わしさあまりに胸を拳で叩くと、自転車にまたがり、帰路についた。
そう訊ねられて、また笑みをこぼし、かぶりを振る。
「べつに。ただ、なんかさ、チトくんって不思議だなーって思って」
「不思議?」
「うん。今まで周りにああいうタイプいなかったからかもしんないけど、チトくんに植物の話聞いてると、なんかこっちまで楽しくなってくるっつーか、キラキラしたもんが移ってくる感じがしてさ。もっと知りたくなるんだよね」
「へえ……」
チトの見ている世界は、モエの見ているそれとは違う。たとえ同じものを見ていたとしても、おそらく見え方が大きく違っている。モエはそんな気がしている。だから、彼と同じものを見て、それが自然と理解できるようになったら、きっとどんなにか楽しいだろう、とそれを想像しただけでワクワクするのだ。
モエがあとほんの少しでも、植物について理解を深めたら、チトの園芸の話には今以上に熱が入るだろう。そうして、キラキラした表情で笑って、また、モエに覚えきれないほどの植物の知識を語るのだ。さらに、いつかモエが彼と同じ世界を共有し、同じ温度で植物を感じられることができたら。そのときは、きっと今よりもチトとの時間が、百倍は楽しくなるに違いない。
「俺、なんか久しぶりに楽しいよ」
園芸にハマっているのとはちょっと違うような気もするが、それでも、想像するたびに心が躍ってしまうのは確かだ。だが、そんなモエに、吉川は訊ねた。
「なぁ、もっと知りたくなるって、それってどっちを?」
「へ……?」
「植物のこと? それとも、チトのこと?」
訊かれて、モエは首を傾げ、頭を巡らせる。どっちも含んでいる気がするが、どちらかというと、後者かもしれない。
「うーん……、どっちもあるけど、どっちかっていうと、チトくんのほうかなぁ。チトくんが、あのキラキラした目で見てるものをさ、俺、もっとちゃんと理解したいなって思ってるから。そしたら、話だってもっと盛り上がるし、絶対楽しいだろうし」
「ふうん。楽しい、か……」
吉川はモエの話を聞きながら、顔色を曇らせている。だが、モエは彼にそんな顔をされる心当たりはない。
「なんだよ、俺が楽しんでちゃだめかよ」
「いや。そうじゃないけど。俺はお前が、ヒマを持て余して帰ってくるって信じてるからさ。違うもんで楽しんでるのを見ると、ちょっと不安なんだよ」
「え……?」
言葉の意味がよくわからず、訊き返す。すると、吉川はため息を漏らして続けた。
「チトとからむのもいいけど、ほどほどにして、いい加減に帰ってこいって話。言っとくけど、オレはまだ諦めてないんだからな」
吉川は笑みをこぼし、冗談めかしたように言ってから「じゃあな」と手を振り、颯爽と去っていってしまった。その後ろ姿を呆然と見送って、モエは力なく笑みをこぼす。
「は……、今さらなに言ってんだか」
さっきまで軽やかに踊っていたはずの心が、途端に重くなり、そこにすき間風が吹く。
吉川には剣道部の進退を何度も相談して、何度も話をした。おそらく剣道部内の誰よりも、顧問の本多よりも、モエは吉川を信頼して話をしてきた。そのうえで、辞める選択を取った。吉川には散々止められていたが、それでも最終的には納得してくれたのだと思っていた。それなのに「帰ってこい」だなんて、「まだ諦めてない」なんて。そんなことを言われるとは思ってもみなかった。
他人はしょせん、カンタンに言うよな……。
今さら、帰れるわけがない。そもそも、モエは部に帰りたいとも思わないし、剣道をやりたいとも、もう思えない。どんなにリハビリや稽古に励んでも、以前の感覚に戻れない絶望と、それでも必死になってあがくことに、すっかり疲れてしまったのだ。
穴の空いた心の中に吹く、すき間風。モエはその煩わしさあまりに胸を拳で叩くと、自転車にまたがり、帰路についた。
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